オープニング

 海賊ジェロームが支配する、移動する海上都市へ潜入を決行する――、派遣隊の進路は決まった。

 危険な作戦だが、ロストナンバーの力を合わせ、この困難に挑むことになる。
「まず確認。最低限の目標として、『スタンドストン博士を助け出すこと』を考えたいと思う」
 アリオが言った。
「『博士以外に助けられる人がいるなら助ける』、『ジェロームの都市の情報を持ち帰る』、『可能なら海賊団にダメージを与える』……こういうことは、2番目の目標。無理は禁物だからね。それになにより、『全員、生きて戻る』、これは絶対ね。絶対!」
 次に、ここまでで得られた情報から、潜入の方法を検討する。
 まず、この先、ジェローム海賊団が支配する海域に近づけば、都市の場所までたどりつくことは不可能ではないと考えられる。そこからは、次のような方法がありうるだろう。

(1)海賊に偽装する
 メイリウムを襲っていた連中は、略奪が済めばジェロームのもとへ帰還する手はずだった。かれらがいつまでも戻らないと相手方も不審に思うだろうから、海難事故にでも遭って帰還が遅れたことにして、海賊たちの船を使って堂々と都市に帰還する。うまく騙せれば、都市の支配層である海賊の組織内に入り込めるので、情報は得やすくなるが、そのぶん危険度は高い。

(2)わざと捕まる
 メイリウムで一般の商船に乗り換え、この船でジェロームの海域を航行していれば、都市に遭遇した際に、海賊に拿捕される可能性が高い。こちらが抵抗しなければむやみに撃沈などはされないだろう。この場合、さらわれた人々と同様に捕虜のような立場で都市に入れる。すでに都市にとらわれている人々に接触するにはこの方法が手っ取り早いかもしれない。

(3)ひそかに潜入する
 多数の海賊船に守られた都市内に、気づかれずに潜入することは通常の方法では考えられないが、ロストナンバーの特殊能力を駆使すれば不可能ではない。潜入後も身を隠し続ける必要はあるが、都市内を自由に動けるため、他の方法では得られない情報を掴める可能性がある。

「……で、思うんだけど、人によって向き不向きもあるし、それぞれ一長一短だから、3つの方法での潜入作戦を同時に並行したらいいんじゃないかと思うんだ。俺たちならノートを使って連絡を取り合えるし、お互いを補えるだろ?」
 分断のリスクはあるとはいえ、ロストナンバーの特性から考えると、そのほうが成功率は上がるだろう。
 かくして、ジェロームの都市『軍艦都市ジェロームポリス』への潜入作戦が行われることになった。


ノベル

「よし、では拙者たちは海賊船に偽装して潜入することにする。アリオ殿はもちろんこちらであるな」
「ちょ、ムリムリムリ! 俺なんかどー考えてもムリ!」
 ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードに連れていかれそうになって必死に抵抗するアリオ。
「あいつらを連れていけばいいんだ!」
 ツヴァイの思いつきにより、メイリウムで捕縛した海賊の数名が、背中から武器を突きつけられ、乗船させられることになった。
 偽海賊船には、ガルバリュートとツヴァイのほか、仲津トオル、枝幸シゲルが乗り込む。
 海賊への尋問などから、ジェロームの都市の居所はだいたい推測できる。
 移動する都市ではあるが、ある程度決まったルートを周回しているというのだ。
 果たして情報どおり……、水平線にその影が立ちあらわれる。
「ふぅむ」
 いつにもまして恐ろしげな兜を着用したしたで、ガルバリュートが声をあげた。
「あれがそうなのか」
 ツヴァイが双眼鏡を取り出す。
「なるほど、これはたしかに都市と言ってもいい」
「こんなに大きいなんて」
 トオルやシゲルが感嘆するのも無理はなかった。
 軍艦都市ジェロームポリス。
 『鉄の皇帝』と呼ばれる大海賊、ジェロームの船にして都市。それは海原に築かれた鉄の要塞と呼んで差し支えない威容であった。
 まさしく都市に匹敵する巨大さだ。
 海上を移動するというが、あまりに大きすぎて本当に動いているのかにわかにはわからないほどなのだ。
 次第に近づいてくると、まず、その都市は周辺海域に多数の護送船団をともなっている。それらがいずれも、歯車をかたどった旗を掲げているのが見てとれ、どうやら海賊船であるらしい。
 海賊船の群れの先によこたわる「本艦」は、近づいてみると無数のバラックをつみあげたような姿をしており、それは狭い土地に建築が密集する他の海上都市に似ているが、もっとずっと急ごしらえな、都市の戯画のようでもあった。
 そこかしこから、煮炊きのものか、別のものなのか、蒸気のようなものが吹き出している。よく見れば、バラックの間には複雑なパイプが縦横無尽に走りまわっている。
 偽装海賊船は、この「本艦」にたどりつく前に、護送船団の検問を受ける。
 本物の海賊を連れていたことが幸いしたのかどうか、問題なく、船は受け入れられたようだ。
 乗り込んでしまえば、あとはどうにでもなるだろう。

 一方――
 前後して、商船を装った一隻の船が、海賊船に拿捕され、ジェロームポリスに曳航されようとしていた。
 ジェローム団は捕らえた人々をその職能などからジェロームポリス内の各所へ回し、この都市のために働かせるという。その事前情報のとおり、派遣隊の面々はそれぞれの場所へと連れていかれることになる。

「これから先どうなるんでしょう……」
 三雲文乃の姿をみとめて、男は憐憫の情を浮かべる。
「あんたみたいなご婦人がこんなところに回されていたのかい」
「ええ、夫に先立たれてから、すこし手に職をつけましたので……」
 そこは空も見えない。照明はあるが暗く、あちこちであがる溶接の火花のほうが明るいくらいの作業場だった。機械油の匂いが空気に充満し、金属の粉塵が舞っているのか、ものの数分で喉が痛くなった。
「なんでこんなことやらなきゃならないのよ」
「肉体労働はいや、武器の整備ならやるって言ったからでしょ」
 フカ・マーシュランドと、ベヘル・ボッラの会話だ。
「これは整備というより製造ね」
 彼女たちは銃器の組み立てをやるように命じられていた。
「姫お嬢様だいじょうぶかしらぁ」
 ファニー・フェアリリィもここへ連れてこられた一人だ。
「……にしても、あんまり大したことないね」
「しっ」
 ファニーの言葉に、ベヘルがひとさし指を唇の前に立てた。作業場は海賊の監督たちによって監視されている。
「でも言うとおりよ。あまり質がいいとは言えないわ」
 フカが声を落として言う。
 ファニーは都市の技術部門に潜り込めたら、コンピュータウィルスでも仕込んでやろうかと考えていたが、電子機器など見当たらない。とりあえずできるのは、わざと部品を抜かしたり、組み立て方を間違えてみるくらいだった。見つかれば叱責されるが、うまくいけば不良品を流通させられる。といって、ここでつくられる総量の比すればわずかなもので、それはささやかな抵抗に過ぎなかった。
「……学者や技術者の方が集められているという噂を」
 文乃が、声をかけてくれた男に訊ねた。
「ああ、俺も何ヶ月か前は機械工だったんだ。あんた知ってるかな。マイスターポートって町の……まあ、俺は落ちこぼれだがね。そんな俺でもここへくりゃ仕事があるって言われたけど……」
「こら、無駄話をするな!」
 手を休めると怒鳴られる。楽しい職場とは言えないだろう。
 ベヘルはすこし考えて、現場監督に声をかけた。
「もっと難しい仕事がしたい」
「なんだと?」
「見てくれ」
 そう言って、外套の下、機械でできたおのれの片腕を見せた。
「これくらいのものを作れるんだ」
「これは……」
「あ☆ それなら、あたしもっ! 機械いじりとか得意かも!」
 ファニーも「クワガタ型携帯」を飛ばして見せた。
 海賊たちが話し合い、やがてふたりを別のところへ連れて行った。
「あら、なによ。あれって昇進なの?」
「どうだかね」
 フカが言ったが、機械工の男はかぶりを振った。
「なんにせよ、ろくでもないもんを造らされるんだから」
 ベヘルとファニーが案内されたのは、同じような作業場だったが、ここではずっと大きなものを造っていた。
「……これは?」
「図面どおりに作ればいいんだ」
「……」
 それは乗り物の一部ではないかと思われた。

 都市である以上、そこには人の暮らしがある。
 そして海賊であれ誰であれ、生きるためには食べなくてはならないのだ。
「で、これからどうするって?」
「食事を通じて捕虜と連絡をとれればと思うたのじゃが」
 野菜を刻みながら、ひそひそと会話する。
「どのお料理がどこへ行くか、わかればいいのですけれど」
 そこは厨房だ。
 大食堂もかくやという料理人たちが、大勢、調理に駆り出されている。ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノに日奈香美 有栖、そしてアリオがここにいる。
「何なんだこれは!!」
「す、すみません、わたくし――」
 ミルフィ・マーガレットが怒られているのは、どうやらマズイ料理をつくってしまったらしい。マズイというか、倒れている料理人の姿が見える。いったいどんなものを作ったのだろうか……。
「あの、私がかわりに作ります。お料理は得意ですから」
 有栖が申し出た。
「お嬢様……。あの、わたくしは、メイドですので、できたものをお運びするのでしたら」
「よし、そうしろ。急げよ。あまりお待たせできないからな」
 調理場に指示を出している料理人は、海賊ではないようだが、ここをおのれの仕事場と認識しているようだ。
「あのー、野菜の切りくずはどこへ棄てれば?」
「そこの鍋でスープにでもしろ。『下』の食事にする」
 アリオとジュリエッタは顔を見合わせた。
 一連の会話は重要な情報だ。これから有栖のつくる料理は「お待たせできない」ものだと言った。比較的、立場のある人間のところへ行くものだ。一方、野菜くずでつくるのは『下』へ行く。こちらはきっと捕虜ではないだろうか?
 慌ただしい調理場で働かされながらも、面々はひとつひとつ、情報を集めていく。

「……」
 悪臭に、カノ・リトルフェザーは眉根を寄せる。
「しっかりやれよ」
 今しがた降りてきた、錆びたステップの上から、海賊の声がかかる。
 そこは、端的に言えば下水道の機能を持つ場所だ。
 持たされた灯りを掲げると、金属のトンネルがどこまでもつづいている。
 光に驚いたネズミが逃げていくのが見えた。
「いつもこんなことを?」
 黒燐だった。
 そして、十人近くの、子どもたち。この中ではカノが最年長クラスで、あとは黒燐よりも幼い、まだ幼児と言っていい子どもたちもいた。
 かれらの話では、身体の小さい子どもは、狭い場所にも入り込めるので、こういうところの掃除をやらされるのだという。汚水とともに流れてくるゴミが詰まってしまうと機能が損なわれるので、定期的にゴミ拾いをしなければならない。子どもたちは皆、籠を背負わされていた。
「いつからここにいるの」
 カノは子どものひとりに訊ねたが、よくわからないようだった。
「お父さんやお母さんは?」
「……いっしょに来たけど、今は」
 かぶりを振る。
 家族を分断させて、別々の場所で働かせている。そうすれば逃亡を防げるからか。カノは内心の憤りを表情にはあらわさず、
「身分の高い人ならこんな仕事をしなくてすむのかなぁ」
 と、わざと聞こえるように言った。
 上のほうから、下卑た嘲笑が降ってくる。
「逆だね。この町じゃ、海賊さまが偉ぇんだ。次に手に職のあるやつ。働きの悪い子どもはいちばん下。覚えておくんだな」
 黒燐は、下水にそっと触れて、その水の記憶を探ってみる。
 連れ去られた学者の情報がないかと思ったが、芳しい結果は得られなかった。居場所が相当離れているのだろうか。

 その頃、ジェロームポリスにひそやかに侵入したものたちがいた。
 霧に姿を変えたアルド・ヴェルクアベルは、ベルゼ・フェアグリッドに憑依し、ともに忍び込んだ。
 フィン・クリューズは潜水魔法を用いて、太助は小動物に姿を変えて、都市の中を探る。
「連絡は密に、だぞー」
 太助は仲間にエアメールを送った。
 それからまたネズミに変化すると、通気口の中へと飛び込む。
 かれらはまず、都市の構造・地理を把握するところから始めた。思いのほか広いため、すぐにすべての地図を完成させることは無理だが、大まかにならどうにかなりそうだ。
 ベルゼが集まった情報を書き留めていく。
「つまり、船と船を繋げるようにして、どんどん町を造っていったわけだな」
 都市が、いくつかの大きなブロックに分けて管理されているところから、そんな推測が成り立つ。
「どうやって動いてるんだと思う? 動力源があるはずだよ」
 とアルド。
「あるとすればこの真ん中のブロックだろうな。ここはかなり大きい。普通の船の大きさじゃないな」
 地図をつくりながら、ベルゼは言った。
 また、ベルゼは自身の使い魔を周囲に放ち、探らせている。
 そして都市にいる人々の会話に耳を傾けさせていた。
(メイリウムを襲ったらしい)
(いいのか? メイリウムまで行ったとなると……)
(ジャンクヘヴンと戦争になるのも近いかもしれん)
(いくらジェローム様でも同盟と戦争となるとなあ……)
(いや、どうなるかわからんぞ)
 そんな声が聞こえてきた。
「真ん中のブロック、すっげー、厳重だ」
 太助からまたしらせが届いた。
「見張りがいっぱいいるね。でも大丈夫……」
 フィンは床に一体化して、見張りに気づかれぬよう、その足元からするりと入り込む。
 太助も、ネズミの姿であれば潜入は難なくできた。
 都市の外縁部は、生産のための工場になっていたり、他の都市から連れてこられた人々が住まわされているようだった。ただし、学者たちの姿はここにはない。そして、普通の住人が立ち入りを許されていない、都市中枢にいるものと思われた。
「……だって」
 山本 檸於がトラベラーズノートから顔をあげて言った。
「帳簿とか、そういう資料があればと思ったんだけど。都市の人口とか、いろいろわかるしね」
「そういうのも、この中枢にあるんだろうね」
 と、日和坂 綾。
 ふたりはわざと拿捕された商船の荷物の中に隠れていた。
 ここは荷物とともに運び込まれた倉庫のようだ。
「街の地図がわかっても、私たちが今どこにいるのか調べないとね」
「そうだなあ……こんなに広いとは……」
「それと。ずっと思ってたんだけど」
 綾は言った。
「ジェロームってどんなやつなんだろ。どこかに絵でも飾ってないかな?」
 この都市をつくりあげ、海の覇権を握っている大海賊、ジェローム。ロストナンバーの中には、まだジェロームその人とまみえたものはいないはずだった。
「グゥ」
「……!」
 檸於が驚きのあまり叫びそうになって、慌てて自分の口をおさえた。
 宇宙暗黒大怪獣 ディレドゾーアが、人間サイズになって、突然、あらわれたのだった。
「グラルルル……グギャギャオ……」
「あ、そういえば、『能力を貸してもらえる』んじゃなかった?」
 綾の言葉に、怪獣はこくこくと頷く。
「ここへ行ける?」
 トラベラーズノート上に書かれた地図の、中枢部を指す。
「グギャアア」
 怪獣はひとつ頷き、そして、2人と1匹の姿が、倉庫からふっと消えた。

 ジェロームポリスの各所は、住む場所としてはまったく快適なところとは言えなかった。
 他の海上都市であれば、どんな小さな都市でも、それがブルーインブルーではきわめて貴重なものだというのに、緑が植えられていたりもした。だがここにはそれがない。何もかもが、鉄でできており、それらは海風にすっかり錆びていることがほとんどだった。
 そして、人々を和ませるような装飾や美術品の類、公園のような施設もないようだ。
 娯楽と呼べるのは、いかにも海賊向きの酒場や賭場、あるいはもっといかがわしいもの。
 神喰 日向が、歩きまわって得たのはそんなところだ。
 彼は商船の一員として捕まったはずだが、隙を見て海賊に悪夢を見せて撹乱し、与えられた仕事場からは抜けだしてきた。
 都市中枢部は、海賊たちの街である。
 そこかしこに、昼間から酒場が営業しているようだった。
 そのうちのひとつ――非常に天井の高い、大きな店へ。いかにも荒くれものといったふうの海賊たちが飲食している中に、エルエム・メールの姿をみとめた。彼女は踊り子という触れ込みで船に乗っていたので、ここで酌婦にでもされているのだろう。
 それからミルフィ・マーガレットが料理を運んでいるのも目にする。
 日向は端の席にそっとかけ、しばし、周囲を観察してみることにする――。

 自分は学者だ――、そのようなことを言ったものたちは、やはり都市中枢部に連れてこられている。
 そこは広い部屋にたくさんの書物などが積み上げられ、照明も明るく、この都市のほかの場所とはかなり異質な空間だった。
 ここで学者たちに与えられる仕事は大きく分けてふたつあるようである。
 シュマイト・ハーケズヤは、古代遺跡の遺物や文献から、その技術を復活させる仕事に加わるよう命じられた。あの機械海魔などの設計をしたのが、ここにいる学者たちらしい。
 みな、自分たちの境遇を諦めているのか、黙々と仕事に取り組んでいた。
 シュマイトは仕事に就くふうを装いながら、状況を観察する。
 海賊の監視はむろん、いる。
 それはなんとかなるだろう。だが、大勢の学者を全員連れて脱出するとなると、途端に難易度は高くなる。仲間たちが都市各所に散って情報を集めてくれているので脱出ルートは計算できるが、ここは都市の最深部と言ってもいいのだ。学者たちを連れ出し、そしてどうやって都市を出て、あの護送船団の輪から外へ逃れ、海上で追跡を振り切るか。これは考え甲斐のある計画だぞ、とシュマイトは思った。
 深山馨、柊木新生、エレナの3人は、考古学者たちのグループに入れられていた。
「『沈没大陸』の遺跡を見つけることが仕事です」
 先にいた学者がそう説明してくれる。
「それを見つけて、どうしようと?」
 馨が訊ねた。
「そうすれば、世界を支配できると、ジェロームは考えているようです」
 学者たちは一様に顔色が優れない。
「しかしそう簡単に言われても、なにせ海の底ですから。いつかジェロームに見限られるのではないかと思うと……」
 どうやら探求の成果があまり出ておらず、そのせいでジェロームの怒りを買うことを恐れているようだった。
 そのときだ。
 海賊にともなわれて、白衣のルゼ・ハーベルソンがやってくる。
「やっぱりだ!」
 彼は大げさに声をあげた。
「見ろ、みな顔色が悪い! これはアイダホ病の蔓延かもしれん。全員、診察だ!」
 医師という触れ込みで(それは嘘でも何でもなかったが)職を得たルゼだが、適当な理由をでっちあげて学者たちの様子を見にきたらしかった。柊木たちはむろん、見て見ぬふりだ。
「順番に診察する。名前を言って」
 そうして、健康状態をチェックしていった。
「……これで全部?」
 ルゼの問いに、海賊は顎をしゃくった。
 最後の男が、連れてこられる。背は高いが痩せぎすの、ひょろりとした人物だった。丸い眼鏡をかけている、金髪の男だ。中年のようにも青年のようにも見えた。
「名前は?」
 痩せた胸に聴診器をあてながら訊ねた。
「……オリバー・スタンドストン」
 彼は、たしかにそう名乗った。

「へー、そうなんだぁー」
 エルエム・メールが海賊たちに酒を注いでやる。
 髪をおろし、刺青めいたボディペイントを肌にほどこした彼女は、色っぽい踊り子の魅力で海賊たちに取り行っていた。
「ねえ、ジェローム様は、ここにはこないの?」
「あー、俺たちぁ、たまーに、遠くから見るだけだなぁー」
「でもここに住んでるんでしょ?」
「ああ、そうさ。高けぇ、ところにさ」
 そう言って、太い指で天井を指す。
 支配者は、文字通り、高みに坐す。あとでこのことも皆に伝えておかなくては。エルエムは心に留め置く。
 その傍らのテーブルでは、ガルバリュートが自慢の怪力を披露して喝采を浴びるなどし、すっかり海賊の群れになじんでいるのだった。

「おい、おまえたち!」
 呼び止められた。
「……」
 ゆっくりと振り向いたのは、仲津トオルと枝幸シゲルだった。
「……? 見かけない顔だな」
「新入りなんですよ」
 トオルが応えた。
「そうか。それより、怪しいやつがこなかったか?」
「怪しいって?」
「さっき、突然、天井裏から降ってきた連中がいるんだ。逃げられた。男と、女と、あと怪獣だ」
「……」
「見かけたらすぐ知らせろよ」
「あの――」
 シゲルが口を開く。
「メイリウムから連れてきた人たちはどこに?」
「なぜそんなことを聞く」
「人を連れてきたのはあの町からがいちばん最近でしょう? 怪しいやつらは、その仲間かも」
「なるほど。……学者は『研究所』、あとは適当に『下層』だ。『下層』を見てみるか……」
 そう言って、海賊は戻って行った。
「『研究所』ねえ……」
「それもあの中なら、忍び込むしかないかな」
 ふたりが海賊たちに混ざってわかったことは、この都市では、一般の住民を海賊が支配しているが、そこは海賊のこと、たいそういい加減で大雑把であるということだった。だからこそ、かれらがひそかに紛れ込んでも活動できる。メイリウムを襲撃した連中から奪った海賊服があれば、この都市中枢、いわば「海賊の街」とでも呼ぶべき区域も歩くことができるのだ。
 しかし、その中枢のさらに中枢、黒々とそびえる鉄の建物――『パレス』と呼ばれる場所だけはそうもいかない。
 そこは限られた幹部しか出入を許されておらず、その証である腕輪を持っていなくてはならなかった。
「ねえ、教えてほしいんですけど」
 『パレス』近くにいた海賊に、トオルは声をかけた。
「『研究所』に行く用事をいいつけられたんですけど、それってどこでしたっけ。ぼくら新入りなもんで」
「あの建物だ」
 さいわい、『パレス』ではなく、その傍の別の建物のようだった。
 礼を言って離れる。……が、トオルだけはふとなにかに気づき、シゲルにことわって、また引き返してきた。
「あの、ちょっと」
「今度は何だ?」
「今、その路地に……」
「ん?」
 トオルが背中を押す。海賊が路地の陰をのぞきこむ――が早いか、その身体がぱっとひきずりこまれ、殴る蹴るの音が聞こえてきた。トオルが路地の入口に立ち、それを隠す。
「腕輪をしてるだろ。それを渡して。それがあれば、あそこに入れる」
 後ろ手に腕輪を受け取る。
「あの中、何があるの?」
 路地の中に身を潜めていたのは、綾に檸於、そしてディレドゾーアだ。
「たぶん……ジェロームさんご本人がいらっしゃるんじゃないかな?」
「ラスボスの城かぁ……」
「グルル……」
 トオルの目が、黒鉄の建物を見上げる。

 トオルと分かれたシゲルは、『研究所』へ滑りこむ。
 ほかの、「海賊の街」が騒がしいのに対して、ここは静かだ。
 誰もいない部屋に入った。
 壁に海図が貼られていた。細かい書き込みがある。メイリウムやジャンクヘヴンなど、知っている名はなかったから、ジェロームポリスの周回する海域だろう。
 海図の写しらしいものを折りたたんでポケットにいれると、シゲルは先へ進む。
 ――と、そのとき、突然、ものかげから立ち上がった影を息を飲む。
「驚かさないで。今までどこに」
「ちょっとな。それより博士がここにいるぞ」
 ツヴァイだった。
 彼に連れられて階上へ。その部屋に入ると、スタンドストン博士は、ロストナンバーたちに取り囲まれていた。
 ルゼが、彼は病気だと言ってこの個室を用意させたのだった。
「どういうことですか。博士」
 柊木新生が問う。
「言葉通りですよ。お気持ちはとてもありがたいし、メイリウムに帰れるなら嬉しい。でも……『沈没大陸』の研究を続けるなら、ここはブルーインブルーで最高の場所かもしれない。ジェロームは海賊で、邪悪な男です。しかし彼は『石版』を所持しているんだ。『沈没大陸』の場所を特定するのに、大きな手がかりになる」
「ジェロームは『沈没大陸』の力で世界を支配したい。そんなことが可能なのですか」
 と、馨。
「それは私にはわかりません。あの文明が所持していた兵器が使える状態で発掘されるなら、それは可能かもしれない」
「館長――エドマンド・エルトダウンは?」
 エレナが訊ねた。
「彼は僕の理解者だった。僕は『沈没大陸』の文明がなぜ滅びたかを研究していましたが、彼と意見の一致を見たのです」
「どんなふうに?」
「あれほどの力を持った文明が、戦争や自然災害で滅びることはないということです」
「なにか仮説があるのかしら」
「簡単ですよ。滅びを免れたんです。大陸は沈んだが、文明は滅びなかった。それが具体的にはどういうことかはわかっていません。でもかれらは『滅びを避ける方法を見つけた』んです。エドマンドはそれを知りたいと」
「壱番世界を救うために」
 柊木が呻くように言った。
 考えてみれば、それは至極当然な理論の帰結だった。
 館長の旅の目的は最初からそれだったのだ。
「でも失敗した。旅は中断したのね。メイリウムの、あの夜に」
「エドマンドは言っていました。『自分は追われている。だから別れを告げずにいなくなるかもしれないが、心配しないでほしい』と」
「で、結局、どうするって」
 ツヴァイが促すように言った。
「ここにいることが、安全とは思えないけれど」
 シゲルがあとを継ぐ。
「……」
 スタンドストン博士は、逡巡にうつむいたが、やがて搾り出すように、
「わかりました」
 と応えた。


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螺旋特急ロストレイル

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