オープニング

『ワールズエンドステーション行き、ロストレイル13号、発車準備に入ります。ご搭乗の方はお乗り遅れのありませんよう――』

 ついに、その日がやってきた。
 《北極星号》の出発のときだ。

「あれ? アリッサ行かないの?」
 虎部 隆の言葉に、アリッサはまさかぁ、と苦笑する。
「ゼロはアリッサさんがこっそり北極星号に乗る方にこのナレッジキューブを賭けるのですー」
 シーアールシー ゼロがひそひそと囁く。

 プラットフォームでは、別れの挨拶がかわされていた。

「良ければこれ、持って行ってくれないか?」
「ロキ様、見送りに来て頂けたのですね。御足労、有難うございます。これは……立派なジャムにございますね」
 マルチェロ・キルシュが医龍・KSC/AW-05Sに餞別を渡している。
「ゼロ、フォッカーさん、ヌマブチさん、幸せの魔女さん、オルグさん、晶介さん、いってらしっしゃい。気をつけて。一年後に会えるのを楽しみにしてます」
「行ってきますにゃ! エドマンド館長も連れて帰ってくるにゃよ」
 相沢優に応えるフォッカー。
「気を付けて行ってきてね~。お土産よろしく~。……ところで、みんな13号に乗って何処行くの?」
 ボケてみる蜘蛛の魔女。
「ふえぇえ! 店長さーん! 幸せの魔女さーん! ゼロちゃんもー! 医龍さーん! みんな!みんなー!」
 マスカダイン・F・ 羽空が泣きながら駆け寄ってきた。

 これから1年間もの、旅が始まるのだ。

 やがて――
 発車のベルが鳴り響く。
 ドアが閉じ、ゆっくりと列車が動き出す……

 そのときだ。

「!」
 ――ヴェンニフ 隆樹は、独り、静かに坐して、出発を待っていた。
 列車が動き出すのを感じ、いよいよこれでしばらくターミナルともお別れか、そんなことをふと思い浮かべたとき、それはやってきたのだ。
(ヴェンニフ)
 背筋が総毛だった。
 これは。この感覚は。
 隆樹は思い出す。おのれの中に、途方もない力が生まれ、急激に膨れ上がり、出口をもとめて暴れ始める。この感覚をまえに一度だけ味わった。
(世界樹の――果実……!)
 ガタンッ!と音を立てて、隆樹が倒れたので、近くにいたものたちがはっと目を向けた。
 ロストレイル13号は、ちょうど駅舎を出て、ターミナルの空へ駆け上がろうとしたところだった。
 いつもならここで、わずかな浮遊感を感じる。それで0世界を飛び出してゆくとわかるのだ。
「くそ……、こうきたか! ヴェンニフッ!」
 隆樹は叫んだ。
 おのれのなかにいるものの、いらえは、ない。
 搭乗者たちは、隆樹はの影が生き物のようにわきたち、爆ぜたのを見た。影でできた樹木の枝と、根あるいは蔓のようなもの。あのマキシマムトレインウォーの日、ターミナルを蹂躙した「世界樹」の一部に似たものが、凄まじい勢いで育ち、車両内にはびこってゆく!
 だん、とドアを開けてなだれこんできたのは車掌だった。
 1体ではない。車掌の1個小隊だ。
 通常の運行ではないから車掌は乗らないはずだったが、と疑問に思う間もなく、車掌たちは頭に載せたアカシャからの銃撃を放つ。しかし、またたく間に影の蔓に打ちのめされ、吹き飛ばされてしまった。


(一年の後、再びお会いできる事を心待ちにしております。お気をつけて 行ってらっしゃい)
 奇兵衛は、搭乗者へ向けたメッセージを送り終え、茶で喉を潤してひと息ついていたところだった。
 ややあって、やけに表が騒がしい。
 はて、と思って出てみれば、幾人もの車掌が、なにかと戦っているではないか。
「オヤ、これは面妖な」
 植物のようにも見えたが、肉色の、粘菌のようななにかだ。
 奇兵衛はその、不気味な塊が、なにかを吐き出すのを見た。
「あの方は確か」
 見覚えがある。ともに世界樹調査隊に加わっていた人物だ。たしか名前は――ラグレス。
「なぜ、今頃になって……」
 ラグレスは困惑していた。
 自分の一部が急に暴走を始めたのだ。
 そして、はっと空を振り返る。
 そうだ。今日はロストレイル13号が出発する日。
 もし。『世界樹』の意志がそれを拒むのだとしたら――?
 あのとき、ラグレスは世界樹の果実を食した。与えられるはずだった力は、べつのものが果実にかけた願いによって抑えられたはずだった。だが、ラグレスが果実を食した事実は消えない。イグシストは不滅だ。『世界樹』は、その力を使うときを待っていた。……だとしたら、おのれの一部を自在に切り離すことができるラグレスであって幸いだった。
 また、すぐさま駆けつけてきた車掌の1個小隊も、なぎはらわれてはいるが――おそらく監視されていたのだろうと思うと良い気はしないが――おかげで近くにいた住民が退避する時間は稼げている。
 分体はすでにラグレスの制御を離れている。さてどうしたものか、と思案する。なにせ、果実を食した人間はほかにもいるのだから。


 ナラゴニアが、揺れていた。

「ちょ、な、なによこれ……!」
 イテュセイが声をあげる。
 休眠したはずの『世界樹』が振動している。
「我が……ちからは……」
「え?」
 ゆらり、と立つ、影。
 イテュセイは、傍らに立つ男を見上げた。
「我が力は、我がもとへ還れ……」
 リオードルの瞳が不吉な翠に輝き、樹木の枝に似た角が、めきめきと音を出て生えてこようとしていた。

ノベル

「あんた狼でしょ! 空気読め!」
 イテュセイはリオードルに飛び掛ると、むんずと角を掴み、容易くもぎとってしまった。
「あっさり乗っ取られちゃってつまんないの!ちょっとがんばってもらいましょ。ぷぅ」
 そのまま口移しで、『抗う力』を注入する。
 リオードルはイテュセイを突き飛ばすと、膝をついてはげしく嘔吐した。
「ちょ、吐くとか失礼――」
 見る間に、もぎとられた角が再生してゆく。
 闘牛のように、イテュセイを突き飛ばすと、リオードルは走り始めた。どこに向かっているのかさだかではない。むしろ、目的などないのかもしれなかった。
 ナラゴニアの通行人――買い物帰りの主婦、帰宅途中の会社員風の男、杖をついている老人、しゃがみこんでいる不良学生、犬の散歩をしている青年が、ばさりとその皮をぬぎすて、『車掌』の姿をあらわしたが、リオードルの咆哮とともに発生した衝撃に吹き飛ばされる。
 人狼公の肉体は半獣人の姿へと変化しはじめていた。それをあやしい緑色の燐光が包む。
 『車掌』の生き残りがターミナルに連絡をとったことで、はじめて、この事態もターミナルの人々の知るところとなったが、そのときすでにリオードルの姿はそうと見極められぬほどの異形となり果てていた。

 そこへいちはやくたどりついたのがミルカ・アハティアラたちである。
「サンキュ、ミルカ! ……ウソでしょ、なによあれ」
 ニコル・メイブが息を呑んだ。
 ミルカが運んできたのはニコル、東野 楽園、そしてスネイクヘッド。
「世界樹の傀儡と化してしまうだなんて。貴方の言う君主の誇りとやらはどこへやったの?」
 楽園は、澄んだ声で歌いはじめた。
 それはかつて、0世界大祭のおり、リオードルの前で披露した歌。
 もし記憶に残っていれば、少しでもその心に訴えることができればよいと思った。
「お姫様の目を覚ますのは王子様のキス。名付けてはじめてのちゅう作戦、ショック療法よ!」
 スネイクヘッドは攻撃をかいくぐり、その唇を狙おうとするが、この状況ではなかなか難しい。
 ニコルはリオードルの従者、ロック・ラカンにノートで連絡をとった。
 状況を伝え、そして翠の侍従団のもとへ行ってほしいと告げる。この異変が世界樹に関係するなら、かれらの知恵が役に立つはず。

「世界樹のやつ腹でも減ったんかね。そんなら世界樹の実の力で腹満たせばまた寝るんじゃねぇの?」
「試す価値はありそうだ。しかし、その前に人狼公で試してみよう」
 エイブラム・レイセンとバルタザール・クラウディオの間で、そんな会話があってすぐ。
 ふたりは同じの仮説にもとづいてナレッジキューブを集めたしだりとともにリオードルの前に転移してきた。
 バルタザールがナレッジキューブから生み出した世界樹の実を弾幕のように浴びせると、かつて世界樹の実を宿したものがそうであったように、それを力に変えたリオードルは、巨大化し、あっという間に建物の屋根をも越える大きさの怪獣となった。
 エイブラムを踏み潰し(瞬間的に危険を察してバルタザールは撤退していた)、ナラゴニアの建物を破壊しながら、リオードルだった怪獣はさまよう。

 そこへ、たまたまナラゴニアにいたり、異変を知って急ぎ駆けつけてきたロストナンバーたちの集団が到着する。

 チャンがリオードルの各部の防御力などを数値化して声に出す。
 PNGが発射するミサイル。
 ファン・オンシミン・セロンやフラーダが生み出す炎や氷や雷。
 氏家 ミチルの応援歌が響くなか、ブレイク・エルスノールの駆るガーゴイルの軍勢が襲いかかる。
 青燐は、リオードルの中の植物の意志を感じ取れないか、感覚を澄ました。
 爆発的な、文字通り、暴走する力の奔流を感じる。これは……、と思ったそのとき、目の前とは別の場所で、もっと大きな、植物の声を聞いた気がした。
(我が力は、我がもとへ還れ……)
「そうか、世界樹!」
 青燐は、鳴動する巨大な樹木へ目を遣った。

 ルーヴァイン・ハンゼットとユイネ・アーキュエスはリオードルの進路上にいる人々が逃げるのを助け、遅れた人を救助している。
 ほかにもイェンス・カルヴィネンや鷹遠 律志、月見里 咲夜らが同様の目的で市街を奔走していた。
 建物が壊された余波で怪我をしたものがいれば、タイムやテューレンス・フェルヴァルトが治療してくれている。

 その頃――
 世界樹聖域には、翠の侍従長・ユリエスの姿があった。
「ユリエス!」
 村崎 神無の声に振り返った。アマリリス・リーゼンブルグが彼女をここまで連れてきてくれた。
「……あの――」
 神無は、思いはあふれているのに、言葉がうまく出てこないでいる。
 だがユリエスは静かに頷いた。
「状況はわかっています。連絡をいただいたので」
 ヴィンセント・コールが世界図書館を通じて、世界樹本体の様子を確認してほしいと連絡してきたという。そこで、ユリエスはニコルの要請であらわれたロックをともなって、ここまでやってきた。
「……中には入らないほうがいいですよ」
 ユリエスは、世界樹の幹の亀裂――その内部の入り口付近にいたロストナンバーへ声をかけた。
 ダンプ・ヴィルニア、ネモ伯爵、紫雲 霞月の3人である。
 3人はどうにか内部の様子をはかろうとしていたが、世界樹調査隊の大人数でも苦労した場所に3人で飛び込むのは死にに行くようなものだ。それでも、ネモ伯爵が送り込んだコウモリなどによりわかったことは、内部は調査隊が入ったときよりも活性化し、棲息している怪虫も激しく活動しているということだった。
「あれは!」
 声をあげたのはアマリリスだ。
 はるか上方、世界樹の枝が動いているのが見えたのだ。
「まさか目覚めたの、か……!?」
 戦慄。そんなことになればマキシマムトレインウォーの再来だ。
「いや、そうではないでしょう。ですが……」
 ユリエスがなにか言いかけたそのとき――

「えい!」
 イテュセイだった。
 いつのまにかそこにいたイテュセイが、リオードルからもぎとってきた枝を、思いっきり、ユリエスの頭に突き刺したのだった。
 ばたり、と倒れるユリエス。
「あれ? 死んだ?」
「ユリエスーーー!?」
 神無が絶叫した。
「な、なんてことを!」
「ちょ、ちょっと待って! だいじょーぶ! だいじょーぶだから!!」
「……その、とおりです……」
「ユリエス!」
 ユリエスは身を起こした。
「僕は大丈夫。そして『理解』しました。安心してください」
 その瞳が、翠色に輝いている。

 阮 緋はシンイェに騎乗し、空から、世界樹の力が0世界全体に流れているのを知った。
 リオードルに流入しているものはむしろわずかだ。
 それならば、と急降下し、一気に、それを『断つ』。

 銃撃が、リオードルを貫く。
 それが、はるかターミナルからスカイ・ランナーが放った超遠距離狙撃だと気づいたものがいたかどうか。
 どう、とその巨体が倒れたところへ、ドルジェの魔法の矢が降り注ぎ、加重をかけて地面に縫いとめる。もがく獣。しかし。
「まだ、本人の意識はあるわ。奥底に……残っている」
 ほのかだった。リオードルに憑依して、その心のありかをそっと探っていた。
 ほのかの言ったことを理解したかどうかはわからないが、ルンがずかずかと近づいて、その頭を殴りつけた。
「起きろ、リオドール! 起きろ、自分で!」
「そうだ人狼公。旅団を束ねる者がそのような有様で良いのかね? 己が大志と君を待つ者の為に、真の強さを示したまえ」
 有馬 春臣が声をかける。
「どうか気を静めてください! 北極星号の出発を許してください、絶対に戻ってきますから!」
 司馬ユキノが『説得』する。
「リオードル!」
 駆けつけてきた一二 千志は言葉を失った。
 楽園は――、その歌声はまだ続いていた。
 その心地よい旋律に、微笑を浮かべながら、ダンジャ・グイニは慎重に、獣の肉体を探る。
「見えた」
 ふるうはリッパー。
 ぴん、と糸を引っ張ったように、なにかがほぐれた。
 巨大な獣の姿が、ぶわりと、崩れて、異様な蔦の塊のようなものになった。
「今だよ!」
 ダンジャが叫ぶ。
 千志が影を飛ばした。これが世界樹の果実の力。なら、引き剥がしてやる。
 阮 緋によって流れが断たれていたためか、果実の力は回復しない。影は、その中に沈んでいたものを探り当て、ひっぱりだした!
「リオードル!」
(言っただろ、喪いたくないって。おまえ、わかったって言ったじゃねぇか――その言葉……裏切るんじゃねぇぞ!)
 祈りを込めた一引きに、釣れたのはリオードルだった。
 一本釣りされたマグロのように、リオードルの大柄な身体が転がる。
 引き剥がされた世界樹の果実の力は、ずぶずぶと溶解していった。
「しっかりしろ」
 揺り起こされて、目を開く。
「聞こえていた……」
 リオードルは言った。
「皆の声。その、歌も。……聞き覚えが、あるな」
「覚えていていただいて光栄よ、人狼公」
 楽園は、優雅に一礼。
「でも失礼じゃなくて。レディの前で素っ裸だなんて」

  *

(食わずにおいて良かったよ、あんなもの)
 奇兵衛は思った。
 ラグレスの身を襲った異変が、かの世界樹の果実のせいであることは明白だった。
「折角の旅立ちに水を差すとは無粋ったらないね。仁科さん達の邪魔はさせないよ」
 符を繋いだ縄を打つ。
 それが暴れる肉塊に達するのを確かめると、
「飢え飢え飢えて涸れよ 髄食み膿垂れ 病み腐れ」
 紙奇を放つ。それに触れれば精気を吸い壊死を起こす。
 世界樹の力を得ているこれにどこまで通用するかは、見てのお楽しみ。せいぜい時を稼いでご覧にいれましょう、とばかり、パン、と扇子を開いて見せれば、ぱっと蝶々の群れが飛び立った。

 ターミナルの人々が注目する《北極星号》の出発。
 その日に起きた事件だ。もとより衆目の中にあり、情報伝達のスピードは速かった。
 力あるものはそれを活かせる場所へ走った。せめて役に立つようにと、情報を伝えることに専念したものもいた。
 エアメールが、あまたの願いと祈りを乗せてターミナルを駆け巡る。

「どうぞご安心を」
 ラグレスは白手袋の両手をあげて見せた。
「あれは私にして私でないもの。あの力が行き渡るまえに、すっぱりと切り離しましたゆえ。それにしても世界の果てと聞き尽きぬ興味は不可避ながら不穏物質を擁した分体と搭乗するを控えた奥ゆかしさ――」
「とにかく、本当に大丈夫なんだろうね?」
 ルオン・フィーリムは、いざとなればラグレスの本体のほうも拘束する構えだ。
「分体ト、本体、全然違ウヨ……」
 幽太郎・AHI/MD-01Pが言った。
 彼のセンサーが、目下、分体の組成などを全力で解析中だ。あれはなんらかの信号のようなものを世界樹から受け取っているに違いない。それを分断できれば、と思う。
「アッ?」
「なに!?」
 かれらの見守る前で、奇兵衛に抑えられていたラグレス分体が、その拘束をひきちぎり、そしてぶわりと広がって分裂したのだ。
「おや。分裂もするのですね」
 呑気な声で、本体が言った。
「ア、デモ、分カレタ方ハ……『薄イ』ヨ」
 幽太郎は言った。
「世界樹の力の、密度が濃いところとそうでないところがあるのですね。もっとも濃いものがわかりますか。それがいわば『分体の本体』です。追いましょう」

 ややこしいことに、分裂して四方へ散る分体。
 だがそのまえに、ロストナンバーたちが立ちはだかる。ターミナルを守るという意志を持って。

「みんな、こっちよ!」
 ヘルウェンディ・ブルックリンが声を張り上げる。
 ゆらゆら動く分体へ銃を撃ちながら、ターミナルの住人たちへ避難を呼びかける。
「『クリスタル・パレス』へ向かって! あそこなら安全だわ!」
「こっちだ、急いで」
 新月 航が誘導に協力してくれた。
 ホタル・カムイが果敢に分体に向かってゆき、炎を灯した棍で攻撃。
 その隙に、人々を逃がす。
「こっちこっち! けが人はいない?」
 ニコ・ライニオが『クリスタル・パレス』で待っていた。
 いざとなれば、ここを死守する算段はある。

「おっきくなーれ、おっきくなーれ」
 ゼシカ・ホーエンハイムがじょうろで水をかけると、それはまたたく間に繁茂して、緑の壁になる。それはジョヴァンニ・コルレオーネが張り巡らせた植物の結界だ。
 市民たちがその陰へ逃げ込んでくるのを横目に、向こうをうかがえば、ゲーヴィッツが分体とがっぷり四つに組んでいるところだ。
 氷の巨人の怪力に、分体の触手が引きちぎられる。
 投げ捨てられた肉片のうえに、どしん!と氷の塊を落として封じると、ゲーヴィッツは目の前の塊に拳を叩き込んだ。
「どうだ。しんだか?」
「おお」
 ジョヴァンニが感嘆の声を発する。
 分体の組織がどろどろと溶けていった。
「不死ではないということかの? 希望はあるぞい」

「おいどうなってんだこりゃぁ!」
 悪態をつきながら、ネイパルムは弾丸を撃ちまくる。
 貫通弾、爆発弾、ナパーム弾、氷結弾――使えそうなものをかたっぱしから出して撃ち抜いてゆく。
「こいつがよさそうだな!」
 氷結弾が効果的と見れば、重点的に使用する。
「それにしても、こういう時に限ってあの……ツンツン頭……いやいたらそれはそれで被害が拡大する、いなくて――」
 言いかけたところで、どこかで響き渡る轟音。
 視界の端に上がる火柱と黒煙。
 そして、ひゃっふぅぅううううううううっ!と聞いたような声が聞こえた気がしたが、ネイパルムは幻聴だと思うことにした。

『彩野ー。なんかスライムっぽいのがいるぞー。斬ってもいいかー?』
「うん……ケロちゃん、お願いね。街の人達を守ってあげて」
 松本 彩野はペンをはしらせる。
 白鼠の魔法使いが具現化され、光輝く魔法を放った。
「みなさん、今のうちに逃げてください!」
 彩野が叫ぶ。
 シィーロ・ブランカとグリス・タキシデルミスタが駆け寄ってきた。
 シィーロが避難誘導を手伝ってくれているあいだ、グリスは戦いの加勢だ。
「シィーロちゃん、建物の中にも人がいないか確かめて!」
「わかった」
 短いやりとりを残し、グリスは斬り込む。
 彼のギア、大型ナイフはラグレス分体を鮮やかに斬り裂いていった。

 カグイ ホノカは自身の体内で錬成した炎で戦う。
 青白いきわめて高温の炎だ。
 じゅっと溶かされてゆくラグレス分体。
 通りすがった川原 撫子が、その様子を見かけ、うっかり火が延焼しないよう水をまいて行った。
「わーん、フランちゃんとお見送りする筈が遅れたうえにこんなことにぃ☆ いったいなんなんですかぁ」

 マフ・タークスの放つ影の刃が、分体に突き刺さる。
「効いてんのか、これ!? 不死身じゃないって聞いた気がしたがなぁ!」
 大鎌で斬りつける。反撃をバックステップでかわした。
「それは『分体の分体』の話。いわば残滓のようなものです。あいにくあなたの戦っているのは『分体の本体』。性能・生存力が私より劣る等ありますまい」
 しれっとラグレス(本体)が言い放った。
「じゃあ、どうする!?」
「還っていただきましょう」
「あん?」
「こうするんです!」
 ぶわっ、と、紳士然としたラグレスの姿が崩れた。
 不定形の姿となったその表面が、黄金色の輝きに覆われてゆく。
「金、だとぉ!?」
「左様。再び同化してしまっては困りますからね」
 そう言って、ラグレス本体はラグレス分体を包み込んだ。内側の表面を金でコーティングすることで両者は混じらない。ラグレスは自身を、分体を封印する容器に変えたのである。
 ごとん、と、アンティークな宝石箱めいた入れ物が、そこにあった。
 内側で分体が暴れているのか、ときどき、ぼこっと膨らんでは、すぐにぺこっと元に戻る。
「ど、どうすりゃいい?」
「ですから還すのです。……世界樹へ」

 *
 
 ガクン、と列車が揺れた。
 隆樹に異変が起こると同時に、列車そのものがなにか引っ張られるようにして制御を失う。

「流転、機関だ……ッ! 別動力で列車を、出せ!」
 隆樹が叫んだ、その声が誰かに届いたかどうか。
 その身を影が包み込む。隆樹は、ヴェンニフが、世界樹の果実の侵食から逃れるため、自分を取り込もうとするのを感じる。
 さながらそれは、タールのような影の海に溺れるに等しい。
 途切れ途切れの視界と呼吸。垣間見えたのは白い少女――シーアールシー ゼロの姿だ。ゼロは隆樹の顔面をむんずと掴むと、口の中へ無限ヴォイニッチキャノンを撃ち込んだ。対イグシスト用超高密度情報塊。これで世界樹を追い出せればよいと考えたが、何発撃ち込んでも反対側から世界樹が出てくる気配はない。
「簡単よ」
 ゼロの傍らにメアリベル。
「世界樹の実が入ってるのはお腹でしょ? だったら首だけ連れていけばいいわ!」
 メアリの召還した10人のインディアンがトマホークを投げつけ、隆樹の四肢を斬り刻んでゆく。
「うそでしょ!?」
 仁科あかりの声が聞こえた。
「せっかく志願して選ばれたんじゃない。隆樹さんは出発する前にここでおしまいなんてロックじゃないよ。目ぇ覚ましてよ隆樹さーん! あなたも頑張って何とかしてよー! 一緒に行こうよー!!」
「そうだよ。隆樹さん、気をしっかり!何のためにこれに乗ったのよ!!」
 続く声は赤燐か。
「隆樹さんの体を一部凍らせましょう。なんとかして引き剥がさないと」
 と水鏡 晶介。
「隆樹には悪いがここではこれ以上無理だ。圧倒的戦力の地上に後は任せよう!」
 虎部 隆が決断した。

 地上から、北極星号の様子を見ていた人々は、隆樹が窓から放り出されるのを見た。

 だがそれはそのまま落下することなく、漆黒の蔓枝を無数に伸ばし、13号の車体に絡みつける。
 その一部が燃え上がった。近くの窓から顔を見せているテオ・カルカーデの仕業かもしれない。その隣から、鰍。影の鎖がはしご状になり、北極星号と地上のホームとをつないだ。
「ええい、登りたい奴は登ってこい!」
 それを促すということは、車内ではまだ騒動が続いているということだ。
 ホームにいたロストナンバーたちがわっとはしごに登りついたり、飛行したり、それぞれの方法で13号を目指す。

 隆樹を放り出したはいいが、そのときすでに車内には茂っている枝がある。車体の侵食は鰍が防いだが、枝そのものは車両内の空間を縦横無尽に暴れるまま。――と、そこへ、車外からの援軍がなだれこんできた。
「仁科、大丈夫!?」
 脇坂 一人が、ドアマンの開けた扉を通って出現。手当たり次第に枝や蔦をざくざく斬ってゆく。
 鬼龍が豪快に薙刀を振るう。
 ファルファレロ・ロッソがコキュートスの弾丸で蔦を凍らせてゆく。
 シャニア・ライズンは車両の外側を這う蔓へ、追尾弾をばら撒き、掃討を狙った。
 蔦が剥がれたところは鹿毛 ヒナタが影で覆って保護する。

 そんな中、搭乗者たちは機関部へ急いでいた。
 隆樹に起こった異変とは別に、この北極星号そのものにも異状が生じている。それは世界樹の果実から創造された「流転機関」に発生した問題だと考えられた。
 たちふさがる枝や蔓を、碧と荷見 鷸が斬り払い、道を拓く。
 機関部にたどりついた。
「なにが起こってるんだ」
 鷸は、ぐるぐると荒れ狂う計器を見つめた。ロボットフォームのセクタンが身振り手振りで教えてくれることから、流転機関の出力がきわめて不安定になっていることがわかった。
「『世界樹』に、惹きつけられているのではないでしょうか」
 医龍・KSC/AW-05Sは診たてた。
「今、入った情報では、ヴェンニフさんのほかにも世界樹の果実を食された方が影響を受けています。『世界樹』から発せられる強力な波動なりエネルギーなりが影響を与えているのだと思います」
「流転機関は、この子は人の願いで世界樹から変質したものです! もうあの世界樹と同じ物ではありません!」
 ジューンが言った。アンドロイドとは思えぬほど、熱い感情のようなものが込められているのを、仲間たちは感じて打たれる。
「この流転機関はもはや私たちの仲間で、私達と一緒にワールズエンドステーションを目指す新しい命です! 私はこの子を守ます!」
「このまま飛び出しちゃおうよ!」
 ユーウォンが言った。
「世界樹が引き止めたがっているのは、0世界から出てしまったらもう影響を与えられないってことを逆に示してると思う」
「一理あるな。俺は乗るぜ。世界樹の干渉を受けねぇ外にさっさと出よう!」
 オルグ・ラルヴァローグが同意した。
「おいらも同じ意見だにゃ。早く発車しないともっと大変なことになりそうなのにゃー!!」
 フォッカーは、そう言って、故障などがないか調べはじめる。
「燃料を集めよう。ありったけのキューブを突っ込んで出力をあげるんだ!」
 ユーウォンがそう言ったとき、ひときわ激しい衝撃が車両を襲った。
 オルグが窓からのぞくと、ヴェンニフが見える。影の蔓が、執拗に車両に打ち付けらていた。
 だが、そこへ、他のロストナンバーたちからの容赦ない攻撃が加えられる。
「おいおい。一応言っとくが、殺すなよ!? ソイツは俺の旅の仲間なんだぞ!!」
 オルグは思わず呻いた。

 それは熾烈な空中戦だった。
 アルド・ヴェルクアベルが撃ち出す宝石の弾丸。オーリャの影の刃。
 大勢のロストナンバーたちの弾幕が、ヴェンニフが再び車両に近づこうとするのを防いでいたが、これだけ本気の攻撃を受けても、ヴェンニフが消耗するようには見えないのだった。
 そのときだった。
 猛烈なスピードで急接近してくる大質量――それは……!
「!!」
 ロストレイルだ。ロストレイル2号《牡牛座号》が、その先端のドリルを唸らせながら、文字通り猛牛のごとくヴェンニフに吶喊したのである。
 牡牛座号の機関室にいるのは、マルチェロ・キルシュだった。
 見送りから帰る途中、異変に巻き込まれた彼はとっさに、停車していたロストレイルに飛び乗ったのだ。
「彼を正気に戻せる!?」
「やってみよう。彼の中にある世界樹の力の所在を書き換えればいいはずだ」
 ディラドゥア・クレイモアの『聖体拝受』を発動される。
 マルチェロが、彼を信じた。信じる力を糧に変え、ディラドゥアは権限を行使するのだ。
 牡牛座号が揺れた。
 恐るべきことに、ドリルさえ世界樹の力に浸食されようとしている!
 そのときだ。
 0世界の空に、「咆哮」が響く。
「元気送るぞ。だからお前、頑張れ。そんなのに負けるな!」
 アルウィン・ランズウィックからの、応援であった。
 まるでその伴奏のように聞こえてくるヴァイオリンの音はロナルド・バロウズのもの。旋律が、ヴェンニフの、いや、隆樹の心に干渉する。
「起きて何とかしないと、つまらないことになるよー?」
 ヴェンニフの動きが、止まった。

「アレを使うチャンス到来!」
 桐島 怜生がいつのまにかいて、大声をあげたので、機関部にいた皆がビクッとなった。
「アレといえば、ロボット変型合体! いつやるの!? 今でしょー!!」
 時事ネタを叫んだ。
 今はいいが、しばらく経ってこの報告書を読み返すとただ寒いだけのフレーズだ。
「同意!!」
 とルイス・ヴォルフ。
「そしてロボ変形はオレがやるんじゃぁー! 適当な合言葉とポーズとりながらボタン押したいんじゃー! 設計段階に可動式模型を持ち込んだオレがいれば、変形合体はスムーズに逝く! 隆樹とか機関室とか流転機関は他に譲っても、これだけ譲れぬ!! これこそオレの魂! オレの魂が轟き叫ぶ! いつ変形合体するのー!」
「「今でしょー!!」」
 声を揃えた。
「いくぞ、ブラザー!」
「合点承知!」
「「北極星号、トランスフォーーーーーーーーム!!!!」」

 虹色の光に包まれ、北極星号は巨人の勇士へと変転する。
 その圧倒的なパワーを込めた鉄の拳が、ヴェンニフへと振り下ろされた。
 すでにディラドゥアによって活性を失っていた世界樹の果実の力は、北極星号ロボット形態のでたらめな力によって粉砕される。果実の力を失った隆樹の体が、樹海へと墜落してゆくのを、牡牛座号が追った。

 その頃、機関部では警報が鳴り響いていた。
「いけませんね、今の変型で0世界を飛び出すだけの推進力を失ってしまいました」
 医龍が難しい顔つきになった。
「流転機関が復調すればいいのですが、この状態では……」
「わーーー、どうすんだよーーー!」
 ユーウォンが怜生たちに食ってかかる。怜生がなにか言うよりもはやく、ジューンが無言で緊急排出ボタンを操作したので、2名はすみやかに車外に射出された。

「ナレッジキューブを調達しましょう」
「よし、ナレッジキューブとか余ってる人、ご協力お願いしまーす、だよ!!」
 ユーウォンが呼びかける。
 他方、木賊 連治とツィーダが、流転機関に情報システムからのアクセスを試みていた。
「こいつの中の世界樹の情報を書き換えちまえばいいんじゃないか。ナレッジキューブは情報の塊だから使えるはずだ。……医龍、あんたに頼めば出来るか?」
「接続するところまでは。ただ、送り込む情報に関しましては……」
「それはこっちのお仕事さ。任せて」
 流転機関の世界樹由来の部分を変更することで、世界樹からの影響を受けないようにするのが狙いだ。
「流転機関自体が0世界から出るのを拒んでいる可能性もあるな」
 シュマイト・ハーケズヤもまた、彼女なりのやり方で流転機関へ声を届ける。
「キミは旅立つために新しく生まれた存在だ。キミにしかできない事、キミが求められている事を、どうか誇りに思ってほしい」
 流転機関も機械の一種なら、シュマイトの機械語も届くはずだ。
「他の世界のこと知ることが出来る機会なんだぜ。何で嫌がるんだよ」
 月見里 眞仁も声を合わせる。
「お待たせしましたー!」
 黒い牛が、機関部に突入してきた。
「ナレッジキューブ、使ってください!」
 荷車を引くソア・ヒタネが、荷車いっぱいの袋に詰めたナレッジキューブを差し出す。
「ぼくからも。たくさんあるし、ぼくにはもうそろそろ必要ないものだから、全部使って!」
 ニワトコからも提供があり、さらには、いつの間にかグラバーから贈られたひと袋もそこにあった。
「どうせだ、組み込んだハイブリッド動力炉がちゃんと動くかテストもしようじゃないか」
 と、リジョル。
 北極星号にはナレッジキューブではなく、搭乗者が供給する魔力による動力炉も併設してある。
 リジョルはそれへ魔力供給を始めた。
 さらにもうひとつ、ある意味最終手段ともいうべきものが、この機体にはあった。
「いくわよ~」
「がんばってーーー!!」
 ルッカ・マリンカが応援する。チアリーダーのようにくるくるとステッキを回せば、きらめく光が散るなか、ティリクティアが猛然と自転車を漕ぎはじめた。
「北極星号の動力源確保・発車を優先シマス」
 そのとき、北極星号の屋根にはアヴァロン・Oが取り付いていた。
 自身をブースターとして、推進力を足す。
「俺からも、大判ぶるまいだぜ」
 ティーロ・ベラドンナが、腕輪の宝石をバラまいた。それは彼の呪文に呼応し、光とともに爆ぜるや、後方へ吹く強風となる。
 大勢のロストナンバーの力で、北極星号のスピードが加速してゆく。
 0世界の空、停滞の象徴である不変の蒼空へ、向けて、駆け上がってゆく――

(我が、力は、我がもと、へ……!)

 ナラゴニアから発せられる不穏な気配。
 空気をふるわせる、それは『世界樹』の意志。
 その意志に、ラジオに入るノイズのように、乱れが生じた。

「成功したわ、ズラかるわよ!」
「アリッサ、ちょっと口調が!?」
「気にしてる場合じゃないのよ、きゃっ!」
「しっかりつかまっているでござる」
 チャルネジェロネ・ヴェルデネーロの背に、アリッサ以下、相沢優、永光 瑞貴、イング・ティエルという面々。
 かれらは、チャイ=ブレを動かすことで状況を打破してはどうかと館長に進言したのだった。
「頑張れチャイ=ブレ! 食べたことない情報だから美味しいと思うぞ!」
 瑞貴が声援を送った。
 眼下では、『記憶宮殿』の奥底で動き始めたチャイ=ブレの姿がある。
 噛み締めたままの世界樹の根から、情報を吸収しているはずだ。
「今回はうまくいってよかったわ。ほんの少しだけ、チャイ=ブレを覚醒させたの。すぐまた眠ると思うけど、世界樹を弱らせられるはずよ」
「ふーん。イグシスト同士の食い合い……ウロボロスの蛇みたいね?」
 とイング。
「あれ。でもそれって」
 優がなにかに気づいた。アリッサは頷く。
「ある意味、これが理想の状態なのかも。このバランスを保っていれば、理論上は、半永久的に2体のイグシストをこの0世界に封印しておけるわ」

 ローナは、世界樹の聖域に降り立つ。
 世界樹とどうにか交信できないかと思ったのだ。
 同じことを考えたらしいマスカダイン・F・ 羽空の姿もあった。
 彼は自分のトラベルギアから撃ちだす飴弾を通して、世界樹に想いを届けようとしていた。
『どこかにいっちゃう訳じゃないよ、また帰って来るよ』
『僕らみんなで、 まだ知らない、大切な、新しい世界を知りに行くんだ』
『おりこうしてたら、いろんな楽しいものがみに行けるよ』
『いっしょに旅しない?』
 少しずつ――
 世界樹の鳴動は収まりつつあった。
 それがチャイ=ブレからの情報吸収だけが原因であったとは限らない。マスカダインら、世界樹に交信を試みたものたちの気持ちも、きっと。

「行ってしまった……」
 呆然と座り込んでいる村崎神無の姿があった。
 ローナが声をかけると、彼女は語った。
 ユリエスが、独りで世界樹の中へ向かったということ。自分は平気だと言って、誰の同行も頑として断ったということ。
(ですが、僕の身を案じてくださることには感謝します。でもどうか、僕を信じてください)
 ユリエスは言った。
(必ず戻ってきます。ただ、時間はかかるかもしれません。平均的には一年近くを要することが多かったので)
(何言ってるの!? 言ってる意味がわからない)
 神無の問いに、ユリエスは淡く微笑む。
(わかりませんか。……僕は、世界樹の中で、一度その一部となり、再び生まれる。『世界園丁』になるのです。……力なきものはそのまま吸収されてしまうから、僕には資格がないと思っていたけれど、どうやらそうでもなさそうです。この枝が根付いていますからね。『世界園丁』がいれば、世界樹の意志を感じることができます。そうすれば、僕は世界樹を鎮め、このナラゴニア、いや0世界の平穏を守る役目を担うことができるようになるでしょう。……待っていてください。神無さん)

「生命の力よ、流出を留め正常なる巡りへ」
 黒藤 虚月の術が、隆樹を癒してゆく。
 瀕死の状態だった隆樹は、どうにか命をとりとめたようだ。
「間一髪だったな。さて、急がねば、もう列車が出てしまう」
 百田 十三は、まだ朦朧としている隆樹を担いだ。どうやってでも、北極星号に送り届け、乗せるつもりだ。
「お前は選ばれて13号に乗ったのだろう、ならば行かないでどうする! お前たちが無事に出発することが我ら仲間の望みだ」



 世界樹は、再び沈黙した。

 隆樹の中にあった果実の力は消滅した。その力だけを我がものにしようとしたヴェンニフの目論見は潰えた。
 人狼公リオードルの中にあった果実の力も消滅した。彼もまた、世界樹の力の簒奪には失敗したのだ。
 ラグレスは分体を世界樹の内部に還した。分体は世界樹に吸収されたようだ。

 チャイ=ブレは再び眠りについた。

 翠の侍従長・ユリエスは世界樹の中へ消えた。
 一年後、新たな『世界園丁』として甦るという言葉を残して。

 ターミナル、ナラゴニア双方の市街における被害は軽微であった。

 ロストレイル13号の発車に協力したものたちは、0世界脱出を見届けると、牡牛座号によって帰還した。
 入れ違いに、ヴェンニフ 隆樹が意識不明のまま乗車することがかなった。

 そして、22人の搭乗者は――

 ワールズエンド・ステーションを目指すはるかな旅へ、出発したのである。


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螺旋特急ロストレイル

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