箱の中身は?
それは見たところ何の変哲もない小箱である。
大きさは15センチ四方くらいであろうか――おそらくヴォロスの産と見える。
小さな錠で封じられているが、それだけではない。素養が持つものが見れば、きわめて強い魔法的な力が宿っていることがわかっただろう。それは厳重に厳重をかさねた『封印』に他ならなかった。
世界図書館で、その小箱を前に、アリッサと、幾人かの世界司書たちが難しい顔をしていた。
この箱は、いつになく鹿爪らしい顔でこの場に立ち会っているブラン・カスターシェンら「ヴォロス特命派遣隊」が、遠くヴォロスの秘境より持ち帰ったものであり、かれらの旅の成果そのものと言えた。
館長エドマンド・エルトダウンは、ヴォロス辺境を旅して、古代種族ドラグレットと交流したことが、派遣隊の調査により判明した。
かれらの信頼を得ることに成功したエドマンドは、ドラグレットたちの聖地に足を踏み入れ、その力を借りることができたのだという。
ドラグレットの聖地とは、間違いなくヴォロスの竜刻の力がもっとも集積する場所であり、その膨大な魔力を正しく操ることができれば、通常は不可能なわざを成し遂げることができるだろう。それによって館長が成し遂げたことこそ、この小箱を閉じることだった。
それが彼がヴォロスに立ち寄った目的だったと見てよい。
「やっぱり……開けてみるべき、よね……?」
アリッサが口を開く。
ブランの耳がピンと跳ねた。
「けど館長がそうまでして施した封印だぞ。やっぱり……危険なものが入ってるんじゃないのか」
「その可能性はあります。しかし……」
リベルも、珍しく迷っているようだった。
封印を解き、この箱を開くべきか否か。
中に危険が封じられている可能性もある一方、館長が何をしたのか、その答えもまた箱の中にあると考えられた。
「でもやっぱり、謎は解かれるためにあるんだと思う」
さまざまな意見が交換されたあと、世界図書館は、箱を開封することを決定したのである。
万一の場合にそなえ、箱は無限のコロッセオの中で開かれることになった。
もしもの場合はコロッセオごと放棄することでターミナルへの損害は軽減することができる。
コロッセオには危険に備えてロストナンバーが待機し、経緯を見守る。
闘技場の真ん中にぽつんと置かれた小箱。
そこへ解呪の波動が送られる。
人々は固唾を飲む。
そして、唐突に――箱のフタが開いた……!
「……え?」
それが……、ぴょこんと、飛び出してきた――。
「……セクタン……?」
そう――、箱の中から出てきたのは、1匹のセクタンであった。
「つまり」
意外ななりゆきに唖然とするもの、拍子抜けしたとでも言うように肩をすくめるもの、緊張が解けて笑い出すもの……その中で、リベルが考えを述べた。
「館長は自身のセクタンを、わざわざヴォロスの竜刻の力を借りてまで封印した」
「なんのために……?」
「考えられるのは――、世界図書館の追跡を免れるためかと。われわれが館長の所在を見失ったのは本来可能なはずのセクタンによる感知が働かなくなったことも要因のひとつですから」
「そんな……。そうまでして……おじさまは……なぜ」
謎の小箱が開いたことで、ひとつの謎が解け。
だがそれはまた新しい謎の始まりでもあったのだ――。
■館長エドマンド、その旅の軌跡
現在までに、さまざまな調査からわかったのは次のことです。
旅立ち |
世界図書館館長・エドマンド・エルトダウンは、『世界を救う方法』を見つけるために単身旅立ち、消息を絶ちました。なぜ誰にも告げずに旅立ったのかは謎です。 |
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ヴォロスへの旅 |
彼はまずヴォロスに立ち寄り、古代種族ドラグレットと交流することでかれらの聖域の力を借りることにし、そのパワーによって「自身のセクタンを封印する」ことで、世界図書館の追跡を完全に封じたのです。(※この事実はヴォロス特命派遣隊によってつきとめられました) |
ブルーインブルーへの旅 |
その後、ブルーインブルーへ赴いた館長は現地の古代文明を研究する学者・スタンドストン博士と交友しました。ブルーインブルーの失われた文明『沈没大陸』の謎を解くことが『世界を救う方法』のヒントになると考えたのでしょうか。しかしこれは達せられることはなく、「何者かの襲撃」を受けた館長はブルーインブルーを逃げ出します。(※この事実はブルーインブルー特命派遣隊によってつきとめられました) |
カンダータにて |
その後、なんらかの原因でロストレイルが故障、カンダータに不時着してしまいます。館長はカンダータに協力することで現地で一定の立場を得ることに成功。カンダータの異世界侵攻に乗じてインヤンガイに渡ったのち、カンダータ軍からは出奔しました。(※この事実はカンダータ訪問団によってつきとめられました) |
そしてインヤンガイへ |
最後に見かけられた館長は、暴霊域『美麗花園』ででした。どうやらその後も、館長はインヤンガイにとどまっているらしいのですが……? |