オープニング

 ひっそりと、だがすみやかに、アリッサからの呼び出しが、一部のロストナンバーたちにだけ届いた。
 それは、先のベイフルック邸ガイドツアーのおり、秘密の庭でアリッサの話のきいたものたちである。

「みんなに相談したいことがあって」

 アリッサは切り出した。

 それは先日、世界図書館の理事会の一角であり、創設者たる『ファミリー』の一員、リチャード・ベイフルックが支配するチェンバー、「虹の妖精郷」で起こった。
 「虹の妖精郷」はリチャードがその妻ダイアナとともに住まうチェンバーであり、彼が運営する孤児院でもあった。
 幼くして0世界にやってきた子どものロストナンバーのうち、引き取り手を見つけられなかったものはそのチェンバーに引き取られる。しかし、リチャードの極端な秘密主義により、長らく妖精郷の内実は明らかになっていなかった。

 だが先日、ひょんなことから妖精郷内の「見学」が行われ、その恐ろしい秘密が露見したのである。
 妖精郷において、子どもたちは、何不自由ない暮らしをしている。だがそれは、望めばなんでも与えられるというだけのことで、本来、子どもに必要なしつけも教育も施されていないばかりか、そのような状態に疑問をもったり、養い手であるリチャードに反抗した子どもらは、なんらかの魔術によって石にされてしまっていたようなのだ。

 リチャード夫妻は世界図書館の要人ではあるが、あのような孤児院の運営は許されるものではない。
 少なくとも、石化された子どもらは救わねばならないはずだ。

「このまえ、いちどは孤児院に預けた子を強引に連れ戻した。そのことについて、いまだに向こうは何も言ってこないわ。さすがに大儀がないことをわかっているのよ。そして事を荒立てないようにして、このままうやむやにするつもり。この二百年、ずっとそうしてきたのだもの。でももう許せない。私は、この件を問題にするために、正式に理事会を招集しようと思うの。でもひとつ問題があって……」
 アリッサは言いにくそうに言葉を濁しながら、それでも、続けた。

「ある事情があって……実は今、妖精郷に私のパパの身柄が預けられているの」

 意外な事実であった。
 壱番世界で、不可思議な仮死状態で発見されたアリッサの父、ヘンリー・ベイフルック。その身はレディ・カリスの居城「赤の城」にあったはずだ。それがいつのまにか、妖精郷に移っていたとは。
「先方の申し入れがあって、私たちはそれを飲まざるを得ない事情があったの。……だから、レディ・カリスは直接的な糾弾は避けたいって――」
 なぜかれらがヘンリーを欲したかは謎だが、彼を盾に取られては夫妻と真っ向から対立しにくいのも頷ける。
 だが逆を言えば、この問題さえなければ情勢は逆転する。
 そこで、だ。

「もしも……もしもよ? 誰かがこっそり妖精郷に忍び込んで、パパを連れてきちゃったらどうかしら」

 あくまで、秘密裏に、である。
 虹の妖精郷は、ダイアナの魔術により創造された「玩具の兵隊」と、このチェンバーの力そのものの一部である「猫」たち、そして夫妻に忠誠を誓ったツーリストたちにより護られている。ほかにどんな危険が待ち受けているかはわからない。
 だが、孤児の一件からして、あの謎のチェンバーには、なにか深い闇がよこたわっている。
 そんな予感を、誰もが抱かずにはいられなかったのだ――。

  ◆ ◆ ◆

 かくして――『虹の妖精郷』への潜入を志願するロストナンバーたちの挙手があった直後のことだ。
 ターミナルに世界樹旅団のウォスティ・ベルが出現し、ホワイトタワーのキャンディポットが死亡。それにより大量のワーム群がホワイトタワー内にあふれかえったという報らせがあったのである。

「ホワイトタワーにはもう向かっている人がいるわ。みんなを信じて」
 アリッサは状況を手短に告げると、集まった面々に向かって言った。

「逆にチャンスかもしれない。緊急事態の報告にきたとか、妖精郷の安全を確かめにきたとか言えば、勝手にチェンバーに踏み入ったことにも道理が通せるもの。ターミナルのことは気がかりだろうけど、この機を逃さず、みんなは妖精郷へ行ってほしいの」

 作戦は、電撃的に敢行されることとなった。


ご案内

勇気ある立候補をいただいたみなさんによる、妖精郷への潜入任務が行われます。この任務の目的は「妖精郷のどこかで、仮死の眠りについているはずのヘンリー・ベイフルックを発見し、連れ帰ること」が第一ですが、可能なら石化した子どもたちを助けたり、まだ石にはされていない子どもたちの安全を確保したり、妖精郷に隠されているなにかを探すこともできればより良いでしょう。

すべてのことを一人の人が行うことができないため、プレイングでは「自分の目的」をはっきりさせておかれることをおすすめします。

大人数で動くと隠密性が失われ、妖精郷は広大でもあるため、今回の任務は手分けして行うことを前提にしています。しかし、少人数だと不測の事態に対応できない可能性もあります。参加者は、プレイングに「同行者」として「お互いに」名前をあげることで、チームでの行動をすることが可能です。

プレイングに「単独行動をする」と書いた場合は、単独での行動になります。

同行者の名前をあげないか、一致しない場合で、単独行動をするとも書いていない場合は、状況に応じて(たとえば同じ場所に向かう、同じ行動をするなど)チームになるか、単独行動になります。

■参考情報
・妖精郷について

・ヘンリーについて


!注意!
こちらは下記のみなさんが遭遇したパーソナルイベントです。ミニ・フリーシナリオとして行われます。

●パーソナルイベントとは?
シナリオやイベント掲示板内で、「特定の条件にかなった場合」、そのキャラクターおよび周辺に発生することがある特別な状況です。パーソナルイベント下での行動が、新たな展開のきっかけになるかもしれません。もちろん、誰にも知られることなく、ひっそりと日常や他の冒険に埋もれてゆくことも……。
※このパーソナルイベントの参加者
ジョヴァンニ・コルレオーネ(ctnc6517)
青燐(cbnt8921)
黒葛 小夜(cdub3071)
深山 馨(cfhh2316)
モック・Q・エレイヴ(cbet3036)
エレナ(czrm2639)
一一 一(cexe9619)
ジャック・ハート(cbzs7269)
相沢 優(ctcn6216)
三ツ屋 緑郎(ctwx8735)
シーアールシー ゼロ(czzf6499)
死の魔女(cfvb1404)
カンタレラ(cryt9397)
ナウラ(cfsd8718)
メルヴィン・グローヴナー(ceph2284)
虎部 隆(cuxx6990)
仲津 トオル(czbx8013)
宮ノ下 杏子(cfwm3880)
青海 棗(cezz7545)
レナ・フォルトゥス(cawr1092)
ダルタニア(cnua5716)
李 飛龍(cyar6654)
マフ・タークス(ccmh5939)
レイド・グローリーベル・エルスノール(csty7042)
冷泉 律(cczu5385)
ルイス・ヴォルフ(csxe4272)
※このパーソナルイベントの発生条件
イベント掲示板「秘密の集まり」において挙手をした人がいた場合

このイベントはフリーシナリオとして行います。

なお、期限までにプレイングがなかった場合、「妖精郷への潜入は行わなかった」ものとします(ノベルに登場しません)。

→フリーシナリオとは?
フリーシナリオはイベント時などに募集される特別なシナリオです。無料で参加できますが、プレイングは200字までとなり、登場できるかどうかはプレイングの内容次第です。

■参加方法
プレイングの受付は終了しました。

ノベル

 ホワイトタワー崩壊の報せの騒然となるターミナルをあとに、26人は妖精郷へと潜り込んだ。

「ともかくとして、何かしら、見つかればいいのですが」
 ダルタニアはレナ・フォルトゥスとともに、探索を開始する。
 レナが透明化の魔法でふたりの姿を隠したので隠密性は保たれているが、広大な妖精郷内で、なんら具体的な目的をもたずに漠然と探索することはほぼ無意味な行いだった。

 メルヴィン・グローヴナーは城に近い場所に身をひそめ、各所に散った皆からもたらされる報告を統制し、中継する役割に専念することを申し出た。もし、なにか異常な事態があれば迅速に周知させることもできるだろう。
 青燐も、彼の傍で、脱出の経路を確保しておくことになった。
 特に、石化された子どもたちは運び出したい、というのが彼の願いだ。

  *

「やあ! 今日はみんな外で遊ぼう!」
「ハロハロ、ボクモックン! 今日はみんなに面白いイタズラのやりかた教えちゃうゾ☆ まずは落とし穴の作りかた――」
 子どもたちの住む町で、レイド・グローリーベル・エルスノールが子どもらを呼び集める。
 モック・Q・エレイヴと、マフ・タークスも一緒だ。
 許可のない訪問に、玩具の兵隊たちが飛んできたが、マフがかれらに応対する。
「ホワイトタワーから溢れ出たワームどもがここへ向かってる。 ガキどもを避難させろ、ここはもう安全じゃない」
 兵隊たちは想定外のことに、互いに顔を見合わせるばかり。
 かれらをよそに、3人は子どもたちを引率して撤収準備をはじめる。

 そのとき、カンタレラがひそかに町に入っていた。
 3人が子どもらを呼び集めてくれたので手間が省けた。
 無人になった家々にそっと忍び込み、なにか手がかりがないかを探る。
 リチャード夫妻がなにかを隠すなら、あえて自分たちの城は避けるのではないか、とカンタレラは考えた。たとえば子どもたちに、そうとは知らずに隠させるようなことも、ありうるのではないか。
 なるほど面白い着想だったが、とりたててこれはと思うものは見つからない。
 こうしているうちにも夫妻に行状がバレて身に危険が迫るかもしれないと思うと、カンタレラは恐怖を感じた。それでも、ここには、なにか暴かねばならない秘密があるような気がしたのだ。

  *

 リチャードの城へ向かったものたちのうち、三ツ屋 緑郎と仲津 トオルは堂々と夫妻への謁見をもとめた。
 むろん、ホワイトタワーの件を報告するという口実で、である。
 ふたりは、これは世界樹旅団の攻撃のはじまりであり、ここも安全ではなくなると説く。
「館長が安全なチェンバーを用意してくれます。どうかそこへ一時的に避難して下さい」
 と、トオルは告げた。
「むう」
 リチャードは困惑しているようだった。
「しかし、ここよりも安全な場所など……」
「もし! もしもおじあちゃまが怪我をしたら嫌だ!」
 緑郎が言った。
「旅団は妖精郷のような重要施設を狙ってくると思われます。館長もボクら旅人も頼れる方を失うわけにはいかないんです」
 トオルがたたみかける。
「それも……そうか。そうだのう……」
 ダイアナがなにか言いかけるのを見て、トオルはすかさず言った。
「有事の際に決断を下すのは卿の役目です」
「うむ。そのとおりだ」
 リチャードはもっとらしく頷き。ダイアナは発言の機会を逸した。
 引き続き、トオルが熱心にリチャードに語りかけるなか、彼女は、実にさりげない様子で、そばを離れようとする。だが。
「おばあちゃま」
 緑郎がそれを見逃すはずもなかった。
「危ないよ。いつ旅団のやつらがくるかわからないんだ。ここにいて」
 その手を握る。
 ダイアナの手は温かく、その目はいつものように柔和だったが、緑郎はそれを信じてなどいない。
 こうして一秒でも長くふたりを引き止めておく。その間に、どうか。

「ヘンね、猫がいないわ。あいつらの後をつければなにか見つかると思ったのに~」
 と宮ノ下 杏子。
 トオルと緑郎が夫妻に謁見しているあいだ、何人ものロストナンバーたちが城内に忍び込み、探索を試みていた。
「どこかでお昼寝でもしてるのかもね」
 同行するエレナが、のんびりと言った。
「でも、ヘンリーさんがいるとしたら絶対、このお城よね?」
「うーん。どうかしら。最初は私もそう思って、さっきからずっと探ってるんだけど、ヘンリーさんの痕跡をどこからも読み取れないのよ」
「えっ、そうなの?」
「なんだか……ここには来たことないんじゃないかってくらい」
「空振りかぁ~」

 深山 馨とジョヴァンニ・コルレオーネはダイアナの居室を探していた。
 なんにせよ、そこにはなにかの手がかりがあるに違いないと考えたのだ。
 それらしい部屋へ、そっと忍び込む。
 いくつかの続き間になっている。居間に寝室……一見してあやしいものはないようだが……
「これを」
 馨は、奥の扉を開けて、ジョヴァンニを呼ぶ。
 そこは、婦人の部屋というにはいくぶんいかめしい、書斎のような部屋だった。
 ジョヴァンニは、書棚から、古めかしい本を抜き取る。
「ふむ。ラテン語じゃの。……これは……これがそうなのか」
 題字を確認して、ジョヴァンニは思わず感嘆を漏らした。
「『虚無の詩篇』。錬金術師ディラックが著したという」
「おや。これは系図のようだが」
 馨が見つけたのは家系図のようだった。
「なんだろう。この印は」
 幾人かの名の傍に、意味ありげに印がつけられている。
「エドマンド、ヘンリー、そしてベンジャミン……。印がついているのは一部の男性だけだね。なにを意味しているのか……」

 同じ頃、城の地下では、ナウラと李 飛龍が、石化された子どもたちを運び出す作業に取り組んでいた。
 ナウラがつくったトンネルを、城から延々と伸ばし、煉瓦の道があるあたりまでつなげる。そこでは青燐が待機してくれている。
「必ず戻す。もう少し我慢して……」
 ナウラは決意を口にした。

  *

 妖精郷でもっともあやしい場所はどこか。

 妖精郷の全貌は知られていない。それでも、断片的な情報から、潜入部隊の興味を強くひいた場所がある。
 それは、湖と、そこに浮かぶ島である。
 島は霧に隠されるようにしてあり、石の遺跡のようなものがあることがわかっている。
 島へは10名のロストナンバーが向かった。

 問題はどうやって島へ渡るかである。
 一一 一、冷泉 律、ルイス・ヴォルフらは、かなり警戒し、迅速に行動していたが、それでも途上でリチャード配下のツーリストに見咎められてしまった。だがそれは逆に、この湖が護られていることを意味している。

 黒葛 小夜は、夫妻があの遺跡に出入りにしているならどこかに舟があるはず、と考えた。
 相沢 優がオウルフォームを飛ばして探した結果、ボートを発見したが、船着場には係のツーリストが警護しているようだった。
「……なら、潜って渡る」
 小夜は豪儀な決心をした。
 ちょうど彼女のセクタンはジェリーフィッシュフォームだから都合が良い。
 同じく、最初から潜水するつもりで支度をしてきていた虎部 隆、青海 棗、水中でも呼吸が必要のない死の魔女が、湖底を徒歩で渡る作戦に出た。

 4人が島へと上陸。
 遺跡は、壱番世界でいうストーンヘンジに酷似していた。
「禁忌、禁忌ですわ。きっと禁断のあれやこれやが眠っているに違いないのですわ」
 死の魔女が言った。
「あれやこれやって」
 無表情に、棗が聞く。
「あれやこれやと言えばあれやこれやなのですわ。……この島には、死の気配がしますもの」
「静かにしないと見つかっちゃうよ」
 小夜が言った。
 言わんこっちゃなく、誰だ!という声とともに、玩具の兵隊ががちゃがちゃと走ってくるではないか。
「くそ、仕方ねえ。ここは俺に任せて先へ行けーーー!」
 隆がヒロイックに飛び出し、兵隊をひきつけているあいだに、3人の娘たちは先へ進んだ。
 ストーンヘンジをいただく丘の中腹に、入り口がある。
 なかは暗く、ひんやりとしていた。
「これ……」
 小夜は息を呑んだ。
「棺?」
「あら素敵!」
 死の魔女によって、そこは慕わしい場所だった。
 並んでいるのは石の棺だ。
「ちょっと失礼」
 彼女が蓋をあけると、果たして、中にはミイラ化した遺骸。
「いたわ」
 棗が指さす。
 棺の列のもっとも奥に、ヘンリー・ベイフルックを収めた棺が――ただしこれは、『赤の城』にあったガラスの棺のまま、安置されていた。
「報せなきゃ!」
「……」
 小夜がノートを開く一方、かすかに、本当にかすかに、棗が頬をゆるめた。

 3人が棺を運び出してきたところ、巨大化したシーアールシー ゼロがざぶざぶと湖をわたってきた。そのまま棺を口のなかにぱくり。そうしておいて、もとの大きさに戻ってゆく。ダイナミックな方法だが、安全確実だった。

「大変!」
 そのとき、メルヴィンから緊急のエアメールが全員に放たれた。
 それは、ターミナルでなにか急変があったらしいというものである。
「おい、ずらかるぞ!」
 ジャック・ハートだ。テレポートであらわれた。
 ヘンリーを(口に)含むゼロと、3人の娘たちを連れて転移する。
「あ」
 転移の瞬間、棗が小さく声を出した。
 隆を忘れてきた。

  *

「おばあちゃま!?」
 ダイアナは緑郎の手を振り払う。
 あいかわらず、柔和な笑顔だったが、笑顔のまま、彼女は告げた。
「もう茶番はおしまいにしましょう」
 するり、とストールをほどく。
「さ、貴方、参りますよ」
「な、なに?」
 空間が、歪んだ。歪んでぽっかりと、口を開ける。
 緑郎はそれに似たものを知っている。ラビットホールだ。だが、それとは少し違うようでもある。
「さあ、早くお行きなさい」
 ダイアナが、どん、と夫の背中を押すと、空間に開いた穴の中にリチャードが吸い込まれていった。
 そして老婦人もまた、あっと思う暇もなく、その中に消えていったのである。

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螺旋特急ロストレイル

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