海原に誓う
オープニング
「ええと、じゃあ、情報を整理するよ」
アリオは『希望の女神』号の船室に集まった面々を前に、大きな紙に要点を書き出していく。
・館長は『奇譚卿』から、メイリウムのスタンドストン博士を紹介された。
・スタンドストン博士は「沈没大陸」を研究している学者。
・館長はスタンドストン博士に会いにメイリウムに来た。
・それからしばらく同じ下宿で暮らしていたが、ある日、姿を消した。
・メイリウムは先日、ジェローム海賊団に襲撃された。
・スタンドストン博士もジェローム海賊団に連れ去られてしまった。
・ジェローム海賊団は学者や職人、海上都市の住人を大勢さらっているらしい。
「今までの俺たちの旅や、過去の報告書からわかるのはだいたいこんなとこ。ここまではいいよね」
特に異論のあるものはいないようだった。
「で、問題はこれからどうしようかってことなんだ。せっかく追いかけてきたんだし、スタンドストン博士には会いたいよな。博士だけじゃなく海賊にさらわれた人たちだって、心配だしね」
情報によると、海賊ジェロームは移動する巨大な船のような海上都市を支配しているという。さらわれた人々はその都市にいると思われる。この先の海域を探せば、ジェロームの都市を見つけることもできるだろう。そうしたら……
「ジェロームの都市に潜入して、スタンドストン博士を助けることもできる。でも……」
それは非常に危険な冒険である。
それに、ジェロームにさらわれた人々が一人や二人ではない以上、一度に全員を救出するのは不可能だ。ならば中途半端にかれらに近づくのは、かえって厄介な事態を招くかもしれない。
決断を――、しなければならないのだ。
ノベル
「なーにゴチャゴチャ言ってんだよ、アリオ! 厄介な事態になるかもしれねーだか何だか知らねーが、連れ去られたヤツがいるんだろ!? だったら助けんのは当たり前じゃねーか!」
「そ、そうだけど」
囚われている人々が大勢いるという、海賊ジェロームの都市へ。
そこまで足を伸ばすかどうかは派遣隊の中でも意見が分かれた。
全員を救出できない以上、救出できなかった人々に危険をもたらすことになるのではないか、という点がもっとも懸念されるところだった。
また、単純に、ジャンクヘヴンとも連携し、万全を期してからのほうがよいという意見も。
「だがこちらが体勢を整えるまで敵が待ってくれるはずはない。準備をしていて間に合いませんでしたでは笑い話にもならん。今動く事にリスクはあるが、先延ばしにしても別のリスクが発生するのだ。ならば今動くのも間違った作戦ではなかろう」
「巧遅よりも拙速をということですわね。すべての攫われた方々を救出するのは難しいでしょうけれど、博士一人を目的とするのなら出来るかもしれませんわ。元々、当初の目的はスタンドストン博士でしたもの」
「機械海魔などを見ていれば、何故学者や職人が多く攫われたのかわかるだろう。……彼らは機械を扱うための頭脳や腕として欲された。それならば海賊側もそう乱暴には扱わないはずだ。一度戻り、充分に準備を整えてから向かうのが得策と思うが――」
「でも逆を言えば、スタンドストン博士だけを助けだしても、残された人がただちに危険になるとは言えないとも考えられるよね?」
「私は助けにいきたい。だって、なんのために来たのさ? それじゃ何のために来たの? 全員を一度に助けられなくても、中の構造を知るとか、次の救出大作戦用に味方を増やすとか、出来ることたくさんあるじゃない! 館長のことだけじゃないんだよ! ブルーインブルーの人たちが困ってるんだよ? 私たちはジャンクヘヴンの船に乗ってきた。海賊とだって何度も戦ってきた。もう無関係じゃないんだよ? 館長のことをダシにして逃げるようなのはイヤ」
「館長って言えばさ、『館長は突然姿を消した』っていうけど、海賊団につかまってないとは一言もいってないじゃん。もしかしたら、こっそり館長をさらったのはいいけど、後から人手が必要になって他の人をさらい襲撃してきた……とかかもしれないし! ジェロームの都市にも館長の手がかりがあるかもしれないよ」
それぞれに一理あると思える意見がかわされたが、3分の2は救出に向かう方向で傾いているようだった。
「行きましょう」
話が出尽くしたのか、訪れた沈黙を、しばしの後に破ったのはカノ・リトルフェザーだった。
「俺は一度撤退すべきだとは思う。囚われた住人や博士に危険を及ぼす可能性を考えるなら。でも――」
カノは派遣隊の面々の顔を、一人ひとり見つめなおした。
いずれの顔にも、それぞれの決意が浮かんでいることは、かれら自身、わかっていることだった。
ふと、空を見て、ひと呼吸。
そして言った。
「俺はこの派遣隊に危険は承知の上で志願したし、皆もそうだと思う。ジェロームの都市にいる人を助けたいという気持ちはみな変わらないでしょう。だったら行きましょう。最良の結果となるよう、最善の方法を一晩中でも話し合って。俺たちには嵐の夜に見た虹が、幸運がついてます」
* * *
「炊き出しはこっち!……ってそこ割り込まない! 量はあるから慌てんなよー!」
山本 檸於の張りのある声が通る。
襲撃より一夜明け、空は快晴。
メイリウムの一部を襲った火災によって住む場所を失った人々に向け、炊き出しが行われていた。
都市の危機に居合わせ、助けてくれた不思議な力を持つ人々を、メイリウムはジャンクヘヴンの軍隊と認識しており、やはりジャンクヘヴンの同盟に協力を求めるべきだという声が広まっているようである。
それはともかく。
「だ、誰だ今ロボの人って言った奴!?」
どこかで檸於の活躍を見ていた人がいたのか、漏れ聞こえてきた囁きに過敏に反応する。
日奈香美 有栖のつくったカレー、そしてジュリエッタ・凛・アヴェルリーノの雑炊などが振る舞われる。
「あれ、火が消えちゃったよ」
アリオがジュリエッタを呼んだ。
「ん、そうか? なら小さな雷撃でこう――」
「え、ちょ、雷って……ギャーーー!」
「し、しまった、加減を間違ったか! おーい、しっかりせい!」
感電して倒れたアリオの頬を叩く。
「運ぶもの、片付けるものがあったらボクか、あのひとに言うてなー!」
フィン・クリューズが氷滑走で街路を滑りながら、物資を届けるために駆けてゆく。
ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードは大きながれきを軽々と持ち上げて、力仕事で貢献していた。
「これも頼むぞ!」
ぶん、とがれきを豪快に放る。その投げた先――沖で、宇宙暗黒大怪獣 ディレドゾーアが海に浮いた船の破片などをボリボリと食べているのだった。
「この都市も海賊に備えを持ったほうがいいな」
と、ガルバリュート。
「あのあたりに船を止めるブロックでも設置すればよいのではないか?」
「おーい、大変! ルゼさんが倒れたよーー」
フィンが呼びにきた。
「なんと、それはいかん。治療続きで忙しかったからな。ここは拙者が」
「お疲れがたまったのでしょうね」
町の人々の救護所になっている講堂のかたすみにルゼ・ハーベルソンも寝かされている。
ガルバリュートの渾身のポージングと、有栖の治癒魔法。
治癒魔法のほうは効果があって、ルゼが目を覚まして。
「医者の不養生とはこの事だね。ああ、あの木の最後の一葉が落ちたら、俺は……なんてね。さて、休んだ事だし、また治療に戻ろうか」
「無理はせんほうがいいぞ」
とジュリエッタ。
「そうも、言ってられないさ。……アリオもどうかしたの?」
「いや、これは違うのじゃ……」
目をそらした。
* * *
「あったあった、あったぞーー」
塔のように積み上がった本が歩いてくる。
いや、山のような本を抱えた太助だった。
「おお、資料は根こそぎ持ち去られたものと」
「地下の書庫に残ってたんだ。海賊は気づかなったんじゃね?」
メイリウムの大学には、古代文明についての情報をもとめて、幾人かのロストナンバーが立ち寄っていた。
「じゃあさっそく調べさせてもらうわ。ジェロームがそこまでして欲しがる古代の技術って、どんだけ凄いものなのかしらね?」
とフカ・マーシュランド。
「さて。機械海魔だけとも思えん。ともかく、わかるところからだな」
シュマイト・ハーケズヤが頁を繰る。
ふたりは機械技術や兵器などの情報を探すつもりだ。
エレナも好奇心に瞳を輝かせ、文献の世界に没頭しているようだった。
「よし、重要そうなところを見つけたら言ってくれ、模写させる」
ベルゼ・フェアグリッドが言った。
「『させる』? 誰に?」
「テメェら、手伝え。嫌だ、なんて言わさねェぜ?」
「へ、へい!」
ベルゼが睨みをきかせると、上擦った返事がかえってくる。先日の、漂流船の海賊たちだった。
「これがスタンドストン博士の論文?」
深山 馨は博士の残したものを中心に見ていく。
「博士の研究はどんなものでしたの」
三雲 文乃の問いに、大学の職員は、
「『沈没大陸』の文明についてです。どういった文化や社会を持ち、なぜ滅びたのか……それを解き明かしたいと仰っていました」
と答えた。
その日、調べてわかったこととしては、機械海魔のようなものは、古代文明の産物というより、その技術を応用したものに過ぎないということのようだった。古代においては、人間が操作しなくても自律して動く機械の兵士や召使のようなものが作られていたらしい。これらはごくわずかだが、現在も遺跡で見つかることがある。
兵器としてはそれこそ島ひとつを消し飛ばすようなものも存在したと言われているが、あまり具体的なことはわからなかった。
スタンドストン博士は、『沈没大陸』の都市があったと思われる海域について推論を重ねており、海底の都市遺跡を探索できれば古代文明について多くのことがわかるだろうと、その著書で述べていた。
博士によると、「太陽と月を乗せた天秤」が、この古代文明のシンボルとなるもので、このしるしが刻まれた古代の遺物をたどることで、古代文明の版図を推測したようである。博士の下宿からも、しるしが刻まれたメダルのようなものがひとつ見つかっていた。
「なぜ滅びたのか――それが最大の謎とされているんですって」
エレナがメダルをもてあそびながら、どこかうっとりと言った。
「天変地異や、高度な技術の暴走という説があると書かれているね。だが博士はその説には疑問を呈している」
深山 馨が博士の論文から顔をあげて言った。
「このメダルからは、災厄や戦争のビジョンは読み取れないわ」
とエレナ。
「館長はブルーインブルーの古代文明に何をもとめたか……そのことと関係があるのかしら?」
* * *
日和坂 綾も大学を訪れていたが、こちらは海賊について調べていた。
「短時間でオーバーテクノロジーの資料を根こそぎ持ってっちゃったんでしょ。先行して潜入してる人がいたんじゃない?」
「そうかもしれませんが今となっては……」
職員から、襲撃当時の話を聞いた。
「もともとメイリウムの大学は広く開かれていますので、外の人が出入りするのも珍しくないのです。どうやら以前から、何人かの先生は、ジェロームの都市に来て研究を続けないかと打診を受けていた方もおられるようで」
「それに応じないから強引に連れて行っちゃったってこと? ひどい!」
「先生方が無事だとよいのですが……」
ベヘル・ボッラは機械海魔の残骸を調べていた。
「うーん」
誰にともなく、肩をすくめた。
「思ったよりも単純な機械だったのかな……」
データを貯めておくような部分――つまりコンピュータ制御されていて、それが無傷であれば情報を吸い出せるかと期待したのだが、そこまで情報化された機構でもないようだった。
「これから、大変だろうと思うけど……」
枝幸シゲルは町で武器を扱う商店を訪ねている。
愛用の弓を診てもらいながら、店主と世間話だ。
「ねえ、ジェロームの都市に行ったことは? あるいは商売仲間から話を聞いたとか」
「まさか。都市ったってほかの海上都市とは違うんだよ」
店主は言った。
「たしかにジェロームの都市と取引をしている商人もいる。でも部下の海賊が買い付けにくるばかりで、誰も都市に近づくことさえできやしない。行ったが最後、戻ってきたものはいないらしいしね」
「そうなの。じゃあ、都市の内部構造とか――」
「海賊たちに聞くしかないだろうね」
「それじゃあ、聞き込み開始! 『磯の臭い』さんとか『夏の残滓』さんとか、そういう人たちにも話を聞くべきだよね! そんな人いない? 何言ってるの? そこにいるじゃん」
と言って千場 遊美が指すところには誰もいないように見えるが、彼女にはなにか見えるのかもしれない。
とにかく、街で人々に話を聞けば、海賊についてなにかわかるかもしれない。
「ねえねえ、ここ襲ってきた海賊の人たち、どんな服着てたー? 何か、普通と違う物、持ってたりしなかった?」
黒燐は子どもの観察眼に期待する。
しかし町で暴れていたのは、下っ端のせいか、特に一般的な海賊と異なる様子もなかったようだ。
ただ、カノ・リトルフェザーの聞いてきた話で、かれらがやってきたと思われる方角はわかった。それ自体が偽装でなければ、連中の拠点の場所を推測する手がかりになるかもしれない。
ツヴァイと柊木新生が自警団に話を聞く。
「ジェローム海賊団について、噂でも何でも構わないから知っていることを教えてはくれないか?」
「連中が小さな町を襲ったり、職人や学者をさらっているという噂は聞いていたよ。メイリウムも小さな町だが、小さいと言ってもこの規模だ。まさかここまでやるとは……」
そう言ってかぶりを振る。
「この町はジャンクヘヴンとつながりはないのか?」
ツヴァイの質問に、自警団は頷く。
「メイリウムは中立をよしとする町だ。だから同盟に入っていなくて、ジャンクヘヴン海軍の巡回ルートにも入っていない。でもこうなってはジャンクヘヴンに頼るしかないな……」
すでに連絡はついていて、派遣隊がついていることも伝わっている。
派遣隊が捕縛した漂流船の海賊も、いったんメイリウムに預けてジャンクヘヴン海軍に引き渡すことになるだろう。
ジャンクヘヴンが掴んでいるジェロームの情報は、今のところ世界図書館が把握している程度のことのようだ。
「あのさー、情報集めときたら『酒場』でしょー♪」
「貴女、飲みたいだけでしょうが……ま、とりあえず行ってみましょうか」
ファニー・フェアリリィとミルフィ・マーガレットが連れ立って酒場へ。
たまたま居合わせて襲撃のとばっちりを受けたよその町の船乗りたちもいて、かれらにも話を聞いた。
「もうこの先の海には出られないな。根こそぎ住人がさらわれて廃墟になっちまった町もあるし、うっかり連中と遭遇したらと思うと……」
そう言ってすっかり怯えた様子を見せる。
エルエム・メールは酒場で踊りを披露し、テーブルでお酌をして回った(「こういうのセッタイって言うんだよね? エル、おっとなー!」)。
「お嬢ちゃんも気をつけなよ」
船乗りの一人が言った。
「連中がさらってくのは職人や学者だけじゃねえんだ」
「そうなの?」
「連中の『都市』は、本当にひとつの町になってるって噂だ。町にあるもんはなんでもある。だから踊り子だって必要なんだよ」
さまざまな形で周辺情報は得られた。
結局のところ、もっとも核心に迫るのは、やはり当の海賊たちから聞ける話だったろう。
「きみたちは結局、下っ端の小物でしょ。素直にしゃべってくれたら、見逃してあげてもいいんだけどね」
仲津 トオルの持ちかける取引に、海賊たちは心が揺らいでるようだ。
「さぁ~知ってることは全部話してみようか? でないとと~っても怖~い幻を延々と見続けることになるよ?」
と迫るアルド・ヴェルクアベル。これはいわゆるアメとムチ。
その結果、かれらから聞いたところによると。
この先に、ジェローム海賊団が縄張りとする海域がある。この海域はジャンクヘヴンからは遠くはなれているため、同盟の海軍は立ち入らない。海域内の都市はすで征服されたか、ジェロームには逆らわないことを約束し、かれらの補給拠点になり下がっている。
ジェロームの都市――その支配者の名を冠した『軍艦都市ジェロームポリス』は、この海域内を周回している。都市のまわりには配下の海賊船も随行しているため、さながら巨大なクジラとコバンザメの群れのようである――。
「都市の内部のことも教えてもらいたいんだけど」
トオルがさらにつっこんだが、言葉であらわすのは難しいようで、要領は得ない。――と、傍で様子を見ていた神喰 日向がいらついた様子で、
「もういい。直接、聞く。おまえの頭の中にな」
と、海賊たちの精神を漁り始めるのだった。
* * *
再び、夜がきた――。
枝幸シゲルの奏でるフルートが潮風に乗っている。傷付いた町を慰めるかのような調べ。しばらくして、そこにサックスの音色が加わった。これは深山馨の演奏のようだ。即興のセッションを聞くともなく聞きながら、メイリウムの港に停泊する『希望の女神』号の甲板で、アリオは夜の海を見ている。
「今日調べてわかったとおり、相手は大船団だよ? こっちはたった30人じゃない。そこまでする必要あるの?」
背後からかかった声は仲津トオルだ。
「そうだけど……って、仲津さんは潜入に賛成したんじゃなかったっけ?」
「そうだった」
トオルはくすりと笑った。
「まァ、博打しなかったらもっと真っ当に生きてるよね」
「方法はあるよ」
アリオは言った。
そして、そろそろ船室に戻ろうと、トオルを促す。
暴虐の嵐が去った海は、今はまだ静かだ。