【決戦!ジェロームポリス】氷点下の城砦
ノベル(承前)
静まり返ったフロアは酷い有様だ。硝煙の香りが漂い、多くの海賊達の亡骸が転がっている。ハーデと柊も苦しそうな呼吸をし、レオニダスも地面に膝を付き、ぼろぼろのハルバードにすがりついているような状態だ。最早、レオニダスには指一本動かす気力もない。それでも、彼はまだ戦うつもりらしく、ぎし、とハルバードが悲鳴を上げる。杖替わりとなったハルバードを支えにレオニダスが片足を上げ立ち上がろうとするが、床に縫い付けられたかの様に足が動かなくなる。ぼんやりとした視線で足元を眺めると、レオニダスの物とは違う、真新しい氷が彼の足を地面に縫い付けていた。
ヘッドホンから音を漏れさせる古城はレオニダスの前に立つと目の前で指を動かし、指差す。ぎこちない動きでレオニダスが辺りを見渡すと、冷却室への扉の前に手に氷を纏わせたグレイズがじっとレオニダスを睨んでいた。パキパキと小さな音が聞こえ、足元を包む氷がゆっくりと広がっているのがわかる。視界の横で古城の腕が上がり、視線を上へと促されたレオニダスが顔を見上げる。爆発音が一発、それを合図に次々と盛大な爆発音が幾度も鳴り響いた。冷却室から壁、天井へと音や破壊される場所は少しづつ上へと上がっていく。
「派手に爆死する前に、言いたいことは?」
崩壊する音が、破壊された瓦礫が雨のように降りしきる中で古城はレオニダスにそう声をかける。このまま放っておいても果てる命だ。返答など最初から期待していなかった古城だが、ヘッドホンの音楽が途切れたほんの数秒、そのわずかな間を縫って耳に掠れた声が届く。彼が一声、声を発する度に首元を流れる血の量が増える。
「……くや、しいものだ、な。一人も、道連れに、できんと……は」
古城は音楽の音量を下げ、レオニダスの最後の声を聞く。
ハーデは言った。「旗は風と共に靡くもの。旗を凍らせた時にお前の死は定まっていた」と。その通り、最初からレオニダスは、レオニダスとその部下たちは生きて勝てると思っていなかった。それでも、彼らはここでジャンクヘヴンの傭兵を待っていた。
その理由は、もう語る必要もないだろう。
「礼を、言うぞ。傭兵。俺は……、俺たちは、最後まで、ジェローム様の壁であれ、た」
気が付けば、周囲には静寂が訪れ、暖かな太陽の光が差し込んでいた。古城によって冷却室とその周辺が爆破され、遮るものが何もなくなったのだ。辺りの氷は解け、ぴちょん、ぴちょんと滴る水がキラキラと輝いているが、レオニダスの足元を包むグレイズの氷は溶けない。その氷も支えとなっているのか、彼の顔はまっすぐに空を、パレスを見据えたままだ。ゆったりとした時間が流れ、とっくに意識を手放し倒れてもおかしくないレオニダスの右腕がのろのろと上がり、拳を胸元へと置く。
呼吸が止まり、その生命の灯火が消え去っても、彼の姿勢は崩れなかった。
その姿を、最初から最後まで見届けた古城は懐から一丁の拳銃を取り出した。
古城自身も悪とされる男を慕って生きてきた。故に、今回の件は海賊側に共感せざるを得ない。だが、それらの感情があったとしても、古城の破壊衝動を抑える要因にはならず、彼は冷却室を爆破した。このあとも、パレスを含むジェロームポリスを、ジェローム海賊団という組織そのものすら破壊するだろう。
だからこそ、というべきか。敬愛する男の為に生き、死んでいったレオニダスの姿に、古城はなんとも言えない感情を見出した。
古城は拳銃を何もない空へ向け、撃つ。
ぱぁん、ぱぁんと一定の間隔をあけ、十七発の銃声が響いた。
ぱたぱたと血痕を残しながら、ジェロームは護衛兵をつれ足早に廊下を歩く。
「ジェローム様、やはり治療を……」
「構うな、ただのかすり傷だ。それより一刻も早く脱出するぞ。鋼鉄将軍との連絡はまだ取れんのか!」
「は、ハイ! 申し訳ありません! ジャンクヘヴンの傭兵に応戦中との報告以降、その……、連絡がとれません」
「なんという事だ……」
ゴゴゴと海底火山でも噴火したかのような音が響き、立っていられないほどの揺れが起きる。
「今度はなんだ!」
「大変です! 崩壊した冷却室から火の手が上がりました! ものすごい勢いで広がっています!」
「次から次へと……。なんてことだッ! 小娘一人のせいでこの有様とはッ!」
だんっ、と壁を殴りつけ、ジェロームは鬼の形相で背後を振り返る。ひょろながい、鼠色の服を着た男がのろのろとした足取りで歩いてくる。古代遺跡を持っている風でもないのに紙切れ一枚から炎をだし、弩と同じような武器を持っていながら、自分で矢を装填する気配もないのに次々に矢を放つ、ジャンクヘヴンの傭兵はずっとジェローム達の後ろを付かず離れず、追ってくる。ゆらゆらと揺れる歩きかたのせいで不気味さが増し、悪態を付きながらジェロームは歩き出す。
ジェロームの元にジャンクヘヴンの傭兵が大量に侵入しているという知らせが届いたのは、鋼鉄将軍達がジャンクヘヴンの傭兵と接触してから、かなり後の事だ。鋼鉄将軍達ならばジャンクヘヴンの傭兵にも遅れは取るまいと信じていたジェロームは、小娘を救出しにきた傭兵はそう多くなく、全て鋼鉄将軍達が始末すると思っていた。ジェロームポリスが順調に目的地まで到着する頃には鋼鉄将軍たちの良い知らせが届き、士気高揚の効果と共に開戦できると、思っていた。しかし、気が付けばジェロームポリスのいたるところで傭兵達が出没し、都市の住民も研究者たちも逃げ出している始末だ。
全て、あの、背後を歩く〝 鼠〟に謀られた。ジェロームの元に正しい情報が届くのを遅らせ、ジェロームポリスの現状に気がついたときには既に手遅れだ。
ジェロームは一度このジェロームポリスを離れ、体制をたてなおす事にし、多くの護衛兵――ジェロームと同じく体の一部を機械化し、強化した者たちと機械兵――古代遺跡の研究により全てが機械でできた兵隊を連れ、パレスを後にした。
だが、それすらも遅かった。行く先々で部屋や道が破壊され、ドアノブが溶かされ扉は使い物にならず、通れる道を通るしかなかった。残された道を進み続ければいずれ罠にかかるか、待ち伏せされるのが目に見えている。扉や壁を破壊し、別の道を新たに切り開こうとした時に〝 鼠〟は姿を表した。
最初に護衛兵が何人いたのかは、覚えていない。しかし、少なくとも、倍はいた。機械兵も連れていた。それが今はどうだ。〝 鼠〟に怯える護衛兵はたったの5人、機械兵など、最初からいなかったかのようだ。鍛え上げた兵士と、古代遺跡の研究成果を詰め込んだ最強の兵士達だというのに〝 鼠〟一匹が始末できないのだ。
「何故だ……! なぜ触れただけで破壊できるのだッ!」
苦虫を噛み潰した様な声をだし、ジェロームは自身の左腕をきつく握る。
ジェロームとて不思議な能力を持った旅人の事は知っている。鋼鉄将軍の様な、圧倒的な力と技術を持った者たちだろうとしても、攻撃を加える際に何かしらのアクションがある。マジシャンやポーラの様に目に見えない物を使うにしても、ある一定の行動や法則が必要だ。グラシアノとアラクネー、ワーキウも、スズジもアスラもレオニダスも! 相手を破壊する攻撃をしているのなら、必ず何かをしているはずなのに、あの〝 鼠〟はただ、触れただけで機械兵を破壊した。失うのを覚悟して何体もの機械兵を向かわせたというのに、やつの攻撃方法がまったくわからなかったのだ。
「なんとかしてあの〝 鼠〟を倒すか、引き離さねば……」
ジェロームの言葉を遮るようにボン、という破裂音が聞こえ、前方の壁ががらがらと崩壊し、ジェロームたちは足を止める。だが、背後の〝 鼠〟は歩みを止めない。こんな狭い廊下で戦えば、確実に〝 鼠〟に触れられてしまう。キツく歯を噛み締め、ジェロームは前に進む。
ぽっかりと開いた食堂に二つの人影がある。一人は椅子に座りテーブルに足を投げ出した古城、そして部屋の奥で不満そうな顔でこちらを睨みつけるグレイズだ。
「先についてると思ったのに、随分と遅かったじゃねぇか、鉄の皇帝サン」
「……この俺が、いいようにされたのか……小賢しい真似を……」
この男に会うためだけに、パレスからここまでの道を誘導されたのかと思うだけでジェロームは目の前の男を今すぐ殺したかった。
「懐かしいだろう? 小娘があんたに泥を塗った、最初の場所だ」
「その小娘を探しているのなら、無駄足だ。連れ歩いてはいない」
「いいや、俺はあんたに用がある」
「俺に?」
古城はテーブルから足を下ろし、立ち上がるとジェロームに真っ直ぐ向き直る。
「このまま、ジャンクヘヴンへ投降しないか?」
しん、と水を打ったように静まり返る。
「ふっ……ふはははは! 何を言うかと思えば! 馬鹿馬鹿しい!」
「そうでもないだろう? 見てのとおり、この戦いでジェローム海賊団が受けた被害はとてつもないものだ。最早ジャンクヘヴンを落とすのは不可能。進軍を止めたとしても今のあんたはあの小娘を捉えた事を報告しなかったせいで、海賊からも追われている。後はネヴィル卿の捌きを待つのみ、そうだろう?」
「俺がジャンクヘヴンに投降したところで、所詮死刑ではないのか? 傭兵よ」
「あんたが集めた古代文明の研究成果で取引すれば処刑を免れる可能性は十分あるだろう? 人体に機械を付ける技術と機械海魔、そして機械兵」
古城が後ろを見ると、不満そうな顔をしたグレイズが機械兵のパーツをごろん、と転がした。〝 鼠〟だけでなく、目の前の男とガキですら機械兵を壊せる力を持っていると、言葉なしに伝えているのだ。
「なぁに、死にさえしなきゃ折を見て再起可能、うまくいけばジャンクヘヴンに機械海魔付きで堂々入り込める……これをただの悪魔の囁きととるかは自由だぜ、皇帝サマ」
「ふっ、ふはははは! 面白い事を言う。どうやらあの小娘のように愚直な者ばかりではないようだな。この〝 鼠〟といい後ろのガキといい、あの小娘とは真逆の者もいる……ジャンクヘヴンの傭兵、貴様らは古代文明とにた香りがするな」
ギラギラとした貪欲な視線を向けられ、古城は三本の指をすっと廊下へと向けた。一本づつ指を曲げカウントをとると、指差した方向でぼん、と小さな爆発が起きた。
「……一応、返答をきこうか」
古城がそう言うと、ジェロームは左腕の銃口を真っ直ぐに向け、護衛兵たちも武器を構えだす。
「この皇帝ジェローム! ジャンクヘヴンにもシェルノワルにも膝をつかぬ! 貴様らが俺に膝をつき従うのだ!」
ジェロームの力強い声と共に銃声が鳴り響く。
鋼鉄将軍ほどではないにせよ、護衛兵達も鍛え上げられた熟練者だ。あんなに恐怖を感じていたコタロ相手でも機械部分さえ触れられなければ良いのだと言わんばかりに、恐れることなく立ち向かう。鉄の皇帝を名乗るジェロームもまた、鋼鉄将軍を従わせる存在だ。真っ当にぶつかり合えば無傷で済むわけがない。
しかし、今回ばかりは相手が悪すぎた。コタロは勿論、古城も無機物ならば全て、一度でも触れた物はいつでも、好きな時に爆発させられる爆弾に変えられる。ジェローム達の様な機械部分を持つ者は二人に触れられた瞬間、その部分が失われる。
コタロと古城の武器が遠距離なのを考慮し、幼いグレイズならば勝機があるのかといえば、そうではない。グレイズは氷と炎を操れ、機械部品の天敵ともいえる水が作れてしまう。単純に氷に包む事も炎で部品を溶かす事もできるが、水を使用したほうがショートを起こし、大打撃を与えられる。
一人、また一人と護衛兵が倒れる中、ジェロームは意を決したように右手でハットを抑えた。眉間に深い皺を刻み、鋭い眼光でちょこちょこと動き回る〝 鼠〟の姿を追いかける。一瞬でいい、忙しなく動き回るその身体を止めようと、ジェロームの義手から銃弾が飛び出した。攻撃に気がついた〝 鼠〟がこちらをみた瞬間、ジェロームの義眼から緑色のレーザー光線が発射される。狙いをつけていたコタロの左肩付近を洋服ごと消し炭にしたレーザー光線の勢いは止まらず、ジェロームの頭がぐらぐらと動きグレイズの脇腹にも焼き跡を残す。緑色の光は天井や床、テーブル等も削りレーザーを避けようと飛び退いた古城の左ふくらはぎをもかすめる。その威力は凄まじく、かすめただけの古城も痛みに動きを止め、まともに受けたコタロとグレイズは声を上げる事もできず苦痛に身体を曲げ、床に倒れ込んだ。
ジェロームの眉間に皺がより、もう一度同じ攻撃が来ると踏んだ古城は痛みをこらえサブマシンガンをジェロームに向けて乱射する。しかし、最後の護衛兵が弾道とジェロームの間に飛び出し、自分自身を盾にジェロームを護った。銃撃を止めれば盾は倒れジェロームを狙えるが、それはジェロームも同じだ。あれだけの威力を持つのレーザーを無軌道に放たれるなど危険すぎる。
どうしようもないまま古城がトリガーから手が離せないでいると、地面に蹲ったままのグレイズがジェロームを睨みつけ身じろぎ、獣の様な声をあげ虹色の貝殻を投げつける。銃弾の雨の中に投げ込まれた貝殻は瞬く間に粉砕され、煌びやかな液体を撒き散らす。きらきらと光る液体がジェロームにたっぷりとかかったのを見たグレイズは、苦痛にゆがんだ顔のまま満足そうに口端を歪める。左手を伸ばし、ジェロームめがけて炎を放つと煌びやかな液体は瞬く間に燃え上がり、ジェロームが炎に包まれる。しかし、自身の身体が燃えているのにも関わらず、ジェロームはまだ眉間に皺を寄せ、レーザーを放つ気でいる。
グレイズと古城がほぼ同時に舌打ちした瞬間、ジェロームの背後からぬっと手が伸び、ジェロームの機械の顔が鷲掴まれた。いつの間にかジェロームの背後に移動したコタロが機械に振れる。まるで狙ったかのように人差し指が義眼の真上に置かれ、めき、と音を立てて罅割れた。炎の煙とは別の煙がジェロームの顔から立ち上り、火花を散らす。
「おのれ……俺が、この俺が敗北するというのか……! 触れただけで破壊できる手……か。ふふっ」
ボンッ、と大きくジェロームの左眼付近が弾ける。その反動で尻餅を付いたコタロは、何故か、ジェロームの顔を掴んだ手を呆然と眺めていた。
「ふははははっ! 愉快だ! 実に愉快だ! ジャンクヘヴン海軍でもなく、どこぞの領主が雇った傭兵でもなく! まして海賊でもないッ! どこから来たのかも知らぬ傭兵どもに討たれるとは! なんという番狂わせだ! 面白い! こうでなくては!」
燃え盛る両手を広げ、ジェロームは朗々と語り、叫ぶ。
「さぁ、お前たちはこの先、何を望む! 何を求める! あの小娘のように愚直に進むか!? それとも海賊を全て消し去りジャンクヘヴンを乗っ取るか!? 海賊王の宝を探し当てるか!? 古代遺産を求めるか!? このまま、なにもせずにいられるとは思ってないだろうな! この鉄の皇帝を討ち取ったのだ! 最早、お前たちが望む望まないに関わらず、お前たちは、決断をせねばなるまい!」
燃えている事を忘れさせるほど、ジェロームは動き、語る。頭髪や生身の部分が焼ける臭いに、グレイズは顔しかめた。
「ブルーインブルーをこの手に収められないのは残念だ! だがッ! この先ッ! この世界に平穏も安寧も訪れる事はない! お前たちという存在が、この世界を脅かす! ……あぁ、そうだ。確か、古代遺産の文献によると死後の世界があるのだったな」
ジェロームの声は轟く。死にゆく者とは思えぬ声に、古城はどこか懐かしそうな顔を見せる。
「ブルーインブルーの前に、死後の世界を支配してくれるわっ! 集え、鋼鉄将軍っ! 死者ならば二度と死ぬことも無い! 真の強者が法だ! 死後の世界を手に入れブルーインブルーをも手に入れてみせよう! 生者も死者も無い、新たな世界をこの手で作り上げてくれるわ! ふはははははははははははっっっ!」
炎が消え去るまでジェロームの笑い声は続いていた。
この日、列強海賊がまた一人、その存在を消した。