オープニング

 夜がくる――。
 まもなく日没だ。軍艦都市ジェロームポリスにも夜がやってくる。
 むろん夜警はいようが、昼間よりは、活動しやすくなるだろう。ここは大海賊ジェロームが支配する王国だ。その膝下で、不埒なことを行う輩がいるとは、海賊たちとて想像だにしていない。せいぜいが、奴隷たちの弱々しい反抗程度のことしか予測していないはずである。
 夜陰に乗じて、派遣隊の面々は活発に情報交換する。

「まず、みんなの居場所を確認――、と」
 アリオは整理したものをノートに書き付ける。

○都市外縁部:工場
 フカ・マーシュランド、三雲文乃、ベヘル・ボッラ、ファニー・フェアリリィ

○都市外縁部:下層
 カノ・リトルフェザー、黒燐

○都市中枢部:『厨房』
 日奈香美 有栖、ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ、飛田アリオ

○都市中枢部:『海賊の街』
 神喰日向、エルエム・メール、ミルフィ・マーガレット、ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード

○都市中枢部:『研究所』(※スタンドストン博士はここ)
 深山 馨、柊木新生、ルゼ・ハーベルソン、エレナ、ツヴァイ、枝幸シゲル、シュマイト・ハーケズヤ

○都市中枢部:『パレス』付近
 仲津トオル、山本檸於、日和坂 綾、宇宙暗黒大怪獣ディレドゾーア

○都市内を自由に移動できる状況にいる人
 ベルゼ・フェアグリッド、アルド・ヴェルクアベル、フィン・クリューズ、太助

「この状況で、次に俺たちのできることは……と」
 スタンドストン博士は、当初、ここを離れることに難色を示していたものの、その後、やはり海賊のもとで働くわけにはいかないと思い直したようではある。ただし、ここを離れると、しばらくは、彼の研究がストップすることになるのは間違いない。現時点のブルーインブルーで、古代文明の情報をもっと多く持っているのはジェロームなのだから。
 メイリウムから連れてこられた学者を含め、『研究所』には百名程度の学者たちがいる。
 それ以外の、さまざまな町から連れてこられたり、騙されて移住した人々は、これは数千人に上るようだ。かれらは都市全体にまんべんなく、それぞれの職能によって配置されている。
 都市から脱出するには、海賊船のひとつを奪取するのが、普通に考えられる方策である。
「潜入前に話し合ったけど、博士を連れてこの街を脱出するのが最低限の目的。それにプラスして、できることがあればやっていこうって感じかな……。けど、よく考えてくれ。欲張りすぎて失敗したら元も子もないからさ」


ノベル

 エレナが、かたっぱしから、資料のページをめくっている。
 尋常ではない速さだが、彼女ならそのすべてを記憶し、また、のちの復元することも可能だ。すべての研究資料を持ち出すのは難しいから、せめてもの措置である。
「申し訳ないと」
 言葉少なに、深山馨は告げる。
「いえ……私のほうこそ、せっかく危険を冒して助けにきていただいたのに、ここに居たいだなんて」
 スタンドストン博士は言った。
 シュマイト・ハーケズヤが、学者たちを集めて事情を説明している。学者たちだけでも、救出できればジェロームの陰謀は大きく後退するのではないか。しかし。
「もし、脱出に失敗すれば、最悪、処刑もありうる。無理強いはできない。覚悟のあるものだけ、来てくれ」
 シュマイトの言葉に、学者たちはざわつく。それでも、自由になれる可能性があるのなら……と思うものは多いようだ。
「本当にいいのかな」
 枝幸シゲルが口を開いた。
「博士が研究を続けたいのだったら……」
「せめて『石版』があれば」
 と、馨。それを聞いて、ツヴァイが手を打った。
「おっし、それを盗んで来てやる! それならいいだろ?」
「ですが、石版はジェロームが自ら……」
「なら居場所を教えてくれよ」
「それは想像がつく」
 シゲルが言った。
「それと、僕はもうひとつ、可能性があるんじゃないかと思う。ジェロームと和解できないかということなんだ」
「ま、まさか!」
 仲間たちが驚いているところへ、柊木新生がやってきた。海賊をひとり、連れていた。
「見つかりそうになったので、やむをえず」
 銃口を、海賊につきつけていた。
「せっかくだし、聞きたいことがあったんだよねえ。ジェロームの目的は本当のところ何なのかな。このあとの活動予定は?」
 一見、穏やかだが、その目は冷ややかであった。
「ち、『沈没大陸』の技術が手に入れば……敵はなくなる……これまではまず力を蓄えてきたが……徐々にジャンクヘヴンの同盟の切り崩しをはかると……」
「世界征服? 本当にそんなことを?」
 シゲルはかぶりを振った。
「バカげてる」

「よし、じゃあ、あの中に言ってみよう」
 山本檸於の提案に、仲津トオルは頷く。
 ジェロームポリスの中枢――「海賊の街」のさらに中央、『パレス』と呼ばれる建物だ。
「この腕輪があれば入れるはずだ」
「そんなまだるっこしいことしなくてもいいよ!」
 と日和坂 綾。
「ディレちゃん。パレス最上階の部屋に飛ばしてもらうコト、可能かな? 私……どうしてもジェロームに会ってみたい」
「えっ、いきなりそれは危――」
 止める間もなく。
 宇宙暗黒大怪獣 ディレドゾーアがひとつ頷くと、綾の姿はかき消えていた。
「大変だ」
 檸於とトオルは駈け出し、ディレドゾーアはぐるると唸ると、腹でも減ったのか、そのあたりの建物の壁をボリボリと貪り始めるのであった。

 そのとき。
 ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノは、アリオとともに、まさにその『パレス』の中で、料理を乗せたワゴンを運んでいた。
 ワゴンの上には、ジェリエッタが腕をふるった高級イタリア料理。このできばえのおかげでここまでやってこれたはいいが……アリオは緊張を隠せないようだ。
「ここには、古代遺跡から発掘された品物もあるのかのぅ……いや、あるのですか?」
 ジュリエッタは先導する海賊に訊ねる。
「そうだな。ジェローム様が大事にしているものは。……それがどうした?」
「いや、その――」
「無駄口をきかずに運べ」
 やがて、大きな広間へと。
 大テーブルに、いかにもこわもての海賊たち……しかし、あちこちで威張りくさっているだけの海賊とはいくぶん違う、落ち着いた様子の男たちが、食事をしていた。
「……」
 アリオがジュリエッタの袖を引いた。
 大テーブルの端、上座に、その男がついている。
 顔を知らずとも、一目でそれが誰だか察しがついた。威圧感というか、一言で言えばそれは王者の風格。豪奢な服をまとった巨躯に、ひげをたくわえた壮年だった。
 この男こそ『鉄の皇帝』ジェローム。
 ブルーインブルー最強の海賊だった。
 ジュリエッタは料理の皿を運びながら、慎重に海賊たちを観察し、その会話に耳をそばだてる。どこかの海上都市を襲撃する相談をしているようだ。
 ジェロームの前に、給仕が皿を置き、料理を覆ったドームカバーを開けた。あらわれた肉料理の良い匂い。ジェロームが満足気に頷いた、その時――
 テーブルが揺れ、ワイングラスが倒れた。
 水を打ったような沈黙。人々の、驚愕に見開かれる目。注目の輪の中、すっく、とテーブルのうえに仁王立ちするのは、日和坂 綾だ!
「やっと会えたね」
 あまりの状況に、アリオがあんぐりと口を開けた。
 ジュリエッタは慎重にあとずさった。これは……大立ち回りになるぞ……。
「なんだ。貴様は。どこから入ってきた」
 ジェロームの低い声が問う。
「聞きたいことがあったんだ」
 綾はジェロームを見下ろしていた。大海賊のうえに、ブルーインブルーの真理数が浮かぶのを確認する。
「キミがナニ考えてるヒトか知りたかった。沈没大陸絡みの話で、神になって世界を去ったってのがあるよね……目的は、ソレ?」
「なんだと? 何を言っている小娘。おまえ何者だ」
「さあ、誰かな!」
 大テーブルについていた海賊たちが立ち上がり、銃を抜くのと、綾がテーブルを蹴って跳躍するのが同時だった。
 電撃のような蹴り――それをジェロームの左手が受け止める。それは金属のフックになっていた。
「そうか、ジャンクヘヴン……ついにここまでたどり着いたか!」
 咆えるような銃声。
 ジュリエッタが小脇差を抜き放った。電光が閃く。
「わああ、もう、知らないからな!」
 やむをえず、アリオもそれに続く。
「エンエン!」
 綾のもとめに応じて、セクタンが炎の弾丸を撃つ。テーブルクロスが炎上する。
「質問に答えてやる、小娘!」
 ジェロームが言った。
「この海をすべて、支配する……それがこのジェロームの目的だ。わかったか!」
「そんなこと――」
 鋼鉄のフックを、綾が腕をクロスさせ、受け止める。
「!」
 そのときだ。彼女は気づいた。ジェロームの鉤爪の付け根に穴が開いている……銃口だ!
 銃声――と、叫び声。
 衝撃に、綾の身体が舞うのを、ジュリエッタとアリオは見た。
 そして、天地を揺るがす振動が、『パレス』を襲う。轟音に、ジェロームもまた、眉根を寄せた。

 その、すこし前。
 低い機械の唸りは絶え間なく、耳元で怒鳴り合わなければ会話もできない。
「よし、ここだ!」
 天井を這うキャットウォークから、ベルゼ・フェアグリッドがその空間を見下ろす。
「あれは……蒸気機関、なのかな」
 と、アルド・ヴェルクアベル
「なんにせよ、あれでこのバカでかい街……いや、船を動かしてるのは間違いなさそうだ」
 巨大な炉のようなものが立ち並んでいる。
 それは蒸気を噴き出し、また、下働きの人々に運ばせた石炭のようなものを次々に飲み込んでいるところからして、なんらかの動力機関なのは間違いない。
 そこは都市中枢の最下層にあたり、船の推力をここで生み出しているようだ。
「ぶっとばしたら、こいつ、沈むんじゃね?」
「さすがにそれは……捕まった人を全員は逃せないしね。でもひとつやふたつは潰させてもらおうか」
 ベルゼとアルドは顔を見合わせる。
 動力部にダメージを受ければジェロームポリスは最優先でその修理にあたるはずだ。その間、ジェローム団の動きを封じることができるだろう。
 そして、アルドの『闇の霧』が放たれ、このフロアで作業にあたっていたものたちの視界をすみやかに奪う。突然の闇に混乱するものたちは、無数のコウモリの羽音を聞いた。ベルゼの使い魔たちが――町中に放たれていたものたちが集合しつつあるのだ。そしてベルゼ自身が舞い降り、動力炉のひとつに近づいていった。
 漆黒の拳銃型トラベルギアを構え、彼は言った。
「銃技『アルデバラン』の出番だ、蜂の巣になりなァ!」
 雨のように連射される弾丸が、炉へと撃ち込まれていった。

 かれらによる動力炉の一部破壊が、派遣隊の大脱出の契機となる合図だった。

「私は無理やり此処につれてこられましたの。貴方方もそうではないのですか? 私は故郷にかえりたい。夫の、家族の記憶の詰まった思い出の場所に帰りたい」
「そりゃ、俺たちだって……」
 三雲文乃の演技に、機械工たちは里心を刺激されたようだ。
 そんなときだった。動力炉破壊の轟音と振動が工場を揺るがしたのは。
「今よ!」
 フカ・マーシュランドが叫んだ。
「アンタらは立派な職人よ。こんな下らない所でくすぶったまま人生を終わらせる気なんてないでしょう? 私らと一緒に脱出しようじゃないのさ!」
 そう言って、つくったばかりの銃を握らせた。
「そ、そうだ……」
 機械工の男は言った。
「俺たちは……帰りたい。帰りたい……!」
「おおい、おまえら、何をして――うお!?」
 異変を察して近づいてきた海賊に、文乃のセクタンが火炎弾をお見舞いした。
 あとは――雪崩のようだ。
 わあっと人々が一丸となって動き出す。
「さっきの銃、気をつけな。少し改造してあるからさ。銃器は愛情込めて使うのよ?」
 言いながら、フカ自身も人々を先導しつつ、銃撃を。
「あっちだ!」「機械海魔が奪われた!」「海軍が大量に入り込んだ!」
 そこかしこで反響する声は、ベヘル・ボッラがつくりだし、トラベルギアのスピーカーから響かせている。
 ベヘル自身は、フカたちに駆け寄ってきた。
「こっちへ、気になるものが」
 フカと文乃を招いた。
「何なの、これ……機械海魔ってやつ?」
「いや、たぶん――」
「潜水艦ではありませんの?」
 文乃の指摘に、ベヘルは頷く。
「そんなものまで造ってやがったのね! ……何のために?」
「もしかして、海中の遺跡を発掘するためかも」
「んー、これで逃げられるかと思ったけどダメだねっ☆ まだ動かない!」
 「潜水艦」の様子を見ていたファニー・フェアリリィが言った。
「『ハートキャッスル』でいくわ。姫お嬢様のほうもどーなってるか気になるし」
「ええ……今はまず人々を逃すのが先決ですわね」

 厨房でも、同様のことが起きていた。
 日奈香美 有栖が、騒ぎに乗じて料理人たちを逃がしていく。
「皆さん、早く逃げて下さい、皆さんはもう自由です……! 海賊の皆さん、此処から先は通しませんっ……!」
「海賊の皆様、宴の余興ですわ、わたくしと一勝負して下さらないこと?」
 ミルフィ・マーガレットがヴァルキリーの英雄を自身に召喚し、
「エインフェリル……! 変っ、身……!」
 光り輝く戦乙女の甲冑をまとい巨大なジャベリンを携えた姿になった。
 女性ふたりと見て襲いかかってきた海賊たちは後悔することになる。
 【チェンジ・アリス】形態の有栖の戦闘力はもとより、ミルフィのジャベリンになぎはらわれてはまるで歯が立たない。
 厨房をでた料理人たちは、別の場所から逃げてきた人々の一団に出会った。
 これはルゼ・ハーベルソンが先導していた。
 彼は医師としての立場を生かし、「これだけ毎日重労働させているんだ、弱っている人もいるんだろう。診察させてくれ。働き手が減れば、お前達も困るだろ」と持ちかけると、体力の弱っている人々を優先的に選び出して連れ出してきたのだった。
 特に具合の悪そうな人は、途中で出会ったフィン・クリューズが引き受ける。
「息は止めへんでも大丈夫やで。ただ、絶対手は放さんといてや」
 と潜水魔法でともに床面の中に沈んで移動する。これなら途中で攻撃されても安全を確保できる。
「おーい、脱出するんだろ、こっちこっち!」
 華城水炎が一同を呼んだ。
 海賊たちが、人々が逃げ出したのに気づいたのか、動き始めるも、ちょうどよく(海賊たちにしてみれば運悪く)、工場のほうから移動してきたファニー・フェアリリィが合流、けちらされていった。

 あちこちで、爆音が響く。
 動力炉だけでなく、破壊活動が行われているようだ。
 カノ・リトルフェザーは黒燐と協力し、子どもらが安全な場所に移動したのを確かめてから、都市の地下に張り巡らされたトンネルを破壊して回っていた。
 カノはトラベルギアの銀の戦輪【セブンスヘヴン】で、黒燐は鋭く伸ばした爪で。
 そのまま地上部へと続く天板をぶちこわして、顔を出す。
「皆さん、無事でしょうか。合流しましょう」
「急ごう。船に乗り遅れたら泳いで帰らないといけないからね!」

「『コスチューム、ラピッドスタイル!』」
 飛び込んできたのはエルエム・メール。
 銃撃よりもはやく、間合いを詰めて海賊の銃を蹴り飛ばす。
「間に合った?」
「アリオ!」
「大丈夫!? ねえ、ってば!」
「んん……」
 アリオが綾を担ぎ上げる。ジュリエッタとエルエムに守られながら、後退――、海賊たちが色めきたつが、ここで再び、扉が開いた。
「ん――。ここじゃ、ないのか?」
 ツヴァイだった。
「……。あっちで侵入者が暴れてるぞ!」
「うるせぇ、しらじらしいこと言いやがって、侵入者なら今ここにいるだろうが、てめぇ誰だ!」
「……仕方ない!」
 『パレス』内を混乱させて石版を探そうとしたツヴァイだったが、先にジェロームたちのいる広間にたどりついてしまった。しかし、結果としてグッドタイミングだった。
 ツヴァイとエルエムが海賊たちを殴り倒していく。アリオとジュリエッタが綾を連れて廊下へ飛び出した。
 『パレス』全体が、騒然としていた。
 そういえば、エルエムやツヴァイはなぜ入ってこれたのか……それは先に、仲津トオルと山本檸於が見張りをいいくるめて侵入していたせいである。
 ふたりは、目的の場所に入り込むことができていた。
「これ……でいいのか?」
 ガラスケースの中に、さまざまな、古代の遺物らしいものが保管されている。
 『石版』と呼んで違和感のないものはこれだとあたりをつけ、トオルはその品物を持ち出すことにした。檸於は念のため、それ以外の品物も、携帯のカメラに収めていった。
 石版を持ち出し、廊下へ。
 と、そこで、向こうから海賊たちが駆けてくるのが見えた。
「くそ、仕方ないな……発進!レオカイザー!」
 機神レオカイザーのビームが炸裂する。
「……そろそろブルーインブルーの伝説になる頃だ」
「やめて!!」
 トオルの言葉に、耳をふさいだ。
「ジェロームは! 会った!?」
 次にあらわれたのは枝幸シゲル。
 さらに押し寄せる海賊へ弓を引きながら、問う。
「いや。この上だと思う。なんだか騒がしいけど」
「日和坂さんが行っちゃったんだ。俺たちも」
 と、移動しようとしたが、逆に降りてくるアリオたちと鉢合わせた。
「日和坂さん!?」
「大丈夫。でも手当しないと」
「貴様!」
 そのとき、雷鳴のような怒号が降り注いだ。
 階段の上に立つ巨躯――ジェロームだ。
「そうか。それが目的か。『石版』を返せ!」
「あいにくだけど」
「ジェローム、聞いてくれ!」
 シゲルが声を張り上げた。
「『沈没大陸』の研究がしたいだけなら……こんなことはしなくてもいい。もっと平和的に、学者たちに協力してもらって、そして……」
「バカを言え」
 鉄のフックを――いや、腕に仕込んだ銃を向けた。
 しかしそこへツヴァイが体当たりをくらわす。射線がそれ、弾丸が壁を撃った。

「おーい、こっちだ、こっち!」
 ぴょんぴょんと太助が跳ねて、位置を知らせる。
 深山馨に守られて、まず、スタンドスタン博士が駆けてきた。
 そして学者たちの群れ。
 さらに、派遣隊の仲間たちとかれらに救出された人々が次々と。
「全員が乗れる船が?」
「それがおれも心配だったんだけど、ガルバリュートがなんとかしてくれたぞ!」
「なんとか……。差し支えなければどうしたのか詳しく教えてもらってもいいだろうか」
 馨が怪訝そうに言った。
「あー、疑ってるのかー? あんな格好だけど、いざってときは頼りになるぞ」
「いや決してそういう意味では……ああ、揺れてる」
 地震……いや、地面もないのに地震ではない。
 しかし、なにもかもが振動している。
「みな、集まったか?」
 ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードがのっしのっしと歩いてきた。手にぐったりした海賊を引きずっている。
「彼は?」
「ここの保安隊長らしいな! まあ、大したことはない。この先の区画は安全だ。早く行け!」
「どの船に乗れば?」
 馨の問いに、ガルバリュートは大きな声で笑った。
「船ならもう乗っている」

「アリオ、急げ!」
「ちょ……ま、待って」
 人を担いでいるのでどうしても遅くなる。
 向こうで、ガルバリュートたちが手を振っているようだ。
 その、彼の足元で……なんと、地面に亀裂が入り、溝が広がっていくではないか。いや、これは……
「そうか、この都市はいくつかの船のような水に浮く構造体をつなげて都市を構成している。その接続部分を破壊したのか!」
「そういうことだな!」
 ガルバリュートが厚い胸を張った。
「いかん。やむをえん、いちかばちかの方法でいくぞ」
「え?」
「成功すれば一回デートしてもよいぞ。アリオ、しっかり守ってくれい!」
 ジュリエッタが落雷を召喚!
 それが引き起こした爆発の衝撃が、アリオたちを吹き飛ばした!
 徐々に離れていく、区画のうえへ、着地――いや、落下。
「ひ、日和坂さんを……」
 ぐるぐる回る視界のなか、ルゼが駆けてくるのを確認して、がっくりと意識を失う。
 離れていく岸の向こうに、海賊たちが集まってきた。
 だが、そのとき、ふたつの区画のはざまから飛び出してきたものがある。
「あ、あれは」
「ちょうど製作中だった機械海魔だ」
 シュマイトが言った。
「時間稼ぎにはなるだろう」
「ふふん、十分」
 ガルバリュートが、大声で笑いながら、海賊たちへ……いや、軍艦都市ジェロームポリスへと告げた。
「HAHAHA、また会おう諸君!」

「全員、いるね?」
「ああ」
 最後に飛び乗ってきたのは神喰日向だった。
 彼はぎりぎりまで残り、出会う海賊たちの精神からなにか情報はないかと動いていたのだ。
「すこしばかり収穫だぜ。やつらが次に襲撃する予定の町がわかった」
「あの様子じゃ、すぐにはそんなことも無理だと思うが……ジャンクヘヴン海軍に伝えておけばいいだろう」
 と、柊木新生。
 遠ざかっていくジェロームポリスのあちこちで煙があがっている。
 ガルバリュートが切り離したジェロームポリスの「一部」は、船の一隻に牽引され、あたふたと混乱し、シュマイトが暴走させた機械海魔に牽制されている護送船団の間を抜けて大海原へと逃れようとしていた。
 ジェロームに撃たれた綾だが、命に別状などはなく、仲間を安心させた。
 目下、この「船」には――スタンドスタン博士以下、メイリウムの学者たちのほか、機械工、料理人、そして一般作業に従事していた民間人、およそ二百名程度が載っていた。
 このまま安全な海域まで逃げ切り、ジャンクヘヴンに連絡して、かれらを難民として受け入れてもらうことになるだろう。
 収穫物としては、『石版』をはじめとする古代文明の資料、そしてジェロームの都市に関するさまざまな情報、かれらの侵略計画などを、土産としてジャンクヘヴンに持ち帰れることになった。
 むろん、本来の目的である「ブルーインブルーでの館長の足取り」もほぼ掴むことができた。
 先般のカンダータでの調査結果と突き合わせると、館長はメイリウムを発ったあと、カンダータに不時着したと見ていいようだ。これで欠けたパズルのピースがかなり埋まったことになる。

「でも、あの町にはまだたくさんの人達が……」
 息を吹き返したアリオが、水平線へ遠い視線を投げた。
「それに、修理が済めば、きっとジェローム団は本格的に動き出してくるよね、きっと」
 古代文明の発掘に血道をあげているという海賊ジェローム。そのための手足であった学者たちと、重要な資料である『石版』を失った以上、かれらが次にとる行動はその奪還に違いない。
 そしてそれは、ジャンクヘヴン同盟と、ジェローム海賊団との全面戦争の時が近づいていることを意味しているのだった。
 戦乱の予感をはらみつつ、ブルーインブルー特命派遣隊は、帰還の途へとつくのであった。


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螺旋特急ロストレイル

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