オープニング

「おおい、大変なんだ、みんな来てくれーー!」
 それは、今日のうちにはメイリウムに着くので下船の支度をしておいてほしいと言われた日である。
 アリオが慌てた様子で船室に飛び込んできた。
 彼に呼ばれて甲板に出たものは、その光景を目の当たりにする。
 ――紺碧の学都・メイリウム。
 それは白亜の建物が連なる海上都市だ。大きなドーム状の屋根を持つ建築物がいくつか、町の中枢にそびえているのが見えた。本来なら、目的地への到着を喜ぶべき場面だったろう。
 しかし。
 不吉な黒煙の筋がいくつも、空へと立ち上っている。
 近づくにつれ、潮風にちぎれて聞こえてくる喧騒があった。やがて、遠目にも右往左往する人々の姿。
 町が燃えている。
 まさにこれから入港せんとする港周辺に火の手があがっているのだ。そして、都市を取り囲むようにして展開しているいくつかの船。船上の人間たちがこちらを指してなにかわめている。どうやら海賊船のようだ。
 次の瞬間!
 大きく盛り上がった海面を割って、そいつが姿をあらわした。
 飛び散る海水が雨のように『希望の女神』号の甲板を叩く。
 長い首をもたげ、ロストナンバーたちを睨みつけているのは、首長竜に似た海魔――いや、海魔の姿をしてはいるが、金属でできていた。

「予感があたった」
 ベヘル・ボッラが肩をすくめた。
「それじゃこれが」
 エルエム・メールがそれを見つめて、言った。
「ジェローム海賊団の機械海魔ね」

ノベル

 ぴくり、とベルゼ・フェアグリッドの耳が騒ぎを聞きつける。彼は船倉で先日ひっとらえた漂流船の海賊の見張りをしていたのだが。
「言っとくが、この騒ぎに乗じて逃げようなんざ、思うんじゃねェぜ?」
 ぎろり、と睨みつけると、海賊たちは身を寄せ合って震え上がった。
 念のために自身の使い魔を残すと甲板へ。
「地獄以上の災禍を味わいてェんならハナシは別だがなァ……キシシシッ」
 そんなセリフが降ってくるのだった。
 そして甲板に出たベルゼを出迎えたのが、その騒乱の光景である。
「ねぇねぇ、良かったら乗ってくー?」
 ファニー・フェアリリィだ。
 戦闘車ハートキャッスルを出現させ、幾人かで乗り込んで発信。こちらへ向かってくる海賊船へと向かって行った。
「ベルゼ!」
 アルド・ヴェルクアベルが駆け寄ってきた。
「僕らも行こう、町をどうにかしなきゃ」

 『希望の女神』号は、ロストナンバーたちを乗せたまま、まっすぐにメイリウムを目指す。
 行く手には何隻もの海賊船……そしてひときわ異彩を放つ機械の海魔。
「いくらジャンクヘヴンから離れてるからって、街ごと襲うなんて……いや、あんな兵器があるなら海軍なんて怖くないか……」
 山本檸於はブルーインブルーらしからぬ異形の存在を見据えていった。
 そのあぎとが、今や、檸於たちの乗るの船のほうを向き……そこから、ごう、と炎がほとばしるのと、
「『レオキィィィーーーーック』!」
 という檸於の号令が発せられるのはほぼ同時――いや、檸於の声で軌道するレオカイザーのほうが速いか、その蹴りによって機械海魔の顔がよそを向き、炎の噴射から船を守った。
 ――と、そのとき、海面を割って姿を見せたのは宇宙暗黒大怪獣 ディレドゾーアである。
 がっし、と機械海魔とがっぷり四つ。
「あは、怪獣大決戦! さらにロボも参戦って夢の共演だね!」
 エルエム・メールが歓声をあげたが、檸於は例によって素直に喜べないお年頃である。
「いや、うん……言いたい事は分かってるんだけど、できればロボのあたりは見なかったことに……」
「じゃ、怪獣のほうは怪獣とロボに任せるとして」
「だからロボって言うな――『レオシィィィルドッ』!そんな攻撃が効くか!」
 レオカイザーが展開するバリアーが海賊船から射掛けられた火矢を弾く。
 エルエムはにこりと檸於に笑みを残すと、『コスチューム、ラピッドスタイル!』と衣装を変化させ、甲板を走って跳躍。まだ数メートル以上離れた海賊船へと飛び移っていった。
 怪獣にロボに美少女戦士ね、はいはい、と残された檸於がやさぐれる頭上を、さらに日奈香美 有栖の専用機体ヴィクトリカ――これも少女型のロボだったが、空を駆けていく。
 有栖はビームライフルで機械海魔を牽制し、ディレドゾーアが肘から出した光の刃で機械海魔をざくざく斬り刻もうとするのを援護していた。

 さて、ファニー・フェアリリィは一足先に上陸したい面々を素早く送り届けると、とんぼ帰りで海賊船へ。
「まずはご挨拶ね♪」
 キャノン砲を一発。一隻の船首を破壊すると、大きく旋回してほとんど体当たりのように接舷した。
「送っていただいて感謝するよ、レディ」
 まず甲板に降り立ったのは深山 馨である。
「さて海賊諸君。希望の女神の行く手を遮るとは、何とも無粋だ」
 怒号をあげて、海賊たちが武器を手に襲いかかってくるが、馨は表情ひとつ変えなかった。海賊の曲刀が彼をとらえたかに見えた瞬間、忽然とその姿を消していたのである。
「なんだ、どこ行きやがっ……た!?」
 がつん、と銃底で頭を打たれ、気絶する海賊。いつのまにか背後に馨が立っていた。
 馨に続いて甲板に降りたカノ・リトルフェザーは、戦輪を投げて敵を牽制しつつ、マストに登りついて視界を確保した。
「……逃げます、船尾のほう!」
 そこから早々に撤退しようとする海賊を見つけて知らせる。
「逃がさないよー☆」
 ファニーがトラベルギアのハンマーをぶんぶん振り回しながらつっこんでいった。蜘蛛の子を散らすように逃げ出す海賊は、ふいにものかげからあらわれた馨に足をひっかけられてすっ転ぶ。
 そのとき、がくん、と船が揺れたが、これは隣の海賊船がぶつかってきたからだ。
 その船は先程、エルエム・メールが飛び移った船で、甲板の海賊はまたたく間に彼女にかたっぱしからのされている。そうこうしているうちに、『希望の女神』号からフカ・マーシュランドの重砲トラベルギアの砲撃が着弾。マストを粉砕されて、完全にコントロールを失ったらしい。
「こっちは片付いたよー、次行くねー!」
 エルエムが元気に手を振っていた。

「な、んで……どうして? 略奪って、ここまでするものなの?」
 街が燃えている――。
 日和坂 綾は呆然と、その光景を見つめた。
 ブルーインブルーの海上都市は、様式で言えば壱番世界のヨーロッパに近いが、海上に築く必然性から、ヨーロッパの建築に比べれば木材が使われる箇所も少なくない。その、いわば海上都市の弱い部分を、火は容赦なく襲い、逃げ惑う人々の背中には海賊の銃砲が向けられるのだ。
「うそでしょ、こんなのって――私、知らなかった」
「面倒だね」
 ベヘル・ボッラが言った。
「やつらがここへ来た目的がぼくらと同じなら」
 綾がはっと顔をあげた。
「博士……! 博士、無事ですか!?」
 声をあげながら、駆け出していく。
 と、そのまえに、海賊らしき連中とそれに追われる住人の姿が見えた。
「エンエン、狐火操り! 海賊なんて丸焼きでもいい!」
 怒りに任せて火炎弾を撃たせながら、蹴りかかっていく。
 ベヘルはトラベルギアのスピーカーを自身の周囲に浮かべると、衝撃波を放って綾を援護した。
「イヤッハー! 撃ち漏らしはナシでいくぜーーー!」
 その頭上を影が横切る。
 ベルゼ・フェアグリッドだ。トラベルギアの拳銃で港の海賊たちを撃ちぬいていった。
 すたん、と波止場に降り立ったのはベルゼの背に乗ってきたアルド・ヴェルクアベルである。
「町の人達は!」
 綾に蹴られて、なお、よろよろと立っていた海賊のひとりを、盾にしばき倒して完全に昏倒させる。
「わからない……けど……っ」
「避難させてあげて」
「おおーい、こっちだあ!」
 声が降ってきた。
 すいー、と舞い降りてきた燕が一羽。ぼわん、とタヌキの姿に変わった。太助である。
「あっちのほう、まだ火が回ってないし、海賊もいねーぞ!」
「じゃ、行こう? 立てますか?」
 海賊に追われていた人たちを連れ、綾と太助はかれらを避難させようとする。

「おい、なんだよあれ……」
 別の場所だ。
 混乱に乗じて、家々から財産を奪いとってきた海賊たちの一団が、小舟に略奪品を積み込もうとしているところだった。
 だがかれらの見たのは機械海魔に謎の怪獣が襲いかかり、かれらの船が次々と火を吹いている光景だった。
「あの船――あれたしかジャンクヘヴンのじゃないか?」
「マジかよ。なんでメイリウムにジャンクヘヴンが――」
「そこまでだ、ジェローム海賊団!」
 割って入る、高らかなその声は!
「俺たちが来たからには好き勝手させないぜ!!」
 振り仰いだ建物の屋根のうえ、陽光を背にして立つシルエットがあった。
「だ、誰だ!?」
「ふっ、俺が誰かって? 聞いて驚け、俺は0世界世界図書館派遣特命派遣隊が一人皇子ツヴァ……どわああああっ!!」
 足を滑らした。
 まっさかさまに落下するツヴァイ。その身体は、しかし寸前で空中に宙吊りになった。
「あ、れ?」
「ちょっと、なにやってんの! って、重ー!」
 黒燐がトラベルギアの釣り糸で助けてくれたようだ。
「な、なんか知らんが、ずらかるぞ!」
 その隙に海賊たちが退散を決め込む。
「おい、逃げるな、こら!」
 ツヴァイの四肢がじたばたと空中を泳いだ。
 そこへ、同じく空から降ってくる影があった。
「ぎゃっ!?」
 その影は海賊の一人を踏みつけにして着地――すると同時に、スカートがひらりと翻った。空を駆ける専用バイクから飛び降りたミルフィ・マーガレットである。
「……っ、レディのスカートを覗き見するんじゃありませんわ!」
 まったくの不可抗力だったが、回し蹴りが近くの海賊に決まる。
「あー、やってるねーー」
 千葉遊美がそこへ合流した。
「わたしもまぜてもらうねっ。……いくよー!」
 特殊能力『百花狂乱』を発動――。
 日々、ありえないことが起こる世界からきた遊美。彼女の能力は周囲の常識や物理法則をくつがえすことだ。問題は彼女自身にも何がどうなるかわからないことで。
「お、おおお、なんだこりゃあ?」
「おい、おまえ、その羽――」
「あら、まあ」
 人々の足が地面を離れた。
 無重力のようにふわふわと浮き上がる。しかもどういう原理だか理屈だか、各人の背中にはきらきら輝く天使の羽が備わっており。
「お、助かった。こりゃいいぞ」
 ツヴァイも無重力の中を泳いで、海賊の近くまで行くと、屋根から滑り落ちた腹いせ(というより八つ当たり)とばかりに殴りかかる。ツヴァイやミルフィはいいとして、海賊たちも天使の羽をはやして、しかも、無重力の中でミルフィとツヴァイに殴られたり蹴られたりしているのはかなりシュールな光景と言わざるを得ない。
 一部始終を見下ろしていた黒燐は、ここはもう大丈夫そうだ、と別の戦場をもとめて場を離れる。

「これをなんとかしないとね」
 燃え盛る火を前にすると、足をすくむのを、アルドは感じる。
 だがそんな気持ちを意識から閉めだして集中する――いつものように、力を震えば、ぱあっと空中に霧があらわれた。彼の得意の魔法だ。その霧の濃度を、さらに濃くしていけば……それは雨になって、燃える町に降り注いだ。
「ボクも手伝うでー!」
 フィン・クリューズだ。
 石畳のうえを、滑るように移動する。足の下を凍らせてスケートの要領で駆けているのだ。燃える町の通りを移動しながら、行く先々に魔法陣を描く。そこから噴出す水が、火を消し止めていった。
 華城水炎はマシンガンで家屋を破壊して廻っていたが、これも延焼を防ぐための消火活動の一環だ。
 近くの建物から、シュマイト・ハーケズヤが飛び出してきた。ぐったりした子どもを布に包んで抱いている。それは彼女特性の封火布。布の表面に火の精霊の嫌う物質を織り込んであり、この布を火の方から避けてゆくというものらしい。
「こっちだ、こっち!」
 太助の返信した燕が空から叫ぶ。
「この先の坂を登ったら――」
「町の講堂があるな?」
「あれ、知ってんのか?」
「なに、船から一度見れば、町の地図くらい思い描けるものだ。そこが避難場所なんだな?」
 シュマイトが駆けていく。
 なるほど避難場所には誘導されてきた人々でごったがえしていた。
「みんな安心してくれ。順番に診ていくからな。意識のないものからだ」
 ルゼ・ハーベルソンが治療にあたっているが、かなり大忙しの様子である。むろんメイリウムにも医者はいるが、この状況で皆混乱しているのだ……。

 ずしん!と、ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードが甲板に降り立つと、それだけで船が大きく揺れたようだ。
「ギャーー、また新手の海魔がーーー!」
「いや、待て待て、拙者は海魔ではない」
 騒然とする海賊たちに向かってガルバリュートは告げた。海賊にしてみれば、ディレドゾーアもその他の超絶な力をふるうロストナンバーも、海魔のようなものなのだろうが。
「海魔じゃない……のか」
「うむ。といって貴殿らの味方でもないがな! さあ先に星になりたい者は誰だ!?」
 ぶんぶんと碇のついた鎖を振り回す。まあ、結局、海魔出現と変わらない状況だ。
 銃撃は華麗なポージングとともに跳ね返し、斬りかかってくる剣は二本の指で白刃取り。襲ってくる海賊たちを次々に海へと放り投げていく鬼神のような猛攻だ。
「ふうむ、あとは……あれか」
 あらかた海賊を片付けてしまうと、ガルバリュートは最後に残った機械海魔を振り返った。
 もっとも、その時点で機械海魔もかなり圧されていた。
 ディレドゾーアが口から吐くブレスだかガスだかからは逃げまわるのにせいいっぱい。そこへ有栖やフカの銃撃が追い討ちをかけてくるのである。
「ソイヤーーー!」
 そしてガルバリュートの放った碇だ。
 碇のついた鎖が、機械海魔の首にからんだ。これでは逃げられない。
「勝機!」
 これに喝采を叫んだのがジュリエッタ・凛・アヴェルリーノだ。
 トラベルギアの小脇差を抜き放ち、ガルバリュートの投げた鎖の上を駆け出していった。つまり、機械海魔の上へ。
「胴体に穴をあけてくれ! 小さくていい!」
 ジュリエッタに、有栖とフカが応えた。ビームライフルと砲撃が同じ位置を狙って着弾。煙を吐いて爆ぜた鋼鉄の装甲に、海魔の首を滑り降りて背中へ乗ったジュリエッタが脇差を突き立てる。
「さあ、これでどうじゃ!」
 そこへめがけて、ジュリエッタの呼んだ雷が落ちる!
 瞬間、海が白く染まった。
 小脇差を避雷針に、落雷の電流が有栖たちの開けた傷から装甲の内側に流れこんだため、機械海魔の胴体が爆発したのである。
「ちょ、ジュリエッタさん!?」
 アリオが爆発の閃光に消えた彼女の名を呼んで、船のへりに駆け寄った――
「おわあああ!?」
 そこへ吹き飛ばされたジュリエッタ自身が激突!
 甲板に、目を回したアリオと、煤けたジュリエッタの姿があった。
「お、おお、すまぬ。おい、大丈夫か、おーい?」
 波間では、機械海魔の残骸がごぼごぼと沈んでいこうとしていた。
 ディレドゾーアがそれをひときれ拾って、ボリボリと食べ始めた。


 ようやく騒乱が落ち着いたのは、日が傾く頃であった。
 さいわい、消火活動がうまくいったので、都市は甚大な被害を受けずに済んだ。
 海賊たちの生き残りはすべて捕縛されている。メイリウムにも自警団はあるが、近くジャンクヘヴンから海軍を呼んだほうがいいだろう。
 ルゼ・ハーベルソンは、医師として、海賊たちにも手当を施してやった。
 やはりかれらは「ジェローム海賊団」であり、メイリウム襲撃後の「後始末」を……「あとは好きにしていい」と言われて都市に残ったものたちだった。
 つまり、「本隊」はすでに目的を果たしたあとだったのだ。
「それでは町の学者たちを、かれらは連れて行ったというんだね」
 柊木新生は表情を曇らせた。
 予想していたうちではあるが、これは困ったことになった。
「大変な時に申し訳ないが、スタンドストン博士やエドマンド・エルトダウンという人物について何か知っている事があれば教えてはくれないか?」
 町の人々に問うてみれば、「大学に聞いてみればなにかわかるかも」ということだった。
 ルゼがまだ手当に奔走し、水炎が焼け出された人々への炊き出しを始めている。それらを手伝いたい気持ちもあったが、本来の任務を果たすべく、幾人かのロストナンバーたちは、襲撃の恐慌冷めやらぬメイリウムの町へと出かけるのだった。
 途中、神喰日向とすれ違った。
「館長はいねーぜ」
 日向は、かたっぱしから住人の精神に触れて探しているのだという。最初は「さてさて、館長はどこですかーっと」と鼻歌まじりにやっていたが、あんまり情報がないので次第にいらついてきた。
 どうやらこれは、館長がこの町を訪れてから時間が経ち、旅人の足跡効果で人々の記憶が消えてしまったということが考えられた。ある程度以上に深くかかわった人でないと館長を覚えていないということだ。

「皆様はジャンクヘヴンの方だとか。このたびはなんとお礼を申し上げていいのか……」
 『大学』とは、一般的な意味とは少し異なり、メイリウムの学者たちが集まるギルドのような意味合いを持つ機関のようだった。
「あの、私たちはスタンドストン博士を訪ねて参りましたの。よければご紹介いただけませんでしょうか」
 三雲文乃が言ったが、返ってきたのはやりきれないため息であった。
「大学の学者の多くが、あの海賊たちに連れ去られてしまいました。スタンドストン博士もです」
「そう……。博士を訪ねてきたエドマンド・エルトダウンという人物については?」
「私は会ったことはないと思いますが……もう何年も前に、スタンドストン博士がよそからきた旅人と親しくしていたのは聞いたことがあるような気がします」
「博士の住まいを教えてもらえないかしら?」
 エレナが訊ねた。
 大学の職員が地図を書いてくれている間、枝幸シゲルは自らの思索をたどるように、ぽつりぽつりと話した。
「スタンドストン博士は、古代文明を研究する学者だった。ジェロームはどうして考古学者たちをさらったんだろう」
「今日見たアレじゃないかな。機械海魔」
 仲津トオルが応える。
「あんなものブルーインブルーの技術では作れないもの。古代の技術を復活させて戦力にしようとしてるんだろう。……そうだ、大学に資料が残っていたら貸してもらおう。館長だって古代文明のことを調べてたんだ。ボクたちも館長やジェロームが探しているもののことを知っておかなくちゃ」

 一行は下町といった風情の街並みの中を歩いている。さいわいこのあたりは火災や略奪にみまわれなかった地域だ。そのなかに、博士が暮らしていたという下宿があった。
「アラ、なんてこと! オリバーが海賊に!? ああ、神様! オリバーが無事でありますように……! それと今月の家賃はあたしゃ誰から払ってもらったら……?」
 でっぷりふとった下宿のおかみは大げさなしぐさで驚き、嘆いた。
「博士の部屋を見せてもらえるとありがたいのですが」
 文乃の申し出に頷いて、部屋に案内される。
 有名な学者というわりには質素な部屋だった。ほとんど寝るためだけの部屋だったようだ。
 エレナはその部屋の真中に立つ。
 彼女は探偵だ。そしてここはいわば「被害者の部屋」。ならば必ず、手がかりは見つかるはず――それが法則なのだから。
「……館長はここにも来たわ」
 エレナは言った。
「あたしにはわかる」
 おもむろに窓に歩み寄り、出窓のガラスをそっと開けた。そこから下宿屋の裏庭が、申し訳程度の敷地に簡素な木が植えられただけの庭を見下ろせる。すでに日は沈み、月明かりが庭を照らしていた。
「博士がある時期、親しくしていたエドマンドという男性をご存知かしら」
 文乃が、おかみに訊ねた。
「知ってるも何も。この隣に住んでたよ」
「え――?」
「本当に!?」
 ロストナンバーたちから驚きの声があがった。
「それがあんた、ある日突然いなくなって。まあ、家賃は先々のぶんも貰ってたからいいようなものの」
「隣も見せていただいていいかしら。もし今も空き室なら」
 思わぬ展開だった。
 隣室は空室ではあったけれど、博士の部屋と同じような家具が使われないまま置かれているだけだった。私物はほとんどなく、ありふれた日用品だけだったのでもう処分してしまったそうだ。
「見て」
 エレナが壁を指した。
「これは……以前から?」
「あー、修繕するお金がなくてねえ。窓が壊れたのは取り替えたんだけどねえ」
 おかみの説明を聞きながら、文乃は石壁についたその傷を見つめる。
「これ……何の痕かしら」
「ふむ。普通に考えれば、『爪痕』のように見えるけどね」
 新生が言った。しかし石壁にこんな痕を残せる『爪』とは……?
「窓から逃げた」
 ふいに、エレナが言った。
「窓から逃げたのよ。裏庭を通って、その裏木戸から出たんだわ」
「それって推理? つまり館長はスタンドストン博士を訪ねてこの町に来て、博士と親しくなり、同じ下宿に住んでいた。でもある日、なにものかの襲撃を受けて逃げ出した。そういうことだね」
 トオルがまとめる。
「これはどうあっても、博士に話を聞いたほうがよさそう。館長を最後に見た目撃者って可能性もあるよね?」
 と、シゲル。
 だがその博士は海賊に連れ去られた後。
 謎は謎のまま、メイリウムは襲撃の傷跡を抱いたまま、月明かりの下にある。


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螺旋特急ロストレイル

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