イラスト/晏嬰亮


■ディラックの空へ

 車両内はうす暗く、大勢の体格の良い男たちが詰め込まれているせいか、妙に蒸し暑い空気だった。
「なにも逃げ出す必要はなかったんじゃないのか?」
 兵士のひとりがそんなことを言った。
「インヤンガイの旨い飯ともおさらば。カンダータの糧食の日々とは気が滅入る」
「離脱したのは世界図書館の探知を逃れるためだろ」
 別の男が言う。
「すぐまた戻ってこれるさ。残してきた部隊もあるしな。少佐だってそう考えているはずだ」
 そのときだ。
 車両後方、出入口近くにいた兵士は、かすかな物音を聞いた。
「……?」
 この後方、最後尾の車両は荷物だけで誰もいないはずだった。念のため、男はドアを開けて後方車両へ。そこで、彼は、足元にすりよってくる猫の姿に驚く。
「まさか、インヤンガイから乗ってきちまったのか!?」
 腰を落とし、猫へと手を伸ばした次の瞬間、延髄に打ち込まれた手刀が男の意識を奪っていた。ずるずると物陰に引きずられていく。
「……ロストレイルが追ってきている。エミリエが乗ってトレインウォーが発令されたみたいだ」
 陸 抗が言うのへ、猫――ポポキが頷く。
 そして、物陰から、男の軍服に着替えたサーヴィランスが姿を見せた。
 ここでじっとして助けを待つのが安全だったかもしれない。
 しかしかれら3人だけが、ロストレイルで追いついてきた仲間の突入を内部から手助けできるのだし、それ以前に少しでも情報を集められる立場にいるのだ。
 3人が、静かに、慎重に、行動を開始した――。

「危険ですわ、有栖お嬢様はロストレイルで待っていて下さいまし」
「で、でも――」
 日奈香美 有栖に対し、しかしミルフィ・マーガレットはきっぱりと首を振る。相手車両に突入するのは自分だけだと。
 やむなく有栖は頷き、そして言った。
「ミルフィ……絶対、絶対に無事に戻ってきて下さいね……ファニーちゃん、ミルフィをお願いします……」
「だいじょーぶ姫お嬢様、あたしがミルフィの援護するから☆」
 ファニー・フェアリリィが応じたが、ミルフィはクールだった。
「大丈夫ですの? あんなボロい機体で」
「ボロいゆーなー!!」
 そんなやりとりは、ロストレイルのあちこちで見られた。
 今回の戦いがどの程度危険なものか、誰しもはかりかねているのだ。
 もっとも、中にはボルツォーニ・アウグストのように、
「接敵したら起こせ」
 とだけ言いおいて、目を閉じてしまった大物もいる。
「……」
 西 光太郎は見るともなしに窓の外を見る。
 考えられるだけの備えはしたが、はたして、どうか。
 漠然とした不安だけが、もやもやとただよっていた。
 ディラックの空を舞台にした、列車と列車の戦い。
(列車――)
 なぜ列車なんだ?
 ふと思う。
 移動するための機械なら、飛行機でも船でもいいのではないか。
 しかし連中は「列車型の移動手段」を用いている。

 ふいに鳴り出す警報――そして回転灯の赤い光が、不吉に車内を照らした。
「後方より急速に移動物体が接近中!」
「『落とし子』か?」
 一見して上位の階級とわかる肩章をつけた軍人が、丸太のような猪首を巡らせて問うた。
「その反応はありません。世界図書館の世界間鉄道と思われます」
「早いな。接触は最低限だったはずだが……。やむを得ん。いつ追いつかれる?」
「彼我の速度が変わらなければ5分後は射程圏内に入ります」
「総員戦闘配置!」
 号令一下、急激に空気が緊張感を帯びた。
「撃ち落としてくれるわ」
 指揮官らしき壮年は、残忍な笑みに無精ひげの頬をゆるめた。

■ドッグファイト

「ガンナー、ブレイカー準備完了。両ウイング、バックアップ準備完了。装甲列車無力化作戦準備完了」
 ディーナ・ティモネンが淡々と告げる状況が、いやがうえにも気分を張り詰めさせる。
 インヤンガイからの急報に、いそぎ整えられた作戦だ。準備はしてはいるが、あまりに未知な部分が多い。
 対象を目視したという報告が上がってきた。
 柊木 新生は頷く。
 当然、相手も遠距離の砲撃が可能と見るのが道理。問題はその射程である――。
「先手を取れるか否か……」
「対象より無数の熱源が射出!」
「全力回避!」
 この程度は想定内。誰も慌てるものはいなかったが、急旋回するロストレイルの揺れに、あふれそうになる紅茶の液面へ、オーギュスト・狼は慌てて口をつける。

「さっそく来はったで」
 森山 天童はロストレイルの屋根の上を飛ぶ。その黒い翼がいつもより痩せているのは、多くの羽を今回の作戦参加者に分け与えたためだ。しかしそのおかげで、皆が互いの声を間近に聞くことができる。
 紫雲 霞月が絵巻物に周囲の仲間たちの姿を描いてゆく。かれらに加護を与えるためだ。描きながら、紫の瞳が、虚空を見た。ディラックの空を切り裂いて飛ぶいくつもの流れ星。装甲列車が打ち出した砲撃が大きく弧を描き、ロストレイルへ向かってくる。
『左へ旋回して回避する。ライトウィング、任せた!』
 ロストレイルが急旋回して回避行動をとった。文字通りの矢面に立つのが車両右面。護りについていた面々が備える。
「要さーん!」
 屋根のうえで、トラベルギアの剣をくるくる回しながら、藤枝 竜が青梅要を呼ぶ。
「どれだけ捌いたか勝負ですよ!」
 ホームラン競争の打席に立つ。
 そして、無数の砲弾が雨のように降り注ぎ――竜の剣がそのひとつを豪快に打ち返した!
「竜には、負けないんだからぁ~!」
 要はデッキブラシをバットがわりに打数を競う。
 冷泉 律が薙刀をふるえば、氣の刃が砲弾を真っ二つにし、ロストレイルに届く前に爆発させた。
 不自然に軌道を変えて逸れていくのは永光 瑞貴の光の法術が施した結界だろう。
 漆黒の、虚無の空間にいくつもの爆炎の花が咲く。
 ライトウィングの持ち場についた面々が、とりわけ、ロストレイルの屋根など外側にいたものたちがまずその役割を果たした。
『対象車両、減速しています』
 天童の羽を通して聞こえるディーナの声。
 遠くに見えていた装甲車両が、まるでカメラをズームするように近くに迫る。
 それまでと同じ速度で走り続けるロストレイルに対し、相手方が急にスピードを落としたことで、意図せずロストレイルが急接近し、そのまま追い越しにかかる格好だ。空中戦で射程内に相手の背後をとらえようとする、ごく初歩的な戦術である。
 装甲車両の側面についた銃眼から無数の発泡が閃いた。
「っ!」
 ロストレイルの車両連結部にいた早乙女 アキラは思わず、身をすくませた。彼が隠れたすぐ傍で流れ弾が鋭い金属音を立てる。
「やってくれるな――、悪いけど、こっから先はアンタ達に攻撃のターンはあげないよ!」
 ロストレイル側も急遽、減速――、その先頭車両の上に立つのはナオト・K・エルロットだ。かなり距離が近づいた相手車両の、砲塔や銃眼を狙って銃を撃つ。
 その傍らで、黄燐が弓を引いた。
「あんたたち、ぜったい許さないんだから!」
 インヤンガイでの連中の所業について危機及び、怒りを覚えているものは少なくなかった。
 黄燐の矢が相手車両の屋根についた回転小銃を射抜けば、金属だったはずのそれがぐずぐずとした泥になって崩れてゆく。
「まったくだ」
 黄燐に応えるものがある。荷見 鷸はロストレイルの客車にいるが、羽によって互いの声は聞こえていた。開け放った窓から愛用の弓を射る。
「射落してくれる。なんで手加減してやらにゃならん」

 ロストレイルが速度を合わせ始めると、装甲車両は逆に加速し、距離をとろうとする。
 おいかけっこを止める方法はひとつしかなかった。
『ガンナー!』
「今度はキミ達がカマ掘られる番だよ。Shake it up Baby!」
「おらおらおらあぁぁぁ!行くわよ行くわよ行くわよーーーー!!!」
 ロナルド・バロウズのトラベルギアが放つ真空の波。レモン・デ・ルーツが銃のように構えたパラソルから打ち出す魔法の弾丸が、装甲列車を襲った。
 ロストレイルが対象に追随しながらガンナーチームの一斉攻撃が絶え間なく行われ、虚無の世界を照らし出す。
『まず脚をうばう。車輪だ』
 斎田 龍平の声が伝わる。
「よーし任せろ! 俺がやる! 俺に撃たせろ!」
「はいはい、こっちよ、さっさと行って!」
 坂上健を半ば蹴り上げるようにして、フカ・マーシュランドが追い立てる。
 客車の天井から降りてきたステップを上がると、こんなものがあったとは、とみなが驚く砲塔だ。
「ちゃんと狙いなさいよ」
「最低有効射程を割り込もうが撃つっ! 味方は避けるがとりあえず撃つ! 撃つ撃つ鬱撃つ撃つべし撃つべし撃つべし~!」
 すでに他のことは意識にない健がひきがねをひけば、ロストレイルの屋根の上にあらわれた砲塔から真っ赤に焼けたエネルギーの弾丸が燃える流星となって虚空を切り裂いた。
 轟音――、その数発が、装甲列車の車輪部分を吹き飛ばすのを、人々は見た。
 そして減速していく。今度は意図的にではなく、ダメージのためだ。
『弾幕は絶やすな――接敵するぞ』
「近距離装備に切り替えます」
 近づいてくる相手車両からの銃撃と自己増殖したローナたちの銃撃が硝煙と火花でふたつの車両間を満たす。
 プレリュードの雷撃に、シュノンのライフルがもたらす氷結が、まだ生きている相手の車輪部分を襲う一方、車体部への攻撃も苛烈を極めた。
 今やロストレイルは相手と並走する位置にあり、左側面を徐々に近づけつつあった。
『ブレイカーは突入準備、ライトウィングは援護を頼む!』

■突入、ブレイカー!

 だん、とロストレイルの天井に仁王立ちするボルツォーニ・アウグスト。
「食らいつけ」
 身の丈ほどの砲身になった魔術武器から彼が射出した弾丸は、着弾地点で不定形の生き物のように広がり、装甲列車の外壁を腐食されてゆく。
 同時に、クアール・ディクローズの召喚した砲台が轟音とともに火を噴いた。
『鎖を!』
 玖郎の指示で、ロストレイルの各車両から投げかけられた鎖が、相手車両の連結器にひっかかる。ふたつの列車は互いに逃げることのできない状態で結ばれることになった。
 そしてロストレイル左側面の窓や入口から、わっと飛び出してくるロストナンバーたち。
 呼応するように、装甲の一部が開いて、重火器を携えた兵士たちが姿を見せる。
 ディラックの空を銃撃と怒号、爆音と破壊音が混沌の巷に変えた。

 ばらばらと、兵士たちに振りかかるのは、ペガサス、グリフォン、ドラゴン――の形をした折り紙だ。ロストレイルの屋根のうえで、日枝 紡がせっせと折った紙がちいさな援軍となって皆を助ける。
 レク・ラヴィーンの舞踏、ジャンガ・カリンバの歌が、戦場の仲間を鼓舞し、力を与えていた。
「ガツガツガツガツ煩ぇなァ、のんびり飯も食えやしねェ」
 椙 安治は悪魔の翼をあらわにし、炎をまとった武器をふるう。彼があらかじめロストレイルの車両に描いておいた魔法陣が、流れ弾を受け止めては反撃の炎に変えていた。
 一方、青梅 棗は淡々と、トラベルギアのホースからの放水で援護に徹する。

「俺、戦いが終わったら宴会部長やるんだ……」
 ぼそり、と、ファーヴニールが言った。
 あまりそういう言い方はしないほうがいいのでは、と誰かが止める暇もなかった。
 よし、と小声で覚悟を決める相沢 優。
 そして、ブレイカーたちは車外へと飛び出して行った。
「行きますよ」
「う、うん」
 日和坂 綾はミトサア・フラーケンにしがみつき、ミトサアが跳躍する。
 かれらはまず3手に分かれ、相手車両の前方、中央、後方の3箇所から侵入を試みる。
 レーシュ・H・イェソドの背の上で、神ノ薗 紀一郎が刀を構えた。
 一閃!
 まさしく一刀両断、切り裂かれた装甲が剥がれ、突破口が開いた。
「ご機嫌よう、クズの皆さん。車内清掃のお時間ですわ」
 ナイフを手に、ティモネ・オーランドがにこりと微笑んで告げた。
「女を傷付けた罪は重いのよ……一人残らず粉微塵にしてあげる」
「賛成!」
 エルエム・メールが同意する。
「コスチューム、ラピッドスタイル!」
 床を蹴り、空中で反転して、天井を蹴り、構えた銃口を向ける先さえ決められないままの兵士をひとり、あざやかに蹴り倒す。
「手向かう者は斬う。死にたくなにゃ、武器を捨てて隅っこにちいそうなっちょれ」
 紀一郎が言って、刀を手に進み出たが、相手が退く様子はなかった。
 一斉に銃撃が始まる。
「死は恐れない――、そういうわけか!」
 弾丸をガントレットで弾きながら、デュネイオリスが踏み込んだ。
 だが彼が竜の咆哮で空気を震わせると、兵士たちの中に、武器をとり落とすものたちの姿も見られた。これは天井をすり抜けて兵士たちのただなかに降り立ったディラドゥア・クレイモアの『狂気の瞳』によっても同様だった。精神攻撃は効果がある。相手が心のある人間だという証だが、果たしてそれは救いと見るべきか否か、かれらの所業を知っていれば複雑だった。
 列車中央部から突入したティモネたちは二手に分かれ、列車の前方と後方へ、兵士たちを追い立てていく。
「俺たちの仕事の時間だ」
 ロウ ユエの剣の、刀身を飾る茨の意匠がぎらりと光を反射する。
「殺さず捕虜に」
 トリニティ・ジェイドの言葉を受け、ロウ ユエは敵の足元を氷結させて相手をその場に縫いつけていった。
「聞きたいことがたくさんあるのよ」

 同じ頃、列車後方では。
「ヴォオオオオ!」
 ワーブ・シートンの、巨大な熊そのものの姿にさすがの兵士たちも気圧されているようだ。
 強力な爪が兵士のひとりをなぎ払う。
「コレット、俺から離れるなよ!」
 オルグ・ラルヴァローグが、コレット・ネロをうしろに庇いながら、双剣を両手に進む。
 ホタル・カムイは赤い両手棍を操って兵士たちを次々にのしていった。
(今、どこにいるんだ)
 飛天 鴉刃の念頭にあるのは、列車に乗り込んだままになっていた3人のこと。
 トラベラーズノートを繰り、かれらが列車の進行方向を目指して移動していることを知る。
「前方車両だな。無茶はするなよ……」

 そして前方車両では。
「そっちは任せたよ、フォッカー!」
 と、アルド・ヴェルクアベル。ここでも侵入したチームは二手にわかれた。銀の毛並みの猫獣人は、列車前方を目指すチームの、黒猫獣人に手をふると、自身はバックラー型のトラベルギアから撃ち出す宝石の弾丸で兵士たちを威圧していく。
 剣を振るうロイ・ベイロード、衝撃波で敵を牽制する青燐も一緒だ。
「私も負けられないんですよ。誰かの大切な人を、失わせたくはないので」
 青燐が言った。
 同じような思いを、多くが抱いている。
「ポポキ、どこ!? このあたりじゃないの!?」
 アルドがよばわる。
「抗、無事か!?」
 グラン・リーフガルダがワインで描く魔法陣で火を起こし、敵を遠ざけながら叫んだ。
「!」
 ゼクス・ザイデルホーファーはその影に隠れるようにして着いてきていたが、殺気に振り向くと、隠れていた兵士が投げナイフを放たんとするまさにその瞬間だった。
 思わず、のけぞった半身が体操選手のような柔軟さを見せて、攻撃を避けることに成功する!
「た、たすかった!?」
 ゼクス自身も驚く奇跡のイナバウアーであった。
 一方、ナイフを放った兵士は、呻きをあげて、崩れ落ちる。その後ろに立つ、顔を包帯で隠した兵士……いや、軍服を奪ったサーヴィランスだ。そして。
「抗!!」
 日和坂 綾が探していた人物を見つけ、駆け寄った。
「心配かけたな」
 真空壁を溶いて、陸 抗が姿を見せたのだ。そして、ポポキも、猫人の姿に戻る。
「いろいろ見つけたのにゃ」
 列車最後尾から機関室まで移動しながら、なにか情報になりそうなものを集めて回っていたようだ。諸々のタイミングの関係で、かれらが機関室に到着するより先にここで合流がかなった。
「よかった……抗……」
 安堵に崩れそうになる綾。グランたちも安心したようだ。
「これは?」
「たぶん『夜叉露』のサンプル。それからこのファイルだけど……」
「インヤンガイで連中がやっていたのは例の実験だけじゃなかったんだにゃ」
「どういうこと?」
 そのとき、後方からひときわ激しい戦闘音をかれらは聞いた。

■装甲車両制圧戦

「押し通ぉおおおる!」
 兜のなかのモノアイが輝く。
 イフリート・ムラサメが槍と盾の突撃兵そのままに、兵士たちの肉の壁を突き崩していく。ジェット噴射の勢いを止められるものはいなかった。
 そのすぐあとに続くガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードがランスを振るい、メテオ・ミーティアの熱線銃が援護を務める。
「む……熱源から察するに、やはり機関部は先頭車両のようでござるな。チャージの関係とはいえ、やや遠回りだったでござる」
「そのぶん撃墜数を稼げるってことね」
 イフリートに、メテオが応えた。
「拙者はキルケゴール博士を探しておるのだ!」
 ガルバリュートが言った。
「インヤンガイでの例の実験の首謀者ね?」
「うむ!」
「なるほど、それはウルトラ重要なことであるな。キルケゴールとはどのような人相の人物か?」
「知らん」
「なんと!?」
「だがそこにいる――」
「軍服は士官のものね」
「!」
 あからさまに、しまった、という表情の男。
 猛スピードで迫ってくる鎧武者と鉄仮面の筋肉男の図は悪夢以外のなにものでもなく、敵は血相を変えて、周辺の兵士を押しのけて逃げ出そうとした。
 だがそんなことでこのZストリームアタック3人組から逃れられるだろうか?
 否。断じて、否である。

「弾幕を絶やさずにね」
 肩のうえの鳥――フェルディナンドの言葉に頷き、ロレッタ・キャンベルは機関銃を唸らせる。
 兵士たちは、目の前のあでやかな装束の女性を撃ったつもりが、瞬時にその姿がかき消えているのに舌打ちする。
「後退だ!」
「後退ってどこへ!?」
 花篝の幻術に翻弄され、相手方には焦りが広がってきているのは誰の目にもあきらかだった。
「負傷者はこちらへ!」
 白蛇の娘(マルフィカ)が凛とした声を響かせるも、ロストナンバーたちの勢いは激しかった。
 むろん、ロストナンバーたちもまったくの無傷というわけではない。
「まだ行ける? 無理はしないで……、大丈夫、みんな居る」
 エミリア・シェスカに撤退を薦められる負傷者もいた。しかし。
「生憎と俺は腹が立ってんだ。邪魔すんな!」
 中国風の鍔のない剣で相手をなぎ払う響 慎二.
「今を噛み締めろ! 外道畜生に明日はない!」
 敵の弾丸のあいだを縫うように駆け、大鎌をふるう世刻未 大介。
 そしてボルダーの巨体が斧を振り回しながら重戦車のように敵を圧倒していった。
「ぶもー、どんどんこいや、おらおらおら!」
 この車両が制圧されるのも、ほどなくかと思われた。

「っ!」
 倒れた兵士を、ジル・アルカデルトの靴が踏んだ。
「非道な行いをした上に、か弱い女性にあの仕打ちや……。泣いて謝っても、おにーさん許さへんからね!」
 もしやこの車内にも他に人質が……という懸念は、さいわい杞憂だったようである。
「見せてもらおうか、おまえたちのことを」
 半人半蛇の、魔王の異形が兵士に迫る。魔王の背を守るようにアラム・カーンが立った。
「ちゃんと守ったるから集中しーな~!」
「うむ」
 魔王の力が兵士の脳内から情報を引き出そうとする。
 ごう――、と見えたものは、見知らぬ天地だった。
 墨を流したような黒雲の空に、雷光が走る。見渡す限り凍りついた大地……その亀裂の中へ視点が収斂していくと、地底の暗がりに金属で組み上げられた都市のようなものを垣間見ることができる。
 この光景が……かれらの世界のなのだろうか?

■敵

「愛も希望も夢も嫉妬も恨みも悔恨も! 何でも運ぶナレッジ急便。安心配達の社員Aです」
「不安と疑惑のナレッジ急便、新人バイトXです!」
 だん!と扉を蹴り開けて登場したのは宅配便の格好をしたふたり組。
「というわけでお届けものでーす」
 差し出した小包から吹き出す煙幕に、巻き込まれた兵士たちが咳き込みはじめる。
 桐島 怜生と黒葛 一夜のふたりであった。
 兵士たちは簡易なガスマスク様の装備も持っているようで、それが間に合ったものたちは銃器を構える。しかし、宅配業者(?)のうしろから飛び出したミトサア・フラーケンの、文字通り目にもとまらぬスピードになすすべなく倒されていく。
「世界群の警察きどりか」
 指揮官らしき男が吐き棄てるように言った。
「殺す者は殺される。それが世界の範と知れ」
 ハーデ・ビラールだった。兵士たちの間に忽然と出現し、光の刃で一刀のもとに敵を斬り伏せる。
 そしてそのまま流れるような動きで指揮官の喉元へ刃を突き立てた。
「大人しいな」
 高城 遊理が男を抑え込んだ。指揮官は、ただ不敵に笑ってみせる。ブラフか。それとも。
「名を聞こうか」
「ジェイル・ダンクス少佐」
 男は応えた。
『ダンクス大隊、応答せよ。状況を報告されたし』
 雑音まじりの声が聞こえていた。
 そこは、おそらくこの装甲列車を操縦するための部屋だったのだろう。
 フォッカーががなりたてている装置に近づいて、そのスイッチを切った。
「運航を止められるかにゃ?」
 なんとなくではあるが、操縦方法は推測できそうだ。開いている椅子に腰掛けて、列車を止めようと試みる。
 車両内ではまだ戦闘は続いていたが、怜生たちがフォッカーらの壁となる位置に立つ。その影で、エイブラム・レイセンとレイ・オーランドが機械にふれた。
「解析終了。まずは物騒なものから――、と」
 エイブラムが自身を列車のシステムに接続し、攻撃や自爆のための機構を停止させていく。
 並行してレイも、システム内の情報を走査していた。
「ビンゴだ。こいつが欲しかったんだよ」
 にやりと、頬をゆるめる。
 彼がコピーしたのは、列車が向かう先を示す位置情報だった。
 おそらくこのデータを世界図書館の世界計と突き合わせれば、この列車の目的地――おそらくは兵士たちの拠点と思われる場所を割り出せるはずだ。

「列車が停止する! こっちも速度を落として!」
 小竹 卓也が告げ、ロストレイルの速度が調整されていく。
 ふたつの列車は、今や、漆黒の虚空に連なって静止している状態となっていた。
「ふうん……。ワタシが見る限り、結局、かれらは壱番世界人に酷似した種族のようだけれど」
 ヘータが言った。彼の「トレーサー」を、突入したロストナンバーに運んでもらっている。それを通して収集した情報を、ロストレイル側で彼は分析していた。
「高度に訓練されてはいるけど、ツーリストの特殊能力に対抗できるものはいなかった」
 ならば追いついた時点で王手だったと言える。
 そう思えば、危険を冒してでも3人のロストナンバーがこの列車に乗り込んでくれたことが正解だったと言っていいだろう。
 佐藤 壱、榊原 薊らが状況を確認し、各部署へ伝達している。
 負傷者もさほど多くはない。一一 一はホワイトボードに戦況をまとめながら安堵の息を漏らした。ホワイトボードの片隅に、螺旋戦隊ロストレンジャー合体ロボの構想図を描ける程度の余裕はあったのだった。

 しかし、そのとき――。


「スレッドライナーとの通信が途絶えました」
「……撃墜されたってことぉ?」
 間延びした声が訊ねた。
「通信システムが切られたようです」
「なんだ……興ざめだなぁ」
 飾緒を垂らした軍服の男だった。眼鏡の奥で目を閉じて、しばし、考える。
「お客様をご案内してくれるなら、歓迎のお茶会が必要かと思ったけど。やられちゃうにしてもせめて断末魔を聞かせてくれないと。通信が生きてたらかれらと話してみてもよかったけど、なんだか詰まらないな。ああ、がっかりした」
「援軍を出すか」
 低い声が、背後から掛かった。
「間に合わないんじゃないかなぁ? 仕方ない。ダンクス大隊の兵卒10名を無作為に<タグブレイク>」
「了解。10名を無作為に<タグブレイク>」
「全員ではなく?」
 背後の声が意外そうに聞く。
「スレッドライナーを抑えられた以上、世界図書館がカンダータにたどりつくのは時間の問題だからね。これはちょっとした余興――」
 くくく、と押し殺した声で、男は笑った。
 男の眼鏡に反射する光点は、部屋の中央に設置された複雑な機械の上を移動しているものだ。
 それはきわめて武骨な印象だが、あきらかに<世界計>を思わせる装置であった。


■光の陥穽

 ちん、と音を立てて床に落ちたのは、鎖の切れたドッグタグだ。
 はっと気づいて、手を伸ばした兵士よりさきに、さっと拾い上げたのはコレット・ネロだった。
「……はい」
 兵士にそれを差し出すコレットはあまりに無防備で、相手兵士が戸惑うほどだ。
 オルグ・ラルヴァローグと雪峰 時光が驚いてコレットと兵士のあいだに割り込んだ。
「大事なものなんでしょう?」
「……」
 兵士はコレットの手からタグをむしりとる。
 すでに、この車両もほぼロストナンバーたちに制圧されていた。兵士たちは意識なく床に転がったり、ワーブ・シートンの前足に押さえつけられていたり、にらみをきかす飛天 鴉刃の前で武器をとりあげられて壁際に並ばされたりしている。
「私たちのパスホルダーのようなものじゃないかって」
 それがコレットの推測だった。なるほど、そうなら皆がタグをつけている道理だ。
「それだけじゃない」
 兵士は言った。
「このタグはカンダータ軍兵士の誇りだ。カンダータの数字を失うかわりに、世界を救う資格を与えられた証だからな」
 そのときだった。
 彼の手のなかで、ドッグタグが白い光を放ちはじめたのだ。
「!?」
 場に緊張が走る。
 兵士の顔に、いいようのない複雑な表情が浮かぶのを、ロストナンバーたちは見た。
「カンダータ万歳!」
 彼が叫ぶと同時に、ガラスが砕けるような音を立ててタグが弾けた。
「危ない!」
 反射的に、オルグはコレットに抱きつくようにしてともに身を引いていた。そして雪峰 時光は逆に前に出て刀を振り下ろした。その白刃が兵士に達したかに見えた刹那、兵士の身体もまた光となって四散していた。飛び散る光の奔流が時光を包み込む!

 その現象は、装甲列車のあちこちで、同時に起こっていた。
 兵士たちの幾人かが、所持するドッグタグが砕け散ると同時に、光となって周囲を巻き込む。

 たとえばワーブ・シートンの脚の下にいた兵士が消え、咆哮をあげるワーブと、近くにいたホタル・カムイのふたりを呑み込む。
 機関室ではタグが砕けたことを知った兵士が、機関室のシステムをいじっているロストナンバーへ向かって死に物狂いで突進してきた。それを防いだのは桐島 怜生だ。そして光の爆発が怜生を包む。
「なんてこと。まさか自爆――」
 ティモネの目の前で、ファーヴニールが巻き込まれた。最後に「宴会……」という言葉を残して。
 しかし、何の熱も衝撃も感じられなかった。
 あとにはただ、なにもない。
 忽然と、消えてしまった……!
「タグブレイクかっ!? ダンクス大隊そのものを切り捨てるつもりか……っ」
 ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードの腕の筋肉に挟まれて身体の自由を奪われている痩せぎすの男――キルケゴール博士が呻いた。
 かれらに向かって、兵士がおのれを弾丸に変えてぶつかってくる。
「ガルバリュート殿……!?」
 イフリートが叫んだ。白い光のなかに薄れていきながら、それでもガルバリュートはポージングをすることを忘れていなかった。たとえこれが今生の別れでも、見たものの網膜にそのポーズが残れと言わんばかりのさまに、イフリートは真の漢を見たような気がしないでもなかった。
「な、に――!?」
 ディオン・ハンスキーは、姉のオフェリアとともに、ひそやかに列車に侵入していた。そして影にまぎれるようにして着実に兵士たちをしとめていたのだ。そのうちのひとりが、ディオンの足元に倒れると同時に、光に包まれ、輝く陥穽となってディオンをとらえた。
「うおおおおおおお!?」
 ボルダーは、戦いの最中の勢いのまま、光の渦の中に呑まれていく。
「なんじゃあ、こりゃあ」
 神ノ薗 紀一郎は、まったく慌てていない様子だった。
 クロウ・ハーベストは倒した兵士の頭を掴んで、なにか情報を引き出そうとしているところだった。
「よくある芸のリンゴよろしく潰されたくなかったら……えーと、誰か頭いい奴ー!」
 聞き出そうとしたが、なにを聞けばいいか質問が思いつかなかったので、質問を募集しはじめた瞬間、兵士の身体が光り始めた。
 アコナイト・アルカロイドは兵士が持っていた薬物――おそらく例の『夜叉露』を自ら摂取して解析しているところだった。報告にあったとおり、神経に作用する麻薬のようだった。解毒剤をつくれるだろうか? そう思い始めたとき、薬品を持っていた男のタグが砕け散った。
 たまたま近くにいたロイ・ベイロードが駆け寄るが、ふたりともを、光は捕らえる。
 そして――
 あとには静寂だけがあった。

■帰路、そして

「だいたい終わりましたよー」
 バナーが雪宮 三条、幽太郎・AHI-MD/01Pと連れ立って戻ってきた。かれらはロストレイルの、戦いで受けた破損箇所を修理してくれていたのだ。
「応急処置だけど、ふたりの手際がよかったし」
 と三条。幽太郎はロストレイルの、普段は見れない内部構造などをのぞけたので嬉しそうである。
 機械だけでなく、人間たちも疲労や負傷を負っていたが、今はみな、しだりが回復効果のある結界を張った救護車両で、救護班の手当を受けていた。
 ロストレイル8号は任務を終え、一路、ターミナルへの帰還の途についている。
 その後方には機能停止させた装甲列車を牽引し、そして客車のひとつにはさまざまな手段で二重三重に無力化した捕虜を詰め込んで運搬しているのだった。
「……で、おまえさんたち、こいつを知ってんだろ? ちゃあんとわかってんだ。なぁに、悪ィようにはしねぇから――」
「あれ、館長の写真なんてどこで手に入れたの?」
「ぬお!?」
 間下 譲二はいつのまにか背後に立つ三ツ屋 緑郎の声に飛び上がる。
「ちょっとふたりとも、勝手に入らないで。危ないかもしれないでしょ」
 捕虜を収容した客車の入り口を監視する係になった一ノ瀬 夏也が、ふたりに声を掛けた。
「いや、俺は別に……」
 譲二はとぼけるが、彼が兵士たちにあやしい取引を持ちかけていたのは何も知らずに彼が拾った天童の羽を通してロストレイル中に知られるところとなっていた。
「……まあでも、僕も気になるところではあるな」
 と緑郎。
 彼は事前に世界図書館から、「今はターミナルを去ったロストナンバーの名簿」の複写を預かってきていた。戦いのさなか、その中の名前のいくつかを兵士たちに呼びかけて反応を探っていたのだ。つまりかれらはかつては世界図書館に属していたものたちではないかというのが彼の想像。これといった成果はなかったが、想像がハズレていたのなら別の可能性が浮かび上がってくる――。
「……わかっているぞ」
 ダンクス少佐が口を開いた。
「おまえたちはエドマンドを探している。そして疑っているのだろう。われわれが列車スレッドライナーをつくれたのはエドマンドが関係しているのではないかとな」

「ノートで連絡がとれました。無事だそうです」
 0世界、ターミナル――。
 リベル・セヴァンの報告に、アリッサは心から安堵の息をもらして、背もたれに体重を預けた。
「よかったぁ……。で、どこにいるの?」
「いえ、それはまだ。ですが、知られていない世界の可能性が高いです」
「じゃああれって……」
 10人の兵士たちのドッグタグが突然、砕け散った。
 そして光となって四散し、そのとき近くにいたロストナンバーを巻き込んで、消えた。
 このしらせに世界図書館は一時騒然となったが、すぐに、消えたロストナンバーからトラベラーズノートを通じて連絡が入り始めたのだ。
「ディアスポラ現象のようなものだったっていうこと?」
「考えられます」
「消えてない兵士がいるのはなぜ?」
「わかりません」
「……とにかく飛ばされちゃったみんなは早く助けてあげてね」
「至急、手配します」

 こうして、トレインウォーは終結した。

 12名のロストナンバーが、予期せぬ転移により放逐されるというアクシデントはあったにせよ、ダンクス少佐と名乗る敵指揮官をはじめ、およそ100名前後の捕虜と、装甲列車を捕捉することができた。これらはターミナル内のしかるべき場所に厳重に留め置かれ、その処遇については世界図書館で協議がもたれるだろう。
 むろん12名のロストナンバーの救出も急がれる。

 陸 抗・サーヴィランス・ポポキの3名が、混乱に乗じて回収した資料からは、かれらダンクス大隊がインヤンガイに駐留してさまざまな作戦行動に従事していたことがあきらかになった。それは件の麻薬の製造だけではなく、今回のかれらの撤退によって、インヤンガイに取り残され、今も潜伏中の部隊があるという状況のため、これらについても世界司書の予言による追跡が行われることになった。

 レイ・オーランドが装甲列車のシステムから収集した情報、魔王が兵士の記憶から抽出した情報などから、かれらはマイナス下層の世界『永久戦場・カンダータ』よりやってきたものたちであることがわかった。この事実にどう対応すべきかも、捕虜の処遇と合わせて考える必要がある。





以下の方は無事ではありますが、現在地点が不明です。所在があきらかになり次第、救出が行われます。※今回は特にロールプレイ上の制限は行わないものとします。シナリオなどには気にせずご参加下さい(担当ライターが適切に整合性をとって描写します)。

  • 雪峰 時光
  • ワーブ・シートン
  • 桐島 怜生
  • ホタル・カムイ
  • ファーヴニール
  • ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード
  • ディオン・ハンスキー
  • ボルダー
  • 神ノ薗 紀一郎
  • クロウ・ハーベスト
  • アコナイト・アルカロイド
  • ロイ・ベイロード

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螺旋特急ロストレイル

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