０世界駅伝レース

第１区間

　スタートの合図とともに、３５名の第一走者たちが一斉に走り出した。
（第一走者で、おおよその順位が決まるわ……ココは、少し無理をしてでもペースを早くするべきね……）
　『自警団員募集』という文字（と、正体不明の生物のイラストと）が描かれたＴシャツを着て走る、流鏑馬明日のその推測は正しい。第１区間の成績が、あとあと大きく響いてくるに違いない。
　したがって、出走と同時にマドカに催涙スプレーを噴きかけられて倒れたトゥレーン ウィルのチームの命運はすでに尽きたも同然であった。

　第１区間――『世界樹聖域』。そこは樹木と泉からなる静謐な空間だった。
　澄んだ空気のなかを、今日ばかりは軽快な足音と、歓声が満たす。
「きれいなところねぇ」
　志野 あぐりは走りながら、風景に感嘆する。
　かつてここは世界園丁たちが安らぐ場であったのだという。

　さて、今回の駅伝だが、一応、コースは提示されているものの、コースアウトは必ずしも失格とはみなされない。
　もっとも、正規のコースが、誰にとってもいちばん適切なルートを示している。別のルートで有利な場所を見つけるには、それなりの工夫が必要だろう。
「多分、森ノ中ハ自然の迷路……。決マッタ、コース、通ラナイト……迷ウ……。……デモ、僕ハ迷ワナイ。最短コース、解析出来ル。……ダカラ僕、ミンナニハ負ケナイヨ」
　幽太郎・AHI/MD-01Pはセンサーでルートを解析する。
　一方で、あくまでも堅実に走るものたちも多かった。
　ちいさな身体でいっしょうけんめいに走るゼシカ・ホーエンハイムやニワトコの姿は観戦する人々に微笑ましく映る。

　そして、時とともに集団から抜きん出てきたのは馬来田 史信とヴェンニフ 隆樹のふたりだった。
　史信は体力には自信があったが、自分がずいぶん衰えた、と感じている。年齢のせいか、喫煙のせいか。それでも着実なストライドにより彼は一位をキープしていた。
　その後方にぴたりとつけた隆樹は、上手にペースを保って着いていった。
　やがてゴールが見えてくる。
　ふいに、隆樹の後ろから異様な気配のようなものが急接近してきて、隆樹の影がざわめく。
　追い上げてきたのは一一 一だった。
　ゴールでは、彼女のチームの第二走者が、一の追い上げに気づいて歓声をあげた。
「さあ８さん！　このタスキをお受け取り下さい、後は任せましたーッ！」
　わずかの差で、隆樹を抜いて二位でゴールだ。

「ふう」
　堂々の、一位となった史信は責任を果たした安堵に深い息をつく。
　むしょうに煙草が吸いたかった。

第２区間

　馬来田 史信からタスキを受け継いだ第二走者はソア・ヒタネだった。
　第２区間はナラゴニアの市街地。沿道にいちばん最初に飛び出した彼女へ向けて、声援が送られる。
　ソアは牛の姿で走る。がんばらなきゃ。黒毛和牛は懸命に駆けた。
　沿道で振られる旗。人々の服。ひらひらしたものを見ながら走っていくうちに……
　――ドクン――
（なに……この感じ。……なんだか体が熱くなってきました。これが……）
　誰かが言った。牛は、ひらひらしたものを見たら覚醒すると。
　今こそその時！
　覚醒の時を迎え、「トランスソア」となったソアは、怒涛の猛スピードでナラゴニアの町を疾走する。

「自警団に入ってくださる方、絶賛募集中です！！詳しくはターミナルの流鏑馬明日さんまでご連絡くださーい！！」
　と、アピールしながら走る舞原 絵奈。
　アルウィン・ランズウィックは仔狼の姿で楽しそうに走っている。沿道の人々に、
「こんちゃー、元気かー？　応援ありがとー！　これからも仲良くしてなー！」
　と声をかけながら。
　駅伝はナラゴニアの人々に友好のアピールをするのにも良い機会だったろう。
　ロナルド・バロウズは走りながらヴァイオリンを演奏する離れ業を見せ、ティーグ・ウェルバーナは宙返りなどのパフォーマンスを見せた。
　そして黒葛 一夜は「妹命」と書かれた鉢巻をしめ、
「小夜、お兄ちゃん頑張るよオオオオオオオオオオオ」
　とたいへん個人的な主張を叫んでいる。

　さて、第１区間、驚異の追い上げを見せた一一 一からタスキを受け取ったＮｏ．８であるが、順調に追い越されて着々と順位を落としていた。
「うぅ……水中なら他の人より自信あるのに……」
　タコ脚は地上では分が悪かった。
　と、彼女の視界に、藤枝竜の姿が。
　竜は見つけ出した抜け道からショートカットをしようとしていたところだったが……。
「ドラちゃん？　くくく……勝負の世界は非情なのだよ……。食らえぃ～！」
「！？　な、なにこれ……っくしょい！！　ってぎゃああああ」
　Ｎｏ．８の放ったコショウ入り煙幕手榴弾が命中。竜はくしゃみした拍子に吹いてしまった炎にまかれて火だるまになるという惨劇に見舞われる。
　その隙に少しでも追い上げようとする８だったが、グランディアの不意打ち攻撃を受ける。
　そのままもつれあって転がるふたり。混戦状態だ。
　すこし離れた場所ではワード・フェアグリッドが天渡宇日 菊子に捕まって抱きすくめられ、エクトプラズムを吐いていた。

　そんな混戦をよそにリーリス・キャロンはナラゴニアの人々の心のなかをのぞいて最短の道筋を探し当て。
　ノリン総督はなぜか分裂して一列の隊列となって騒がしく走りながら順位を伸ばし。
　怒涛の勢いで追随を許さなかったソアに続いて、それぞれ２位、３位でゴールするのであった。

第３区間

　そして第３区間。『世界樹の根の道』。
　コースが発表されたときから、この区間は大荒れが予想されていた。
　垂直に近い急勾配の道をどう走ればいいのか。事故も予測されるが、はたして――

「ロイーー！！！！　なぜ、わしがここなのじゃーーーー！！！　こっちは黒豹の空牙のほうが適任だと思うのじゃあーーー！！！」
　悲壮な叫びを残して転がり落ちてゆくギルバルド・ガイアグランデ・アーデルハイド。
　彼のように自爆するものだけでなく、ここが勝機と見たものたちの妨害合戦が熾烈に交錯する。

「その服寒くない？　風邪ひいちゃうよ？　スイートがあっためてあ・げ・る」
「な、なに……？」
　スイート・ピーの声に思わず脚を止めたエイブラム・レイセンが、
「スイートのちょっと過激な愛を受け取って！」
　と、彼女の投げつけた飴型爆弾の餌食になる。

　ヘルウェンディ・ブルックリンはローラーブレードで疾走。
「人をバニーガールコスで働かせといて！　いや厳密には働かせたのは父親だけどそんなのどうでもいいの、許さないんだからこのエロ魔神、樹海の藻屑と化しなさい！」
「ぬお！！」
　駅伝と関係のない私怨めいた体当たりに、メン・タピが吹っ飛ぶ。
　その様子を眺めていたのはブレイク・エルスノール。
「男は優しくなければ生きていく資格がないらしいよ兄貴。つまりこの駅伝に望む僕は生きていく資格な無いわけですブラザー」
『ダレガ兄貴デぶらざーダッテ？　妨害デモスルノカ？』
「その方が面白そうなので妨害しちゃうのですよ旦那」
『呼ビ名変エスギダロ』
　従者のガーゴイルにそう言うと、枕を投げつけ、メン・タピに追い討ちをかけた。

　フラーダは球状の岩のカプセルのようなものをつくり、その中に入って（内部は水に満たされ、フラーダ自身はその中心にできた空気の泡に入っている）転がり落ちるというミラクルな方法でスピードをあげていた。
　だが、その前に、突如としてコウモリの群れがあらわれてゆく手を阻む。
「毛玉如きに敗北を喫するわけにはいかん。可愛さではわしが上じゃ！」
　ネモ伯爵の妨害であった。
「わしを誰だと思うておる、千年の永きを生きる吸血鬼ネモ伯爵じゃ！　後妻は引き続き募集中じゃ！」
　高らかな勝利宣言とともに、自身もコウモリとなって滑空する。

「ヒャヒャヒャヒャヒャ、どォせなら派手に行かなきゃツマンネェだろォ！　俺たちァギャンブラーなんだからヨ、ヒーハハハハ」
　ジャック・ハートの高笑いが響く。
　サイキックで加速しながら走る――いや落下する。
　速い、速い。まるで弾丸のようだ。
「けど、あんまり派手にしてると狙われるぜ」
　ネイパルムのスナイパーライフルの銃撃は正確だった。
　ジャックに命中した弾丸はトリ餅網になって彼を絡めとり、そのまま流星のように下方の樹海へ消えてゆく。

　あちこちで悲鳴や怒号が響くなか、村山 静夫は、比較的慎重に、平らかな足場から足場へと飛び移るようにして降りていく。
「はは、まるで度胸試しだ」
　と言ったが、その実、安全で的確なコースどりであった。
　サインもほぼ同様の戦法で、しかし、より勢い重視で駆け下りてゆく。
　爪が滑り止めになるぶん有利だし、楽しそうだ。
　ふたりのうちどちからが１位になるかと思われたとき、上空からゼノ・ソブレロが急降下してきた。
「自由落下に身を任せて一気に時間短縮ゥ！ッス」
　パワードアーマーのブースター逆噴射により、地面に激突することなくソフトランディング、見事、この区間の１位を獲得したのであった。

第４区間

　レースの舞台は第４区間、０世界の新たなる大地である樹海へと入った。
　ここはワームに遭遇する可能性もあるという危険地帯だ。しかも……
「やっぱ祭ってぇのは賑やかでねぇとな！」
　そう言って祇十が打ち上げた紙玉は樹海上空で破裂して、無数の紙ふぶきを舞い散らせる。そこに書かれた『誘』や『囮』と言った文字が、うろつくワームたちをコース上へとおびき寄せた。
　祇十自身は『消』という文字で気配を絶ち、先へと進む。その後方ではランナーとワームたちの阿鼻叫喚が繰り広げられた。

「ああ今日も好い天気だ、空気も悪かない。肉の桜も散って、こりゃあ好いねぇ」
　などと奇兵衛はのんきなことを言っているが。
　ちなみに「肉の桜」とは奇兵衛が扇子でひと扇ぎすれば、放たれてワームに突っ込み、真空の渦に巻き込む紙の燕によってしとめられたワームの肉片のことである。
「ワーム如きが戦の邪魔できると思うな！　雹王招来急急如律令！　ワームを切り裂き凍らせろ！　他の参加者は巻き込むなよ」
　百田十三は護法を操って敵を退ける。参加者にも気を回す良心は讃えられてあるべきだ。

　しかし一方で非情な勝負も続いている。
「まことに申し訳ないのではあるが、脱落してもらうでござる！」
「ああっ！！」
　豹藤 空牙の鎖つき分銅がラファエル・フロイトの両足に絡み付いて引き倒す。
「ふははははっ、リア充め！　末永く爆発しろー！」
　ニッティ・アーレハインの槌が蔦木 景辰をぶっとばした（「ボクなりの祝福なんデスヨ？」とのこと）。
　チャンはQ・ヤスウィルヴィーネの行く手に札束をバラまいて追い抜くという姑息なんだか気前が良いんだかよくわからない作戦に出た。しかし一度は追い抜いたが、あとで結局、負けてしまったようだ。

「ごめんねアドさん。でも一位は譲れない！」
「ぎゃーーー！？」
　臣 雀が呪符から生み出した火の鳥が、クチバシでアドを咥えてさらってゆく。
　アドはもがきにもがいてなんとか脱出したのが、ようやく自由になったとき、そこには彼をじっと見つめる３匹の仔狐たちの姿が。
「あなた様、食べたらおいしいですか？」
　無邪気に小首を傾げる。アドは無言のままカタカタ震えだし、冷や汗の池があしもとにできた。
　その後、仔狐たち――逸儀＝ノ・ハイネの放った分身たちに散々追い回されることになった。

「ケラケラケラ、ここには頼もしい“お友達”が大勢いらっしゃるのですわ」
　死の魔女は、誰かが倒したワームの遺骸を操り、それに騎乗して上機嫌であった。だが。
「あら？　どうしましたの？」
　ワームが歩みを止めた。
　気づけば地面がぬかるみになっており、重たいワームがその中に沈みつつあるのだ。
　しかも、死んで時間の絶ったワームの骸は崩壊をはじめ、ぐずぐずとくずれてぬかるみに溶けてゆき、その中に魔女を呑み込む。
「しーちゃん、そのまま朽ち果てろ！　もう朽ち果ててるけどね！」
　水の魔法でぬかるみをつくった張本人であるハイユ・ティップラルが追い越してゆく。
　ハイユは良いペースだった。
　不満と言えば、この区間はギャラリーがいないため、せっかくの豊満なバストが走りとともに揺れるさまを誰にも見てもらえないことだ。
　だが高順位でゴールできそうな期待が高まる。次の走者の顔を思い浮かべる。マルチェロ・キルシュだ。
「ロキくん、あたしのすべてを受け止めて！」
　そう言って飛びつくさまを脳内でシミュレーションしながら荒い呼吸で走っていたそのとき、
「！？」
「おっと悪ィ、ワームと間違えちまった」
「ちょ、なんなのよ！」
　ファルファレロ・ロッソの二丁拳銃の銃撃がハイユを襲った。間違えたとかなんとか言いながら撃つのをやめない。
「！」
　梢から撃ち落とされた樹木の枝葉がどさどさとハイユに上に落ちてくる。高笑いを残してファルファレロは駆け抜けてゆく。
　走者たちの妨害合戦も白熱をきわめてきているようだった。

第５区間

　コースはいよいよターミナルに入った。
　ターミナルの基盤となる、地下の都市遺跡の中を走る抜ける。
　ここは普段、誰も立ち入らない場所だ。ターミナルに住むロストナンバーたちも、ここに足を踏み入れたことのあるものは少ない。
　青海 要はオウルフォームのセクタンを偵察として先導させながら、複雑なコースを迷うことなく走破していた。
「はッ！」
　間一髪！　廃墟の一部が崩れてきたのを察知して、要は避ける。
「おっと、運がいいな！」
「！？　まさかわざとなのー！？」
　廃墟の上方に、虎部 隆の姿をみとめ、要は抗議の声を上げた。
「勝負の世界は非情なのさ～♪」
　イラッとする感じのハミングを残して隆は消える。

「ええと、ここは前に通ったような……あれ？　あれ？？」
　メルチェット・ナップルシュガーは完全に道に迷っていた。何度も同じ場所をまわってもうへとへとだ。
（ふふふ、うぶなおなごを弄ぶのは快感じゃのう）
　揚羽公主の幻術のしわざとはメルチェットは気づかない。
　別に若い娘だからと僻んでいるわけではないぞえ？と、揚羽公主は誰にともなくことわりつつ、先へ進んだ。

　ロストナンバーたちはもてる能力を駆使して、複雑なルートへ挑んだ。
　ニノ・ヴェルベーナァは種から植物を成長させ、植物をおのれの目としてルートを把握。走りやすいルートを割り出していた。
　セルゲイ・フィードリッツは仲間に預けたアイテムを探知魔法で探知することで方角を検地したし、飛天 鴉刃はあらかじめ記憶したルート上を飛ぶことでゴールを目指す。

　しかし、えてして勝敗とは、幸運の女神の気まぐれに翻弄されるものである。
　麻生木 刹那は自前の方向感覚だけを頼りに進んできたが、チームがここまで高順位をキープしていたこともあり、この区間のトップ走者としてゴールする。
　そして彼に続いて、
「あら、もう着いたの？」
　幸せの魔女がひょっこりとあらわれた。
　のんびりと散歩するように進んできたのに、迷うことも遅れることもなくゴールする幸せへと至る。それが彼女の魔法であった。

第６区間

　そして最後の走者へとタスキが受け継がれる。
　ここまで、種々のドラマは生まれているも、おおむね第１区間の順位を大きく覆すには至っていない。はたして番狂わせはあるのか、それとも――そんな期待と不安を孕んで、レースはターミナルの市街地に入った。

「ふむ、なかなかかわゆいぬいぐるみじゃな」
「ニャボ（・ω・）」
　ニコラウス・ソルベルグは、タスキとともに渡されたぬいぐるみに目じりを下げた。それは彼のチームの第１走者、タイスが、描いて実体化させたものだった。その名はにゃぼてん。
　にゃぼてんとともに走るニコラウス。ふいのその目がカッと見開かれた。
「はっ！　あの雄雄しい蜘蛛足は……もしや蜘蛛の魔女殿ォ！」
　いかにも、蜘蛛の魔女であった。
「ここいらで一気に順位を伸ばすわよぉ！　この蜘蛛の魔女様の恐るべきランニング、とくと目に焼き付け歴史に刻み込むが良いわ！」
　彼女はそんな気合の言葉とともに、全力疾走しているところであった。だがその全力に迫る勢いでニコラウスが走り寄ってくるではないか。
「蜘蛛の魔女殿ー！　ワシじゃー！　ワシこと魔法少女ふわふわ☆ニコルじゃー！　コロッせオまでお供いたしますぞ魔女殿ー！」
「！？　なんなの、あれ。おのれ、１２本の手足を持つ私が４本手足の種族に遅れをとるものかぁ！」
「魔女殿ぉーーーー！！」
　今いち不毛なおいかけっこが始まった。

　ユリアナ・エイジェルステットは、都市遺跡で道に迷ったメルチェットからタスキを受け取り、少しでも順位を伸ばそうと懸命に走っていた。彼女たちは「ＴＹ６」と書かれたピンクのタンクトップを揃えて走っている。胸が揺れるので走りにくそうだ。……そう、ＴＹ６チームの共通点、それは胸がゆたかであること。
　正確には、メルチェットはゆたかではないが、この日だけは詰め物をして参加しており、メン・タピはゆたかはゆたかだが大胸筋だった。
　そんなユリアナの前にあらわれたのはニコ・ライニオだった。
　むろん今はライバルであるが、ふたりは微笑をかわす。
　走りながら、ニコは言った。
「どうしても、言いたいことがあってさ……」
「えっ？」
「……ユリアナちゃん、愛してる！」
「！」
　瞬間、足をとめて振り返り、頬にくちづけ――。
　そして、ニコは竜の姿になり、すさまじい勢いで飛び去っていった。
「……」
　突然の展開に、誰もが呆然と目を奪われた。

　そんなさまざまなドラマ（？）を生みながら、レースはいよいよクライマックスだ。

　葵 大河はワイヤーガンを使ってターミナルの家々の屋根から屋根へと飛び移り、道なき道を走っていた。
　ふと見下ろせば、ゴール地点のコロッセオへ続く沿道には人々がひしめき、声援が飛び交っている。
　先日は戦火に見舞われたこの町が、今は祝祭にわきたっているのだ。
　その道を、総勢二百体の旧校舎のアイドル・ススムくんが走る。
　正確には、五十体の水兵ルックのススムくんがつくる人間神輿のうえに、三つ編みで赤いスカーフのセーラー服のススムくんがタスキをかけて（つまりこの一体が走者ということだ）担ぎ上げられており、沿道へ手を振っている。
「世界制服せぇらぁ服！　みんなで同じせぇらぁ服を着て友好を深めるでやんすよ～」
　今ひとつ意味のわからないメッセージだったが、インパクトでは文句なしに優勝なのであって、残りのススムくんたちが沿道の人々にクッキーや花束を配ったり、紙ふぶきを撒いたりして、ちょっとしたカーニバル状態になっているのを見ていると、誰もが謎の感動に襲われ、心を揺さぶられるのであった。

　白熱する競争のなか、音成 梓はターミナルの裏道を調べ上げ、かつ、オウルフォームの目を使って道の混雑を避けることで、コロッセオ近くのとおりへ一番手で躍り出た。
「ラストスパート、一気に走りぬける！」
　梓はスポーツマンタイプとは言えなかったが、ウェイターとしてそれなりに足腰は鍛えている（？）。ここらで優男キャラを卒業してワイルドに転向――
「どけぇい！！」
「ヒイイ！？」
　梓を一括した大音声。それはアレクサンダー・アレクサンドロス・ライオンハートの咆哮であった。
　梓がいくらワイルドをきどっても、百獣王のワイルドさには及ぶはずもなかった。
　獅子の王は、サバンナで獲物を見つけたときのように、まっすぐにコロッセオへと走り込んでゆく。
「び、びっくりした……」
　気勢を削がれ、それでも、せめて二番目にコロッセオに入ろうとした梓の傍らをするりとすりぬけていった一陣の風。それはリエ・フーだ。
「負けるかぁああああああ」
　リエは走った。
　こんなに本気で走ったのは覚醒する直前、官憲に撃ち殺されそうになって死ぬ気で路地を駆け抜けたとき以来だと思った。
（思い出すぜあの頃を。あの頃はいつも仲間がいて……今は独りだけどよ）
　コロッセオにはすでに駅伝のゴールを見ようと詰め掛けた観戦者たちが観客席を埋めていた。わっと歓声がふたりを――アレクサンダーとリエを包む。
　ターミナルに、こんなに人がいたのか、とリエは思った。
（そうか。違う……今も、独りじゃないんだ）
　このタスキは、５人の仲間が運んできてくれたものだ。
　星川 征秀、ノリン総督、ハクア・クロスフォード、祇十、虎部 隆……
　リエは全力で走った。今までも全力だったがさらに全力で走った。時として、人間は限界を超えるのだ。
　アレクサンダーよりも、ほんのわずかに先んじてゴールテープを切ったのは、ものの数秒の差であった。

　こうして、０世界大祭の一環として行われた駅伝レースは華々しく幕を閉じた。
　人々は、みな、走者たちの健闘を讃えた。
　走者たちはライバルであったが、レースの終わった今、熱く全力を尽くした仲間なのであり――
「どこだぁ！　那智ーー！！　那智はいねーがーー！！」
　ルイス・ヴォルフが咆えているのは、レースのはじまる前に、那智・Ｂ・インゲルハイムに水分補給も大切だよと言って渡されたミネラルウォーターに一服盛られたせいで惨敗したせいだが、ともかく、０世界のロストナンバーたちはみな仲間なのである。そこにはたしかに、絆があった。……おそらく。


「駅伝が終わったか」
「ククク、だが駅伝など０世界大祭の催しのなかではもっとも小物」
「われらの面汚しよ」
「あのー、そろそろ会場閉めますんで撤収してもらえます？」
　その頃、６体の分身でチームをつくろうとしたが認められずに出走できなかったイテュセイは、コロッセオのかたすみで６人でカードゲームに興じていた。
「はい、『ウノッ』って言ってないー！」
「あのー。そろそろ会場閉めますんで」

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