決戦!赤の王
ノベル
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§品川駅上空
職場に向かうもの、客先に急ぐもの、旅装に大きなカバンを引きずるもの。
交通の大動脈であり高層のオフィスビルが並ぶ品川。
その日も道行く人が血液のように流れている。
――流れる曇天、遮られた陽光
天気予報を外れた突然の暗雲に毒つぐサラリーマン風の男。
OL風の女が慌ただしく鞄から折り畳み傘を取り出す。
旅装の子供が空を見上げて直観的な言葉を発した。
「凄いーあの雲、ドラゴンみたい」
叢雲――ヴォロスにおける雲の化身
神話的存在の欠片が、オフィス街の空を覆い尽くす。
次々と空に浮かぶ黒点は雲の胎内生物――竜刻の巨人
赤の王に創造された仮初の姿。
竜刻の大地にあった守護龍の幻影は、己ならぬ世界【壱番世界】を喰らうべく胎動を始める。
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鉄塊は大気を震わす高速の飛来物。
高空から自由落下する巨人の肉体は重力に引かれ、隕石の衝突が如き凶器となってビル群に突き刺さる。
崩れ落ちるコンクリートの城、ガラスの破片、飛び散るは砕けたアスファルト、人の体、巨人の肉体。
突然の怪異、逃げ惑う人々に降り注ぐ『死』を防ぐのは、ビル群にめぐらされた緻密な織布。
(俺は毒蜘蛛……巣作りは得意中の得意)
近代的建造物群に放射状に張り巡らせれた劉の鋼糸。
撓む蜘蛛の巣、己の糸にかかる荷重が劉の指に伝わる。
「……糸の強度と硬度は共に最大値、ちょっとやそっとじゃ切れねーぜ」
言葉に篭るのは、自信半分強がり半分。その意志が人々を災禍から庇護している。
「こっちです、みなさんこっちに避難して下さい。慌てないでください、整列して! バラバラに逃げると危ないです!」
劉の作る安全地帯の下、文学少女的な容姿の司馬 ユキノがカード型トラベルギアを振りながら大声を張りあげている。
近くではカンテラを掲げた樹精の青年が声を張り上げて、自分と同じように人々を導いている。
(七日間で世界を焼き尽くす巨人……映画じゃなく、本当にいたんだ)
ロストナンバーとしての経験が浅いユキノにとって眼前の光景は余りにも現実感がない。
絶え間なく揺れる大地が、中学の修学旅行でみた駅ビルが炎上する様が、目の前を逃げ惑う人々がこれを現実だと教えてくれる。
不思議と恐怖する心は湧き上がらなかった。その代わりに胸に灯る小さな使命感が自分を後押していた。
(私にはあんな巨人と渡り合える力なんてないから……できることをしよう)
めったに上げることのない大声が何度も何度も喉を震わせた。
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§五反田
神結 千隼がビルの上から発車する使い捨て兵器の弾幕を抜けた巨人の肉体が高空から次々と大地に墜落する。
落下衝撃は烈震と共に、その巨躯を横たえた程のクレーターを作成し衝撃波がアスファルトごと地上の物体を粉砕し宙に撒き散らす。
衝撃に粉となった肉体を再生させながら立ち上がる巨人達。
暴虐の復活を封じたのは緑成す蔦である。
「このままではまずいな……被害が広がる前に、必ず……!」
巨人の落下が大地に刻んだ惨状を見つめ、厳しく竜頭を歪めるディル・ラヴィーン。
竜の吐く『樹の魔法』が、再生する巨人の肉体に侵入し其の動きを縛り上げる。
胎内から溢れ茂る蔦の束縛は巨人を緑に埋め、動きを封じられた巨人はあたかも街路樹のように並ぶ。
樹木と一体となった巨人達の頭蓋を竜刻ごとディルの戦斧が叩き割っていく。
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§大崎
地上に降りる巨人の姿。
その威容を眺める女は己の髪と等しい色を持つ煙管から気だるそうに紫煙を吐き出す。
「こんな状況……聞いた事があるわね、火の何日間だったかは忘れたけれども。まぁ、所詮は愚かな人間が描いた黄金の夢でしか無いんだけれどもね……」
己の前で立ち上がろうとする鎧騎士が如き巨人。
只管、無粋な存在に黄金の魔女は与えたのは嫋やかな素手による優しい接触。
「残念だったわねぇ。貴方達の7日間は黄金の魔女の1日にも及ばない」
黄金柱となり、その本質を変異させた巨人は竜刻の力を失い崩れる。
次から次へ巨人に触れる黄金の魔女の魔力は、巨人達の肉体と共に壱番世界の金相場を破壊した。
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§天王洲アイル
運河に接触する橋の元で、巨人の群れの同士打ちが始まっていた。
――否
皇 無音の共鳴によって内部から支配された巨人が防御も考えず只管に輩へ向けて刃を振るっているのだ。
だが多勢に無勢。皇の支配する巨人は、瞬く間に周囲の巨人に刺し貫かれ動きを封じられる。
(所詮は道具風情、不要になれば喰らえばいい)
身動きをとれなくなった巨人を内部からくらい、そのエネルギーを持って力を開放する。
巨人たちを囲うように空中に現出する巨大なチェス盤。
皇が僧正そして王のコマに触れる。
一帯に光の雨が落ちた、その無限にも等しい粒子が巨人に、運河に、橋に、マンションに、そして逃げ遅れた人に触れると何者も残すことのない爆発となって空間を朱に染めた。
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方々で始まる交戦は竜星での戦いの再現。
無限と思える程に降下を続ける竜刻の巨人。ロストナンバーが叢雲に勝利したのは能力で勝ったからではない。
幾重に積み上げた奇跡なくして待ち受ける運命は、ある少女が予知したもの違わない。
幾度破壊しようとも絶えることない巨人の降下は徒労感を広げ、絶望的諦念を招き入れる。
一人ロストナンバーが巨人の前に膝を折った時、その男の声が響いた。
「安心したまえ、諸君。我々は、かの存在のデータを保持している。あれはただのクローンにすぎない、如何に赤の王と言えども無限性をもつ存在を創造することはできないようだ。さあ諸君、空を見上げるのだ、かの存在は希薄化している」
黒人の男メルヴィン・グローヴナーの指摘の通り、空に浮かぶ叢雲の化身――龍を象る雲は所々綻び、日輪の光は大地に溢れている。
「ロストナンバーの勇士、集を持って頼むものに個々で当たるな、我々も力を合わせ戦うのだ!」
メルヴィンの号令に合わせ、ロストナンバー達が一斉に攻撃を束ねる。
ナイン・シックスショット・ハスラーが放つ半霊の魔弾が巨人の頭部を竜刻ごと粉砕。
スカイ・ランナーが対物ライフルで巨人の体勢を崩すと雀が一刀の元に巨人の頸を飛ばす。
空飛ぶ亀が宙にあった巨人をなぎ倒し、地上の巨人を巨大な触手が飲み込んだ。
青色の巨大な火炎球が巨人達を焼き払い、ついでに灼かれた筋肉質の男が次々に巨人を串刺しにする。
引きぬかれた電柱を投擲槍のように投げたメイドが怯む巨人の頭蓋を引き抜く。
空を覆わんばかりであった叢雲の曇天は、ロストナンバーの猛攻に溶けその姿を視認することすら難しくなってきている。
――世界は守護されなければならない
強烈な使命感に突き動かされるヴォロスの守護龍はその巨大な口蓋を開いた。
――相転移竜刻砲
星の核すら貫く叢雲の息吹、例え幻影の如き力の欠片であってもその力は全てを消失させる。
――その竜は世界を守るために生まれた
――だが、皮肉か。竜は生まれた世界を知らない
――だが、その力は
――どうして元の世界で使う必要がある。どうして、世界のために使う必要がある。ただ、自分の大切な人のために使っても良いではないか。守るための力とは、本来そう言う物だ
「フラーダ……守るーーー!!」
竜の口からは、守るために全てを飲み込む光のブレスが上空へと放たれる。
守護するために存在した二つの竜の息吹。
ぶつかり合う力は光の粒子となって品川の空を染めた
(執筆/KENT)