ここにあるのはあなたが生み出した本の群れ。
さあどうぞ、あなたの物語を語っていって?

«前へ 次へ»

52スレッドみつかりました。1〜20スレッド目を表示中

聖剣☆エクストラカリバール 〜道化師マスダ最期の旅路〜 (2)   零の空は二度死ぬ (1)   愛しのきみへ (1)   【竜星の黄昏】その終幕 (3)   青春劇場 ~そして二人は出会った~ (3)   with you (2)   ロストレイルの車窓から ~明晰夢~ (3)   ロストレイルの車窓から~白昼夢~ (2)   道化師の朝(もしくは、つくり方) (1)   長女の懊悩 (2)   記憶の末 (2)   ゼンマイと木炭 (2)   初心者大歓迎! 誰にでもできる簡単なお仕事です! (2)   noozh (2)   満たされた胸、満たされない心 (2)   【サティ・ディルの仕立屋】メイド服の攻防 (2)   ある日の午後・曇り空 (2)   喪失の記憶 (1)   ふたたびの旅立ち (1)   【探偵名鑑】メアリベルー解答編ー (3)  

 

BBS一覧へ

[0] 使用方法など
リーリス・キャロン(chse2070) 2011-12-17(土) 16:24
赤い月でね、ちょっと変わったもの見つけちゃったの。
自動製本装置って言うのよ?
このスペースに手を置いて、あなたが生み出したい物語を考えてみて?
実際にあったことでも妄想でも構わないわ。
ほら、どんどん物語が綴られていく。
出来上がった本は、ここでみんなに読んでもらえるわ。
さあ、あなたの本を作ってみない?

================================

【PL的妄言】
別にプラノベ待たなくたっていいじゃなーい?
二次創作OKなんだから、それがバンバン発表される場所があってもー?
だってみんなかっこいいからもっといろいろなお話が読みたーい!

というわけで、二次創作(?)専用スポットを開設しました。
本を書かれる方は、新規スレッドをお立ち上げください。
スレッドタイトルが、本の題名となります。
発言者名が著者になります。
多分1回に3000字くらいまで書けるんじゃないかと、どちらかのスポットで発言があったような・・・?
実際にあったとご本人が力説されることでも、架空でも、実はこの事件の裏で俺はこんなことしてたんだよでもOKです。
著者がPCさまである以上、どんな物語でも二次創作に該当するものと思います。

基本は1話完結、スレッドの続きは他の方の感想になると思われますが。
連作って書いて、どんどん繋げちゃうのもありだと思います。(最初の著者さまの許可は取ってくださいね?)

あと、基本として。
掲示板で楽しく交流するための7つのルールは守りましょう。
他のPCさまが登場するなら、その方の許可を取って名前を出しましょう・・・私も失敗して反省しました。

みなさまのさまざまな活躍を、拝見できればうれしいです。
(なお、基本リーリスはおりませんので雑談スペースもありません)

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[89] 聖剣☆エクストラカリバール 〜道化師マスダ最期の旅路〜

マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431) 2014-04-30(水) 22:03
ちっぽけな擦切れたペンチ。時代遅れの古くさいアパート。そのほかはなにもないだだ広い広場に注ぐ心地好い木漏れ日。
「う~ソウコソウコ」
そこに駆け込む妙にレインボーな人の影。
新時代黎明期の混迷、異文明への憧憬と捨てきれない自文化。溶合った衝突とちぐはぐな和合、捨て失われなお穏やかに刻を重ねる夢の遺跡。
前人に生み出され、些細な長い時を放置されたらしいチェンバー、 どこか懐かしい居心地の良さを感じ、ターミナルに来てから自ら決めた居住区。今や慣れ親しんだその場所に、羽空はいた。
っていうか今更羽空とかこっ恥ずかしいな。マスダでええねんこんなもん。
で、そのマスダが何の用でンなとこ来やがったかというと

「あったあったのね!」
マスダは目標物を視認すると、身につけたちかちかしたカラーの小道具を小五月蝿く鳴らしながら
成人男児にあるまじき機敏なダッシュで駆け寄り、
 『災害用備蓄倉庫』 と 退色したペンキで書かれた そのバラック倉庫の扉に勢いよく手を掛ける。
「んっ!」
錆びついた倉庫の引き戸は手応えが堅い。どうやら施錠がかかっているようだ。
「どーせ誰もきやしないのに無駄にガードの固いやつなのね。こんなんじゃカンジンな時に中身も持ち腐れちまうのね。
ん~…」
閉ざされた扉を腕を組み見つめる。


 …*しばらくお待ちください*…


マスダは放送には乗せられない形状に曲げられた針金を薮に放り投げると、
「道化師☆ラピッドストライク!」
何故か鍵の開いた扉を軽快に蹴破った。

倉庫内の土煙を巻き上げ前方に倒れる古びた引き戸。
その延長線上の向こう、視線の奥に、
闇に包まれた倉庫内—浮び上がる一つの姿がある。

 舞い上がる土煙をダイヤモンド・ダストのように照り返し。
敬虔な輝きに包まれた—
先端の湾曲した鉄製の棒、が一本。

それは、劣化した屋根に出来た裂目の隙間より注ぐ外光に
スポットライトのように照らされ、
倉庫の壁に立てかけられていた。


「バールなんて食べられないのね~。お兄さんは今食べられるものを求めてるのね!」
神々しい存在感を誇示する工具をスルーしてとっとと食材を探しに向かうマスダ。

「待たんかー!」
刹那の瞬き、輝きを増す閃光。そして、同時に上がる号令。
振り向き見ると共に、その異様な現象と声の主が、姿を現した。

「よくぞこの神殿の封印を解いてくれた!ワシはこの聖剣に宿りし神じゃ!
永き時を閉じ込められ、お前のような者が現れるのを長らく待っていた—
さぁ、その聖なる鉄剣・エクストラカリバールを今すぐ手にとり、この世を失墜に至らしめん暗黒の魔王を討ち
世界を救いにゆくのじゃ!」


 屋根からのライトに照らされ輝く立て掛られた工具の上部、荘厳なオーラを纏い中空に浮かぶのは、30cm程度の白衣の人影である。





—その存在が 姿を顕現させると、目の前に立っていた者は


奇貌な装束は出身世界の類推を撹乱させるも、
凡下な風体ついでに顔は、俗にコンダクターと呼称される壱番世界人である。

流れる雲の色に染め抜いた髪とその出身世界には珍しい銀色の双目で、
0世界で覚醒して半月、ツーリスト達との交流も深め、迎え過ぎるは第二章ラスボス戦の連続、 さすがのマッスーさんも、こういうの慣れた。というような間の抜けた顔で眺めている。



「こんにちはなのねー。お邪魔していますのね。先住者の方がいられるとは気がつきませんでしたのねすみませんなのね。」
男、と呼んでやるには若干軟弱く見えるそれは、余分な立端を折れ曲げぺこりと頭を垂れた。
「ボクは道化師のお兄さん! 人を笑顔にするのがお仕事!」


「そうか、道化師のオニイサンよ、よくぞこの封印を問いてくれた!
 私は神。 この聖剣を勇者に与えし神である!」
「神さま! そいつはびっくりなのね!」
壱番世界日本の昭和の漫画のようなリアクションで驚嘆の意を示す道化師の男に、神々しさ顕かに笑んで告げる。
「さあ、世界を救う勇者となり
 暗黒の魔王を討つがため
その聖剣を手に取るがよい!」
「そーなのねー」
道化師の男はにこやかに笑みを返し、ギアを構え
玩具のそれにしては、妙に冷たく感じる銃口が額に当たる。
「え? …何をしておるのだ。ワシは神」
「うん、だから神さまなのね。」
ポップ・パンドラ、そう名付けられた操者の意のままに飴を射出するギアがギリギリと押し付けられる。
「聖剣の勇者だぞ、悪を討ち世界を救うんだぞ、こんな殺し文句を聞いてなんもおもわないのか」
「殺しにかかってきたのならこちらも目には目を、ハニホヘトだね」
「迎えが来るのを何も出来ずに待っていたのだぞ!ずっと閉じ込められていたのだぞ!かわいそうだとは思わんのか!」
「ボクがヘッピリ腰奮い立たせて自地防衛の為必死に闘っていた頃安全地帯の隅に引き籠って必死にオイノリしてたと」
「神だぞー!お前達を創ってやった創造主だぞ!敬う気はないのか!」
「この世に生まれたことを後悔させたコトを後悔させてやるのね—!! ソイソースだか何だか知らネェがいますぐボクのギアでスィーツ脳(物理)して
天国に自宅送迎してやッから歯ァ食いしばれこのク○ッ●●*[ピーーー]ーーー!!!!!」
「待て待て待て!!!ワシは神などではない! この鉄の棒に宿る神っぽい、 ただの精霊とかそんな感じの何かだ! なんかそういう大層なものじゃなくてちっぽけな妖精さんみたいなものだ! 助けてくれーー!!」
「困った人は助けるのね~」
陽気なポーズを取った道化師がにこにこと立っている。
「んもぅ~神とか言うからマスダさん勘違いしちゃったのね~。あやうく罪なき救い求める者をドンパッチするトコロだったのね。テヘペロ☆」
体をくねらせ頬を染めるお茶目な仕種の
残念男の姿に得をするのは、 とりあえず命の危機は脱したっぽいバールに宿った神っぽい何かのみだった。

「ボクは道化師、困った人を助けるのはお仕事!
でっ、どちらがお困りのなのね?」
道化師を名乗る男は親しげに首を傾げ小さな体を覗き込み、至極親切そうな目を向ける。
「先刻申したように、ワシはこの聖剣に宿りし神…じゃなくて、あくまでも神っぽい何かだ、あくまでも」
「このバールに宿った精霊さんなのね?」
「バールではない!聖なる鉄剣・エクストラカリバールだ!」
「つまり”バールのようなもの”ですね オッケー☆」
「…まぁいいや。それで」
一つため息をつく。無難である曲解を無理に真実に訂正し、また地雷を踏んでエクストリームモードに入られても困る。
なんにせよ、自分はこの目の前の道化師を名状する男にしか、長らく溜め込んだ心積を訴えられる相手はいないのだ。
「ともかく… 我はこの聖剣に宿り、守り、仕えるもの。
 それ故、我が存在は、宿主である聖剣に虜われていた」
真面目か不真面目なのか、にこにこと目を合わせ耳を傾けるその道化師に、身の上の語りを次ぐ。
「聖剣がこの神殿に封じられると共に、私はこの闇へと閉ざされた。」
「つまり、そのバールのようなものといっしょに、この無人の倉庫のコヤシになって放っとかれっぱなしだったと」
「何も出来ぬ只身一つの孤独と、果無く続く無音の闇…悠久の時が過ぎた—」
「このダンボールすごいのねさば缶が1000個もつまってるのね!これだけあれば向こう20年は食事に困らないのね!」
「ワシは待っていた!この扉を開き、我が存在に光をもたらす者があらわれるのを!」
「このカンパンお砂糖が入ってるのねー!甘いのねー!」
「機は満ちた!今こそこの倉こ…神殿よりバー…聖剣を解放し、暗黒の魔王を討ちに…  あの、聞いてください」
「あっこの毛布ほかほかなのね~」
道化師の男は災害備蓄品の箱から床に広げた毛布にミノムシ状態に包まりごろごろ転がっている。
「人の話はきちんと聞けと幼稚園でおそわらなかったのか!」
「ボクが幼少期教わったのは、人に正義などないということでした」
「おい」
「小学校で教わったのは、大人は必ずしも助けてくれないと言うことでした」
「あの」
「その次に教わったのは、庇護者は救いなどもたらさ無いと…  だから… だから… 」
道化師の男は毛布に隠り呪詛と謝罪の言葉を交互に呟き続けている。

「端っこで小さい声でボソボソ呟かれてもなんだかわからん。
 なんでもいいが
 いいか、人の話を聞け 貴様—いや、封印を解きし勇者よ、御前は選ばれたのだ」
「のね?」
俯伏せに包まった毛布から顔だけ出す涙目の男に、溜息を抑込み眼を合わせる。

どうやらよりによって表れたこの男のようなものは頭がユルいらしい。だがむしろそれは自分にとって今は幸わいだ。

「このボロい倉庫で毛布にくるまってドロップおいしがってるだけの貴様に、
巨悪を討ち、世界を救う
聖剣を担うヒーローになるチャンスを与えてやろうと言うのだ。」

「その決断の右と左で世界の命運を揺がし救うヒーロー…
それはなんてステキで魅惑的な響きなのね…」
「そうであろう。 今ここで、勇者となり目覚めるがよい!」

「やだ」
「そうかありがたい。では早速この聖剣エクストラカリバールをを手に取り…って えっ」
[90] 聖剣☆エクストラカリバール 〜道化師マスダ最期の旅路〜 (2)
マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431) 2014-04-30(水) 22:04

「聖剣の勇者となれるんだぞ!」
「へー、ボクは道化師だもん。」
「神殿の封印を解いた者は勇者となるべき運命なのだ!」
「自分の運命は自らの手で切拓き生み出すものなのね!だからボクはパス!」
「お前が討たねば誰が悪を討つ!」
「その悪を悪を決め討てと言ったのは誰なのね」
「それは神…うぐっ」
「ちっぽけなナンタラさんのごたいそうなお考えなのね?」
毛布を剥いだ道化師がドロップを噛み潰し立ちあがる。
「只身一つとか言ってたけどこんなに周りにいくらでもさば缶もドロップも毛布もあるだろーのね。果てないとかっつってたかが倉庫内なんか数mなのね?あと何も出来ぬとかいってたけどあんたがここに宿ってこーやってわんわんさわいで教えなきゃだれだってこりゃ何も思わないただのバールなのね

ここは先人が僕達の安心な未来のために作ってくれた大切な資源備蓄場所なのね。ドロップの甘さと毛布のぬくもりの本当の豊かさに気付かない奴に正義だの平和だのの意味なんか押付けたくられねーのね。

ともかくボクはもうボーリョクも義族のフリもしたくないのね!だからマスダさんはヤんないのね!退治するとかブチ○すとかそういうのごめんなのね!」
「ここでお前に放っておかれたら 永い時を待ち続けたワシの想いはどうなる!」
「何が永い時なのねたかが40ン年くらいでしょう」
「今壱番世界は21世紀も十年を越えた所だぞ」
道化師の瞳が驚愕の色を見せ、目を丸くした。
「えっ… 恐怖の大魔王来なかったの? ちくしょうノストラダムスの詐欺師野郎!」
地団駄を踏む道化師の足元からまた土埃がきらきらと舞う。
「暴れるな!狭い場所では音も響く!」
「さっきデケー声で自己主張してたヤツにいわれたくねーのね。 悪戯な狂言で人の人生追いつめやがってちくしょうちくしょう!」
「都市伝説を信じていいのは小学生までだよねー。そんな神話だの聖典だの根拠の無い俗説に引っかかった奴がバカなんじゃろ」
「ヒキコモリゴッドに運命と抗い続けたマスダさんの悔しさの何が分かるってんだー!いいからメシ寄こすのねー!」
「感情と目的の向かう方向が混同して的外れになっておるぞー!」
己の肩をひっ掴み揺らす道化師に二度目の命の危機を感じ牽制する。

「そうだったのね、マスダさんはもう向かう敵を見誤ったりしないとこの心に決めたのね…
そういうワケで今現在ジャパニーズソウルフルかつネタになる可食物を真剣かつ可及的速やかに求める道化師のお兄さんは食べられない無機物とそのスピリチュアルっぽい何かが語るブッソーな計画に構ってるヒマはないのね。」
「お前さっき「困った人を助けるのが仕事」とか言ってなかったか!道化師だか知らんが、そう言うのなら働け!」
「 「人」をね。
 ボクは道化師、「人を笑顔にするのがお仕事」! 誰かが死んで喜ぶ人でなしの言うことなんかおめおめきいちゃるか」
わるびれず言い放つと、物資の物色を再開する。

「それじゃあ誰がやるというんだ? 魔王は誰が倒すのだ。」
「ボクはやらない。」
「お前は神殿の封印を解いたのに、人々を守り世界を救う義務を放棄するのか」
「ボクが人を守り世界を救う方法は「人を笑顔にする事」だよ」
「ここで逃げても、結局誰かがすることになる。なら今お前がやらなければならないんじゃないのか」
「…ボクはやらない。」
「じゃあどうすればいいというのだ。 世界を救うためにどうすればいいのだ」
「今は…まだわからない。 でも、ボクがそれを選ぶのは『違う』。」
「わからないのに、 人より自分が合っていると言えるのか。架せられた運命と責任に背くほどのものなのか」
「ヤなのね!ボクは今まで目を瞑ってばっかりだったのね!見ないふりしてばっかりだったのね!
心の向う方も行動の責任も誰かにまかせて自分じゃ何も考えないで真実なんか映さないでずっと眠っていたのね!
だからこれからは楽しいものたくさんみるのね!ステキなこといっぱいするのね!好きなモノは自分で決めるのね!正しいと思うコトは自分で考えるのね!
ケンカなんかやなのね!殺すのなんかいやなのね!黙って誰かに従がったりなんかしねーのね!」

「…そんなことで世界が救えると思うのか」

戦禍の直後の風が世界樹の蹂躙の跡を孕んだ広場の空気を掻混す。

「自分勝手に主張して、理解されない主義論説を喚なり立てて生きて、ただ一人で周りの世界に反いて、そんなことで世界が救えると思うのか!」

「本当の『世界』ってなんだろうね?」
扉の外の景色を逆光に暗闇に立つ道化師の顔を上から射込む光に慣れた眼は捕える事が出来ない。
「本当の『自分』ってなんだろうね」

「等しいはずの世界が生きる命を選ぶなら、それは本当の世界なんだろうか」

「生きる為のはずの命が死を求めるなら、それは正しい運命なのだろうか」

「ボクがボクを間違っていると思うなら、それは本当のボクなんだろうか」




けたたましい嬌声。


広い木蔭の公園に、一人分の笑声が響く。

「あっははは! あっはは!  『おかしい』ねぇ!
ほんとにもう、笑わせてくれるよ! 笑っちゃうねぇ、
キミ達は ボクが どうしようもなく、
  、、、、    、、、、、、
頭が足りなくて、もう笑うしかないことにも気付かないのに。
ねえ、キミは」

少年の懇願のような純粋な目だ。

「ボクと、 遊んでくれる?」



慇懃な45度の外連な辞儀と、

独言のような口上。

「ボクは道化師、舞台の上の孤独な導手。踊る相手は自分で決める」
闇にただ浮び上がる銀の瞳が光を弾返している。



その目を見て理解した。


—あっこいつめんどい


「想像以上にめんどい」
「理解できないんならそっちがアホなのねー」
「ただのヘタレ弱虫羽虫野郎がなに希望の道化師とかなっちゃってんだよ」
「別にエゲつない腹内を見せつけたのも人払いするためで同情してもらう為じゃなかったのにね」
「弛んだ0世界をひっ掻き回して盛上げたら適当にぶっ殺す予定の捨てキャラだったのにどうしてこうなった…」
「心置なくサクッと殺せるようにぼくの考えた最強の絶望も真実の愛と自由で吹っ飛ぶ程度の物だった訳なーのねー」
「こう何度も概念破壊と価値観の逆転の連続ばっかりじゃ人間に正しい答えを求めて生きるとかやってらんねーよ」
「もう考えるのめんどくさくていやになった?」
「ばかをいうな。めんどくさいことが好きじゃなければ、
聖剣を使う勇者など求めてはいないよ」


外の世界の光の影に大樹の枝葉が揺れている。

「私は創造者の端くれだ。つくるものだからわかる。
 世界はめんどくさい。」
風に木葉がざわざわと揺れる。
「ただ一粒落ちた種は、
 外に向って四方八方に進み育ち、好き勝手に枝葉を伸ばす。
 枝葉は絡み衝かり、天を覆い、また新たな世界 —生命を育てる」
葉の揺れる度に漏る日の光が点燈する。
「だが、その根源はひどくシンプルだ」
道化師が笑んで首を傾げる。


「私は、ここから出たかっただけだ
あれやこれや小難しいもっともらしい理由を付けて、ただ出たかっただけだ。」
あの光射す外へ。

「そ~なら素直にそー言えばいいのね~。なんだか知らないけど本当の気モチごまっかしてダダ捏ねるからだいぶ遠まわりしちゃったのね!」


「…持っていくがよい」
無作法に開け解たれた扉を見詰める。


「愚かな迷える旅人道化師よ、私を自由にしろ」

「それなら☆マッスーさんにおっまかせー!」

光射す壁に立掛けられた先の湾曲した鉄製の工具が、
勢い良く握られ、手に取り、空へと掲げられた。


「なにッ…!」
腕を伝う約73cmの鉄の棒の感覚、空を切る20000g質量相当の重力、これは—
「びっくりするほどただのバール!」
「聖剣・エクストラカリバールだ!」
「びっくりするほどただのバール!」
「バールとしてはバールでそれはそれで便利な物なんだぞ!」
「びっくりするほどただのバール!」
「何度も言うな、悲しくなるから」

「やったー!マッスーさんは人助けとともに色んないみで便利なバールを手に入れたのねー!」
「まあいい、これで私もやっとここから出られる」
 道化師は古びた倉庫のバールを握り締め、扉の向こうの出口へと駆け出した。
「いくのねー!」
        「いくぞー!」
並んでいる筈の二人から離れて聞こえる声の間。
「あれ?」

バールは道化師の手に取られ倉庫の出口へ身を出している。
だが以前精霊の姿は倉庫の中の最初の位置のままだ。
「私はその聖剣から離れられないはずなのだが…」
「ずっと聖剣の側で守ってたから、そう思いこんじゃってただけなのね?」

道化師が手腕で自由に操るバールを、自分の立っているこの場所から、眺める。

「私の身はとっくに、自由だったのか」
「そうみたいだね」
道化師は微笑んで笑う。
聖剣の精霊も 頬緩せて、笑う。

道化師は手に入れたさばの缶詰を一つ手に、
出口の倒れた扉を持ち上げ、元の敷居へと直す。
「んじゃそういうことで、マッスーさんはみんなと楽しいおでんを作りにいくのねー!」
「ああ、この度はありがとう」
「ばいばーい!」
道化師は向こう側の世界から手を振り、 そして、
重い音を立てて闇が降り、扉が閉まる。
「おっ! ちょっと! 待て!お前!おい道化師! 私を ここから出して—!…」
 ご丁寧に鍵を締め直して、異様に早い駆出す足の音と気配が遠ざかる。

叫びの届かずか、成人男児に色んな意味であるまじき速度で遠ざかる人の走行音が消えるのを聞いていた。
明かされた出口を再び暗闇が閉ざした。

祭の後のような静寂。


もっと自由に気付いていたら。努力をしていたなら、動けることさえ知っていたら。もっと早く素直であったなら。
やっかいな御託や名分など抜きにして、さっさと望む世界に飛び出してしまえばよかったのだ。
自分の惰弱を悔いた。愚かしさを呪った。
待に待焦がれ続けた一世一代のチャンスを、自分はフイにしてしまったのだ。

一人残された身を、天井から注ぐ照明が照らしている。

ほう、と、一つ溜息をついた。

去りゆく空虚な希望を恨みがましむように、光源を見上げる。

古びた小屋の裂隙から、光が入っていた。
遠い天井から見えるのは、木葉の揺る影。
ぼうやりと眺めた。ただそこに映るのは、憧れ続けた外の景色。
闇に封された我が身を、唯白く浮び上がらせる。
僅かな間、いたずらに照らす。小さなこの身を、全て包むように。


「あ」

小さな身体。
見上げる青空。
空を自由に浮く自分。


「あっこから出れんじゃね…?」

 

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[88] 零の空は二度死ぬ
マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431) 2014-04-30(水) 21:57
間違っているなら殺せばいい。

自分の中での唯一の正義だった。







逃げて、
逃げて、
逃げた。


酷く永い時に思えた。
何も持っていなければ苦しまない筈なのに、
何も持っていない身体を 
中身を持たない骨組が風で崩れるように、  真空中で空気が膨張するように、 すべてが圧迫した。


もう疲れた。
もう疲れていた。
その疲れすら殺して、

逃げた。




切欠は些細な風評だった。

数多の業を背負った一世紀が終わる。
時代の黄昏、その年に全てが滅びると言うのなら、自分の命は皆より後に存在するべきではない。


-

樹木生い茂る道でもない道。
街の気配も擦れて遠く幾日経か。

人を忘れて遠く幾日経か。



初めこそ人の町が恋しかった。
人の心に触れることで寸襤褸になった人間性を糸のように微かに掴んでいる気がした。

罪行が隠れた卑怯さごと発見され処罰されたかったというのもあるかもしれない。
奪った事を返すのはそれ以上の苦行でなければならないと生きたのかもしれない。
しかし、何年の時が過ぎても断罪の追手は自分をつかまえることはなく、
廻り流れる時代や人の活気も戯曲の中の仮面のようで
穏かな街並さえも世の暴墜を知った経験には酷く虚ろで、

罪悪感が心を嘖む中で運命への不信に歪む。

思想を侵食する雑音が全てを疑心暗鬼に化え、
人としての精神を焼土の様に灼いて行った。


自分を堕とす呵責の言葉が現世の更新を拒絶する。
脳内に入る情報が嫌になって、人の声が気配が嫌になって、


気が付けば冷たい樹森の陰の中に包まれていた。



そうだ、お医者さんになろうよ
そうしたらさ? きっとみんなのことまもって、よろこんでもらえるよ
いたいのなおせるよね?



鞄には故郷を捨てる時に自分の生きた経歴を示すものを詰め込んできた。
後する世界に自分の痕跡を残したくはなかった。
重たく無い訳ではなかったが、械のように引き摺ってきた。


草を踏む足をとられ貧血に虚脱した体躯が倒れ臥した。
肉体は長いこと空洞のままで歩き続けていた。

泥濘みに顔面が叩付けられると共に、
草の匂りが腔を染める。

空腹。

反射的に引き千切って周囲の草を
無遮苦茶に口の内に押し込んでいた。


可食物の青臭い匂いに喰い付きながら
飢渇を満たすその時気付く


これは生物の血の匂いだ。

受け付けなくて吐き戻す。
噎込とともに朦朧する意識が愕然とする
まだ生に縋りついているのか。





湿り気を帯びた土壌に膝をつき、草が千切れる
青臭い香りが生臭い血の匂いと被る
こうして歩みを続けている間にも足元で数多の命を殺している。


反射的に出た嗚咽は押さえ続けた感情の内部へと還り
流すことのない涙は蓄積しその身体の全てを満たした。


 きっと誰もわかってくれないのだろう。



そうだ、弁護士になろう
そうすれば、正義を振い悪を裁く事が出来れば
もう同じ思いをする人が居なくなるように



自分は傷つく資格などない思っていた。
傷ついた為の理由など失ってしまった。


傷ついたことなどないと思っていた。
だから、何も感じなかったのだ。
目の前のモノがどんなに血を吹き上げても、酸化鉄の匂いを薫らせても、鮮紅の海に沈んでも。

血に染まった身体が、
臥せる無力な目と腕が、
あの日見た風景と被ったとき、
開いてしまったのだ、抉られた遠い日の傷痕が。

だから知ってしまったのだ。
その血が自分の中にも流れると—



 だってそうだろう?
 誰もわかってくれやしない、わかってくれやしない




そうだ、***になればいいじゃないか
そうすれば***を***して みんな***にしてやれる。
***になってしまえばいいんだ。どいつもこいつもぜんぶ******




空の胃臓から酸が込上げる。
その感覚を息を強く吸込み、歯を喰いしばり、殺す、 殺す

傀儡のように立ち上がり、薄い空気に噛りつき機械のように歩を進める。上へ。前へ。どこへ。 命の無い方へ。


そうだ、そうだ
忘れてしまえばいい、失くしてしまえばいい、捨ててしまえばいい
流れる血も、拍打つ鼓動も、人の心も

それじゃあ—


それじゃあ、自分は何だ?





悲しい世界が嫌で
殺した。
笑いを失った心が嫌で
殺した。


恨みを、憎しみを、呪いを、
押さえ続けて、縛り続けて、

もう、もう縛られるのが嫌で、
自分の中から故郷を殺した。


怒りのみに腕を振るう身体が嫌で—



違う。
違う。
間違っていた。

なにもない。
何故だ?
努力したじゃないか。戦ったじゃないか。がんばったじゃないか。ほしいものをてにいれるために。ねがいを叶えるために。
お前らが求めるものならぜんぶやったじゃないか。
声も、心も、身体も、捨てて、合わせて、ぜんぶやったじゃないか。
何故だ?

嘘だ。

本当は望んでいたんだ。
今と違う場所に行けば、きっと世界は変る。
今と違う場所に向かえば、そこに辿りつけば
本当の、

本当の…



獰猛で狡猾で卑俗な自分を
殺せなかった。

何故だ。
あたりまえだ、殺すことによってそれは産まれたのだから。










小さな、小さな望みだった
たったそれっぽっちの、たった一つの甚大過ぎて
矮小過ぎる望みだった。

そんなちっぽけな望みで


それすら死んでしまった。



螺旋階段の騙し絵のように、
どうどう巡って、
自分は自分が逃げていた魔物、そのものになっていたのだ。






ドコに向かえばいい?
そう、向かう場所なんてなかったのだ。
ボクにはこの世界の何処にも。


居場所なんてなかったのだ。






その言葉が浮かんだその時


思考が、タイピングを止め


長い、無。






失くしてしまった心は
その独白に、絶望的な解に、返答などしてくれなかった。



そんな答えを出すために自分はどれだけの命を—





この世界の何処にも居場所なんてなかったのだ。






闘うものすら何もない。
願うことすら、なにもない。
望むことすら、もうなにもない。


何故だ?


なにかを求めてここまで来たのに。


なにもない。嘘だ、
あるじゃないか、
鼓膜を通る雑音が、 肉体を苛む痛みが、 今なお恐怖し逃げ続ける忌しい記憶が
自分自身が。



そうか。
本当に殺したかったのは、 世界に何の色も映すことのなくなった、この目か。




 どうせ誰もわかりなどはしない。





脚がもつれ、
露出した岩盤に打ち突けられる身体を包む痛覚から多幸感を覚えた。
苛烈な外的刺激に囚われていれば、何も考えずに済む。

過酷な生活で鍛えられた身体は
反射的に受身を取っていたらしい、 衣服の膝が土埃で煤け染みただけだ。

逃げ続け、隠れ続け、誤魔化し続け、
血を流さなくなった身体が、逆に憎かった。

息が切れるが生を拒絶する感覚が自分のものと扱えない。
髪先から指の先まで存在する唯己の認識を呪っている。



知識を得るたび知りたくないことに気付くばかりで
命懸けで手にした真実は冷たく自分に刃を向いた。
憧れに縋りつく度いつも目の前で破壊されていって


擦切れた神経が摩耗して抵抗を失い
いなくなったものが魂をむちゃくちゃに引き千切る。
見えない世界が響音を上げる。


感情の残心が思考を道連れに理解を消滅させる。


燃え殻がまた自分になる。



白い世界に問掛けを止める。










本当に?










倒れた体躯を下から圧迫する石、その冷たい薫りに混じり
 涼やかな風の匂いがした。


斜面を見上げると、

—森林の植生の限界を超えた、岩盤の地の上


青い空が見える。


陰ばかりの世界に、 切れ間のように生まれた、色彩。


眩しかった。



清らかな空気が流れてくる、その方角へ。
感覚の空になった脚を起こし、歩を進める。
草の匂いを引き千切り、摑んだ巌を握登り、


樹原を抜けた身体が、
こう、と潮風を受ける。



 青い空、白い光。


 さり、と 足が  砕けた石の地面を踏む。
手にした鞄が凍風で冷えた。

温度のない外気が晒された体表を蝕んでいる、体中の感覚を支配するそれは、背負って来た何もかもを喰んで霞ませてくれる気がした。

剥出した岩盤の地面は一つの命も生えてはいない。
硬質の地面は高地の日に照され灰色の鋼の様に冷たく清んでいた。


生命に濁った感覚画面が無機の世界に洗われていく。

無機物。ただそこにあるだけの物。
ずっとそれになりたかった。
心をもたないものに。


そちらへと身体を進める。光に目指して飛ぶ何かのように。



灰色の世界を背中に足先が空を突く。


雲一つない空の下、
海だった。


切り立った崖の向こう、広がるのはただかぎりない青い世界ばかりだ。

風化した岩が蹴られ、遥か遥か下へとおちていった。

静寂と一人。




遠くに
優しいノイズ、意味を持たない旋律。
ここにはなにもない。

感じるのはただ風と青い世界と白い自分。

透明な日射しが、ただ果てに立つ存在を照らしている

死ぬにはいい日だ、そんな陳腐な台詞が浮かんだ。



鈴を鳴らすように硬質の地面が崩れた。

重心が揺れる。


浮遊感。
体躯を包む風が速度を上げゆく。

生命の危機を叫喚するみぞおちを抉る生理的恐怖心は一瞬で背中へと抜けていった。
もとよりそんなものに興味は無い。


 誰もわかってくれなくていい。

 解ってしまったら、
 きっと、 同じ場所に来てしまうから。


口を開けた古びた鞄から数多の荷物が空中へと散乱し
僅かを残して我が身と運命を共にしてゆくのを感じた。


四肢が重力から投出され耳が音を捉えるのをやめる。
髪をはためかせ、感覚のみが風を切ってゆく。



役命を終えた生命機能が落ちる。
脳が必要無くした記憶を捨てる。
小さな魂の純度が高まる。


そうだ、—空を飛びたかった
幼い頃、夢に願った風景だ。
—夢見ることを、願いを望むことを忘れていなかった頃の風景だ。


空を飛べたらいい。


鳥のように、

—いや、そんなぜいたくなどいらない


綺麗な翼などいらない、
自由ならば、ただ風に吹かれて、


ちっぽけな、


羽虫のようにでも、





飛べたら。




海と空二つの青が反転し
深遠の虚無を抱える地から足元が
離行き胎動する天に墜ちて行く

刹那の閃光とともに頭蓋が岩盤に触れる
思考-存在が空に溶け
肉体が叩き崩されるその寸前、



なにもない世界の夢をみた。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[87] 愛しのきみへ
・・・どうしよう
ハーデ・ビラール(cfpn7524) 2014-04-30(水) 21:23
始まりがあれば終わりの時間も来る。
ロストナンバーが不老でも、病や怪我を得ればやはり終わりの時間はやって来る。
それが分かっていたから、最後の時までタルヴィンと2人だけで過ごしたかった。

引きこもってから1年と数カ月が過ぎた。
自分でも2年くらいだろうと思っていたから、それほど感慨は湧かなかった。
猫は家に付くという。
死期を悟ると死体を見せぬために出ていくのだと言う。
猫の彼よりも、自分の方が猫のような行動をしているのがおかしかった。

湖に向かってのんびりと歩く。
そう言えばこの前、チェンバーの中に雨が降った。

虫の声と鳥の声がする。
水があって、緑がある。
今なら彼1人でも、ここで生活できるかもしれない。

いや、それは只のつまらない私の夢想だ。
彼1人で世捨て人のように生きてほしくはない。
私の腕の中の彼はとても温かかった。
彼がまた誰かの温かい腕の中で憩う事を、私は切に願っている。

体内のシリンダーの駆動音が煩い。
頭の中が金属でガンガン殴られているように痛む。
ふと鼻の下に手を当てたら鼻血が出ていた。
何となく笑いたくなった。

湖のほとりで、考えながら手紙を書いた。


どうやら終わりの刻が来たらしい。
今まで本当に楽しかった。
一緒に居てくれたことに、とても感謝している。
私の事は探さなくていい。
いつも心は君の傍に居るから。

ありがとう。
愛している、愛している、愛している…これからの君の生に幸が多からんことを。


トラベラーズノートを閉じて立ち上がり、そのまま湖に倒れ込んだ。

機械の身体は湖底に沈む。
湖面に煌めく光が、とても綺麗だと思った。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[84] 【竜星の黄昏】その終幕

ニコ・ライニオ(cxzh6304) 2014-04-12(土) 22:28
竜星って知ってる?
……そうそう、あの犬や猫たちが住んでた星だよ。
彼らの帰属の問題だとか世界樹だとか、本当に色々とあったよね、あそこもさ。
僕も何度も行って結構頑張って…。

あれ?何その疑いの目。
こう見えても身体張ったりして頑張ったんだからさー。

あ、話がそれたね。

実はね、犬猫たちの物語もひと段落したんだ。
まだまだこれから、の部分も多いけどね。

ここにその顛末の報告書があるんだけど、良かったら読んでみる?

(と言って、報告書の束を取り出した)

【竜世の黄昏】Anemochoryの季節
[85] 追記
ニコ・ライニオ(cxzh6304) 2014-04-12(土) 22:30
(竜星シリーズ最終回のパーソナルイベントのノベルを公開させていただきました。公開の許可を頂きました、参加PL様方にはこの場を借りて感謝を。お疲れさまでした!)
[86] 抗議表明&弁明

マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431) 2014-04-13(日) 15:03
(ちなみに作中で道化師がエルシダを一発で殺したということに関して

正く納得いってないらしいよ!


戦場で勝利や覇権を得ても、人の心としてそれは他人の力への恐怖、そして自らの力の驕りに飲まれた「弱さ」です。

どんなに怯えても恐くても「血の通わぬ執行者にならない」のが、強さです)

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[81] 青春劇場 ~そして二人は出会った~
てへぺろ!
ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2014-03-05(水) 23:46
 あたしハイユ、16歳。ロストレイル学園に通う女子高生。
 遅刻遅刻ーって通学路を走ってたら、きゃあっ! 道の角で知らない人にぶつかっちゃった! 見上げるくらい背が高くてメガネをかけたミステリアスな感じの人。その人はあたしを見て言ったわ。
「姉御、大丈夫ですかなのね?」
 カメラ1回止めて。
 ちょっと、羽空くん。なんでこの設定で呼び方が姉御か。
「ごっ、ごめんなさいなのね! つい姉御の大人の魅力に気圧されてしまったのね!」
 今のあたしの設定は16歳やっちゅーねん。はい、テイク2!

 あたしハイユ、16歳。ロストレイル学園に通う女子高生。
 遅刻遅刻ーって通学路を走ってたら、きゃあっ! 道の角で知らない人にぶつかっちゃった! 見上げるくらい背が高くてメガネをかけたミステリアスな感じの人。その人はあたしを見て言ったわ。
「あねごー」
 カメラ止めて。
 ボケるにしても別のボケにしろよ!
「ボケてないのね! お兄さん笑いのプロの道化師だよ!」
 なら今のは何だ。
「リクエストがありまして直訴です」
 何よ?
「ボクの設定、ダブりすぎて年齢不詳のコーコーセーなのね」
 知ってるよ。ほぼそのまんまの設定だし。自己紹介なら次に朝のホームルームのシーンでやるだろ。
「その前に問題を解決しときたいのですよ。姉御が16歳の設定だとボクの方が先輩になっちゃうのね」
 別にいいじゃない。
「よくないですよ!? ボクにとって姉御は気軽に後輩扱いしちゃダメな御方なのだから!」
 実年齢だとあんたの方が上じゃね? それとも、あたしに若い役をやるなと?
「そ、そんなコト言ってないのね!?」
 ならよし。
「ううっ、姉御は後輩、姉御は後輩、姉御は後輩……」
 自己暗示かけるレベルでやりにくいのかよ。じゃ、しょうがない。少し設定変えてみようか。テイク3!

 あたしハイユ、26歳。ロストレイル学園の保健医よ。
 遅刻遅刻ーって愛車のボルボをぶっ飛ばしたら、きゃあっ! 道の角で知らない人にぶつかっちゃった!
「ちょっと待ってくださいなのね!? これボクが死ぬシーンなのね!?」
 ばっか、ここはあたしが保健医のスキルを活かして応急処置するシーンだよ!
「はっ!? 恐れ入りましたのね! ボクが浅慮だったのね! 気絶しますのね!」
 あたしは急いで車を降りた。救急キットくらいは持参してるのよ。血をどくどく流してて意識はなさそうだけど心肺はいちおう動いてるみたいね。
「死に至る重傷なのね!?」
 まずは止血か。いっけなーい、まちがって頸動脈まで止めちゃった。てへっ、あたしってばドジっ娘☆
「ジョシコーセーの設定が中途半端に生き残ってるのね!」
 気絶してる人間がしゃべるんじゃない。
 さて、なんやかんやでポリ公が動く前にどうにかなった。あたしは何事もなかったかのような顔で保健室に出勤した。すると一人の生徒がやって来たの。
「センセー、実はさっき車に轢かれちゃったのね」
 それは普通に保健室で扱う範囲を超えてるんじゃないかとあたしは思った。ところが顔を見て、つい声を上げちゃったわ。
『あーっ! あんた今朝の!』
「あーっ! ……記憶がハッキリしないけどどっかで見たことある人なのね!」
 こうして二人は運命的な再会をした、と。よしよし、それっぽくまとまったじゃない。

「それで、このあと二人はどうなっちゃうのね? ボクまだホームルームで自己紹介のシーンまでしか台本もらってないのね」
 ああ、元々そのシーンでおしまいだよ。
「え?」
 でも設定変えちゃったし、保健室で自己紹介したってしょうがないから、ホームルームのシーンはなしね。つーわけで、これで完成。おつかれさーん。
「え~と、そもそもコレ、いったい何なのね!?」
 ロストレ学園が舞台の学園ものっぽいムービーがほしいってお嬢が言ってたからあたしが書いてみた寸劇。学園ものってこういう始まり方なんでしょ?
「こういう始まり方がないとは言いませんけど! 本編がまるっとないですのね!」
 いやー、なんか書いてるうちに飽きてきちゃってさ。まあせっかく書いたから、そこまではやってみようかと思って。でもアドリブで設定変更してもどうにかなったし、案外イケるのかもね。
「イケると思ったなら続きをお願いします」
 そこまでとは思ってない。
「あの~、これってシュマちゃんのために作ったものなのですよね?」
 ああ、うん、そうだよ。
「なら、最後まで作ってあげた方がシュマちゃん喜ぶんじゃないかと思うのね?」
 続き書くのめんどくさい。
「もー、それならボクにお・ま・か・せ! このマッスーさんが超絶にときめく学園ラヴ☆ストーリーをお届けしちゃうのね!」
 あそこまで書いといてアレだけど、あたしにも相手役を選ぶ権利くらいはあると思うんよね。
「言葉のナイフ! とっ、とりあえず自己紹介のシーンだけでもやらせてほしいのね。ボクまだ自分の名前も言ってないのね」
 そうだったっけ。
「そうなのね!」
 でもそんな話し方するロストナンバーなんてあんたしかいないから、みんなわかってるよ。気にすんな。
「気にしますのね! ボク、マスカダイン・F・ぱう」
 おっと、ビデオテープの残量がもうないや。残念だったわね。
「今どきテープ!? あと一文字! って言うかこの会話の尺があればヨユーで入るのね! ボク、マスカダイン・F・ぱう
(動画はそこで終わっていた)
[82] 謝辞
ふふん♪
ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2014-03-05(水) 23:50
マスカダイン・F・羽空さん、ご出演ありがとうございました。メタな話にしたいな、と思って書いていたら、こんな感じになってしまいました。
[83] 感謝のおことば!(つめえり道化師スタイルで)

マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431) 2014-03-21(金) 01:23
この度は一緒に遊んでくれてありがとう!
無駄に高いとか 年いくつだよとか
なんで生きてんだとか (下の)名前を呼んでとか
マスダさんのアホ(=マスダ)らしさが良くっ出てらして
観察してくださってるんだなぁと思い存じました。 流石僕と姐御の仲だね///もとい愛の女神スキルだね!
(スーパーカーの轢痕を誇らしげに跡しながら)
これからも一緒に遊んでね姐御!

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[79] with you
てへぺろ!
ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2014-02-22(土) 00:18
「というわけで! 第1回ハイユさんのご奉仕を賭けて一発ギャグ大会の優勝はゼロちゃんです!」
「ええっ、なのですー」
 トラベラーズカフェの一席で唐突に始まった勝負は、主催者にして景品であるハイユによって結果が告げられた。
 優勝作品『ねこがねこんだ』のクオリティに一部がざわめく。するとハイユは目をぎらつかせて断言した。
「あたしが面白いと思ったんだからそれがジャスティス。文句のある奴は面白いギャグの定義を作ってから出直してこい。べ、別にゼロちゃんならメンテナンスフリーだから実質ご奉仕とかしなくていいんじゃね? とか思ってなんかないんだからね!」
「なのです?」
「さあゼロちゃん、とりあえず二人っきりになろうか。ご奉仕まみれにしてあげる」
 ゼロはハイユの後をついて、とてとてとターミナルを歩く。
「どこに行くのです?」
「お嬢のチェンバー。学校って設定だからさ、とりあえずランドセル背負ってみて! 服はワンピースとか私服みたいなのでもいいけど制服もあるよ。革の地の色のランドセルに暗色系のブレザーとか合わせたらゼロちゃんの白さが際立つと思うんよね」
 すでにご奉仕とはかけ離れていた。
「ハイユさんも同じ服を着るのです?」
 上機嫌だったハイユの表情が一瞬だけ引きつる。
「ごめん、学生服はさすがにキツイわ。ああ、胸のサイズの話ね。年齢的にどうとかじゃなくて」
「年齢ならハイユさんはお母さんなのです」
「なんでだよ!? 学校なんだから先生にしとけよ! あとゼロちゃん8歳だから18歳の時の子の計算になるだろ! ヤンママか!」
「ハイユ先生がノリノリなのです」
「今、先生で認識してたよね?」
 ゼロは元気よく手を挙げた。
「先生、ゼロは生徒として質問があるのです」
「専門分野は愛と家事だからその範囲でなら答えよう。何?」
「1+1がいつでもどこでも2になるのはどうしてなのですか?」
「あれ、あたしの話聞いてたかな? 明らかに愛でも家事でもないよね?」
「e^iπが-1になる理由でもいいのです」
「レベルがあがった!?」
 ちゃららっちゃっちゃっちゃー、と短いファンファーレがどこかから聞こえてきた。
「ちなみにこれは虚数単位のiとハイユ先生の専門分野の愛をかけた上で『いーのあいぱいじょう』という響きがハイユさんぽいので聞いてみたのです」
 ゼロはいたずらめいた可愛らしい笑顔を浮かべた。
「そんなフィーリングで出していい内容じゃねえよ」
 今のハイユにゼロの笑顔を鑑賞する余裕はなかった。先生と生徒の甘い禁断シチュエーションが轟音を立てて崩れ去る。そっとトラベラーズノートを取り出し、
『お嬢、ゼロちゃんの通訳しろ。いーのあいぱいじょうがマイナス1って何?』
 返信は早かった。
『状況が皆目不明。説明を求む』
『わかんないならそう書け』
 今度の返信は更に早く、それでいて長かった。
『壱番世界で言うところのオイラーの等式だな。この式においてeは』
 ハイユはノートを閉じた。シュマイトが通訳にならない事だけはわかった。
「ゼロちゃん。オイラーのことは忘れるんだ」
「ハイユ先生のことを忘れるのです?」
「何その唐突な基本への忠実さ? オイラなんて一人称使ったことないし」
「ところでハイユ先生、1+1は」
「えーとね。一人と一人が会っても二人のままで三人以上にはならない。つまり、百合薔薇異種族器物その他の子作りを含まない関係こそが真理なの……よ……」
 自分のペースを取り戻せずしどろもどろのハイユにゼロは得心顔で返す。
「なるほどなのですー。ゼロは聞いたことがあるのです。結婚より同性愛の方が純粋という文化が壱番世界にはあるそうなのです」
「なんかすげえこと言い出した。さっきから言動が黒いと思ってたけど、まさかあんた、ゼロちゃんじゃなくて裏キャラのイーアールオー エロちゃん」
「ふっふっふ、そのまさかなのです」
 闇が降り注いだ。ゼロの髪が、肌が、ドレスまでが黒く染め上げられる。その頭頂には黒のペンキの缶が逆さまになって乗っていた。
「すいませーん」
 ペンキ塗りの男の声が頭上から飛んできた。
「言ってみただけなのに、本当に真っ黒けなのです?」
 黒ペンキまみれになった自分の体をきょときょとと見回すゼロ。ハイユが目を不穏に輝かせてガッツポーズをした。
「ありがとうペンキ屋。学園とかもういいからウチに寄って服を洗濯して一緒にお風呂に入ろう!」
「ゼロはメンテナンスフリーなので放っておけば元通りになるのです」
 ハイユの顔が悔恨にゆがむ。
「そうだった。それさっきあたしが言ったやつだった。むしろゼロちゃんにとってのご奉仕って何?」
「ゼロはお昼寝の時に添い寝してもらえればそれで充分なのです」
「はい復活スイッチ入りました! なんだよもー、なら最初からそのルートで良かったじゃん!」
「ハイユ先生、学校はお昼寝をするところではないとゼロは思うのです」
「学校の設定はもうええっちゅうねん」
 使えもしない関西弁がなぜか滑り出す。
「とにかく! ゼロちゃんと添い寝してふにふにしたりぎゅーぎゅーしたりすればお互いハッピーになれるんだからぜひそうしたい」
「なのです。ハイユさんのおうちにGOGO!なのです」
「うちって言ってもあたしの専用スペースは屋敷の中の一部屋だけどね。あの部屋を愛の巣にしよう」
「お部屋なのです?」
「ああ、ほら、あたしお嬢の屋敷でメイドやってたじゃん? だから今もお嬢の屋敷に住んでるんよ」
「じゃあゼロもシュマイトさんのメイドさんになるのです?」
「後輩幼女メイド!」
「それはお断りせざるをえないのです」
「……なんで?」
 ハイユのテンションに従順についてきていたはずのゼロが唐突に言う。
「ゼロのお仕事はまどろむことなのです。なのでメイドさんとの兼任は難しいのです」
「そんなことか。そんなの平気だって! どうせあたしの仕事だって昼寝が大半だしそもそもメイドじゃなくてあたしの個人的な愛玩用途でも」
「ハイユさんはもはや本当にメイドさんなのです?」
「これ以上ないほどにメイドさんだよ!」
「そうだな」
「そうだよ!」
「ところで当家のメイドよ。書庫の整理を手伝ってほしいのだが」
「うるさいな、今それどころじゃ……」
 下方にずらして振り向いた視線の先には、これ以上ないほどに見慣れた顔がいた。
「なんだ、お嬢か。今忙しいから後にして」
 シュマイトがギアの拳銃に手をやった。ハイユは不敵に微笑んでギアのナイフを引き抜き、構えた。
「お嬢、銃と剣が対決すると剣が勝つっていう漫画アニメあるある、聞いたことない?」
「残念ながら、ないな」
「けんかはだめなのですよー」
 ゼロがその間合いにのんびりと入り込んだ。向き合ったハイユとシュマイトの視線がゼロに集中した。
「ところでハイユさん」
 ゼロは頓着しなかった。
「ハイユさんは年齢性別種族その他一切を問わない愛の持ち主だとゼロは認識しているのです。なのにどうしてシュマイトさんとはらぶらぶしないのですか?」
「ゼロちゃんは全部わかってて聞いてくるからタチ悪いわ」
 苦笑を浮かべてハイユは言った。ナイフを鞘に放り込んで「ねー、お嬢?」と笑いかける。シュマイトはやり場のなくなった手をぶらぶらとさせながら、
「いや、わたしは別に……」
「シュマイトさんはつんでれなのです?」
 ゼロの首がこくりと傾く。
「それ否定ができない論理トラップじゃん」
「そ、それよりゼロ、その格好は何事かね?」
 にやにやと笑っているハイユを前に、シュマイトが強引に話題を変えた。
「なんだよー。お嬢もゼロちゃんのお風呂シーンとか興味あるんじゃん」
「そんな事は一言も言っていないだろう!」
「あー、はいはい。要するにお嬢もゼロちゃんをお持ち帰りしたいんでしょ? あたしもだからそれでいいじゃんか」
「いいのですー。ゼロはシュマイトさんとハイユさんのおうちに一緒に行くのです」
「……その点に関しては異論はない」
 渋々のていでシュマイトが頷いた。
 三人で屋敷に向かった結果、書庫の整理がまったく進まなかった事は語るまでもない。代わりにロストレイル学園では「仮眠室」が設置されるなど、若干の進展があった。
[80] 謝辞
くすっ☆
ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2014-02-22(土) 00:18
シーアールシーゼロさん、ご出演ありがとうございました。
イーアールオーエロさんは実在しないロストナンバーです。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[76] ロストレイルの車窓から ~明晰夢~

幸せの魔女(cyxm2318) 2014-02-14(金) 22:19
幸運にもロストレイル13号…通称「北極星号」の乗組員として選ばれた私こと幸せの魔女は、北極星号が世界の果てを目指し0世界を出発する直前に猛烈な睡魔に襲われた。こんな楽そうな旅を目の前にして冗談じゃないと最初は睡眠欲に抗おうとしたものの、残念ながら魔女という生き物は欲が深い。一緒に搭乗した仲間達には「睡眠を貪る幸せを追い求めている」とか何とかそれらしい理由を付けた嘘を吐いて、私は深い眠りに身を委ねた。


私は白い鴉となって、0世界の上空を飛び回っていた。…いや、白いのなら鴉にならないんじゃないかって思うかも知れないけど、間違いなく鴉だった。だって、鳴き声をあげると「カァカァ」って鳴くんですもの。

私が鴉になって飛び回るだなんて普通は有り得ないので、ここは夢の中の世界なんだとすぐにわかった。成る程、これが噂の明晰夢というやつね。生まれて初めての体験に私の心は踊った。
夢の中は何処までいっても夢の中だ。私は自由を謳歌してやろうとフラフラと当てのない空の散歩を楽しみ、何気なくお店の並ぶ通りへ降下すると1件のブティックへ立ち寄った。
店の中を覗いてみると、数人の女性が歓談に華を咲かせているようだった。この店の店主と思われる女性、褐色肌で金色の髪をしたメイド服姿の女性、桃色の髪を伸ばした胸の大きい女性、同じくけしからん大きさの胸を持つぐうたらメイド、蛸足の美味しそうな女の子、モフモフけもりう人、頭にヘンテコな貝殻みたいなものを被った世界司書…。全員私の良く知る人達の筈なのだが、夢の中だからなのか、名前が全く出てこない。誰だったかなぁ、確かによく知っている筈なんだけど。…遠目に眺めてみると、みんな何だかとても楽しそうだ。嗚呼、私の体が鴉じゃなかったらすぐにでも話に混ざりに行くんだけれどもなー。
そんな事を考えながらブティックの前を慣れない鳥足でウロウロしていた時、凄まじい轟音と共に大地が大きく揺らいだ。道行く人達が足を止めてナラゴニアの方を見上げる。その先には…今にも世界樹に食らいつかんと大きな口を開けている、醜悪で巨大な怪物がいた。
何だろうか…。私はあの怪物に見覚えがある。いや、怪物そのものは今初めて見たんだけど、その面影は私の知る…ええと、確か魔法使いの卵だ何だと嘘を吐いていた、あの…誰だっけ。あぁもう、これが夢の中じゃなかったら間違いなく思い出してる筈なのに!

その醜悪な怪物は大口を開けて世界樹を丸ごと食べ尽くすと、ナラゴニアを下りターミナルを目指して移動した。そして、その怪物を止めようと多くのロストナンバー達がロストレイルに乗り込んで怪物に戦いを挑んでいった。…私はというと、その戦いの一部始終を上空からカァカァと鳴きながら眺めていた。

酷い戦いだった。いや、そもそもあれは戦いとかそういう次元のものじゃない。一言で言えば、あれは一方的な侵略だった。用意された数々の兵器は怪物相手には全く効果がなく、挑んでいったロストナンバー達は次々と食べられ…全知全能と呼ばれた「神」と名乗る者でさえも、その怪物を止める事は出来なかった。その怪物はあまりにも強すぎた。
…結果、世界樹は跡形もなく食べ尽くされ、チャイ=ブレはいとも簡単に追い出され、0世界は半壊。その怪物が新たなるイグシストとしてこの地に根付き、そこで侵略は終わった。
瓦礫に包まれた街中で、多くの者が不幸に打ちひしがれ涙を流していた…が、遠目から一部始終を眺めていた私からしてみれば、あの規模の侵略で「半壊」程度の被害で収まっていた事は奇跡的な幸運だなぁと思った。まぁ、ここにいる人達がどれだけ不幸になろうとも私には関係ない話だけれども。所詮ここは夢の中、目が覚めてしまえば全ては無かった事になるんだから。

しかし、あの怪物がその気になればこの0世界全てを丸ごと食べる事も出来ただろう。何故わざわざ元々いた2つのイグシストを亡き者にして新たなイグシストになるという、そんな回りくどい方法を取ったのか?そもそもあの怪物は何者なのか…そんな疑問を抱きながら上空をフラフラと飛んでいると、樹海の中にひとつの建物を発見した。何かの研究施設のようだが…不思議とその建物だけは怪物の被害を免れ、何事も無かったのようにそこに佇んでいた。まるで何かの力に守られているように…。
(何の施設なのかしら)
興味を持った私は開かれている小さな窓から建物内に侵入し、バサバサと翼を慌ただしく羽ばたかせながら施設の中を見回った。何度かここの研究員らしき人とすれ違ったがのだか、私の事は気にも掛けずに忙しなく何処かへ行ってしまう。…私の姿が見えていないのか?
施設の奥へ奥へと進んでいくと、厳重に施錠されている扉に出くわした。私の勘では恐らくここがこの施設の最深部だろう。一体この扉の奥には何があるのだろう…と地に足を着いた時、通路の奥から2人分の人影が見えた。ひとりは白衣をまとった16歳くらいの若い女性、もうひとりは銀色の髪をした小さな女の子だ。
「              さんの無事を確かめるのですー」
「とても信じられないけど、この施設が無事だったのは彼女の「快適な睡眠を貪る幸せ」にあやかれたからなのかしら」
そんな会話を交わしながら2人は扉の前まで歩みを進め、白衣姿の女性が鍵を取りだし厳重な施錠を解除していく。ガコン、という生々しい金属音と共に、重々しい扉は開かれた。
私は好奇心を押さえきれず、思わず2人よりも先に扉の向こうへと羽ばたいた。…扉を抜けると中はひとつの小さな部屋になっていて、無機質かつ飾り気のない室内には簡易なベッドがひとつ備え付けられているのみである。私はそのままの勢いでバタバタと羽を忙しなく動かし、ベッドの上に着地する。なだらかな布団の膨らみを見るに、誰かがここで眠っているようだ。
(こんな所で誰が寝てるのかしら)
私は慣れない足取りでよちよちとベッドの頭部分まで歩を進め、その人物の顔を覗きこむ。
(……えっ?えぇぇっ?)
私は仰天した。そのベッドで寝ているのは…

私だ。
幸せの魔女だ。

「魔女さん、無事だったのですー」
銀髪の少女が幸せの魔女も元へ駆け寄る。幸せの魔女の寝顔は、それはもう幸せそうな寝顔だった。…当たり前だ、幸せの魔女なんだから。
だが、その体からは魔力を全く感じなかった。この状態は睡眠をとっているというよりは「魔力を使い果たして昏睡している」と言った方が正しいんじゃないだろうか。その体の鼓動はあまりにも弱々しく、今にも止まってしまいそうだ。

何故?何のために魔力を使い果たした?
何で私はこんな所で閉じ込められて眠っている?
そして、私は何故自分自身をこうして見下ろしている?
これは本当に夢?じゃあ一体誰の夢?
様々な疑問が目まぐるしく脳内に渦巻き、頭の処理能力が限界の悲鳴を挙げる中…そこで私の意識は途絶えた。


「魔女さん、着いたのですー」
ゆさゆさと小さな手で揺さぶられ、私は目を覚ました。眠気まなこをこすりゆっくりと頭を振りつつ周囲を見渡す。そこはいつも見慣れた空間…、ロストレイルの車内だった。
嗚呼、そう言えば私達は世界の果て、ワールドエンドステーションを目指していたんだっけ。どうやら私が眠っている間に目的地についたらしい、車掌が終点に着いた旨のアナウンスを流していた。
「さぁ魔女さん、急ぎましょうなのです」
私は銀髪の少女に手を引かれてロストレイルの外へ

…あれ?私はこの少女の事を良く知っている筈なのに、肝心の名前が出てこない。ええと、誰だっけ、この子。何か脳内に薄いモヤみたいなものが掛かっていて記憶がハッキリしない。
「そうね、0000さん。」
私は試しに少女の名前を呼んでみるが、口からでるのはこれまたハッキリしない謎の言語だ。
…そう言えば、他の乗組員に選ばれた仲間達は何処にいるのだろう。この車内には私と…この銀髪の少女の2人しかいない。まさか、途中で数人が犠牲になって、結局は私達2人しか残らなかった…とか?いや、そんなバカな事が…。
頭を抱えて悩んでいる私に、その少女は
「魔女さん、まだ寝ぼけているのです?」
私の顔に容赦ない平手打ちを喰らわせた。それも2発。
「…えぇ、目が覚めたわ。ありがとう、0000さん。」
痛みは無かった。嗚呼、どうやら私はまだ夢の中にいるらしい。

世界の果て…ワールドエンドステーションに、私達2人は降り立った。
でも…何だろうか、この感じ。きっと私はここを訪れたのは初めてではない。今まで何度も…という程ではないかも知れないが、少なくとも数回はここを訪れている。その証拠に、私はこの世界の事を知っている。ワールドオーダーとも会話を交わした事がある。何か肝心な事を忘れている気がするが…やはり夢の中なのか、記憶は依然とハッキリしないままだ。正直言ってもどかしい。
そんな私を尻目に、銀髪の少女はどんどん奥へ進んでいき、作業をしているらしいワールドオーダーの人達(人と言っていいのかどうかわからないが)と親しげに会話をしている。少女は私に近くに来るようにと手招きをすると、ワールドオーダーに向かってひとつの質問を投げ掛けた。
「世界を検索して貰いたいのです。※※※で※※※の※※※な世界はいくつあるのです?」
ごく単純な質問だった。ワールドオーダーの頭上に文字とも記号ともつかぬ謎のモノが明暗を繰り返し、その答えを返す。
「その条件に合致する世界は2個あります」


…。
「魔女さん、着いたのですー」
ゆさゆさと小さな手で揺さぶられ、私は目を覚ました。眠気まなこをこすりゆっくりと頭を振りつつ周囲を見渡す。そこはいつも見慣れた空間…、ロストレイルの車内だった。
嗚呼、そう言えば私達は世界の果て、ワールドエンドステーションを目指していたんだっけ。どうやら私が眠っている間に目的地についたらしい、車掌が終点に着いた旨のアナウンスを流していた。
「さぁ魔女さん、急ぎましょうなのです」
私は銀髪の少女に手を引かれて、ロストレイルの外へ案内される。外には既に今回の旅に出発するにあたって選ばれた仲間達が全員揃っていた。
「おいおい、やっとお目覚めかよ。お前さんが寝ているの間に色々と大変だったんだぜ?」
「…全く。危機感がないんだか大物なんだか」
「ふふふ、ミス・ハピネスはねぼすけさんね。こんな楽しい旅の中でずっと居眠りだなんて、もったいないわ」
次々と仲間達の挨拶が私に向かって注がれる。全員、ターミナルでも見慣れた顔の面々だ。頭の中の記憶を遮るような変なモヤみたいなものはもう無い。仲間達の名前もハッキリと思い出せる。
嗚呼、ここは夢の中じゃなくて、現実ね。やっと目が覚めたのね、私。

私達はワールドエンドステーションに降り立った。私は未だ見ぬ未開の地に興奮し、心踊らされ……はしなかった。ワールドエンドステーションという場所も、ワールドオーダーという存在も、夢の中で見たものと全く同じだったのだ。仲間の皆が新たな世界との出会いに感動している中、私だけは素直に喜べなかった…。
それでも、幾つかは非常に興味深い話は聞ける事ができた。世界計の複製が世界を創造する…即ちここに来れば世界を創造する事ができる事、検索機能によって目当ての世界を探し出せる事、イグシストの紀元、そしてイグシストをここに連れて来ることが出来ればイグシストを消滅させる事ができる事、どれも世界図書館が欲してやまない貴重な情報ばかりだった。
…それでも私のこの苛立ちは収まる事はなかった。先程見たあの夢が頭の片隅のどこかで引っ掛かっていた。あの夢の中での出来事は何だったのか、私は無駄だと思いながらもその疑問をワールドオーダーにぶつけた。
「ちょっといいかしら?」
『はい』
「あなたは誰?」
『ワールドオーダーです』
「私は誰?」
『それはあなたにしかわかりません』
違う。私が聞きたいのはこんな事じゃない。軽く深呼吸して気持ちを落ち着かせると、今度こそ引き出したい疑問を投げ付けた。
「世界を検索して頂戴。※※※で※※※の※※※な世界はいくつあるの?」
『その条件に合致する世界は1個だけです』
まぁ、それはそうだ。こんな質問はここで聞くまでもない。長い事ロストナンバーをやっていれば誰でもわかる簡単な事だ。
「…私は、ここに来る前に『ここに来た時』の夢を見たわ。この夢には一体何の意味があるの?」
ワールドオーダーは答えなかった。…が、しばしの沈黙の後、今までの事務的な態度とは違った人間味溢れる言葉がワールドオーダーから返ってきた。
『その夢の中での出来事を理解する情報は、既にあなたの中に蓄積されている筈です。…旅を続けなさい。あなたがあなたであり続けたいのであれば』
[77] ロストレイルの車窓から ~明晰無~ その2

幸せの魔女(cyxm2318) 2014-02-14(金) 22:20
結局、その言葉の意味はわからなかった。帰りのロストレイルの中で窓の外を眺めながら思考を巡らせてみるも、わからない事だらけで私の心はディラックの空のようにどんよりと黒ずんでいる。仲間達は元の世界への帰属ができる可能性が見付かった事で大はしゃぎだが、相変わらず私は遠い目で憂鬱に浸ってばかりだった。元の世界への帰属を望もうにも、私はもう自分の元いた世界に未練は無い。だったら他の世界へ再帰属でも望んでみようかしら?インヤンガイならば多少の縁はある、少し頑張れば再帰属は難しくないだろう。壱番世界へも、私が0世界で経営しているゲームセンターの同業者であるマフィアさんを色仕掛けでもしてたらしこめば普通に可能だ。他にもヴォロスだって、ブルーインブルーだって…
…そこで私は考えるのをやめた。そんなのは私の求めている幸せじゃない。単に、自分は幸福者だと納得させているだけだ。その程度のちっぽけな幸せで満足してたら、あの世で再び会う約束をしている愛しのあの人に会わせる顔がない。ねぇ、そうでしょう?無名…いえ、情報屋さん?

もう疲れた。考えるのも何だか億劫になってきた。まるで200年以上は眠りについてたんじゃないかって位に体が重い。ターミナルに帰ったら軽く腹ごなしをしてお風呂に入って、それこらもう一眠りね。考えを纏めるのはそれからにしましょう。

ディラックの空を飛んでいる白い鳩のようなものを眺めながら、私は心地よいまどろみに身を委ねていた。
[78] あとがきみたいなもの

幸せの魔女(cyxm2318) 2014-02-14(金) 22:30
SSの中にどこがで見た事あるようなPCさんが多数登場しておりますが、PLさんには全く許可を頂いておりません。「勝手にうちの子を使わないで欲しい」等の苦情がありましたら遠慮なくメールでお知らせ下さい。内容を編集させて頂きますし、場合によっては投稿SSの削除も考えております。


リーリスさんへ

あの時に果たせなかった約束を、今果たしましょう。250年後のターミナルでお待ちしております。


エピローグシナリオ「遥か彼方の」担当WR様へ

これから一緒に今から一緒に(伏線回収を放棄した運営を)殴りに行こうか!(ヤーヤーヤー)
…本当に殴りに行く訳じゃ、ないですよ?

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[74] ロストレイルの車窓から~白昼夢~

ジューン(cbhx5705) 2014-02-13(木) 21:23
13号がワールズエンドステーションから帰還して6年後。
同居していた双子の妖精たちの世界がやっと見つかった。
2人をワールズエンドステーションで見送った帰り道、ロストレイルの窓からぼんやりとディラックの空を眺めていた。

再帰属の兆候は1年程度で消えてしまう。
私の再帰属の兆候も、残念ながら消えてしまった。
もう1度カンダータに縁を結ぶには、一体どうしたらよいものか。

私はモノだ。
主人を得て誠心誠意お仕えしたいという欲求がある。
セブンズゲートでは、私はセブンズゲートが自己所有する非常用備品だった。
平時にはナニーとしてコロニーの子供たちの養育を担当し、有事にはコロニーの非常電源及び補修機材としてコロニーに滞在する人類を守るのが私の使命だった。
モノとして所有され、人類を守る使命に従うことは誇らしかった。
それなのに。
同じようにカンダータ西戎軍第弐連隊の備品になりたいと願い出た私は、連隊長のグスタフ様から拒絶された。
私はあの時戦った皆様にお仕えしたいだけなのに。
このままでは新たな縁も結べそうにない。
「ムラタナご夫妻に、ご相談した方が良いのでしょうか…」
小さな子どもが何人も居るご夫妻の家でなら、私にもナニーとしての職があるだろう。
でも私は、カンダータを守る方々にお仕えしたいのだ。
人間のように私がため息をついた瞬間。
視界が急に砂嵐のように乱れた。

ノイズの中、いくつもの場面がシャボン玉のように浮かんでは消える。

再帰属を果たした私はその77年後に機能停止し、その直前に自分を分解してこの技術をカンダータに役立ててほしいと願い出ていた。

100年後、私はカンダータ製のアンドロイドとして大量生産され、カンダータ人類に仕えていた。

104年後、ギベオンでも同型機の生産が開始され、昼夜を問わない実験要員として研究者の活動を補い始めていた。

そして192年後、第3のイグシストがターミナルに襲来する。
それは嘗ての私が見知った人物を醜悪に模したような姿をしていた。
ロストナンバーでない私はトレインウォーに参加できず、戦闘に向かう方々を見送ることしか出来なかった。
イグシストウォーと呼ばれたそれはターミナルが半壊するほどの大戦争となり、第3のイグシストと共に世界樹も倒れ、チャイ=ブレの活動が活発化することになった。

壱番世界や他の世界群を守るため、ロストナンバーの活動も活発化する…。

集められる竜刻
界牌
飛躍的に拡大していくギベオンの研究施設群
呼応するようにカンダータの技術レベルも上がっていく。

そしてチャイ=ブレがターミナルから引き剥がされ、ゆっくりとワールズエンドステーションへの移動を開始する。

それなのにイグシストの危機はなくならない。
イグジストもロストナンバーも生まれ続け、新たな世界の危機が芽吹き続ける。

とっくにカンダータも零世界も壱番世界もない。
世界としての終焉を迎えている。
世界内の一要因でしかない私は、もっとずっと前に消えてなくなっている。

(いつまで…どこまで続くのですか!?何故こんなことに!?)
どんどんスピードを上げて流れ続ける景色に、思わず悲鳴のような思考を浮かべた時。

(機械が見る白昼夢に興味があったって言ったら納得する?)
酷く面白がっているような声が響いた。

私はさっきと同じ姿勢のまま、ディラックの海を眺めていた。
ロストレイルはターミナルを目指して走り続けている。

獲物を見つけた蛇のような、悪意の滴る笑い声が響く。
(イグシストになって、必ず戻る…そうクゥに伝えておいて。大きくなって、世界を喰い尽くしに必ず戻るって。あはははははははは)
耳障りな笑い声と共に、白い鳩の幻影が浮かんで消えた。
[75] 妄言入り追記

ジューン(cbhx5705) 2014-02-13(木) 21:40
リーリス様からイグシストウォーのお誘いをいただきましたので、お知らせを兼ねて。
「250年にチャイ=ブレ戦争なら、その前の198年辺りが良いかな?首を獲りに来てくれるPCさんが居ると良いな♪」
とのことでした。
私の再帰属(帰還後6年)から192年後で、帰還暦なら198年後のつもりで書いてあります。

一度ロストナンバーになったPCは以後2度とロストナンバーになれないそうなので、複製体の私も本来ならトレインウォーに参加できません。
お祭り企画?ということで、エピシナの年表には198年後、複製体がイグシストウォー参加と書こうかと考えています。

ジューンプロトタイプは帰還暦85年まで、複製体は複数が帰還暦250年+αまで活動予定です。
リーリス様だけでなく、他のPC様ともお話しする機会があればうれしいです。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[73] 道化師の朝(もしくは、つくり方)
マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431) 2014-02-07(金) 22:07

道化師の朝は早い。


日に焼けた畳の色も黄金に変り久しい八畳間。その和式で無機質な風景に相容れず
置かれる家財品は、飴玉色の玩具、上質な工芸細工、はては縫いぐるみなど
妙にメルヘンな要素を色取り醸す。

その中で唯一生活感のあり、かつ生活用具である
敷布だけの煎餅布団。

白いそこに半裸で転がるのが、この部屋の住人である。


一張羅の派手なシャツは、脱いで丸めて畳んである。
外した装飾品を周りに散乱させ、
疲れた身体をそのまま倒れ臥し、阿呆面で爆睡している。

普段の道化師を見ている者からすれば
いかにもそこにいる男は、明灰色に染められた長目の髪を除けば、
アイディンティティーを失ったぬけがらであったが、

季節の境界、涼しさと温もりを共有する午後の心地よい日射しを模し続けるこのチェンバー、
ただ一人と、外の公園の野良猫だけが住む昭和式古アパートでは気に留む必要もないことである。


窓の大樹の木葉が揺る音。


銀の双眸が現世の灯を捉える。

年号一つ前分の時を使い均されたであろう風情を漂わす、万年床から、細身の身体が起上がる。

掌に力を入れると、体温ですっかり温った冷たい硬質の感覚が跳ね返る。
武骨な、懐中時計だ。耳を当てれば心臓の鼓動、静かな部屋に心地良い音がする。 その普通の人が見れば執拗に、職人が見れば感心するほど手入れされた
鋼の輝きを満足げに眺めると、 柔い光を照り返す肌に触れ、螺子を巻く。
「おはよ~パヴロくん」
この世界の一人目の「家族」への挨拶、今日一日の始まりの日課だ。

純和室の一間に近代式の水場が隣接した部屋に、薄ら暖かい暗がりが包んでいる。
朦朧とした意識を錆が浮くステンレスの流台に連れて行き、
年式の古い冷蔵庫を開くと、濃厚な甘い香りと共に、現われるのは いっぱいの色彩および量が詰込まれた華美なデコレーションにまみれたまんじゅう。
普通の人間なら手にするのもドン引くような甘ったるいそれを、至高の美味であるように嬉しそうにほおばり
その次は蛇口に口をつけ、普通の人間ならなんでも感じないような水道水を美味しそうに飲んだ。


睡眠により整理された頭を甘さで覚醒させると、
(今日もまたチケットとってあの街に行って、司書さんに出す申請書まとめて、今度の依頼に備えて報告書読込んで、
おさかなさんのところに修行にもいかなくちゃ)
覚醒した当初から住続けている
この部屋には、今日も寝に帰ってきたようなものだ。

しかし目には疲労でなく、爛々とした輝が留っていた。


立ちあがると、肩にはと丸がぴょこんと飛び乗ったのを頬でふれて確認すると、
先刻のまんじゅうを少し分け、一番甘さと装飾のドギツい部分(本人曰く「一番いい所」)を差し与える。
それをまたうけ取った飴玉色のデフォルトセクタンは、穏やかな聖像のような笑みで、おいしそうにほおばった。

振り返れば、八畳間が見える。
枯草色の空間に、さまざまな色を発つ、手に入れた財産たちが、それぞれの居場所で鎮座している。


薄暗い灯り、このだだ広い部屋に、 初めて来たばかりの頃、なにも考えないでいることが、一人唯一の休む場所だった。
人と顔を会わさぬ日は、ただ何時間も座り続けていたこともあった。


今は、大切な物も増えた。
空っぽだったこの中も随分賑やかになったものだ。




僕は道化師、みんなはお客さんなのだよ。
 演者は舞台の上のみの存在でなくてはならない。
幕が引かれれば朽ちるに向かうための命、時計仕掛けの幻想に、
守るものがあってはならない。求めることがあってはならない。
虚構の物語、花やかな演出の裏にある奈落を見せてはならない。

信頼してはいけないし、信頼されてはいけない。
そう思っていた。


嘘をつくのは得意だ。虚に踊るのは自分の業だ。
錆びたこの身が偽りの訪れを露呈する日まで、

明日を知らない祭りのように
今の楽しみを騒ぎ、享楽の仲間に浸り、
笑顔の共有の真似をすることを、

いつしか心のうちから楽しんでいた。


思い起こせば、笑顔にするのが仕事と言っている癖に、
困惑させたり、怒らせてしまったばかりのことが多いように思う。
それでも空(カラ)の魂と、犠牲になる為の身なら、かまわないとおもっていた。
だけど、

心から思うことで救われる力があると知った。
人のために、届かねばならない言葉があると、
信じてもらわなきゃいけないことがあると知った。

楽しかったと、礼を言ってもいいのだろうか。
さまざまなものを与え合った、先行の幸せを願う者たちを
友達と、呼んでもいいのだろうか。




水で洗い、濯いだ顔を、びしょぬれのまま掌で拭う。ぜいたくを忘れる癖がまだ抜けない。
弱光の部屋に浮く、己の白い手を眺める。何も持たない身とはもう言えない、ただ気付いたことは、傷付き迷いを重ね、考えれば考えるほど答えはシンプルになっていくと言うことだ。

床に丸められた道化師のシャツ。
腰を屈がめ、手を伸ばせば、もそりと蠢く。よくみれば、極彩の布地の保護色に紛れるように、はと丸が
いつのまにか待っていたように、ちょこりと座っている。

その頭を、優しく撫でた。
わしりと手の平で包み、微笑む。



望んだ訳ではなかった。 決して。
想像さえしなかったものが、あちらからやってきた。



それでも、小さく揺れる魂を、明日の風が望むのなら。

「…化えてしまうのなら、正しいことをするまでだ」

それは、旅人のパスケースによって翻訳された、
壱番の者がそのまま聞けば、聞得難い訛りに満ちた、男の地声。



低いそれを打ち消すように、大手のシャツの翻く音が響く。

重ね着を羽織れば、奇術の仕組が詰込まれた懐の内を調え、装飾品を身に付ける。

結んだ髪を掻き上げれば、どこからか、はと丸が丸眼鏡を射し出す。それを手で受取り、瞳へと当て



「みんなの街の夜明けの地平におはようモーニングスター☆変化・登場!道化師☆マッスーさーん!」



満面の笑、
丸眼鏡を ウルトラセ○ンのように片手で掲げ、気障なポーズを三段階変化させて
そこには畳の上で踊るアホの姿が!

それにしてもこの道化師、ノリノリである。


孤独な部屋で行われる、突飛な動作にホコリが舞い上がり、
陰を温色に染める柔かな陽に照らされている。


身に付けた装備や装飾をジャラジャラ鳴らし動き回るだけで五月蝿い人間ドロップ缶がだだ広い八畳間を駆け回る。
「いってきますなのね~」
部屋の「家族」達に一通り挨拶を終え 車輪付きトランクに機敏に荷造りを済ますと、

耀くパヴロくんを手に、黄金の鎖の先のはと丸ロケットを大切そうに握り、その左胸の懐にしまう。



水道、戸締まりを確認すると(ガスはない)
玄関の靴を履き、鉄色のノブを握れば大げさながら軽い音を立てて開く、錆びついた扉から身を発ち飛び出した。


「ん~」
射す日差しに背伸びをすると、公園のチェンバー全体にごう、と風が吹いた。
三階の階段を駆け下りると、赤タイルに白い壁、おとぎじみた古アパートを背に
木漏れ日に包まれた公園広場が広がっている。

手にした荷物を引き摺って、 ちらちら光る地面を踏みしめ出口に向って歩き出す。

今日も猫は姿を見せない。たまに会えば差し出した手を引っ掻いて去っていく。
もっとも、伸ばした手を素直に受取るような相手なら、始めから追掛けたりしていなかったかもしれなかった。

取り出したギアから飴を前に打ち出すと、空に放り出されたそれに向かって駆けて口でキャッチした。こういう遊びは昔から得意だ。
ぐるりと回り遠心力で二重円のダンスを描く、荷物の重みで重力を破り、もつれた足をステップに化え、
吹く風に身体を加速させ、街へ踊り出す。


特別だなんて思わない。
選ばれた人間だなんて思わない。
みんな同じだと思う。 だからボクはやるんだ。
笑ってみせることなら、アホにもできる。

ただ、自分ができることがある。
そして自分にはそれができる、だから決めた。



さあ、今日も、スキなものを好きだと言って、素敵なものを守りにいって、
気に喰わないものにはケンカを売らなくちゃ。
「やるならやってやんのね運命が笑顔の邪魔をするなら神も相手にして惚れさすだけなのね!飴は舐めてもなめんなのね伊達や酔狂で道化師やってねーのねケーキ食らわば周りの紙もなのねにょほほほほ—っ!」

自分がやらなければならないことが、世界には星の数ほどある。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[71] 長女の懊悩
金町 洋(csvy9267) 2014-02-01(土) 22:45
玄関ドアの前に立つ。山間から走り去るロストレイルと、先ほど別れた同行者達ーー正確にはそのうちの一名ーーの顔を思い浮かべて頭を数度振る。
切り替えなきゃ。

ドアノブを掴むと同時に声を張った。


「たーだいまー!!!」

リビングからは妹の瑤子の声がする。テレビを付けているところからすると洗濯物の片付け中か。
「おかえりー......ってうわ、酒くさ!
おねぇ、今日飲み会だったっけ?」

ソファの上に、乾燥機から出されて暫く経った洗濯物たち。また昼間に干さないで無精して。
でも冬だしね、寒いよね洗濯物。柔軟剤の香りと柔らかそうなタオルについ顔を埋めながら妹に擦りよる。


「んー?いや、合コンー。」
「まだ行くことあったの?院生にもなってなにしてんのー。おとーさん呆れるよ?」
タオルに乗るあたしを押し返しながら、テレビからは目を離さず器用に畳み続ける。なんだか最近妹はクールだ。お父さんに似てきたと思う。

「いや、今日のは人数合わせだったの!合コンとか興味有る?!って困ってた青年に力をかしてあげたの!人数合わせだったんだってー困ってるひとには親切にするのが仁義ってもんでしょーもー」
我ながらグダグダな台詞だ。ところが瑤子はそこで初めて手を止めて、こちらを見てきた。


「......おねぇ。」


何かあったでしょ。


視線でそんな事を伝えてくるなんて。わが妹ながら恐ろしい奴。
「............かあわいいなあーそんなにおねーさまの異変に気づけるなんてなんて出来たいもーとなのー!んーもーよーちゃん好きよー」

「ちょっ、ちょっと洗濯物乗らないで!!
あとお酒臭い!そんなになるほど飲むなんておかしーじゃんお父さんじゃあるまいし!」


「うへへへー」
こうなったら誤魔化すに限る。手が止まったのをいいことに妹との間にそびえるタオルの壁ごと倒れ込む。いい匂い。瑤子もお母さんと似た匂いがする。

「ね、ちょっとほんとどいてってば!
......本当にどしたの?何かあったんじゃないの?」


「それがさー、どーしてそーなったのかわっかんないんだよねー!」
ほんとに飲みすぎた。あの後ダンスする気恥ずかしさやらでけっこう強そうなカクテルを飲んで勢いつけたのが悪かったか。頭がふわふわする。舌先と頬に熱が乗る。瑤子の髪の毛が冷たくて気持ちいい。

「......また失敗しちゃったとか?気になった人いたのに盛り上げ役に徹したとか?こないだ面と向かってオンナっていうか新しい動物みたいって言われたのとおんなじ目にあったとか?」

「......」
黙ってのし掛からせてはくれない。的確にこっちが反論したくなるネタを盛り込むあたり賢しい。
でも、反論が思いつかない。

「ちょ......黙んないでよ、おねぇらしくもない。」
声に少しだけ心配する気配が混ざる。
あ、だめ。そうじゃない、心配かけたい訳じゃない。ただ甘えさせてくれればいい。
でも、あのことを言葉にするのがとにかく、恥ずかしい。

「...された」

「は?」
ようやく絞り出した言葉は酒がらみの喉でかすれてしまう。ああこんなの自分で言えない。でも言うしかない。

「告白、らしきことを、された。」
絞り出す。言葉にすると、あの時の事が一気に思い出される。

「............」

「......」
沈黙。首が熱い。

「良かったじゃん。で、返事は」

「ちょっと?!なんかクール!よーちゃんクールじゃない?!ここは女子らしくキャーキャーといろいろ根ほり葉ほり聞いてあたしのこの混乱した心境誤魔化すのに一役かってくれてもよくない?!」
期待していた掛け合いではなくさっぱりと結果を出したか聞かれて狼狽える。勢いよく半身を妹から引き剥がしたもんだから、タオルの壁はあえなく崩れた。

「おねぇ心の声ダダ漏れ!やだよそんなのめんどくさい。おねぇってば自分ごとに関してはほんとダメじゃん!んであたしにグチグチいうじゃん!」
容赦のない言葉は全部事実だ。お節介好きで話し好きのあたしを相談相手にしている妹は、あたしの相談相手でもあるのだ。

「ぅぅ一ミリも言い返せない。でもさぁ、一緒にいた子たちもめっちゃ雰囲気良かったんだよ?あたしなんてまただんそ......じ、ジーンズにブーツで参加だったし。」
「いや服装関係ないじゃん、ていうか!その人に聞いてみたらいい話じゃんどうして自分なのかって。」

正論すぎてもう言葉もない。頭が只でさえ回ってないのに勘弁してほしい。
「ぇぇぇ......でもさぁ......」

「あーもー!人の恋愛ごとにはどんどんいうじゃん!でも自分になるとダメじゃん!そーゆー時のおねぇは卑屈でヤダ。はい、話はお終い!お洗濯畳むのもお終い!!いつもあたしには言うじゃん、『大事なことは言わなきゃわかんない』って!もー自分もそうしなよ!!」

一息にまくしたてながら立ち上がった瑤子が、頭にバスタオルを押しつけてくる。

あたしは動けない。
痛いところを突かれて。
タオルの香りに眠気を誘われて。
あの時の言葉の、本当の意味が解らなくて。


考えさせて下さいと言った。
まだ答えは見えない。けど

「瑤子!」
リビングから出て行こうとする妹にありがと、と声をかける。瑤子は手をひらひらさせながら、タオル宜しくと呟いて出て行った。

ソファに横になる。タオルが下敷きになってグラグラする。
トラベラーズノートを取り出す。指先があったかくてフラフラとペンが揺れる。

そうだ。
まだ何も話せてないや。
あたしは聞きたい。

上手く聞けるかも判らない。
上手くできるかもわからない。けど

ページに現れた宛先へ向けて、メッセージを綴り始める。

どうしてか聞いてみよう。
あたしのことも、聞いてもらえたらいいけど、先ずは

嬉しかったってこと、伝えよう。
[72] 後日談

金町 洋(csvy9267) 2014-02-01(土) 22:50
ノベル
【Crystal Palace Mystery Night】探偵都市トキオ 〜鹿鳴館戀模様〜

帰宅後の様子。参加が遅くなりご心配をかけました。

ご一緒の皆様、神無月WR様ありがとうございました、楽しかったです。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[69] 記憶の末
せつない
シュマイト・ハーケズヤ(cute5512) 2014-01-21(火) 00:38
 ロストレイルのコンバートメントに席を取り、先に口を開いたのは優だった。
「シュマイトさんと依頼で出かけるの、初めてだよな」
「ん、そうだったか?」
「遊びに行った事は何度かあったけどさ、普通の依頼で一緒に行った事はなかったよ」
「言われてみれば、そうか」
 シュマイトは懐かしむように目を細めた。
「キミとは共にいる時間が多かったからな。そんな感覚はなかった」
「そうかもな」
 最近はなんとなしに疎遠になってしまっているが、以前は毎週のように顔を合わせていた仲だ。
「今回も遊びには入るのかも知れんが」
 パンフレットをちらりと見てシュマイトはため息をついた。
 「凶宅(シォンザイ)」劇場に現れる暴霊を倒す事が今回の依頼である。凶宅とは過去に殺人や自殺が起きた家の意で、そうした劇を専門に興行しているらしい。今の演目は、別れ話がこじれて相手の女を殺してしまった男の話。殺された女は暴霊と化して男を取り殺すという陰惨な展開だ。趣味の悪い事にこの演目は、インヤンガイで過去実際にあった事件を元にしているという。現れる暴霊は、死後も争い続けるかつての恋人同士らしい。
 二人にはロストレイルのチケットと一緒に劇場の入場券も渡されていた。
「趣味の悪い見世物だ」
「俺もあんまり好きなジャンルじゃないよ」
 優は苦笑した。それでもこの依頼を受けたのは、恋人との別れという状況に心をかき乱されるものがあったからか。
 同じパンフレットで屋内の地図と展示の内容に目を通しておく。それとは別に頭の中で考えを反芻する。
 優は一つ、この依頼のうちにシュマイトに聞こうと思っている事があった。

 毒々しい絵柄の大看板に何本も立つのぼり。切符売場にも入場口にも長い列。屋台も出ており、凶宅劇場の周りは人であふれ返っていた。優たちの好みと違って随分と人気があるらしい。それは暴霊が現れれば多くの被害が出うる事も意味する。
 まだ暴霊は出ていないらしい事を確認してから二人は入場口の最後尾へと並んだ。シュマイトがふとつぶやく。
「この人出――、遊園地を思い出すな」
 今までおそらく意図的に避けていたのだろう話題。優は身を固くしながら「うん」とだけ短く答えた。
 昔、優とシュマイトは数人の友人と共に壱番世界の遊園地ヘ行った。「昔」という単語を使うのがふさわしいほど、あの日遊園地へ行ったメンバーの現状は様変わりしている。居場所が変わり、立場が変わった。
「すまん。やはり適切な話題ではなかった」
「いいよ」
「よくはなかろう」
「本当に平気だから」
「……キミは強いな。わたしは平気ではない」
「シュマイトさん?」
 低く吐き出された声は、どこか弱々しいように優には感じられた。
「『あの頃は良かった』などというのは老人の物言いと思っていたが、今は時おり、そう感じてしまう。キミといればなおさらだ」
「シュマイトさんの作ったチェンバーってさ」
 聞くのなら、この話題が出た今しかない。
「学校の形にしたんだよな? それってやっぱり、あそこがイメージなのか?」
 二人で、それ以上の人数で共に過ごした学校型チェンバーを優は思い出す。
「ああ。だが、なかなかうまくはいかんものだよ。やはり彼女でなくてはできない事のようだ」
「シュマイトさんはシュマイトさんなんだから、同じようにする必要なんてないよ」
「そういう問題ではない」
 シュマイトの声がひどく苦そうに変わった。
「彼女と違うわたしの方法で効果が出るならそれでも良かろう。だが、わたしの方法では効果は出なかった。だからわたしは、あの頃は良かったなどと思ってしまう」
「ごめん、適当なこと言っちゃって」
「ああ、いや、キミには責のない事だ。わたしこそ、当り散らしてしまって申し訳ない」
 互いに言葉を続けられず、二人は押し黙る。遊園地に行った時は待ち時間さえも楽しいおしゃべりの時間だったと言うのに。
 行列はなかなか進まなかった。シュマイトが手持ち無沙汰そうに懐中時計を取り出して眺めた。
「開場の時刻はもう過ぎているはずだがな」
 優は嫌な予感を覚えた。
「これって、もしかしてさ。中が開場できない状態だからじゃないか?」
 シュマイトもはっとした顔になる。
「行こう!」
 優は行列から抜けた。車内で見た屋内見取り図を思い出しながら職員用の裏口に向かって走る。
 裏口のドアノブを引く。動かない。鍵がかかっているようだ。
 優はギアの剣で一撃し屋内に飛び込む。
 スタッフらしい数人の男が一斉に振り向き優を見てきた。
「なんだお前ら!」
 良かった。まだ生きている。
 かすかに安堵を覚えた優は、しかしその奥の光景を目にして凍りつく。
 全身に怪我を負って床に倒れ伏す一組の男女とその上に浮かぶ二つの灰色の影。影同士は激しくぶつかり合い、耳障りな音を立てている。
「あれか」
 背後からシュマイトの声がした。
「シュマイトさん、援護頼む」
 言い置いて優は剣を構え直した。そこから一気に斬り込む。防御はデフォルトフォームのタイムに任せの捨て身。今回は敵が2体いるがセクタンの護りは1回しか使えない。彼らがこちらに気づく前に倒すのが最適解だろう。
 剣を振り挙げたタイミングで二つの影が優を目がけて飛んできた。一つは優の横をすり抜けたが、もう一つの影は優の胸に直撃する。
 痛みはなかった。代わりに足元にタイムがぐったりとした様子で寝転がる。
 ここまでは計算通り。だがもう一つは?
 振り向いた優にシュマイトが拳銃を向けていた。その身の周りを影が漂っている。
『もう戻れない』
 小さな唇から聞こえたのはシュマイトのものとは違う甲高い声。
 足元から冷たい感触が這い上がってきた。タイムから影が流れ出している。
 優は迷わず右足ごと影を剣で突き刺した。
 屈んだ優の頭上を発砲音が通りすぎてゆく。
「シュマイトさん!」
 左足だけを使って優はシュマイトに飛びかかった。シュマイトの身体能力では反応が追いつかなかったのか、銃口は今の位置の優を捉えていない。
 シュマイトの体にまとわりついていた影に紙一重の差で剣を突き出す。影が飛び散り、シュマイトががくりと床に崩折れた。
 右足の激痛をこらえながら左足で立ち上がる。剣はまだ手放さない。
「……ありがとう」
 小柄な体躯に似合わない低めの声はシュマイトのものだった。

 影の下にいた男女は、お互いに大怪我を負ってはいるが命は取り留めていたようだった。スタッフによると二人は芝居の主役だったらしい。
 公演の中止を確認した優とシュマイトは、足の応急手当を済ませてインヤンガイを後にした。
「キミは暴霊の声を聞いたか?」
 コンバートメントに座り、今度はシュマイトが先に口を開く。
「俺はタイムが護ってくれたから。でもシュマイトさんが言ってた言葉は聞こえたぜ。『もう戻れない』って聞こえた」
 死後に他人の体を奪ってまで争う仲になってしまった彼らは、確かにもう戻れない状態にあった。
 戻れないのは自分たちも同じだ。覚醒前にも、チェンバーで共に過ごした頃にも、どれほど望んでももう戻れない。その間には多くの事が起こりすぎた。
 だから進めばいい、と彼女なら言うかもしれない。
「彼女なら、戻れなければ進めばいい、とでも言うだろうな」
 シュマイトも同じように考えていたらしい。
「戻れなければ止まるか進むしかない。止まる事さえ許されなければ進むしかない。実に論理的だ」
 普段「論理的」という言葉を口にする時のシュマイトは誇らしげな表情をしていた。しかし今はひどく暗い目をしている。
「なぜわたしは論理的になれないのか」
「俺も、論理的にはなれてないかもな」
 本当は「なぜ」じゃないんだろうな、と思いながら、優は別の言葉を返した。
「難しいものだ」
「うん」
 にぎやかにしゃべっていた頃とは違う会話だった。それでも、言葉を交わせるだけの絆は、まだ二人の間に残っていた。
 俺たちは暴霊じゃない。戻れないなら進もう。
 優は先ほどの思いをもう一度、心に据えた。
[70] 謝辞
ははは
シュマイト・ハーケズヤ(cute5512) 2014-01-21(火) 00:39
相沢優さん、ご出演ありがとうございました。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[67] ゼンマイと木炭
うむ
シュマイト・ハーケズヤ(cute5512) 2013-11-05(火) 00:04
 ロストレイルからミスタ・テスラに降り立ち、シュマイトは身を震わせた。吐く息は白い。
「温度センサー、10℃ヲ確認。寒イノ?」
 幽太郎が心配そうに聞く。
「ああ。この世界も冬を迎えているのだな」
 冷えた空気を覆う曇天に目をやったシュマイトに、幽太郎は努めて明るく言った。
「モウスグ、コノ世界ノロボットサンニ会エルンダヨネ。楽シミダナア」
「ここでの呼び方は『オートマタ』だ」
「ア、ゴメンネ。ロボットッテイウ呼ビ方ガ慣レテルカラ、ツイ。ソレニ、ホカノロボットノ人ニ会エルノガ嬉シクテ。世界群ッテ機械技術ノアル世界バカリジャナイカラ」
 ヴォロスとモフトピアは機械類に無縁。ブルーインブルーは一応存在するが遺跡の範囲で、下手をすれば機械海魔扱いされる。残るはインヤンガイだが、サイバー技術に比べると遅れを取る。ロボットのいる世界は少ないらしい、と幽太郎は常々感じていた。
  元の世界を考えるに、ロボットの多い世界が幸せな世界とは限らないが、自分が異分子だと強調されているようで、幽太郎は時おり、居心地の悪い思いをする。
「デモ、オートマタサンニロボットッテ言ッタラ、キット怒ラレチャウヨネ。気ヲツケルヨ」
「そうだな。『彼女』への接触に失敗したら、今回の仕事は難航する」
 二人はこれから、アリソフというオートマタの少女に探しに行く予定になっている。
  ただし目的はアリソフではない。アリソフに耽溺し、彼女以外のためにゼンマイを作らなくなってしまったゼンマイ職人のスティーロを工房に連れ戻してほしい、というのが今回の依頼である。スティーロはアリソフ以外が家に入らないよう厳重な警備を敷いており、過去に連れ戻しに行った者は入口すら見つけられなかったらしい。
「そうは言っても、だ」
 シュマイトは幽太郎と作戦の確認をする。
「スティーロ自身は普通の人間に過ぎない。食事を摂らなくては生きていけない。それにアリソフに何か作ってやるにも素材を調達せねばならん」
「アリソフサンガ買イ物ニ来タトコロデ接触スレバイインダヨネ」
 そこまでの流れには問題はない。アリソフをどう説得するかは、それぞれに考えてはあるが、不確定な要素が多いので本人に会ってからの判断としている。
「デモ、チョット変ジャナイカナ」
「何が?」
「スティーロサンハアリソフサンガスゴク大事ナンダヨネ? アリソフサンヲ外ニヒトリデ行カセテモ平気ナノカナ?」
「まあ、な」
 シュマイトは歯切れ悪く、
「ただ、スティーロ本人が外で一切目撃されていない以上、アリソフが買い出しに来ているのではないか、という選択肢しか残らない。スティーロが話にしていただけで、実際のアリソフの顔は知られていないのだから」
「ソウカモシレナイケド……」
 幽太郎としても、違和感の正体がはっきりと見えているわけではない。話しながら歩いているうちに目的に市場に着いたので、それは後回しにする事にした。
「さっそくで済まないが、頼む」
「ウン」
 幽太郎はサーチに意識を集中する。雑踏の中からたった一人、あるいはそこにいないかもしれないオートマタを探す方法として、二人は幽太郎のサーチを選んだ。
「オートマタノ識別パターンニ該当ナシ。今ハイナイノカナ」
「そうかね。どうする? 他の市場に行ってみるか、それともここでもう少し粘るか」
「別ノトコロ、行ッテミヨウカ。 デモソノ前ニ」
 幽太郎はおずおずと付け加える。
「エネルギー補給シテオキタイナ。ロストレイルニ乗ル前ニゴハン食ベルタイミングガナクテ」
「食事か? それは構わんが、キミのエネルギーになるものはこの世界にあるのか?」
「石油……ハ普及シテイナインダヨネ。純度ガ低イカラ効率ハ悪イケド、石炭カ木炭ナラ食ベラレルヨ」
「木炭なら市場で売っていそうだな」
「アソコノオ店」
 そう言って幽太郎は、炭火焼の肉を売る屋台を指し示した。
「熱源ニヨリ、稼働用エネルギー摂取プログラムノ活性化ヲ確認」
「それがキミの『食欲』というわけかね。面白い。だが、木炭なら木炭の店の方が良いだろう」
 それはもちろんそうだ。だが今の幽太郎には別の意図がある。
「同ジオ店デゴハン買ウノ、ヤッテミタクテ」
「そうか……。そうだな、少し目立つだろうが、一緒に食うか」
「ウン!」
「そこの大きいお兄さん、一つどうだい? 熱々だよ」
 幽太郎の視線に気づいたのか、肉屋が声をかけてきた。旅人の外套の効果で、幽太郎は「体が大きい」とだけ認識されているらしい。
「アノ、ボク、オ肉食ベラレナイノ。ゴメンナサイ」
「肉を一つ。彼には木炭をやってくれ」
 シュマイトが平然とした顔で注文を出した。
「妹さん、冗談が過ぎるよ」
「妹ではない。わたしの方が年上だ」
 笑いながら返した肉屋に、シュマイトがむっとしたように言った。
「木炭モラッテモイイデスカ?」
「面白いねえ、あんたたち。タダでいいよ」
 肉屋は真っ赤におこった炭をトングで差し出した。冗談に悪乗りして見せたのだろう。
「イタダキマス」
 ぱくり、と幽太郎は炭をくわえこんだ。しゃりしゃりとした噛み心地を味わってから飲み込む。じわりと温かい。
「ゴチソウサマデシタ」
  肉屋は目を丸くしていた。
「すごいな、お兄さん!」
 肉屋が「火喰い男」と言い始めた。周囲の視線が幽太郎に集まってくる。あっという間に二人は観客に囲まれてしまった。
「ア……、ヤッパリダメダッタカナ」
 きょときょとと周りを見回し、幽太郎はつぶやいた。その首の動きが途中で止まる。
「パターン一致ヲ確認。オートマタノ人ガアッチニイルヨ!」
「幽太郎、わたしを乗せて跳べるかね?」
「ダイジョウブ。デモソノ前ニオ客サンヲナントカシナイト」
「キミまで芸人の気分になってどうする」
 シュマイトはギアの拳銃を取り出し、上に空砲を撃った。
「お集まりの諸君。我らは近日当地に参る予定のサーカスの一員だ。彼は火喰い、怪力、軽業、なんでもこなす当一座の花形。本日は大跳躍をお見せして幕とするが、巡業の際はぜひとも来られたい」
 拍手が巻き起こる中、幽太郎はシュマイトを抱えてオートマタの反応をめがけて「大跳躍」をする。オートマタはにぎわいに背を向け、市場の外へ向かっていた。幽太郎が着地をすると、見守っていた観客たちは再び拍手をし、徐々に散って行った。
「シュマイトモ、チョット楽シソウダッタネ」
「人前で話すのは慣れているのでな。それより、オートマタは?」
「アノ人」
 暗い色のフードをかぶった後ろ姿に二人は駆け寄った。
「失礼、キミはオートマタのアリソフ嬢ではないかね」
 シュマイトの問いに相手は何も答えず、二人の存在すら無視して歩み去ろうとした。
「ボクタチ、スティーロサンニ会イタインデス。ボク、好キナ人ト一緒ニイル時間ッテスゴク大切ダケド、ソレダケジャ何カ足リナイヨウナ気ガシテ」
 幽太郎が重ねて言うと、相手は振り向き、幽太郎に金色の瞳を向けた。黒髪に白い肌つやの映える少女だった。
「それだけで充分じゃない」
 やっと発された声には、甘えるような、それでいて否定を許さない傲然とした響きがあった。
「スティーロは私のためにゼンマイを巻いていれば良いの。スティーロは私のお人形よ」
 幽太郎は自分たちの思い違いに気づいた。
  スティーロは確かにアリソフに溺れていた。ただそれは、予想をはるかに超える度合いだった。アリソフが主導権を完全に握るほどに。閉じ込められていたのも、アリソフではなくスティーロの方だ。
「どうせあなたたちもスティーロを連れに来たんでしょう? そういう人たちが来ているのは知っているわ。良いわよ、一緒に来ても。どうせ説得なんてできないんだから」
 アリソフは二人に微笑んで見せた。

 スティーロの家は市場から少し離れた町はずれにあった。高い煉瓦の塀に囲まれている。アリソフは鎖が厳重に巻かれた門の前を通り過ぎて裏手に回ると、塀の煉瓦を複雑なパターンで順に押した。壁が振動し、扉のように開く。
 荒れ放題の庭を抜け、アリソフは玄関を開けた。
「スティーロ」
 アリソフがそう声を挙げると、やせぎすな中年男が階段を駆け下りてきた。
「おかえり、アリソフ!」
 それから後ろの二人に目を止める。口調が一転して冷え込んだ。
「用件は分かっている。帰れ。俺は工房へは戻らない」
「アナタノゼンマイヲ必要トシテイル人タチガイルンデス」
「何のために必要か、まで聞いているか?」
「アリソフサンミタイナオートマタノ人……ジャナインデスカ?」
「違う」
 アリソフ以外のゼンマイを扱わなくなったと聞いていたのでそう思っていたが、スティーロはそれを否定した。
「爆弾にゼンマイ動力を付けて、狙ったところに忍び込ませて爆発させる。工房はそのために新式のゼンマイがほしいんだとさ。だから俺は引き受けなかった。俺はアリソフと平和に暮らしたいだけなんだ」
「兵器ノタメ?」
 幽太郎の胸に痛みが走る。自分もかつてはそうだったから。
「幽太郎、帰るぞ」
 シュマイトが言った。
「エ、デモマダオ仕事ガ……」
「キミはこのままで仕事を完遂したいか?」
 シュマイトは幽太郎に問う。
「スティーロの話を工房その他に再確認する必要がある。もし事実であれば、最初から受けなかった依頼だ。わたしは降りる。自分の作ったものをそんな風に扱われたくはない」
「……ソウダネ」
 幽太郎もしっかりとうなずく。
「オ話ヲ確認シテカラニスル。本当ダッタラ爆弾サンタチガカワイソウ。ソレニ、隠シ事ノアル依頼ナンテサレタラ困ルモン」
「ずいぶんとあっさりと信じてくれるんだな」
 スティーロは返って戸惑った様子だった。
「わたしにも彼にも、思い入れのある問題なのでね」
「帰るなら帰ってくれる? 早くスティーロと二人になりたいわ」
 アリソフの声からは、かすかに険が取れていた。

 二人はアリソフの先導を受けてスティーロの家を出た。
「ネエ、シュマイト。ターミナルニ帰ル前ニ、チョットダケ時間イイカナ?」
「何かあるのか? そう言えばキミはオートマタに会うのが目的だったか。アリソフとはあまり話ができなかったな。戻るか?」
「ソッチジャナクテ、サッキノ続キ」
「続き?」
 シュマイトは首をかしげる。
「同ジオ店デ、ゴハン。サッキシュマイト、オ肉食ベラレナカッタデショ?」
「ああ、そうだったね。あの炭火焼の屋台で良いか?」
「ウン!」

 後日、図書館から二人へ、この一件について取り消しの連絡が入った。スティーロの主張が正しかったらしい。その時、幽太郎とシュマイトは、重工場でタイ焼きの型に高純度エネルギー体をゲル状にして流し込む実験をしていたのだが、それはまた別の話。
[68] 謝辞
ははは
シュマイト・ハーケズヤ(cute5512) 2013-11-05(火) 00:05
幽太郎さん、ご出演ありがとうございました。
最初は工場でタイ焼きを作る話を考えていたのですが、気が変わってこんな話になりました。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[65] 初心者大歓迎! 誰にでもできる簡単なお仕事です!
ふふん♪
ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2013-10-09(水) 23:21
「ロストナンバーの保護 2(1)」
 エミリエの字で書かれた司書室伝言版の記事は、ハイユの心を微塵も動かさなかった。
 「2(1)」とは世界司書の使う符丁で、募集人数2人に対して参加者がまだ1人、という意味である。出発時刻は数時間後だ。2人の枠すら埋まらないとは、よほど人気のない依頼らしい。「初心者大歓迎!」「誰にでもできる簡単なお仕事です!」「コツコツがんばれる人に最適!」と隙間に書き加えてあるのがもの哀しい。
 帰って酒でも飲んで寝ようかな。
 自堕落な日常に戻ろうとしていると、下からスカートを引っ張られた。金色の髪の少女が小さな手でスカートをつかんでいる。ゼシカ・ホーエンハイムだった。
「おー、ゼシたんか」
「メイドさん」
 ハイユを見上げ、ゼシカは言った。
「メイドさん、お時間ありませんか?」
 ロストナンバーは暇をもてあましている連中しかいないのか。とは言え自分も、シュマイトだけ相手にしていれば良いので、実際暇ではある。
  ゼシカはおどおどとした口調で続ける。
「あのね、ゼシね、このお仕事に行くの。でも行く人がゼシだけしかいなくて」
「そっかあ。がんばってね。じゃ」
 ハイユは軽く手を振って去ろうとしたが、ゼシカはハイユのスカートをつかんだままだった。
「お願い、お話だけでも聞いて」
「……わかったよ」
 小さな背を追ってエミリエの元へ向かう。
 この子、将来変な宗教の勧誘とかしないだろうな?
  ついて来ているかと時おり自分を振り返りながら先に立って歩くゼシカを見て、ハイユはふとそんな事を考えた。

 壁に向かってうつむいているピンク色の頭を見て、ハイユは状況が好転してないらしいと悟った。
「ピンク髪さん」
 ゼシカが小走りに駆け寄って声をかけると、エミリエは猛然と振り向いた。ハイユを視界に入れたらしい瞬間、「来たっ!」と目を輝かせる。
「エミリエたんよ、あたしはまだ行くとは言ってないんだが」
「そっ、そんな事言わないで、話だけでも聞いてよ! 誰でもできる簡単な仕事だから!」
「じゃあなんでこんな狭い枠が埋まらないんよ?」
「それは……なんでだろうね?」
 わざとらしく疑問符を浮かべて見せるエミリエ。逆に興味が湧いてきた。
「ロストナンバーの保護だったよね? 行先は?」
「インヤンガイ」
「相手は?」
「ツーリストの樹菓っていう女の子」
「ヤバいやつ?」
「ううん、おとなしい女の子みたい」
 おかしい。避けられる要因が見当たらない。
「ただ、ちょっと真面目な子みたいでね。探し物を手伝ってほしいみたいなんだけど」
 付け足しのように急いで言ったエミリエに不審を覚え、ハイユは問い質す。
「どこから何を探すのか言え」
「書庫から、本を一冊」
 ハイユの頭にはハーケズヤ家の巨大な書庫が思い浮かんだ。
「すげーめんどくさそう」
「だよねー」
 肯定の相づちを打ってから、エミリエはあわてて否定する。
「大丈夫だよ! 根気さえあれば誰でもできる簡単な依頼!」
 よりにもよって、ハイユには最も縁遠い要素だった。
「やっぱ帰る」
「メイドさん!」
 二人の会話をおろおろしながら見ていたゼシカが声を挙げる。
「何?」
「メイドさんは、やればできる子よ」
 はげますようなその言葉は、まるでハイユを応援するかのようだった。
「なめられちゃったわね」
 こんな小さい子に。
「いいわ、その仕事、受けてあげる。万能メイドさんの力を見せてやろうじゃないの」

「じゃ、詳しい状況を説明するね」
 エミリエが喜々として予言書を開く。
「さっきも言ったとおり、保護対象は樹菓っていう女の子。彼女は冥簿っていう本を持っていたんだけど、転移の時に手から離しちゃったの。転移したのは蔵書家オーリョウの書庫。書庫って言っても、地上2階地下1階階建の別館ね。樹菓は本の海から、冥簿を必死になって探してる。だからオーリョウに見つかる前に冥簿を探して、連れてきてほしいの。オーリョウは本のためなら人くらい余裕で殺すタイプだから、気をつけてね」
「一回失くしたんだから諦めろよ」
 ハイユはにべもない。エミリエは苦笑し、
「あたしもそう思うんだけどねー。樹菓にとってはすごく大事なものだから、見つかるまで動かないと思うよ」
「ゼシ、わかるわ」
 ゼシカが大きくうなずいた。
「ゼシもママの写真がなくなったら、みつかるまでさがすもの」
 大切な人、大切な存在。それはハイユにとっても、唯一の泣き所だった。
「ほらほら、もう時間ないよ! あとは各自の独断専行に期待します!」
 便利な言葉と共に、エミリエは二人のロストナンバーを送り出した。

 ロストレイルに乗り込んだ二人はオーリョウの屋敷内の見取り図を広げた。問題の別館は本館から続く入口以外、通気用の小窓しかない。出入りは入口を使うしかなさそうだった。
 ロストレイルで行けるのは屋敷の前まで。屋敷の中へは自力で入らなければならない。
  潜入するとしたら王道は……。
「どうするよ、ゼシたん?」
「ちゃあんと考えてあるのよ」
 もしかするとゼシカは、ハイユに声をかけた時点からこの作戦を考えていたのかもしれない。ハイユがそう思うほど、話を振られたゼシカの口調は自信ありげだった。
「ゼシひとりじゃ入れてもらえないわ。でもメイドさんが一緒で、親子ですって言ったら、入れてくれると思うの」
「やっぱそれかなー」
 メイドとしての潜入。ハイユ一人でならともかく、ゼシカと一緒に行くとしたら完全な隠密行動は難しい。不確定な要素は多く、名案とは言いがたいが、ハイユは乗る事にした。この依頼はゼシカと二人で受けた依頼。ゼシカと果たさなければならないのだ。
 それにしても「母親」ねえ。
 26歳と5歳だから、姉妹よりは自然な設定には違いないけど。
「メイドさん。ひとつだけいいかしら?」
「ん?」
「ゼシのほんとうのママはひとりだけなの。だからおままごとみたいに、メイドさんのこと、おかあさんって呼ぶわ」
 少しだけ、他人行儀に。
  家族を持たないハイユは、母親がどんな存在なのか、今一つ実感が湧かない。だが、大切な人との絆は知っているつもりだった。
「オーケー。じゃあ、あたしからも一つ、聞いてもいいかな?」
「なあに?」
「なんでゼシたん、この依頼受けようと思ったん? 大切なものを探してるから?」
 ゼシカは胸を張って答えた。
「ゼシ、おねえさんだもの。迷子さんがいたらおむかえに行くわ」
「いい答えだね」
 ハイユは目を細めた。少し、まぶしかった。

 母娘連れのメイドは、あっけないほどすぐにオーリョウ家に採用された。主人は書庫にこもりきりらしい。それは、書庫への潜入が難しい事も告げていた。樹菓は自身の特殊能力によって、ある程度は人に気づかれず行動できるそうだが、何日も待てる状態ではないだろう。
 屋敷内の案内を受けた「母娘」は、狭い一室をあてがわれた夜に行動を開始した。
 ハイユが蝋燭を手に持って別館へ、ゼシカの歩調に合わせながら暗い廊下を進む。
 ハイユはふと、ゼシカの小さな背中を見降ろした。彼女の父がどんな人物であるか、ハイユはよく知らない。ただ、父を思うゼシカの言動を目にするたび、この幼い身に酷な事を、とは思っていた。平穏な家族という、自分の知らない空間。最初からなかったのと、あったはずのものを失うのでは、どちらがより苦しいか。
  あの突き当りを右に曲がれば別館だ。頭に入れた館内地図と照らし合わせてそう判断したハイユは、それ以上の思索を止めた。
  突き当りの左の通路からガラガラとワゴンを押す音が聞こえ、光が近づいてくる。ゼシカがヒッと小さな声を挙げた。
 蝋燭を消そうと思ったが間に合わなかった。「誰かいるの?」と年かさの女の声が呼び掛けてくる。メイド長だ。
「あなたたち、新入りの? どうしてこんな所に?」
 向こうの火がハイユの顔を照らした。ワゴンの上に数本の蝋燭を立てた燭台が載っていた。
  仕方ない、気絶でもさせて黙らせよう。
  ハイユがそう思って身構えると、
「こんばんは」
 ゼシカが先に声を発した。
「お手洗いってこっちですか? おかあさんといっしょに来たのに迷っちゃって」
 メイド長は顔をしかめた。
「ずいぶんとひどい迷い方ね? そんなことで、お屋敷で働いていけるのかしら?」
 ハイユはあわてて話を合わせる。
「すいませんねー、田舎者なんでこんな立派なお屋敷、初めてなんですよ。で、どっち行ったらいいですか?」
「あなたたちの部屋は向こうです」
 細々と始まった道案内をハイユは聞き流していた。
「ありがとうございます。ところでメイド長こそ、こんな時間に何かご用で?」
「ご主人様のお夜食です。ほら、早く帰りなさい」
 これ以上粘るのは難しそうか。
「おかあさん、早くあっち行こうよ」
 ゼシカが急に、ハイユの手を強く引く。ハイユはその態度の変化に戸惑い、わずかによろけた。
「何よ、いきなり」
 言ってから気づく。
「おっと」
 手に持った蝋燭を、ハイユは床に落とした。
「やべえ、水!」
  ワゴンの上からティーポットをひったくって火の上に叩き落とす。一緒に夜食も廊下にぶちまけた。床に落とされたティーポットから茶が飛び散り、火は消えたが、廊下はひどい散らかりようだった。
「あっぶねえ」
「ちょっと、なんて事をするの!?」
 メイド長が二人を叱りつける。
「ご、ごめんなさい……」
 震えながら謝るゼシカ。それはメイド長の剣幕に対する実際のおびえも含まれているようだった。
「ここはあたしらが責任持って片付けときますんで、蝋燭1本だけ置いといてもらえます?」
「当たり前です。わたしはお夜食を準備し直します。あなたたち、首も覚悟しなさい」
 憤然と言い放ち、メイド長はほぼ空っぽになってしまったワゴンを押して廊下の向こうへ去って行った。
「ゼシたん、ナイス」
 親指を立てて見せると、ゼシカは照れたような笑顔を浮かべた。
「行きましょう? おかたづけをしないのはよくないけど、急がないと迷子さんが」
「おう」
 廊下の惨状を背に、書庫への通路を進む。
  やがて、がっしりとした木の扉が二人の行く手をふさいだ。
 見上げてハイユは考える。破壊するのは不可能ではない。だが、あまり騒ぎを大きくしても良くないだろう。さっきの一件だけで充分だ。
「なんだ、今の音は?」
 木の扉が細く開いた。痩せた背の低い男が、落ちくぼんだ目でハイユたちを眺めまわす。面接すらしなかったので初めて見るが、彼が主人のオーリョウなのだろう。二人がメイドである事を認識したのか、オーリョウはわずかに警戒を解きながらも、
「ちょうどいいところに来た。夜警を呼んで来い」
「さっきの音でしたら、夜食のワゴンがですね」
「そんなものはどうでも良い」
 オーリョウは不快そうに首を振った。
「書庫で本の位置が何ヵ所か変わっていた。何者かが書庫に侵入したようだ」
 ハイユはゼシカに視線を投げた。ゼシカがうなずく。
  すでに樹菓は存在を突き止められている。もう猶予はない。
「どうした? さっさと呼んで来い。本をけがす紙魚は処分する」
「……分かりました。ただ、この子はちょっとの間、ここに置いといていいですか? 急いで呼びに行くのにジャマなんで。あとで連れに来ますから」
「好きにしろ。愚図愚図していると紙魚の巻き添えにするぞ」
「分かってますよ。じゃ、ゼシカあとよろしく」
 ハイユは軽く手を振ってゼシカとオーリョウに背を向け、夜警の詰所へと廊下を戻って行く。
  残されたゼシカは顔を挙げた。ここからは自分が一人でやらなければいけない。
「あの、ここ、入ってみてもいいですか?」
「良いわけがないだろう。メイドの分際で」
 ゼシカの問いに、オーリョウは少女をにらみつけた。体が震えるのを抑えるように、ゼシカは固く目をつぶり、相棒の名を呼ぶ。
「アシュレー!」
 フォックスフォームのアシュレーが現れた。身にまとう幻の光の最大の明るさにして。
「何だ!?」
 オーリョウが強烈な光に視界を奪われた隙をついて書庫へ入り込む。執務机の横を通り抜けると、真っ暗な空間を本と本棚が埋め尽くしていた。
「じゅかさーん! じゅかさーん!」
 普段はめったに大声など出さないゼシカだが、迷子になった友達を探すときは大声で名を呼ぶ。果たして、薄緑の衣装を着て杖を持った少女が姿を現した。
「私を、ご存知なのですか?」
 ゼシカは大きくうなずいた。
「おむかえに来ました!」
 樹菓は深々と頭を下げながらも、
「それはそれは、ありがとうございます。ですが、私は今、大切な本を探しています。失くすわけにいかない大切なものなんです」
「あそこに、ないですか?」
 ゼシカは入口すぐにある執務机を指差した。何十冊もの本が積み上げられた中に目をやり、樹菓が息をのんだ。
「あ、ありました!」
  言うと同時に駆け寄り、その中の一冊を愛おしげに抱きしめる。
「貴様、何をしてくれる……!」
 怒気をはらんだ声と共に、視界の回復したらしいオーリョウが歩み寄って来た。手には細いペーパーナイフを持っている。
「紙魚の仲間か。まとめて処分し」
  そこまで言ってオーリョウは倒れた。その後ろには手刀を振り下ろした姿勢のハイユが立っていた。
「おつかれ、ゼシたん」

「ゼシたん、なんで本の場所が分かったん?」
 帰りのロストレイル車内でハイユは聞いた。ゼシカは照れくさそうに、
「だって、本の場所が変わっていたことにだって気がつく人でしょう? だから、知らない本があったら絶対に持って行って読もうとすると思ったの」
「なるほどねー、オーリョウを利用すれば良かったんか」
「でも、メイドさんがもどってきてくれたおかげよ?」
「あれで本当に夜警なんて呼んだら詰みじゃんか」
「仲がおよろしいんですね」
 二人のやり取りを眺めていた樹菓が、いとおしむような目で二人を見ていた。
「ですがお嬢さん、お仕事の名前であっても、お母様をメイドさんなんて呼ぶのは感心しませんよ」
「あたしら、親子に見える?」
「違うんですか?」
 樹菓はきょとんとした顔で問い返す。
「それは今回のミッション用の設定。あたしらは」
「お友だち、よね?」
 ゼシカがそう言うと、ハイユは照れ隠しのように、ゼシカの頭を乱暴に撫でまわした。
[66] 謝辞
ふふん♪
ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2013-10-09(水) 23:23
ゼシカ・ホーエンハイムさん、ご出演ありがとうございました。いただいた単語そのままはロストナンバーの設定上難しかったので「母娘」で書いてみました。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[63] noozh
てへぺろ!
ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2013-10-02(水) 23:45
 桐島怜生がトラベラーズカフェの一席で番茶をすすっていると、おっぱいが現れた。より正確には、エプロンとメイド服と黒下着(希望)に包まれて美女の顔を乗せたおっぱいだった。
「怜生くん」
 おっぱいの上の顔──ハイユ・ティップラルが呼びかけてくる。にこやかな表情が怜生の心に危険信号を灯らせた。
「あ、どうも」
 あいまいに会釈して見せる。
  この人に関わるとろくな事がない。付き合いはさほど深くもないが、その経験則には自信があった。
「怜生くんって学生よね?」
「まあ、そうスけど?」
「今ヒマ?」
 危険信号が一段階上がる。
「いやー、それがその……、待ち合わせ中なもんで」
「へー。彼女? 友達?」
「かの……。すんません、嘘です! 見栄張りました!」
「だよねー」
 けらけらとハイユは笑う。彼女はともかく、友達と呼ぶべきなのか分からない腐れ縁の相手なら何人かいるのだが、あいにくと今日はその誰とも予定はない。
「じゃあちょうどいいや。ヒマならちょっと来い」
 そう言ってハイユは手招きをする。
  学生なら来いって、どういう事だ?
  ついて歩きながら、怜生は内心、首をひねる。ハイユが先にトラムに乗り込み、ちょうど怜生の視線の高さに彼女の巨乳が来た瞬間、頭にひらめくものがあった。
  本来なら学生は利用できないなんらかのサービスをしてくれるのか? エロメイドさんが若い肉体を求めているのか?
  そうか、そういう事か! ふははは、ざまあみろ律! 俺は一足お先に大人の階段を上ってやるぜ!
「──要は普段の怜生くんを見せてくれればいいんよ」
 しまった、話をよく聞いていなかった。
「分かりました! もう俺の情熱を思う存分に」
「何に情熱燃やしてんだか」
 よし、話はそれていないようだ。
  からかうような表情のハイユに、会心のスマイルを決めて見せる。
「で、その、場所はどんな感じの?」
「は?」
「いやいやいや! 女性に恥ずかしいことを言わせようとかそういうつもりはないですよ!? ただ、その、俺も心の準備がほしいわけで」
「あたしの話聞いてなかったでしょ」
 そう指摘する表情には、下心を見透かすような視線が混じっていた。
「場所はうちのお嬢が作ったチェンバー。学校をイメージしてるんだけどね。怜生くんには一般的な学生として、学校生活について教えてほしいの」
 分かっていた。神展開なんかこの世にはない。
「でも、学生なんて腐るほどいるんじゃないすか?」
「うん、だからまあ誰でもよかったんだけど」
 鬼かこの人は。
「学校は若者が集まって勉強をするところですとかいう説明は今さら求めてないんよ。お嬢がほしがってるのは日常性って言うか、ナマの学校生活のデータ。だから勉強以外で、怜生くんみたいな適当な学生生活を送ってそうなサンプルの方がほしいわけ」
 あれ、美女に求められている場面なのにちっとも嬉しくないぞ?
 どうやら生命や貞操への危険は無さそうだと怜生が結論付けたところで、ハイユがトラムを降りた。
「こっからは歩きね。あそこまで」
 トラムの停車場から少し離れたところに小ぢんまりとした邸宅が見える。
  歩くと言うほどでもない距離だが、できれば若い体力は有意義に使いたいと怜生は思った。

 ハイユに案内されたのは邸宅の中ではなく、庭の小屋だった。
「ここっすか?」
「中は広いから安心してよ」
 チェンバーが外観どおりの中身をしているわけでないことくらいは知っている。
  小屋の中に入ると、古めかしい煉瓦造りの洋館が立っていた。正面には時計塔が立ち、左右には四階建ての建物が広がっている。
「なんかちょっと、高級すぎるような」
  間違いとまでは言わないが、イメージしていたコンクリート製の四角い建物でなかったことに怜生は戸惑う。ミッション系の歴史ある学校ならこんな感じなのだろうか。
「そっか。こういう建物もあるって聞いたから、お嬢が馴染みのある感じに近づけたみたいなんだけど。ダメ出ししとくわ」
 ハイユは時計塔を見上げ、スーツのポケットからノートを出してメモを取った。
 スーツ?
  黒い服と白い胸元で一瞬察知が遅れたが、ハイユは黒いスーツに開襟シャツという服装に変わっていた。タイトミニから覗く脚のラインが悩ましい。
「ああ、これ? 女教師ってこういう服なんでしょ?」
 ロングスカートに隠されていた脚線美に怜生は釘づけになる。
「怜生くんは上半身も下半身もいけるクチだね」
 ハイユはにやにやと笑い、
「怜生くんも制服着る? 学ランとブレザーとセーラー服から選べるよ」
 ここも若干情報が間違っていた。あるいはわざと言っているのか。
「セーラーは女子用なんで」
 校舎の雰囲気に合わせるとブレザーの方が良い気もしたが、着慣れた学ランを選ぶ。選んでから、ハイユの前で生着替えをさせれたらどうしようかと思ったが、幸いなことに服装は一瞬で変わった。窮屈な着心地が懐かしい。
 何これイメクラ? 行ったことないけど。
「んじゃ、中もちょいちょい歩いてみようか」
 煉瓦敷きに響くハイヒールの音も高らかに、ハイユは昇降口へ向かった。

  二人で歩いた「校内」の様子は、拍子抜けするほど普通だった。人影がまったくないことを除いては、一般の教室が延々と連なり、時たま特別教室がある、という構造。あえて言えば全体的にレトロな造りくらいだが、外観同様、わざわざ直させるほどの違和感はない。
「いいんじゃないすかね、このままで」
「ふーん。やっぱりハードウェアはデータをそのまま反映させればオッケー、と」
 となると、と呟き、ハイユが怜生を見上げて艶然と笑む。
「ネックはソフトウェア、主に放課後の過ごし方よね。怜生くんは部活とか不純異性交遊とかしてた?」
 なぜ同列に?
「いや、俺道場があったんで、放課後はさっさと帰ることが多かったですね。律は図書室とかも行ってましたけど」
 不純異性交遊は明らかにトラップなので乗らない。
「なんだよ、使えないなー!」
 ハイユが露骨に顔をしかめた。
「す、すんません。あと無人の学校じゃやることないですって! だべるにしても部活とか行くにしてもほかの連中と一緒になるのが普通だし」
「ここにセクシー女教師がいるだろ?」
「そんな状況はゲームとかの中だけ!」
 なんで俺こんな必死に言い訳してるの? 説明もなしに連れて来たのハイユさんなのに。あー、説明はあったんだっけ。俺が青いドリームにひたっていただけで。
「ならせめて、若い肉体の反応でも楽しませてもらおうか?」
 まさかの青いドリーム逆襲。
 ハイユがジャケットを脱ぎ棄てて一歩、怜生に歩み寄る。
「シュマイトさんのチェンバーで18禁展開はまずいでしょ!?」
「お嬢、19だよ」
 ハイヒールと黒ストッキングで武装した右足が軽やかに浮き、ローキックを打ち込んできた。考えるより早く怜生は半歩下がった。狙いがそれたと気づいたハイユは軌道修正をかけるが、怜生はすでに脚の動きを完全に捉えていた。動きに逆らわず、ハイユの脚をからめて引き倒す。
「やるじゃない」
 あお向けになったハイユは楽しそうだった。
「ハイユさん、明らかに本気でかかってきてないじゃないすか」
「まーね」
 よっこらせと床から起き上がり、ハイユは上気した顔で髪をさらりと払った。
「ちなみに今のは」
「先生攻撃と生徒防衛?」
 得意げなハイユに、せめてもの抵抗で答えを先に言う。
「そういうセンスはあるんね」
「『も』って言ってくださいよ! 今の受け、見てたでしょ!?」
「結局、怜生くんはこのネタ言うだけにしか立たなかったわね」
「ハイユさん」
「ん?」
「俺役立たずなんで、もう帰っていいすか?」
「え~? もっと遊んできなよ」
 遊んで、と言うよりは、遊ばれて、と言う方が正しい気がした。
「まあ、帰りたいんならしょうがない。今度は律くんと学園ラブコメ見せてね~」
 自分一人で不幸を引き受けるべきか、律も一緒に不幸にするべきか。
 究極の選択を胸に、怜生はロストレイル学園を辞去した。
[64] あとがき
ふふん♪
ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2013-10-02(水) 23:45
桐島怜生さん、ご出演ありがとうございました。ご指定いただいた単語からこんな話になりました。作成中にrとeの順番を何度か打ち間違えました。
なお、今回のタイトルは非常に簡単な暗号になっています。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[61] 満たされた胸、満たされない心
てへぺろ!
ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2013-09-23(月) 01:03
 人は誰しも悩みを抱えている。人の数だけ悩みがあれば、中には他人に理解してもらえない悩みもある。舞原絵奈の抱えている悩みも、そういう類いの一つだった。
  カフェでテーブルに突っ伏し、絵奈は大きなため息をつく。
  新しい服、ほしいなぁ。
  年頃の少女にとってごく自然な思い。それを妨げる原因は、彼女の豊かな胸元にある。
  絵奈は体格はこそ標準的ながら、胸だけはEカップというアンバランスなボリュームを誇っていた。
  絵奈はそれをうとましく思っていた。重くて邪魔だし、ゆれたりぶつかったりして痛い思いをする事もある。行儀の悪い今の姿勢だって、テーブルに胸を乗せておけば多少は肩が軽くなる、という生々しい理由があるのだ。
  先日、発明家の友人に「胸を小さくする機械とか薬ってないですか?」と軽い気持ちで相談したところ、なぜか彼女は激怒した。合理性を旨とするはずの友人の豹変ぶりに絵奈は戸惑った。
  胸なんて大きくても、いいことなんか何もない。
  実体験に基づいて絵奈はそう言っているのに、周りの友人たちは贅沢だの自慢だの嫌味だのと言って、まともに取り合ってくれない。
  この件に関して、絵奈は孤立無援だった。
「落とし物よ」
 そんなことを考えていたから、軽く肩を叩かれるまで、絵奈はそれが自分にかけられた声だと気づかなかった。
  はっと気づいて顔を上げると、黒いメイド服姿の女性が困ったような顔で立っていた。
「ハイユさん? 落とし物って……?」
「こーれ」
 絵奈の目の前に、ハイユ・ティップラルは何か小さなものを差し出して見せる。
  よく見るとボタンだった。
  絵奈の心臓が驚きで跳ね上がる。あわててシャツの前を確認すると、ボタンは全部付いていた。ハイユがげらげら笑い出す。
「違ったか。でもシャツのボタンが飛ぶって巨乳あるあるよねー」
「笑い事じゃないですよ」
 絵奈は顔を真っ赤にしてむくれた。ハイユは勝手に絵奈の向かいの席に座り、
「で? なんでそんな暗い顔してるん?」
 そう聞かれて絵奈は、ハイユさんなら分かってくれるかもしれない、と思った。着崩されたメイド服の胸元は、絵奈よりもさらに上の推定Fカップ。色々な面で大人だし、何かいいアドバイスをくれるかも。
「……ショッピングに行ったんですけど、好きなデザインでサイズの合う服が見つからなくて」
「お姉さんその話詳しく聞きたいな。どこのサイズが合わなかったの?」
 ハイユが不吉に目を輝かせた。
「き、聞かなくてもわかるじゃないですか!」
「分からないから聞いてるのよ?」
 絵奈は渋々、小声で答える。
「……胸、回り、です……」
 好色そうな笑みを浮かべたハイユが何か言う前に、絵奈は急いで聞いた。
「あの、ハイユさんは服のサイズで困ったりしないですか?」
「胸で? ん~、あたしこのメイド服しか着ないからな。きついっちゃきついけど、そのへんは慣れで」
「そうですか……」
 あまり実になる話は聞けないようだ。それどころか、放っておくとセクハラの集中砲火を受けかねない。
 絵奈がそんな事をこっそり考えていると、ハイユがふと思い出したように言った。
「そうだ。絵奈ちゃんがボタン飛ばしたから忘れてたけど」
「飛ばしてないです!」
「セクハリングが楽しくて忘れかけたけど、絵奈ちゃんには別の用事があったんだ」
 そう言ってハイユはノートを取り出す。開いたページには「巨乳専門店」というメモと簡単な地図が描いてある。隣には派手な看板の写真が貼ってあった。
「え、えっちなお店はだめですよ!?」
「あたしも最初そっちかと思ったけど違った。服屋。ほら」
 ハイユの指さした写真をよく見ると、看板にはこう書いてあった。
  胸が大きすぎて困っている女の子のための店 ~胸元ゆったりのシャツ、Eカップ以上のブラ、豊富に取り揃え~
「この前看板見て写メっといたんよ。行ってみない?」
 ごめんなさい。さっきまでハイユさんを疑っていました。最初からそれを言ってくれればよかったのに。
「行きたいです、このお店!」
 ここならきっといい服に会える。
  目を輝かせた絵奈に、ハイユは笑顔でうなずいた。

 トラムに乗って数駅を過ぎ、二人は画廊街へ着いた。写真にあった看板は遠くからでもよく目立っていたので、建物の前まで行ってみる。看板は出ていなかった。
「ここですよね?」
「そうだね」
 ハイユは無造作にドアを開け、店に入って行った。絵奈も後に続く。
  店内にはマネキンが二十体ほど並んでいた。一様に胸の大きいアンバランスな体型をしている。服装はまちまちであるが、どれも胸元には余裕があるようだ。
「あ、これ、いいなあ」
  絵奈は思わず、その一つに歩み寄った。ショッピングに行って買うのを断念したワンピースに、色やスカートのラインがよく似ている。
 これだとちょっとスカート短いかな。
  そんな事を考えながらスカートのすそをつまんだ瞬間、絵奈はめまいを感じた。
「困ります、お客様」
 頭上から声が響いてくる。反射的に上を向いた絵奈は、そこが青空になっているのに気づいた。
「え?」
 周りを見回すと、そこは背の低い草に覆われた丘の上だった。空には大きな雲が流れ、涼しい風が草や木立を揺らしてさらさらと音を立てている。
「当店の決まりには従っていただきますので」
 先ほどと同じ声が聞こえた。絵奈は困惑するしかない。
「当店の品は私が精魂を込めて作ったものばかり。お求めいただく以上はベストパフォーマンスで着ていただきたいのです」
「はあ」
「ですからお客様には、その服を着るにふさわしい状況をシミュレートしていただきます。今回であれば夏の高原。その空間でお客様が服にふさわしい振る舞いをしていただけたなら、その服は無料にて差し上げます」
 服?
  涼しいのもそのはず、絵奈はマネキンが着ていたあのワンピースを着ていた。
「なっ、何なんですかこれ!?」
「反応遅いよ」
 頭上から今度はハイユの声がする。
「要はアドリブでうまいこと言えばゲームクリアなんでしょ?」
「ゲームではなくシミュレートですが……。ともあれルールはご理解いただけましたね? それでは開始いたします」
 絵奈のご理解がまったく行き届かない中、最初の声が告げた。
「○○ーっ」
 草原の向こうの林の入り口で、誰か若い男性が手を振っている。どうやら絵奈を呼んでいるらしい。
 絵奈はとりあえず彼のところに行ってみようと思った。草原をすたすたと歩き始める。
「アウトです」
 頭上の声がそう告げる。めまいを覚えたと思ったら絵奈は元の店内にいた。
「残念ながらこちらはお譲りできません」
 初めて顔を見る店主はやせた長身の女性だった。
「あの……、どこが悪かったんでしょうか?」
「人形の体型とご自分の体型を元にお考えください」
 裁定の基準が分からず絵奈が問うと、店主は無表情にそう言ったきりむっつりと黙りこんだ。
「ああ、そういうことか」
 ハイユは何かを思いついたらしい。絵奈が聞き直すより早く、ハイユはワンピースに触れていた。
  真っ白だった壁の額縁に、草原にワンピース姿で立つハイユが映る。
「○○ーっ」
 絵奈が聞いたものと同じ男性の声。ハイユはそちらを向き、両手を横に振りながら笑顔で走り出した。スキップのように一歩一歩と高く足を上げるたび、胸がたわみ揺れる。
  男性のところまで走り着くと、ハイユは息を切らせて見せた。うつむくことで乳房が重そうに垂れ下がる。
 ほう、と店主が息をつく。額縁の中は再び真っ白になり、その前にハイユが現れた。
「どうよ?」
「恐れ入りました」
 店主が深々と頭を下げる。マネキンから服を脱がせてたたみ、
「どうそお持ち帰りください」
「いいよいいよ、別に」
 ハイユはそう言ってから、絵奈に向き直った。
「要するに、巨乳用の服なんだから巨乳を活かせ、ってこと。胸が揺れたりたわんだり谷間が見えたりすればいいんよ」
「左様でございます」
 店主が仰々しくうなずく。
「えええ!?」
 だから巨乳専門店なのか。頭の隅で冷静な思考がそう告げたが、絵奈の意識はそれどころではなかった。無意識に胸をかばう。
「嫌ですよ、そんな恥ずかしいこと!」
「いけるいける。絵奈ちゃんなら素でいける」
 ハイユは適当な口調でそう言い、絵奈をビキニ水着のマネキンへと突き飛ばした。
 絵奈は日の照りつける砂浜にビキニ姿で立っていた。
「こっ、この水着いらないですから!」
 真っ赤になって絵奈は叫ぶ。
  ハイユの舌打ちが聞こえたが、店主はその反応を「着る資格なし」と判断したらしく、無事に店内には戻れた。
「じゃあ、どれにすんのよ?」
 筋違いの不満そうな声を受けながら、絵奈は店内を見回す。
「なお、当然ながら同じ行動・演出を複数回お使いいただくことはできません」
 店主が補足する。ハイユの真似をしてごまかすことはできないらしい。
  気になる服もないではなかったが、その数だけ胸を強調したアドリブを演じなければいけないのかと思うと、悟りを開いたかのような諦念が湧いてきた。
「やっぱりいいです」
 それだけ言い残して、絵奈はふらふらと店を出た。
  店の中の空気がよどんでいたせいか、外の風が心地いい。気分を変えようと、絵奈は胸を張って大きく伸びをした。
 ぽん、と胸で何かがはじける感触。その嫌な感触には憶えがあった。
「それでいいのよ」
 背後からハイユの声がした。
「伸びをしてボタンが飛ぶ演出ならきっと店主も合格にしてくれるって」
「本当にもういいですから! そんなことよりボタン……!」
「そうね。ほら、ボタン付けてあげるから脱いで」
「できるわけないじゃないですか!」
 絵奈は涙目になりながら必死で胸元を抑える。ハイユは面倒そうに息をつき、
「冗談よ。ほら、店の中なら替えのボタンも糸も針もあるでしょ」
 ハイユに手を引かれ、絵奈は渋々、店内に戻った。
  店主が、先ほどとは打って変わった笑顔で立っていた。
「先ほどの一幕、当店のボタンと糸と針を提供するにふさわしいものでございました」
「見て……たんですか?」
「拝見しておりました」
 顔が青ざめたのか紅潮したのか、もう絵奈には分からなかった。

  気がついたときには、絵奈は新しいボタンを付けた状態でハイユとトラムに乗っていた。
 年頃の少女の悩みは何一つ解決していなかった。
  新しい服、ほしいなぁ。
 ボタンだけが新しい着慣れたシャツを見降ろし、絵奈はため息をついた。
[62] 謝辞
ふふん♪
ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2013-09-23(月) 01:03
舞原絵奈さん、ご出演ありがとうございました。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[59] 【サティ・ディルの仕立屋】メイド服の攻防
くすっ☆
ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2013-08-25(日) 15:39
親しい人たちにさよならを告げるのは、この店を構えてからと決めていた。
ガラス張りの扉に、開店中であることを示す為コルク素材の小さなドアプレートをかける。

『ビスポークテーラー "サティ・ディル" あなただけの服をお仕立てします』


 ドアベルが鳴った。サシャは反射的に顔を上げ「いらっしゃいませ」と笑顔を向ける。
「とりあえずビール」
 入って来た客はそう告げた。
「ありません」
「おつまみも適当に」
「ですから」
「指名料いくら?」
「……ハイユ様」
 サシャはため息をつき、黒いメイド服の客──ハイユを見上げる。
「ノリ悪いな。モテないよ?」
「必要ありませんから」
「言うねぇ、人妻」
 ふん、とつまらなそうにハイユは鼻を鳴らす。
「まっ、まだ正式には……!」
 サシャはあわてて話題を切り替えた。
「それで、何かご用ですか?」
「安心しろ、冷やかしじゃない。ご用があるから来たんだよ」
 先輩メイドはあくまで尊大だった。
「服を新調しようかと思ってね」
 その一言で、サシャの心に火が灯る。
「それでしたら承ります。どんなデザインにしましょうか? ハイユ様だと……」
 ハイユの抜群のプロポーションを眺め、ふと、サシャは疑問に思った。
「ハイユ様、普段はどんな服装なんですか?」
 たまにお祭り事があると、ハイユは毎回のように、目を覆うばかりの過激な水着姿を見せる。しかし普段を思い返してみると、サシャはメイド服以外のハイユを見た記憶がなかった。
「いつもこれ」
 自分の襟元を引っ張ってハイユは言う。
「作ってほしいのもこれ」
 サシャの仕立屋としてのプライドがわずかに傷つく。
「ワタシ、ハイユ様のためだけの服だって作れますよ」
「これがいいの」
 しばし二人は無言で対峙する。先に口を開いたのはハイユだった。
「サシャちゃんには前に話したよね? 御館様の事」
「え? あ、はい」
 唐突な話題の変更に戸惑いながらサシャはうなずく。
「これは御館様からいただいたメイド服なの。だからあたしはこの形の服しか着ない」
「そう、なんですか……」
 とっさには反論できず、しかしサシャは逡巡する。ハイユのプロポーションなら大抵の服は着こなせるだろう。もったいない、というのが正直な気持ちだ。それに御館様は、年頃の少女だった彼女に、メイド服しか与えなかったのだろうか。御館様を悪く言いたくはないが、それは少しかわいそうなのではないか。
「そ、その割には、着崩してらっしゃるんですね」
「しょうがないでしょ。この年に御館様が亡くなられたんだから」
 トレードマークの大きく開いた胸元を見やり、間をつなぐ軽い冗談のつもりで口にした言葉に、ハイユはそう答えた。へらへらと笑っているような表情の裏にある感情は読めない。
「ほら、あたし胸がこのサイズじゃんか。メイドになってから急に成長が始まってね。恋をするとでかくなるってやつだと思うんだけど。だから御館様が、胸が苦しくない特別のデザインにしてくれてたんよ。しかも毎年サイズ更新。で、御館様が亡くなられてからも成長し続けたから、今はこうして着るしかないってわけ」
 どこまでが真面目でどこからが冗談なのか、もうサシャには分からなかった。だから、代わりに言う。
「ハイユ様なら、ほかの服も似合いますよ」
「知ってる。でもね、あたしはこの格好でいたいの。御館様の下さった姿で」
「……分かりました」
 頭の中で考えていたいくつものラフスケッチを、サシャはあきらめた。
「光栄に思いなさいよ。ターミナルに来てから新しく服作ったの、最近だとリリイさんとこでお嬢のコスプレ作って以来なんだから」
 リリイの名が出ると、今でも少し緊張してしまう。シュマイトのコスプレでいったい何があったのかは深く気にしないことにした。
「それなら、今回もリリイ様のところでよかったんじゃないですか?」
「メイド服ならリリイさんよりあんたの方が得意でしょ」
 リリイ様より、上。
「そっ、そんなこと……」
 否定すべきなのか、肯定していいのか。サシャは頭の中が真っ白になってしまった。
「じゃ、脱ぐからサイズ測って。ああ、服のサイズの方ね。あたしの体は測りたいなら測ってもいいけど」
「──待ってください! ここ店内ですよ!? 採寸なら奥でできますから!」
 エプロンの結び目をほどき始めたハイユを、我に返ったサシャは全力で制した。

 実物があれば型紙はすぐにできる。しかも着慣れたメイド服だから作りはよく分かっている。それでも「メイド服ならリリイより上」と言われてしまった以上、絶対に失敗はできない。緊張感と戦う数日が過ぎた。
「ドレス姿のハイユ様、見てみたかったな」
 仕立て上がりを満足そうに眺めるハイユに、内心で胸をなでおろす。その開放感から、サシャはわざと未練があるように言ってみた。
「そういうのはお嬢にでも作ってやってよ」
 振り向きもせずに返したハイユに、サシャは思わずまばたきをする。
「シュマイトちゃん、言ってないんですか?」
「何を?」
「ええと……」
「お嬢、見た目完全に幼女だし、嫁に行くとか無理じゃね? 色仕掛けとか物理的に不可能でもさ、服だけでもなんかまともなの着せたらどうよ?」
 どうやらシュマイトは、想い人の話をハイユにもしていないらしい。
 そう気づいたサシャは、あの名前を出さなかった。どんな人なのか聞きたい、という気持ちを抑えながら。
[60] 謝辞
くすっ☆
ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2013-08-25(日) 22:49
サシャ・エルガシャ様、ご出演ありがとうございました。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[57] ある日の午後・曇り空

吉備 サクラ(cnxm1610) 2013-04-14(日) 21:30
ヴォロスまで取りに行った竜刻が生み出した護り石。
針金で包んで黒い革紐をつけて、男性用のネックレスを作った。
自分の目の高さに持ち上げて暫く眺める。
うん、悪くない。
カジュアルな格好が似あう男性なら、普段使いのアクセサリーにしても悪くない。
でも。
「渡す機会、ないですものね」
革紐を丸めてそのまま自分のポケットにしまい込んだ。

いつも通り自作したスーツを着て、小さめのジュラルミンケースにアイロン掛けした男性用スリーピースを入れて陰陽街を歩く。
ただ今日は、仕立て屋の仕事探しはついでで、メインは他のこと。
前、2回行ったことがある廟。
あの裏手にはお守りを吊るす樹がある。
2度目に貰ったお守りと自分が作った首飾りをその樹にかけた。

(好きだったんだけどな、それでもまだ好きなんだけどな)
口に出さず小さく呟く。
出来上がったお守りをまじまじ眺めて、1日考えて、分かってしまった。

依頼で擦れ違う事はあっても、もうこういう物を渡す機会はないってこと。

生きていてくれればうれしい、遠目にでも眺められればほんの少し心が温かくなる気がする。
まるで太陽みたい。
前を向く元気が少しだけ出る気がする。
でも。
太陽は、人間の事なんか気にしない。

人には太陽が必要でも、太陽に人間は必要じゃない、関係ない。
人の想いは絶対太陽には伝わらない。

「私、イェイナさんになりたかったな…」
そうすればどんな形であれ傍に居られる。
心の底からそう思った。
[58] 雷雨のち晴れ、になるといい

吉備 サクラ(cnxm1610) 2013-05-12(日) 16:02
いくら鏡を見ても、今の自分のことは良く分からないから。
自分が他の人からどう見えるのか知りたくて、トゥレーンで花を作ることにした。

咲いた花をただ見つめる。
もっとみっともなさすぎる花が咲くかと思っていた。
暗くて暗くて、目を背けたくなるような。
もしかしてマスターが何かしてくれたのかな?
お茶を淹れに行ったマスターの様子を窺う。
・・・そうでもないのかな。
顔色を探るのは諦めて、出されたお茶をゆっくり啜った。

作った花は持ち帰ることにした。
路地裏で立ち止まり、ゆっくりと花を眺める。
・・・これが、私の花。
嫌われて終わった恋。
マフラーだって返して、完璧に終わっていたのに、忘れられなくてしがみついた。
みっともなくて気持ち悪くて傍迷惑な執着。
これは、そういう気持ちで出来た花。

イェイナさんが回復したか聞きたかった。
貴方が選んだ人と幸せになれるよう祈っていると伝えたかった。
それすら相手にとっては迷惑で気持ち悪いものなんだって、やっと気付いた。

嫌われた相手の記憶に、みっともない気持ち悪い相手として残るのはまっぴらだ。
少なくとも私は。
もう遅すぎるかもしれないけれど。

陰陽街で仕事を見つけようという気持ちは変わらなくても、あの人を見かけてももう気付かないふりが出来る。
やっとちゃんと私の気持ちは終わった…凍りついた。
そういう花か…そう思った。

花をしっかり握り締める。
人づてに、花を触れば取り出した感情は戻ると聞いていた。
重苦しい気持ちが戻っても、もう気にならないから。
みっともなくて気持ち悪い人間と思われるのは嫌。
あの人が誰と歩こうがもう関係ない。
私たちはお互いにとって路傍の石。

「ごめんなさいマスター。でもありがとう」
これがわたしにとってのけじめ。
花の気持ちを全部自分に戻して花を捨てた。

背伸びをする。
見上げたターミナルの空は、今もこれからも変わらない。
「何だかお腹空いちゃいましたね、ゆりりん。ご飯食べに行きましょうか」
肩の上に浮かぶセクタンをつついて、笑いながら歩き出した。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[56] 喪失の記憶
マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431) 2013-03-07(木) 23:00
どんな理由だったか、自分はよく遠く離れたその家に預けられていて、
幼少期、誰よりも共にいた記憶があるのは、祖母の顔だった。



自分が家に行くと、古びた平屋の玄関で迎える祖母は 満面に破顔して、
おいで、おいで、と、自分の頭をくしゃくしゃと撫でる。

窓の外はただ静かな緑が広がり、
人の喧噪より 鳥のさえずりや木の葉の揺れる音の方が多い。
二人きりで居るには幾分広過ぎる家だった。


祖母は大きなちゃぶ台の 真ん中の席に自分を座らせ、
どこからか甘いモノを  盆に山盛りのせて、目の前に置く。
いくらでもたべていいと言われ、それがおいしくて
夢のようにうれしかった。

幸福そうにお菓子をほおばる姿を注視する
慣れない視線がはずかしくて、
小さい自分は、俯き、口の中の甘さに夢中で噛ぶりつくばかりだった。


祖母は離れて暮らす母のことを大切に思っていた。 孫がいるというだけで、 もしくは家に小さな子どもがいるというだけで 嬉しかったのだろう。

お前は母親に似ているよ、と言われた事があった。
あまり周りには言われないことを言ってもらえて、嬉しかった。
祖母の目の奥は、深い海の緑をしていた。
祖母は、 かわいい、かわいいといって、自分の赤茶の頭をくしゃくしゃと撫でる。

祖母は常ににこにこと笑顔を絶やさなかった。
祖母はなんどでもご飯をくれた。
祖母は子供の自分と、いつまでも子供のように遊んでくれた。
祖母はよく自分を 母や祖父の名前で呼んだ。
好きな人と同じ名前で呼んでもらえることは、嬉しかった。



どんな理由だったか、ケガをして帰ったことがあった。
自分の身体を湿す重い液体などどうでもよかったが、
祖母は、かわいそうだ、かわいそうだといって、 まるで自分の事のように泣いた。
何が悲しいのかしばらく分からず、自分は訝しげな目で見るしかなかったが
赤い髪をぐしゃぐしゃと撫で、縋るように身体を慈しむ
シワの刻まれた手が 怪我なんかよりもうんと痛々しくて、
こんなに悲しませてしまうなら、 人の前で泣いたりしてはいけないと思った。
誰かの前で泣くのはよそう。
大切な人の前で泣くのはよそう。



家の中の、奥の一番静かな部屋の、
黒い箱の中の写真に手を合せる事が、祖母の毎日の日課だった。
写真の中で笑う男性は、  —「お爺ちゃん」とそう呼ぶにははばかるような、
祖母のその顔に刻まれた皺に対して 不釣り合いに若い。

煙い匂いの中、 真似をして手を合わせると
祖母はえらい、えらいといって また頭を撫でる。
それにまた気恥かしく、身を堅ばらせ、自分は口を喰いしばる。

—死んだ人間に想いを馳せる意味は解らない。
—ただ、その瞬間、腰の曲がった小さな祖母は静謐な聖職者のようになるのだ。
その姿が、少し寂しく、少し誇らしく、幽かに怖ろしくて、


どうしてお祈りするの?

そう言うと、祖母の祖父との昔話はいくらの時間でも続いた。
時代がかった単語を交えた話は、何を意味しているのか解らないことばかりだったが
にこにこと笑って話し続ける祖母の顔がただ嬉しくて、
自分はそれを遠い場所の素敵な御伽話のように聞きながら、
うつらうつらと、祖母の膝の上で眠るのだった。


いつからか、 どこかでこう思っていた。
いつかどこにも居場所がなくなっても、ボクには帰れる場所がある。




祖母が亡くなったのは、自分がまだ義務教育に上がらないうちである。


今現在覚えた言葉で言うと、 孤独死だった。



訪れた慣れた家のさいごの記憶は、人垣と喧噪に包まれた姿。

いつものちゃぶ台の周りは知らない人達で埋まっている。
慣れない匂いが強く立ち込め、お菓子の場所は分からない。よその家になってしまったようだ。


大人達の話す話はお金や難しい事ばかりで理解出来なかったが、
やがてこの家が壊される、というのだけはわかった。


親戚達の目はいつもどうり居心地が悪く、人目の群れから避けて、逃げるように
奥の部屋へと向かう。


馴染んだ空気に包まれ喧噪が遠くへ滲む。
いつもの、黒い扉のある部屋だった。

木の葉の揺れる音や鳥のさえずり、こんな日まで窓の外は不躾に静かだ。

いつもの部屋、
いつもの家の中、使う主を失った
置いていかれた物たちが 寂しそうに鎮座している。

ほのかに残るいつもの煙い香りが落ち着いた。

その中に一人、座り込む。


祖母のいつも座っていた場所には、白い箱が置かれている。
ソレは、明かりのない暗い部屋で発光しているかのように 不自然に存在していた。


—死んだ人間に想いを馳せる意味は解らない
—だってただのモノじゃないか



音のない部屋、時が止まった部屋。


写真の中では男性が笑っている。


黒い扉の前で物言わぬ白い箱が、届かぬ日差しに灰色に照らされている。


置いていかれた物達。


音を失くした部屋。


時が止まった部屋。


写真の中では男性が笑っている。


置いていかれた物達。


音を失くした部屋。


時が止まった部屋。


写真の中では男性が笑っている。


置いていかれた物達。


時が止まった部屋。


写真の中で笑うだけの男。


黒い扉。


物言わぬ白い箱。


時が止まった部屋。


写真。


笑顔。


時が止まった部屋。


時が止まった部屋。


部屋。


物。


自分。


物。


黒。


灰色。


白。


箱。


箱、


黒い扉の前で物言わぬ白い箱が、届かぬ日差しに灰色に照らされている


ふと思った。
ボクがいない間、祖母はずっとこの家でこうして過ごしていたのだろうか。



黒い扉、笑顔。灰色の日差し、物言わぬ白い箱、時が止まった部屋、
置いていかれた物達、時が止まった部屋。笑顔。たくさんのお菓子、笑顔。頭に触れる微細い手、終わらない話、膝の上で眠ったこと、笑顔
たくさんのお菓子、小さな背中、しわくちゃの手と、涙、 笑顔



言い忘れた事がある。
言い忘れた事がたくさんある。


突き立てられるように感情が堰を切り、
祖母の入ったその箱へと立ち上がり駆け寄った。
話しの下手な自分には、言うべき言葉が出てこない。


神様のつかいに貰ったお婆ちゃんの名前はややこしくなってしまって
難しくって今の自分にはもう呼ぶことができない。
だから、 せめて、

解き方のわからない結び目を力づくで必死で解いて、
滑稽な形の壷の蓋をしがみつくように開けた。

今まで人を支えていた細い柱は、しろくて、嘘のように軽くて、花のようにもろくて、手を伸ばし掴むと


幼い自分のわずかな力でぱきりと砕けた。



それがとても白くて、 灰色に照らされていたので、





それが一番最初の記憶で、

永い事、忘れていた話だ。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[55] ふたたびの旅立ち

ニワトコ(cauv4259) 2013-03-05(火) 01:43
――わずかに開いた窓から吹く風が、窓辺に置かれた鉢植えの花をゆらしている。

ニワトコの住む家は、自然豊かなチェンバーの、小さな森の片隅にある。
木で造られた、ちっぽけな小屋。
部屋の中には最低限の物しか置かれていない。

しかしこれは、ある意味では仕方のないことだった。
なにせ彼の出身世界には人間が存在せず、「家」の概念などなかったのだ。
夜露をしのぐために大きな樹の影や洞窟で寝ることはあっても、ベッドなど知る由もない。
逆に、覚醒直後に世話してくれたロストナンバーたちが口出ししてくれたおかげで、
とりあえず必要であろう家具がある…と言った方が正しいのかもしれなかった。
けれど、あるから使うのかと言えばまた別問題で、心地よい風が吹く日などは外で寝転んでいたりすることもあるのだった。

それでも、少しずつ物は増えていってはいるのだ。
一昨年のクリスマスのプレゼント交換会で届いた、小さなツリー。
去年のクリスマスにはケースに入った丸い円盤。
どちらも部屋の片隅にちょこんと置かれている。
(余談だが円盤は「B級ホラー映画のDVD」というものらしく、彼には何だか良く分からなかったので、大切な人に尋ねてみたら、ちょっと困ったような顔をされてしまった)

大切なひとと一緒に行った壱番世界で買った、金平糖の入った小瓶。

そして、窓越しの月明かりに照らされた、白い花。

しばらく前に、ターミナルにあるトゥレーンというお店で貰った、ジニアという名の花。
ニワトコの紡ぐ物語で咲いたその花は、それから何度となく語りかけたことで成長し、今ではニワトコの頭の花よりも少し大きいくらいだ。

椅子に腰かけたニワトコは、眠そうな目をこすりながら、白い花弁を見つめていた。

『旅立ちの花』

お店の主人――ウィル・トゥレーンはそう言っていた。
と、ぼんやり思い出す。

故郷を追われ、覚醒し、歩いて歩いて……、ただひとりの大切なひとのところへ辿り着いた。
でも、旅はまだ、終わってないんじゃないかな?

根なし草と言われた自分も、いつかどこかに根を下ろすのか。
そのときは愛するひとと一緒がいいと、切にそう思う。

そんなことを思ってしまったのは、きっと、彼女の故郷が見つかったと聞いたからだ。
そして、そのことをジニアの花に話していたからだ。

もしかしたら。
もう一度の旅立ちのときが来ているのかもしれない。

どこに辿り着くかは知れない。
いつになるのかも知れない。

けれど、怖くは無いはずだ。
だって、今はひとりじゃない―――彼女と手を、繋いでいるのだから。


夜が更けてきた。
とうとうまぶたが重くなってきたニワトコは、椅子に腰かけたままうとうとしはじめる。

―――その姿を、白い花だけが見ていた。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

スレッド先頭/ スレッド末尾

 

[40] 【探偵名鑑】メアリベルー解答編ー
ねえねえメアリとあそぼ!手足をちぎって投げるからとってきてね!
メアリベル(ctbv7210) 2012-12-12(水) 11:39
重く軋りながら巨大な鉄扉が開かれていく。
アンダーザローズ……女の子だけの学び舎に付随する白亜の礼拝堂は、秘め事の暗喩となる薔薇の木暗闇の如きしめやかさに充たされていた。
昼は神に祈りをささげる子羊たちで埋め尽くされる聖域も、消灯時間を過ぎていたいけな子供たちが寝静まった夜ともなれば、規則を破ってまで徘徊するものは誰もいない。

否。
一人いた。
あどけなく愛らしい少女だ。

扉を開け放ち恐れ気なく踏み込んだ少女の声が、神聖不可侵の領域に闇を湛えた穹窿に殷々とこだまする。

「犯人は貴女ね、ミズ」

おちゃめにおしゃまにおしとやかに、レディの嗜みを忘れずに。
教本通りにダンスのステップを踏み、左右対称に並ぶ信徒席の中央の廊下を歩いて行く。

「ミス・ポージィとミス・ボーデンを殺したのは貴女ね、ミズ。可哀想なミス・ポージィとミス・ボーデン、閉じ込められて永遠になっちゃった!」

膝まで垂らした赤い髪、右側にちょこんと結んだベルベッドのリボン。
嵐の前の空を思わせる灰色の瞳が、まるでこれから舞台に上がるバレリーナの如く、興奮と恍惚に潤んでいる。

少女の声は甲高く楽しげで、まるで歌を唄っているようなのに、場違いに躁的な調律の狂い故に滲み出る不吉さを拭いきれない。

礼拝堂に整然と並ぶ信徒席。
その中央に何者かが座っている。
ぎりぎり近付くまで判らなかったのはその人物が黒衣を着ていた為。
頭から踝までを覆う尼僧のお仕着せが、殊更視認を難しくしていたのだ。

「ミス・マフェットは無事だったよ。メアリとメアリの頼もしい助手が駆け付けたからね」

メアリの助手はとっても強くてかっこいいの。
まるで王子様みたい!

冷えきった礼拝堂にスタッカートの如く軽快な靴音が響き渡る。

「犯人は最初から『いた』。いたけど見えなかった、そういう立場のニンゲンなの。哀しいね。どんなに愛しても気付いてくれない、その他大勢の一人としてしか扱われない。学校を出たら尚更だよ。お友達の事は覚えてたって……」

「どんなに愛しても気付いてくれない」

中央の人影が虚ろに繰り返す。

「私は……寂しかったのです」
「メアリもわかるよ、その気持ち」

少女ーメアリベルがにっこり微笑む。
胸に手をあて一回ターン、濃紺のワンピースの裾をくるりと回す。

「メアリもずっとそうだから。ずっとひとりぼっち。ねえ、なんでメアリがお休みの間ずっとずっとここにいるかわかる?待っててくれる人なんていないからよ。メアリにはおうちがないの。ううん、ここがおうちなの」

「?どういうこと、ですか」

「ミズはメアリを知ってる?」

「あたりまえです。貴女は3年生のミス・メアリベル……」

「それだけ?」

「え?」

「メアリがいつからここにいるかご存じ?」

絶句するような沈黙。
暗闇を通し手に取るように伝わってくる困惑に喉転がすチェシャ猫の笑みを真似て、メアリベルは軽やかに続ける。

「メアリのおうちの事、家族の事……ほらなんにも答えられない、おかしいわよね生徒の事はなんでも知ってる筈なのに」

ねえ、シスター・ヘカテ?

一拍の沈黙の後。
白磁の聖母像に似た繊手がたおやかにフードを払い、ステンドグラスを嵌めた天窓から斜めに射す月光が、無個性に整った顔を暴きだす。
「………貴女は、誰なのです」
「おかしなこと訊くのね。メアリはメアリ、それ以外の誰でもないわ。ねえミスタ・ハンプ?」

どこからかとりだしたハンプティ・ダンプティのぬいぐるみに頬ずりし、暗く淀んだ瞳で、長椅子から腰を浮かせかけたその人物をひたと見据える。

その人物……
シスター・ヘカテは暫く固唾を呑んで立ち竦んでいたが、諦観の微笑みを薄く唇に上らせ、淑女の規範の如く粛とした動作でメアリベルの前へ歩み出る。

「貴女のおっしゃる通りです、ミス・メアリベル。犯人は私。私があの子たちを……穢れない子羊のようだった、ミス・ポージィとミス・ボーデンを手にかけたのです」

胸の前で綺麗に十字を切る。
無垢なる魂の冥福を祈って。

「……ここは私のホーム。生徒たちは家族。私の愛するまっしろい子羊たち。名前だって全部言えます。ミス・ポージィ、ミス・ボーデン、ミス・マフェット……でも彼女達はどうでしょう?彼女達は私をシスターと呼び慕ってくれます。ああ、けがれない可愛い子たち。とても素直ないい子たち。ミス・ポージィにはお菓子作りを教えてあげました。彼女はとても呑み込みがよくて……ここを出たらケーキ屋さんになりたいと……」

『ここを出たら』
『大人になったら』

「それが引き金になったのね」
「今度の学校はお菓子職人を養成しているところだと、有名なパティシエを何人も輩出してると、それは楽しそうに語っていました」
「それはやきもちという奴ね?」
「大人になどならなくていいのです」
「立派なレディになるための教育を受けてるのに?」
「私の子羊たち、可愛い娘たち。どうして大人になってしまうの?ここにいれば安全なのに、永遠に守られるのに、守ってあげるのに」
「どうしてメアリが貴女のお話にお返事しなかったかわかる?茶番だったからよ。だって他のみんなはともかく……ミズだけはあのふたりがどこにいるかわかってたでしょ」

メアリベルはくるりと回る。

「ヘカテはギリシャ神話の女神の名前。意味は遠くへ矢を射る者……月光の比喩とも言われるわ。別名暗い夜の女王。月と狩猟の女神アルテミスの従妹で、豊穣と浄めと贖罪、そして子育てを司ると言われるわ」
「私は月の光のように皆を優しく包み込みたかった」
「ダンスホールでは月の満ち欠けの順にシャンデリアを追っていった」
「なのに月は日が照れば隠れてしまう、忘れられてしまう」
「ギリシャ神話の月の女神《セレーネ》、アルテミスと同一視されるローマ神話の《ルーナ》、《カリストー》はアルテミスの分身的なニンフ。この学校の場所名はいずれも月と関連深い女神からとったもの。お茶会の主催者はシスター・ヘカテ、お呼ばれされたのは可愛い生徒達。最初から絞り込まれていたの……天動説の世界のように広くて狭いこの箱庭を自由に動ける人は限られてるから」
「ミス・メアリベル」
「なあに、シスター・ヘカテ」
「貴女は悪い子ですね」
「よく言われるわ。それがなに?」

メアリベルが回るのをやめる。
長椅子の背凭れから滑るように手を離したシスター・ヘカテが、自己催眠に入った者特有の不安定な足取りでやってくる。

「この事を皆に言うの」
「どうして?そんな事したって意味ないわ!」
「私は寂しかった。寂しかったの」

こんなにこんなに愛しても
どんなにどんなに愛しても

「どうして行ってしまうの?大人になってしまうの?ずっとここにいればいいじゃない」

愛してあげる、守ってあげる、ずっとずっとずっと……

メアリベルが唇に人さし指をあてる。

「シスター・ヘカテ、終わらないお茶会は楽しくないよ」
「何故?」
「お腹が紅茶でたぷたぷになっちゃう。クッキーもぱさぱさになっちゃう。お茶会はたまにやるから楽しいの!特別な事は特別な時だけにしとかなきゃどっきりが薄れちゃうでしょ?」
「貴女も、なのね」

ミスタ・ハンプを抱いて無邪気に笑うメアリベル、その直前まで迫った尼僧の柳眉が引き攣り唇が戦慄き泣き笑いに似て滑稽に顔が歪む、絶望と悲哀と眼前の少女に対する得体の知れぬ恐怖とが混じり合った戦慄の形相で手に隠し持ったナイフを振り上げる。

「おばかさんね」

メアリベルは大事に大事に抱いてたミスタ・ハンプを前に掲げ盾にする。一瞬の躊躇もなく。
ナイフの切っ先はミスタ・ハンプに吸い込まれ横一直線に切り裂いて盛大に綿をばら撒く。
露出した綿のむこうでメアリが笑う、笑いながら踏み込んでミスタ・ハンプの腹の裂け目に手を突っ込み鋭く光る何かを取り出す。

果物ナイフ。

「メアリの助手は林檎の皮剥きがとっても上手。こないだ教えてもらったの」

交差する二刃の軌跡、大と小一対の影絵。
大人と子供の身長差故シスターの切っ先はメアリベルを仕留めそこない宙に一束赤毛を散らせるが、既に踏み込んでいたメアリベルはミスタ・ハンプを放り出し、両手を柄に添え無防備な急所に狙い定める。
腹部にナイフを突き立てられシスターがぐらつく。
傷口から溢れた血が尼僧の黒衣をどす黒く染めていく。

腹部を庇い蹲るシスター・ヘカテ。
急速に視力を失いつつある目が捉えたのは血塗れの果物ナイフをさげてたたずむ、少女のカタチをしたナニカ。

「メアリはミスタ・ハンプの敵討ちにきたの」

シスター・ヘカテの傍らに片膝つきしゃがみこみ、耳元で囁く。

「いつだったかしら、ミスタ・ハンプが血まみれにされたことがあったの。でもあれは血じゃなくて、舐めてみたら甘くて美味しい……ラズベリーソースだったの。シスター・ヘカテ、貴女はミス・ポージィにお菓子作りを教えてあげてた。急いで廊下を走ってて、ミスタ・ハンプに躓いて転んじゃったとしたら……瓶の中身をぶちまけて……」

どんどん意識が遠ざかっていく。
メアリベルの声も遠ざかっていく。

「復讐、なの……?」
「どうかしら?」

かわいらしく小首を傾げるしぐさにつられ赤毛がさらりと揺れる。

「でもそのおかげでお友達ができたんだもの、シスター・ヘカテには感謝しなくちゃね」

おやすみなさいシスター・ヘカテ。
良い夢を。

かすかにラズベリー香る唇が、死神の手招きに抗えず垂れ下がる瞼に触れ、鼻歌まじりに気配が遠ざかっていく。立ち去っていく。

楽しげに歩み去る少女の背を仰ぎ、震える唇で最後にして最大の疑問を紡ぐ。

「貴女は誰……?」
「メアリはメアリだよ。ずぅっとここにいるの。ここは虚構の箱庭、マザーグースガーデン。他の子たちが卒業して大人になってもメアリはずっとずーっとここにいる。大人になれないお嬢さん、レディになれないリトル・レディ。ミズがミセスになっても、メアリだけはずっとずーっと……」

そういえば、とシスター・ヘカテは薄れゆく意識の彼方で回想する。
彼女はここの卒業生だった。
ここを卒業し、そのままシスターとなった。
在学中、図書室で見付けた一冊の本……マザーグースの歌集。
その中の一項だけがどうしても開けなくて……真っ赤な血で糊付けされていて……

「忘れられるのは怖いよね」

その気持ち、よくわかるよ。

「でもね、シスター・ヘカテだって……メアリの事忘れてたじゃない」

だからおあいこだよ。

扉の前で立ち止まり、後ろ手組んで振り返った少女は相変わらず笑っていたが、その顔は奇妙に無表情で、虚ろで、空白で。

シスター・ヘカテがゆっくりと目を瞑る。
床に頼りなく伏せた横顔は、何故だか安らかな微笑みを浮かべていて。

礼拝堂で息絶えたシスターを曇り空を映す硝子めいた灰色の瞳で一瞥、メアリベルは呟く。

「きっと終わらないお茶会の夢を見てるのね」


END
[41] あとがき
くすくす
メアリベル(ctbv7210) 2012-12-13(木) 22:48
【探偵名鑑メアリベル】(高槻ひかるWR)の謎解き編を書いてみました。

あくまで解釈の一つということで。
[54] 備考
くすくす
メアリベル(ctbv7210) 2013-01-04(金) 20:56
メアリベルの名前はナイトメア(悪夢)+ベル(鐘)の造語。
Nightmareの「mare」は雌馬と同じスペル。
一説によると黄泉の国の女王ヘカテの頭は雌馬だとも言われる。
それがクリコメあとがきの「メアリベル様は何故、この犯人の法則を知り得ていたのでしょうか?」の答えなのかな、と妄想しました。

面白い接点を発見したので追記。

 

スレッド一覧へ

BBS一覧へ

«前へ 次へ»

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン