VS世界樹旅団 モフトピアの会戦
ノベル
■アニモフ避難大作戦
その日――。
モフトピアの浮島に、数多くの旅人たちの姿が見られた。
かれらはすみやかに、そしてひそやかに浮島に点在するアニモフたちの集落を訪れている。
「実はこの浮島は巨大な亀で、今日は数百年に一度動き出す日なのだ。避難しないと振り落とされてしまう。安全な場所を調べたので着いてきてほしい」
「あ~、実はみんなで遊ぶお家を作ろうとして失敗してさ。作り直すことになったんだよ。大きな木が倒れてきたりして危ないからさ、ちょっとみんなで別の場所にピクニックに行かないか?」
「なー、あんちゃん達。一緒に料理大会やらへんか? 兄ちゃん、珍しい食材ぎょうさん持って来たんやけどな。 ちぃとばかし多すぎて此処まで持ってこれんかったさかい、会場はアッチの浮島に用意してあるんや。 良かったら友達沢山誘って、来てくれや。こーゆうのは大勢でやった方が楽しいさかいに なっ!」
サーヴィランスが、坂上 健が、シャチが……、アニモフたちを別の浮島に連れ出すための口実をでっちあげる。疑うことを知らないアニモフに島を離れる理由を納得させるのは難しいことではなかった。どんな突拍子もないことでも起こりうるモフトピアのことだ。島が実は亀だったと言われても、むしろそれが起きてくるのを見たいといって騒ぎはじめるほどである。
「お菓子も用意してあるし、見晴らしの良いところで食べましょうね」
と、榊原 薊。
だが問題は、大勢のアニモフをどうやって集団行動させるかだが。
「集ー合ー! 全体適当に整列アル!」
ホイッスルの音とともに、ノリン提督の声が響き渡った。
「お行儀よく並んで、仲良くいっちに、いっちに。まわりの子を押すのも、じゃれるのも、どっか行くのも、何が見えても、聞こえても、我慢我慢。 走るのは、わたしが走って!って言った時だけです」
仁科あかりが、保育士なみの手際で、アニモフをうまく整列させ、行進の隊列をつくった。
バーバラ・さち子がとりだした色とりどりのリボンで、電車ごっこの要領でアニモフの集団をまとめる。
「目的地まで競争ね! でも慌てないで」
と、ミア・リース。
やがて、いくつものアニモフのパレードが行進を始めることとなった。
「もっふっふん、もっふっふん。今日もぽかぽかふわふわ、モフトピア~♪」
アルウィン・ランズウィックが狼と人の姿に交互に変身を繰り返しながら、たのしげに歌い、はねまわるので、アニモフたちの行進の足取りは軽く、楽しい。
「みんなで てくてく あるいていくよ
いっしょに どんどん すすんだあしあと
いろいろ とりどり はなが咲く」
やさしく歩調をそろえるホワイトガーデンの能力で、行進のルートにそって花が咲きほころんでゆく。
それは、この場面だけを取り出せばなんとのどかで、穏やかで、幸せな光景だっただろう。
だがこのあと、この浮島で戦いが巻き起こるのだ。
それを思うと藤野 昭壱は声がふるえそうになるのを抑え、せいいっぱい、楽しい歌をうたってみせた。
なにかに気をそがれ、隊列から外れそうになるアニモフも、もちろんいる。しかし、そんなときは、
「むこうに、もっとお菓子があるぞ」
「はぐれちゃうと、お菓子食べられなくなるよー? こっちこっち~」
と、白燐、黒燐のように食べ物で釣ってみせたり、
「はーイ。注目ー」
と、ワイテ・マーセイレが手品を見せて気を引いたりした。
「目的の場所にたどりつくには、みんなの協力が必要なの」
流鏑馬 明日がアニモフ相手に正論(?)を説くが、説明のために彼女が見せた画用紙には、謎のいきものの絵が多数描かれていた(明日作『きみょ可愛い動物が遊園地で遊んでいるの図』)。
それでもはぐれてしまったアニモフは、グラバーが見つけて連れてきてくれた。
「さあ、手を繋いでまぁるくなって、そうそう、お上手」
「迷子にならないよう、列になってぼくについてきてね」
ゼシカ・ホーエンハイムがお遊戯のようにアニモフたちの手をつながせ、ニワトコが笑顔で先導する。
そのような努力の積み重ねで、隊列を浮島の端まで連れてくることに成功したのだった。
「さあ、行きましょう、この空の向こう側見せるのです」
シーアールシーゼロがアニモフたちに宣言する。
シレーナが、水を操る能力で「ウォータースライダー」をつくりだす。
「これに乗れば、何もしなくても向こうまで行けるのよ。誰か試してみない? ちょっと濡れちゃうけど…きっと楽しいわよ」
にっこり笑って誘えば、アニモフたちには是非もない。
きゃあきゃあ騒ぎながら、水の滑り台で隣の浮島まで次々に滑り出してゆく。
一方、カルム・ライズンは竜の姿となって、
「よかったらさ、向こうまで空飛んでみない?」
と多数のアニモフを背に乗せ、届ける。
かれらによって浮島のアニモフをすべて避難させることができた。
連れて行った先の浮島では、「おかしパーティー」と書いた旗を持った音成 梓が。
「みんなーお茶会はじまるよー!」
サシャ・エルガシャが声を張った。
実際、そこでは梓やサシャのほか、縁見 為樂火らが用意したお菓子が山のように準備されている。
「でもお茶会の準備、ワタシ一人じゃ大変だから手伝ってくれる?」
サシャがアニモフに言った。
なにかやることを与えて少しでも気をそらし、時間を稼ぐ作戦である。
テーブルセッティングは七夏やルッカ・マリンカが手伝ってくれるが、その間を、一緒になってアニモフたちもちょこまかと駆けまわっているのだった。
「なんとかなった……かな」
バナーがほっと胸をなでおろす。
時ならぬお茶会は騒がしくも楽しそうだ。
三ツ屋 緑郎は、ターミナルから連れてきたうさんくさい一団を引き連れ、アニモフに取り囲まれている。「このお兄さんたちが紙芝居を見せてくれるんだって!」と言ってアニモフを連れ出し、あやしげな一団――なんでもターミナルの宗教団体らしいが――には「信者を増やせるチャンス」とうそぶいたようだが、連中の布教紙芝居はいまいちアニモフには不評だったようだ。
やがてお茶会の支度が整い、楽しい時間が――少なくとも今この場では間違いなく、楽しいお茶会が始まる。サシャや七夏たちが、笑顔を絶やさずに給仕をつとめる。七夏が即興でつくってやったメイド服を着てその真似をしているアニモフもいる。
ルッカが魔法で虹をかけたり色とりどりの飴の雨を降らしたりして場に花を添える。
「このクッキー、俺の自信作なんだぜ? 沢山あるから、ゆっくり食べろよー」
と、バイオリンを弾いてみせながら、梓が言った。
「……こんな平和なモフトピアに基地をつくっちゃうなんて、世界樹旅団って……」
バナーがぽつりとつぶやいた。
かたわらで、三雲 文乃は、遠く、もときた浮島を眺めた。
ここからも、そびえたつ樹木の塔の輪郭を見ることができた。
やがて、避難完了の報告を受けて動き出したのだろう、2台のロストレイルが、モフトピアの空を裂いて駆けてゆくのが見えた。
彼女は思うところのあるふうで、その様子を眺めていたが、やがて、アニモフのお茶会に加わるべくきびすを返した。
その背後で、いよいよ戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
◆ ◆ ◆
「アニモフ、危険区域からの退避完了しました」
ロストレイル11号――後方で待機し、今回のトレインウォーの指令本部となっている車両で、ディーナ・ティモネンが告げた」
「いいなー、エミリエもアニモフとお茶会したいよう」
エミリエが脚をじたばたさせるが、皇 無音の無言の一瞥を受けて黙った。
イスタ・フォーが水晶型出力装置から投影する映像には、樹木の塔が映し出されている。
「「皆、無事に戻ってくれればよいのだが……」
とイスタがつぶやくのへ、
「きっと、皆さんなら大丈夫ですよね……。ワームを倒して、人質を救出して皆無事に帰ってきてくれますよね」
と、お茶会組や別のロストレイルから届いた情報をメモに書き付けている手をとめ、岩髭正志が言うのだった。
「2号、5号、発進準備整いました」
ディーナが伝える。
その横で、もぐもぐとショートブレッドを頬張り、カロリー補給につとめていたアーネスト・クロックラック、エミリエを振り返って、目で促す。
「おっけー。じゃあ、いっくよー。とつげき~~~★」
「5号、発進!」
「2号、発進して下さい」
■開戦の空
唸りをあげて、2台のロストレイルが走る。
1台が先行し、樹木の塔へと急接近していく。
塔の頂上部にまとわりつくようにしていた巨大な灰色の肉塊が、ただちに反応して、うごめきはじめた。嚆矢のように、宙空に伸びる結晶の線路。そのうえを駆けるのは獅子座の名を冠するロストレイル5号。それを迎え撃つべく、灰色の肉塊――「バンダースナッチ」と名付けられたワームは、不定型の身体を四方八方へと伸ばし、さながら触手の津波のようになって襲いかかってきた。
それぞれの触手は、その先端や表面が波立ち、たちまちさまざまな猛獣の姿をとる。
そのただなかへ、ロストレイルは吶喊してゆくのだ。
「皆、がんばって行こうぜー!」
「ドカンと一発派手な花火を打ち上げまっしょー!」
永光瑞貴と、ルイス・ヴォルフが気合の声をあげる。
ロストナンバーたちは、あるものはロストレイルの屋根のうえにのり、あるものは線路のうえを走り、またあるものは自身の能力で空を翔けて接敵する。
永光瑞貴が炎を巻き起こすなか、ルイスはハンマー投げの要領でエネルギーの球体を敵になげつける。炎の嵐にさらされたワームの組織は焼け爛れ、エネルギー球の直撃をうけた部分は大きく穿たれるが、すぐに再生していくようだ。おそらくこれを繰り返して、削り続けるしか、このワームに勝つ方法はない。
「燻り狂えるバンダースナッチに近寄るべからず、か」
車両のうえに立つムジカ・アンジェロのギターから、音が刃となって迸る。
「世界樹旅団とやらはこんなモノまで操れるのか」
節操のないことだ、と呆れまじりにつぶやきつつ、荷見 鷸は和弓を手に線路のうえに飛び降りる。仲間を乗せたロストレイルが走り去るのを見送りつつ、自分はその位置から弓に矢をつがえ、牽制の一矢を放つのだ。
バンダースナッチは、その身体の一部を次々に切り離しはじめた。それはすぐさま変形し、複数の動物の特徴を混ぜ会わせたような奇怪なキメラとなる。壱番世界で見慣れた動物の姿もあれば、見たこともない異世界の存在もある。ディラックの空のどこかで拾った情報をでたらめに混在させているのだろう。
「ワームだろうが何だろうが、私にとっちゃ食物以外の何者でもないわ」
キキキキ!と笑い声をあげながら、蜘蛛の魔女が空に糸をかけ、恐ろしいスピードでそのうえを渡っていくのが見えた。襲いかかってくるワームの分身――双頭の雄牛を蜘蛛の脚で抑えこむ。反対に捕食するつもりのようだ。
「モフトピアにワームとか、似合わなすぎだろ……発進!レオカイザー!」
山本 檸於がトラベルギアを起動させると、シマウマの身体にオウムの頭をもつワームが、『レオカイザー! レオカイザー!』とわけもわからず声真似で応えた。
「うるさい! 仲間は返してもらうぞ!もちろん、ロストレイルも!」
ワームに向けて怒りのレーザー光線が照射される。
その傍らを、クアール・ディクローズが、そのすぐあとにキリル・ディクローズが駆けていった。
「クアール。ぼくも、ぼくも戦う」
「キリル、無茶はするなよ。俺から離れるな」
ふたりのまえにどろりとなだれ込んでくるワームの一部。表面がなみだち、像の上半身、ワニのあぎと、コウモリの翼が生み出される。
クアールが閃光弾を炸裂させると、目をもつゾウの部分は怯んだようだ。
「クアール!」
キリルが鞭をふるう。目のないミミズの群れとなって足元から忍び寄ってきた部位をなぎ払った。
サポートに一瞥だけで応え、クアールは敵の頭上から隕石群を降り注がせる。
まだ開始からものの数分というところだ。
だがすでに、苛烈極まりない戦いが繰り広げられていた。
5号がワームとの戦闘に入ったのにすこし遅れて、追随していた2号は、急激に軌道をかえ、樹木の塔の根元付近を目指していた。このスピードではぶつかる、と誰もが思う……いや、実際、ぶつかるのである。2号の先頭車両、その先端が開き、中に収納されていたドリル部分が姿を表していた。
「頼んだぞ」
その様子を眼下に確認し、虎部 隆はつぶやいた。
出発前、救出に向かう仲間とかわした握手の記憶。そっちは任せた。しっかり助け出して来いよ?
そして彼自身は、遅いくるワームへとまっすぐに眼光を向ける。
トラベルギアから撃ち出す弾丸が炸裂し、生み出された器官を爆ぜ飛ばしてゆくが、そうしながらも、隆の目は相手の弱点を探している。不定型ならどこかに核があるのではないか、と考えていた。
「こんなすてきな世界をワームに荒させるなんてゆるせない……!」
藤枝竜が、大型の分身の一体に馬乗りになっていた。
剣を突き刺し、その傷から炎を流し込む。
「!? わ、わ~っ」
しかしワームが暴れ狂ったので、放り出されてしまった。
「っと、平気かい、嬢ちゃん」
「……っ、あ、ど、どうも……」
アジ・フェネグリーブがその隻腕から伸びる鎖で竜をつなぎとめてくれた。
そのまま車両内に回収される。
車内では有馬春臣が待ち構えていた。
「怪我は……特にないようだな。ではまだいけるな?」
「はい、もちろん!」
再び飛び出していく、竜。
「この私が回復担当に加わっているのだ。諸君、遠慮なく存分に暴れたまえ」
有馬が窓から声をかけた。
ロストレイル5号が樹木の塔に接近したとき、反応したのはワームだけではなかった。
周囲の空を旋空していた、あるいは塔の近くに着陸していた、銀色の円盤群もまた、ロストレイルに向かって動き始めたのである。それは「放浪船(ナレンシフ)」と呼ばれる世界樹旅団の乗り物であるそうだ。
「ケケケッ、団体客のお着きだぜェ? 持て成しやがれやッ!」
椙 安治は炎をまとう黒いコウモリの羽で、円盤群へ向かってゆく。
長柄の武器を振り回し、銀色の船体へと振り下ろす。先端がなにかにひっかかったようで、そのまま空中をひきずられても安治の哄笑が止むことはない。
「何ということですか。いけません、いけません! お気を確かに!」
その、安治がとりついている円盤の直上から、カーマイン=バーガンディー・サマーニアが舞い降りてきた。飛行する円盤のうえで、高空の風にさらされても、彼の顔にはりついて素顔を隠している紙が剥がれる様子はなかった。
「これ以上、味方を傷つけさせはしませんよ!」
そういうとカーマインはトラベルギアのはさみを船体につきたてる。
特に安治がピンチだったということもないのだ、せっかくなので、一緒になって船体を穿ちはじめる。
円盤はあわててふたりを振り落とそうとジグザグの飛行をおこなったが、壁に穴が開くのは時間の問題のようだ。
「よーぅ鴉刃ぁ! ちょっくらあそこまでデートしねーかぁ?」
「ホントはベルゼ抜きの予定だったんだけど、僕飛べないから……。デートする?」
5号がバンダースナッチに接敵する直前だ。
「バカネコも一緒だけどな、退屈はさせねーぜ?」
「ば、バカって言うなぁ!」
ベルゼ・フェアグリッドとアルド・ヴェルクアベルが、円盤を指して言うのへ、飛天 鴉刃はむっつりと応えた。
「……戦争だと言うのにデートとはお気楽だな。まぁ協力なら惜しまぬ」
かくして、アルドが霧となってベルゼに憑依すると、ベルゼと鴉刃とで、円盤を目指す。
すぐに向こうもこちらに気づいたようで、船底からなにかがバラバラと落ちてくるのが見えた。それはどうやら小型のワームのようだ。
「くるぜ!」
「承知」
鴉刃がベルゼから受け取ったドラムの槍を振るえば、殺到した小型のワームたちは次々にその穂先の露と消える。カッと照射される光線のような攻撃があったが、これは憑依をといたアルドが盾で防いだ。
「うるさいやつらだ」
ベルゼがその分身ともいうべき「バッドレギオン」を散らせてワームの相手をさせると、ナレンシフへと接近してゆく。
円盤は遠ざかろうという素振りを見せたが、鴉刃が槍を突き立てるのが先だ。
「どうだ? 当てられそうか?」
「当てられそうか、だって? ふんっ、愚問ね。私を誰だと思ってるのよ」
そんなやりとりが、少し離れた空域で行われている。
竜の翼を大きく広げたレーシュ・H・イェソドと、その背のうえのフカ・マーシュランドだ。
フカが組み立てた狙撃砲で、狙いを定める。
そして彼女が放った一撃は、正確にナレンシフの一機に命中した。
動力部を破損したのだろうか、あきらかに制御を失って、ゆっくりと落下してゆくそれが、今回の戦いでの最初の撃墜であった。
そして、撃墜はそれだけでは終わらなかったのだ。
「俺のハジキが生ぬるい事はすんなとさ。……派手にいくぜ、世界樹旅団とやら、ぼやぼやすんなよ。あんたらの本気を見せちゃくれねぇか」
村山 静夫がそうつぶやいたのは伊達でも何でもなかったのである。
■樹木の塔へ
先端にドリルを備えたロストレイル2号が樹木の塔への吶喊を開始すると、当然、ナレンシフの何機かはその阻止のために動いた。
しかしかれらは、瞬間、2号を見失ってしまったのである。
かれらの眼前から、列車が消え失せたのだ。
そして、あっと思ったときには、ロストレイルは樹木の塔の根幹部にドリルの先端を沈めていた。
「ッはは、ビックリしたろ?」
窓から外を見やって、ミケランジェロが笑った。
列車を透明化させたのは彼が車体に描いたアートの能力だ。
「向こうから喧嘩吹っかけて来たんだ、派手に暴れてやればいい」
こちらへ向かってくるナレンシフに、応戦するロストナンバーたちがいるのを見て、彼は微笑った。
「みんな無事だな? よし、じゃあ、頼んだぞ」
吶喊の衝撃から身を起こし、2号に乗り込んでいた世界司書、シドが言った。
2号に搭乗しているロストナンバーはこれから樹木の塔の内部に侵入し、捕らわれた仲間の救出と、奪われた車両の奪還に赴く。
むろん、ある程度の人数はここへ残って2号を護衛する。
伊原もその役を買ってでた一人だ。
「いざとなったら本性をあらわしてこの車両の入口をふさぎますから」
「本性ってタンスだろ……」
車両のドアを開けたところにタンスがあって通行を邪魔しているところを想像して、シドが言った。
「しかも、私を攻撃したものにはあらゆる箪笥の角に小指をぶつけたり、引出しに指を挟んだりする呪
いをかけてやります」
「そ、そうか……。とにかく、よろしく頼む」
「これってモフトピアの木なのかな? 変な感じがするけど……」
2号のドリルがぶちやぶった外壁にふれて、ディガーが言った。
見たところ、モフトピアに自生する樹木に似てはいるものの、その表面に真理数を読み取ることができない。ならばこれも世界群の摂理から外れたところからもたらされたものということだ。
「それにしてもすごいなぁ、ドリルの威力……」
ディガーの関心は、しかし、それよりも、2号の巨大なドリルのほうにあるようだった。
さて、樹木の塔の内部は、まがりくねった通路が複雑に枝分かれしているようである。ロストナンバーは手分けして、それぞれの目的のために散っていく。
「上だ」
ディラドゥア・クレイモアが、低く言った。
「自然の覚醒」の魔法で、だいたいの捕虜の位置を探ったのである。
「案内できると思うわ」
言葉を継いだのは幸せの魔女だ。
「私はかれらを見つけることができる。なぜなら、それが私の幸せに繋がるから。助け出した仲間達はきっと私に幸せを運んでくれるから。私は自分にとっての幸せのある場所を感知し、それを見つける事が出来るの。……それに、奪われた幸せは奪い返して、そして奪いつくすのが礼儀というものじゃない?」
是非もないことだった。
仲間の救出を目的にしたロストナンバーたちは塔の上方へと向かう。
他方――、奪われた車両は塔の底部に絡め取られていることは外観からもあきらかだ。奪還を目指すもとたちは下方へと走った。
むろん、かれらの前には、世界樹旅団のロストナンバーとおぼしきものたちが立ちふさがるのだが、ここまできて今さら戦いを怖れるものなどいない。
「きたな、世界図書館め!」
塔内を進むロストナンバーのまえにあらわれたのは、でっぷりと太った巨漢であった。スキンヘッドのその頭頂部に、なぜかトウモロコシが一本、生えていた。しかも両手にもトウモロコシを持っていて、むしゃむしゃとそれを食いながら突進してくるのだ。
「ボクちゃんのスイートなコーンを食らえー!」
そして頭のうえのトウモロコシの粒が弾丸のように発射された!
「なんだこいつは」
“流星”のライフォースはトウモロコシ弾を浴びてしまったが、所詮はトウモロコシである。逞しいケンタウロスの巨躯がゆらぐことなどなかった。彼は愛用の槍を構えると、高らかに宣言する。
「一番槍、“流星”のライフォース、行かせてもらうぜ!!」
「ここは通さないぞー!」
敵は両手のトウモロコシをドリルのように回転させ、ライフォースを迎え撃つつもりだ。
一騎打ち!
すれ違い――そして、がくり、と膝をついたのは……トウモロコシ男のほうだ。
「そ、そんな……このボクちゃんが」
ライフォースの槍はさまざまな精霊の力をおびる。ごう、と炎が敵を包み込んだ。
「ボクちゃんがボクちゃんが焼きトウモロコ死だなんてー!」
「奪った列車はどこだ! 答えろ!」
大斧のトラベルギア「藍鏡」をふるいつつ、ディル・ラヴィーンが突き進む。
「誰が答えるかー!」
バスタードソードを持った戦士風のロストナンバーがディルの斧を受け止めた。その後ろでは仮面をつけた細身の男が、鞭をふるおうとする。だが後方からシャニア・ライズンが放った矢に肩を射抜かれて膝をつく。
前衛の力のぶつかりあいも、ディルが勝利を収め、吹き飛ばされた戦士は昏倒してしまったようだ。
「さあ、場所を教えてもらうわよ!」
チェガル フランチェスカが仮面の男に詰め寄る。
だが相手が答えるより先に、
「こっちだよ」
と、声がかかった。
エレナがにっこり笑って、倒れた敵のうえをふわりと飛び越え、駆けてゆく。
「この先!」
「なんだかわからないけどわかったわ、ありがとう!」
チェガルたちはエレナの先導に従った。エレナは壁や床にふれ、その記憶をよみとったのだ。旅団員たちが往来していたときの記憶を。
果たして、路は天井の高い空間へと続き、そこにはロストレイル7号の車両があった。
「やはり来ると思っていたぞ」
車両の周辺には幾人かの旅団のロストナンバーたちがいた。
双方、一斉に臨戦態勢。その中から赤銅色の髪の青年が進み出る。
「コーラスアス!」
チェガルが叫んだ。まさしくこの天秤座号が奪われた戦いで対峙した敵だ。
「あんた、あのムカつく相棒はどうしたの。腹の恨みでエビ反り固めしてやるんだから!」
雷を発生させ、敵集団の頭上へ落とすチェガル。
コーラスアスは問答は無用とばかりに斬り込んでくる。
そこへ、飛び込んでくる新たな稲妻。
「ラピッドスタイル!」
エルエム・メールだった。
「また会えたね! ここで決着、つける!?」
「……それもよかろう」
エルエムの初撃を受け止めながら、コーラスアスは言った。
「でもね――」
彼女は空を蹴り、宙へと駆け上げる。
「今のエルたちの目的は、こっちなの!」
「ま、待て!」
そのままロストレイルの屋根の上へ。
旅団のロストナンバーたちは、動くことができない。
あるものはディルの呼び出した蔦にからめとられ、あるものはシャニアの撃った催眠弾に倒れる。さらに、チェガルがノートで7号の場所を連絡したので、この場所へ援軍が到着したのだ。
その一人、シヴァ=ライラ・ゾンネンディーヴァが広範囲に広げた触手が、不利と見て逃げ出す旅団員をなぎたおしていった。
コーラスアスはぎり、と歯噛みして、車両を睨んだ。
次の瞬間、彼の傍らに忽然と出現したものがある。
「あーーっ!」
チェガルが怨敵と察して叫ぶも、
「今日のところは撤退!」
相手はそれだけ言い残し、コーラスアスを抱えると、消え失せてしまった。空間転移の能力を発揮したのだろう。
しかし、これにより、まずは天秤座号の確保に成功したことになる。
「注意して。なにか細工が施されている可能性もあるから」
脇坂 一人の発言はもっともな懸念だ。
そこで、エイブラム・レイセンが電子の糸でスキャンを試み、仕掛けられた異物などがないか調べてゆく。
「これが終わったら、回収でしょ。いやぁん、ソレ私がロストレイル動かしちゃっても良いってことですよねぇ? 高まるぅう」
川原 撫子が興奮の声をあげた。
「……よし、問題はなさそうだ。なにかが仕掛けられている様子はない」
エイブラムによるスキャンが完了したようだ。
「では脱出させましょう。動力部のない車両の牽引も行わないといけないですし」
一人が言った。
発車準備が整うまで、再び奪い返されないよう守護しなければならない。
ロウ ユエが、この場所へ通じる通路に氷の壁を建て、再奪取されることのないよう、備えた。
■ロストレイルを奪還せよ
双子座号の車両は、ヴィヴァーシュ・ソレイユによって発見され、すぐさまノートを通じて連絡される。
集まったロストナンバーたちは、車両を警護していた、ボロボロの服を着た老人と相対することとなる。
「この車両は渡しませんよ!」
老人が命じると、大量の、ぬいぐるみたちがあらわれてロストナンバーに襲いかかってくる。
「なにこれ、かわいい!」
「小夜、不用意に近づいちゃダメだ!」
妹の黒葛 小夜を護って、黒葛 一夜が進み出る。彼の念頭には妹を守ることしかない。
「大人しく、梱包されてくれますか!」
一夜がトラベルギアのガムテープを伸ばして振り回し、跳びかかってくるぬいぐるみたちを絡めとってゆく。後方で小夜もシャボン玉爆弾をつくりだして戦いに加わった。
「妾は機械というからくりはまったくわからぬが、これならわからぬでもない。人形使いの術とはなかなか面白いやつだな」
黒藤 虚月が衝撃波で応戦する。
「ククク、私は人形使いではありませんよ、誇り高きぬいぐるみ使いです! 私の名はシュー・タイフ。ぬいぐるみ使いのシュー・タイフとお見知りおきを」
「人形使いとぬいぐるみ使いは同じではないのか!?」
「ぜんっぜん違いますとも!」
老人は血を吐くように叫んだ。このぬいぐるみたち、見た目はアニモフのように愛らしいが、なかなかに強敵であった。
「有明、反応遅いで! もっと気合い入れんかい!」
「せ、せやかて兄上殿、僕こういう戦闘は不慣れなんやで? 堪忍してぇなー」
晦は大きな狐の姿となった弟・有明の背に跨り、刀をふるっているが、斬っても斬ってもぬいぐるみたちがまとわりついてくるのだ。神通力で弾いてはいるが、きりがない。
「私は何度も人に裏切られ、人間は信用できません。信じられるのは人形だけでした」
「だから人形使いになったのか」
「最後までお聞きなさい! その人形にも私は裏切られた! なぜだ! 私は絶望した! だから今度はぬいぐるみを信じることにしたのです!!」
「へえ、そう」
「!?」
滔々と語る老人の背後に、いつのまにか彼女が立っていた。
最後の魔女だ。
「私の名前は最後の魔女。私以外に魔法を扱う者は存在しないし、私以外の魔女は存在してはならない。何故なら」
最後の魔女は、凄絶な笑みを浮かべた。
「私が最後の魔女だから」
その瞬間、彼女の宣言どおり、魔法は消えた。
『最後の魔法』により、彼女の認めないすべての魔法は効力を失い、シュー・タイフのぬいぐるみたちはまさしく糸の切れた操り人形のように崩れた。
「わ、私のぬいぐるみたちが~!?」
こうなっては、もはや彼に勝ち目などなかった。
「……ロストレイル3号・双子座、奪還完了です」
袋叩きに合うシュー・タイフを横目に、ヴィヴァーシュはノートに報告を書き込むのであった。
「よし、あと2台か! 張り切って回収するぜぇ、なんてったって俺たちを異世界に!色んな美女美少女の住まう異世界に連れてってくれる列車だからな!」
報告を確認し、カーサー・アストゥリカがテンション高く言った。
セクタンをお供に走るカーサーだったが、ふいに、近くの壁が轟音とともに爆発で吹き飛ぶ。
「おおお、なんだ、派手だな!」
「ふふ……ふふふふふふ……。爆破し甲斐のある場所ですねぇ」
もうもうと立ち込める煙の中から顔を出した陰気な男はネストル・ヴァッカイ。
「このへんもやっときますか」
「自作の爆弾か? 爆発は芸術だ、っていうからな!」
不幸はこの場につっこんでくれる人間がいなかったことだ。
次の爆発は床を吹き飛ばしたが、もろい場所だったのか、ネストルとカーサーが立っている場所まで崩れてしまい、ふたりは床に開いた穴に飲み込まれてしまう。
しかし、これが大変な幸運だったのだ。
「っしゃー! ロストレイル発見ー!!」
9号の車両が見つかったという報せがかけめぐる。
この車両の周辺には警護の敵ロストナンバーがいなかった。そのため反対に、敵方が到着するのを世界図書館のロストナンバーが迎え撃つ格好になったのだ。
「ぬおおお!?」
直立したタコのような――ちょうど壱番世界のマンガや小説に登場する「火星人」のような敵は、車両にふれた瞬間、電撃によって吹き飛ばされた。
「もう近寄れないよ! ビリビリ感電しちゃうもの!」
臣 雀の符で結界が張られていたのだ。
「おのれ、小癪な真似を!」
と、よろけたところで、足の一本がなにかに触れた。
「……? な、なにぃ~~~~!?」
そのまま逆さまに吊り上げられてしまう!
「前後左右、頭上足元にご注意をー。って、もう遅いか」
トラップを仕掛けた張本人、マッティア・ルチェライが笑顔を見せた。
「き、きさまら~、この高貴なるタワン族の王子、プリンス・クールルール=シューズルォー様にこのようなぶざまな格好をさせるとは、ただではおかんぞ!」
敵は吠えたが、もはや負け惜しみでしかない。
「この可愛らしい世界を傷つけてはならないわ」
ニルヴァーナが、無力化された敵を見上げて、淡々と告げた。
「あなたたちは、あなたたちの在るべき場所へ帰りなさい!」
一喝すると、ロストレイルを振り返る。
「……そして、私たちも帰りましょう、ターミナルへ」
残すところはあと1台、4号のみである。
9号・射手座号の車両が見つかったのと前後して、4号も発見され、すでに戦いが始まっていた。戦いは車内での乱戦にまで及んでいる。
マフ・タークスの大鎌が切り裂いたのは、人間大の歩く植物のようなロストナンバーだった。
赤い血ではなく、透明の体液を流して倒れたが、この体液が発するミントの香りが車内が充満し、戦場は時ならぬ爽やかな空気になるのであった。
残る敵――のっぺりとした金属の人型がオレンジ色のゴーグルと黒のスキンスーツをまとったような姿のロストナンバーは、一撃で仲間が倒されたことに若干、怯んだ様子を見せたが、それでも果敢に応戦の意志を見せた。
そいつの後方からは、八面体の胴体から正方形の連なりによる手足をはやした不思議な姿の新手がやってくる。
「援護しろ!」
金属人間の言葉に答えたのだろうか、八面体の表面に数字が浮かんだと見えるや、カッと熱い光線のようなものが迸る。
それはマフの後方に控える仲間、すなわちハーミットとセルゲイ・フィードリッツを狙った攻撃だ。
同時に、金属人間がマフに襲いかかる。
ハーミットはとっさに盾を構えて防御姿勢をとった。そこにはセルゲイの「守護陣」がすでに施されており、熱線を完全に弾き返す。そしてセルゲイは反撃の光の槍を飛ばした。
マフは、金属人間の警棒のような武器をなぎ払うと、間合いを詰めて、足元から立ち上がった影の爪でその身体を引き裂いた。
「ぐ……っ、くそ……」
悔しげな呻きを残して、金属人間が崩れる。
その向こうでは八面体が光の槍に穴を開けられていた。
「妙な連中ばかりだな」
マフは言ったが、それは世界図書館も同じと言ってもよかっただろう。
……そう、同じなのだ。
これはふたつのロストナンバー集団の戦い。
そのことを、今回のトレインウォーに参加したものたちは否応なく知らされることとなっていた。
「さあ、お仕置きの時間じゃよ」
ジョヴァンニ・コルレオーネが、すらり、と仕込杖の刃を抜く。
「はァ? なに言ってんの。お仕置きはあんたたちでしょ。あんたたちのほうがあたしたちの邪魔ばかりしてるんだからね!」
甲高い声でジョヴァンニに答えたのは昆虫の羽をもつ、ちいさな――30センチほどだ――少女だった。
「そういうこと。それ以上近づくと、ズドーン、だぜ。お年寄りが無理をしちゃあいけねぇな」
両手に拳銃を持った、がっしりした身体つきの男が、二丁の銃でジョヴァンニを狙う。
「ジョヴァンニさん――!」
Marcello・Kirschが叫んだが、男の拳銃のひとつがMarcelloのほうを向いたため、動きを止めざるを得ない。
「ほう、こちらにはレディもいるというのに銃を向けるのかね」
ジョヴァンニが言ったのは、Marcelloのさらにうしろに続くシュマイト・ハーケズヤのことだ。
「あいにく俺は女だろうと爺さんだろうと容赦はしない。おい、シェイムレス・ビィ、はやくやっちまえ」
「エラそうに、あたしに命令しないで! ……縄さん、縄さん。ビィのお願い聞いて。あの3人を縛っちゃって。お願い!」
ロープが誰にふれられたわけでもないのに、カウボーイが投げた投げ縄のように宙を滑り、ジョヴァンニたちへ向かっていった。
だがその瞬間!
「うお!」
「う、うそ!?」
すべてが同時だった。
男の拳銃が爆発したのだ。それはシュマイトが『機械語』で与えた指令だった。彼女は同時に彼女自身の銃を撃っていた。必ず命中する魔法の弾丸は、シュマイトが後ろ手に、まるであさっての方向へ撃っていても、正確に拳銃男の足を射ぬいている。
Marcelloは一足飛びに前へ飛び出し、蛇のように襲いかかってきたロープを掴んでいた。それがMarcelloの身体に巻き付き、締め上げたとしても、そのときにはもうジョヴァンニが踏み込んでロープを斬り、返す刀で少女に刃の先端を突きつけている。
「ち、畜生!」
だが拳銃男のしぶとさもかなりのものだった。
足を撃たれ、手を怪我していてさえ、シェイムレス・ビィの服を歯で噛むと、そのままロストレイルの窓ガラスを突き破って飛び出したのだ。
「ぎゃーーー、ひどい! なにすんのよーーー!」
抗議の声が遠ざかってゆく。
逃げたらしいが、これにより、蟹座号内の敵は一掃されたこととなる。
この車両の奪還に動いていたロストナンバーたちが、機関部に集結した。
「これは……やつらにやられちまったのか? 酷いことを」
李 飛龍は、そこで、壊れてしまったアカシャと、中身のない車掌の制服を発見した。
「ロストレイルの技術を、かれらに盗まれていないか、不安だな……」
Marcelloが懸念を口にする。
「しかし、さほどそのための時間があったわけでもない。とにかく今はここを出ることじゃな。なに、動かしてしまえばこっちのものじゃて」
とジョヴァンニ。
「だが、車掌がいなくて、どうする?」
飛龍が問うが、
「私はそのために来たのだ」
と、シュマイトが言った。
「俺も、手伝おう」
ルカ・ジェズアルドが申し出、さらにハーミットも、
「わたしも手伝えると思うわ」
と言った。
もとより機械には長けたシュマイトに、一見すると武人風だが、『機械との親和性』をそなえるルカ。そしてハーミットはロボットフォームのセクタンを連れているから、操作法は理解できる。
3人はてきぱきと発車の準備を進めるのだった。
■世界樹旅団の謎
この日のトレインウォーの目的は仲間の救出と車両の奪還だが、はじめて本格的に刃を交えることとなった世界樹旅団そのものについて、情報収集を試みるものたちも多かった。
たとえば一一 一たちのチームである。
一はかれらの移動手段である円盤の構造を調べようと発着場を探したが、戦闘が始まってからは円盤がすべて飛び出してしまっていたため、それはかなわなかった。
ワード・フェアグリッド、フラーダ、そして医龍・KSC/AW-05Sの援護を受けながら、戦場を移動し、やがてかれらは負傷した旅団のロストナンバーを見つける。
「ここ、何してるのー?」
フラーダが無邪気に問いかける。
「どうしてモフトピアに基地をつくったりなんかしたんですか!」
一たちの質問で、相手はむっすりと、
「知るか。どこの世界だって構いやしない」
と答えた。
ワードが相手にふれて、直接、その知識を引き出そうとする。
「世界樹旅団の創設者ハ、誰?」
「……世界樹だ。最初に世界樹だけがあった……。世界樹にはじめて会ったロストナンバーが、契約をして最初の『園丁』になった……」
「アナタ様は、旅団のやり方に疑問は抱かないのですか?」
医龍が尋ねるが、
「疑問って何がだ。俺たちとおまえたちの、何が違うっていうんだ?」
と返ってきた。
医龍が知りたかったのは、旅団と戦う以外の道はないのか、ということだ。
かれらがどこまで個人の意志をもち、統制されているのか。まったくの一枚岩なのかどうかは気にかかるところだった。
リーリス・キャロンは敵のひとりを魅了して、かれらがなんらかの方法で強制的に従わされているのかどうかを探ろうとした。
「キミももしかして、誰かの言うコト聞かないと殺されちゃうんだっけ?」
「別に殺されやしない。まあ、なかにはドクタークランチの『部品』を埋められてる連中もいるけど、あれだって本人が選んでやってるわけだし……。そりゃ、世界樹に契約を破棄されたらいつか消えちまうのかもしれんが、それはロストナンバーの運命ってもんだろ?」
パティ・セラフィナクルは、かれらの指揮官を探していた。
立場のあるものに会い、問いただすつもりだった。なぜこんなことをするのか、と。
ティーロ・ベラドンナも、かれらが何を欲しているのか知りたいと考えていた。
ラス・アイシュメルが、呪言で捕獲した相手から走査したところによると、かれらは『世界園丁』なる立場のものの指揮でここでの任務についているが、園丁自身はここへは来ていないということがわかった。
B・Bは倒れた旅団員たちの持ち物を探って、みなが共通して持っているはないかと調べた。
はたして、ほぼ全員が、てのひらに収まる程度の、樹皮とつるつるした結晶でできた品物を持っているのがわかった。
「わぁふわぁふ!」
ふさふさが、それについて、なにか訴えていたが、残念ながら犬なのでB・Bに通じない。
「それ……携帯端末みたいだな。まるで木でできたスマートフォンだ」
と、西 光太郎。光太郎は記録文書のようなものがないか探していたのだが、それらしいものを見つけられないでいたのだ。
情報端末ならば、と、幽太郎・AHI/MD-01Pが自身を接続してアクセスを試みるが、どうしてもうまくいかない。
「わぁふわぁふ! わぁふわぁふ!」
あとになって、ふさふさの目撃証言が解読され、たしかに、旅団員たちがその品物で通信をしていたらしいことがわかった。配布される携帯電話のようなものなのだろう。
「ああ、ああ、無事に帰れるやろか……。何かあったら逃げてもええやろか」
「うるさいのぅ」
散歩でもするように落ち着き払って歩いている灰燕と、そのあとを恐々着いてきている湊晨 侘助。
かれらは、無人の部屋で、無造作に置かれていた箱の中から、目指す品物を発見していた。
「……これが、その……?」
「そうらしいな」
灰燕は、しげしげと、その『針』を見つめた。
「あ、ここにもありましたカ」
そのとき、にゅるん、と天井から降りてきた液体(侘助が思わず構えるが、灰燕が「仲間じゃ」と制した)が、アルジャーノの姿をとった。
「けっこう、コレって、ありふれたモノみたいですネ」
アルジャーノもすでに、旅団員たちの持ち物の中から同じものを見つけていた。
「『未使用品』と『使用済』の区別をどうやってつければいいんですかネ。誰かに刺してみる、トカ?」
と、アルジャーノ。
「それは簡単よ」
そのとき、かれらは、ほのかの気配を感じた。
彼女は本体は後方の11号にいて、幽体だけで塔に侵入し、旅団員に憑依して情報を集めていたのだった。
「それは『アーカイヴの針』と呼ばれているそうよ。動物にそれを刺せばファージになってしまうし、ワームを操るためにも使用する。刺してあるものが使用済みだし、まだ刺していないものは未使用品だわ」
「……なかに、何か入っとる、っちゅうことか?」
と、灰燕。ともかく、これはターミナルへ持ち帰ろう。
鷹遠 律志は敵に催眠術をかけ、先の襲撃時に敵が口にしたという「イグシスト」というものについて調べようとした。
「イグシストとチャイ=ブレは似て非なるものか?」
「チャイ=ブレって何だ? イグシストは世界樹のことだろう?」
かれらにとって、あたえりまえの存在と、かれらがよく知らない対象を比べて質問してもうまく話が噛み合わない。
ジャン=ジャック・ワームウッドは、
「君らは『世界樹』旅団だろう。君らのイグシストは樹木を背負った怪物の姿をしているんじゃないか?」
と、訊ねた。
「怪物……? そりゃあ、世界樹は大きな木だが……」
「大事なのは根元ですよ、植物ですから」
アルティラスカはデュネイオリスをともない、塔の基底部、さらにその深層へと向かっていた。
途中、出会う敵の攻撃はデュネイオリスが退ける。
たどりついた場所は、むき出しの地面に、巨大な柱――否、樹木の塔を構成する樹木の太い根が突き刺さっている光景だ。
アルティラスカが調べていると、同じくこの樹木の塔に興味を持っていたらしい青燐がやってきた。
「モフトピアの樹じゃないですね」
木行の天人と世界樹の女神の邂逅。一目で、互いに植物の属性を持つものとわかり合う。
「それどころか、どの世界の植物でもないわ。……心が感じられない」
どこか痛ましげに、女神は樹木の根にふれた。
「たしかに。私に答えてくれない植物があるなんて」
青燐も悲しげだった。
「でもこれがかれらの技術なのは間違いないでしょう。この樹を使って、生きたままの建物をつくりあげている」
アルティラスカは根の部分の組織を一部切り取って持ち帰ることとした。
戦いの最中――
ひとりの旅団員の背後に、突如としてドアが仏元した。
「ご安心下さいませ、お命までは頂きません」
そこからあらわれたドアマンは、相手の「記憶の扉」を開ける。
知りたかったことはひとつ。
捕らえられた仲間たちが、知らないうちに情報を抽出されたり(相手方にもドアマンのような能力を持つロストナンバーだっているはずなのだ!)、たとえば洗脳を施されているといったことがないか、ということだった。
幸い、はっきりとそうした事実を示唆する記憶は見つからない。
わかったことは、「ドクタークランチなる人物が、捕虜を懐柔しようとしている」ということだった。
■「燻り狂えるバンダースナッチに近寄るべからず」
巨大ワームとの戦いは続いている。
ロストレイル5号は、ワームと樹木の塔のまわりをまわるように旋回を繰り返して、ロストナンバーたちに戦いの足場を提供していた。
ロストレイル自身も攻撃の標的にはなったが、鹿毛 ヒナタが影でつくった装甲で護られ、深刻なダメージには至っていない。
それでも、車両の屋根のうえは、バンダースナッチの分身であるキメラたちとロストナンバーの激しい戦闘の舞台となっていたのだ。
「足手まといなんだよ貧乳!」
ファルファレロ・ロッソが毒づいて、ヘルウェンディ・ブルックリンに襲いかかってきたキメラの眉間を撃ち抜く。それが不定型の姿に崩れたところへ氷結の弾丸を撃ちこみながら、
「胸は関係ないでしょ!」
と言い返した。
「イラつくことばかりだな」
獰猛な表情で、ファルファレロは向かってくるキメラを撃つ、撃つ、撃つ。
「氷の弾丸がいちばん効果的だわ」
「俺に指図するな!」
「な、なによ――危ない!」
猛禽の体に、鋭いツノをもつサイの頭部を持つ分身が、横合いからファルファレロへ突撃してきた。しかし、セクタンの眼で死角にも気を配っていたのか、ファルファレロは手近にいたカリシアのパーカーの首ねっこを掴むと、彼を盾にして難を逃れる。
「!?」
「ちょ、なんてことするのよ!」
ヘルウェンディがキメラを氷結させ、その突撃を直撃でくらったカリシアへ駆け寄る。
「だいじょぶ。カリシア、仲良しだから。仲良し」
フードの下で、彼は笑った。
「うぅ~~い、うけけけけけ」
それは笑い声だったかもしれないし、鳴き声だったかもしれないし、どちらも同じことだったかもしれない。
ファリア・ハイエナがトラベルギアの能力で分身して、キメラに喰らいつく。
彼女だけではない、ともに戦うエルザ・アダムソンや、レオナ・レオ・レオパルドたちもだ。
さながらそこは、野生のサバンナ。弱肉強食の世界である。
アレクサンダー・アレクサンドロス・ライオンハートの咆哮に、身を竦ませた獲物の喉笛に、レオナがすばやく喰いついて一撃で仕留める。
姿を消して近づいたグランディアの攻撃を避けられる敵はおらず、エルザが引き倒した敵に、ファリアの分身がむらがる。
アレクサンダーが高らかに咆える。
「貴様ら、相手はでかいが、わしらの敵ではないことを示すのじゃ!」
獣たちの戦いの饗宴は続く。
バンダースナッチの能力は、一体一体は最強とは言えないが、それでも厄介な分身を際限なくつくりだすところである。しかし。
「分身だなんて。私じゃないでしょうにっ」
同じく分身――もとい、自身のコピーを生み出して戦うローナは、毒づきながらも、本体のほうを狙って攻撃を続けている。
大量の分身たちは、
「質より量なガラクタなら、おいちゃんにお任せあれってな!」
と、神結 千隼が引き受けていた。
指を鳴らすと出現するロケット・ランチャーが、列車に近づこうとする分身を撃ち落としてゆくのだ。
シィーロ・ブランカは両手両足を獣化させて鬼神のように戦い。
列車上からは、キメラたちが駆逐されつつあった。
限りがないかと思われる分身の出現もいくぶん鈍ってきたように思える。
バンダースナッチ本体へも、間断のない攻撃が加えられていたからだ。
「星夜(シンイェ)! 猛き虎の牙が欲しくはないか!」
車上から敵がいなくなるのを見て、阮 緋が言った言葉に、シンイェが応えた。
「乗れ緋胡来! 喰い破るぞ!」
影の馬の背に飛び乗った阮 緋は、そのまま、まっしぐらに本体のもとへ。
その眼前を塞ぐ巨大な触手に、紫電の弾ける偃月刀で斬りつけた。
竜の翼を得たファーヴニールが、さらに電撃を浴びせる。
後方からは、車上からの援護の弾幕。
すこしづつ、ワームが圧されてゆく。
遠くからこの戦いを眺めていたものがいたら、その巨大なもの同士の激突に息を呑んだだろう。
普段は人の姿で、あるいは小さな姿でいるロストナンバーたちが、巨大なワームとの対峙にあたって真の姿をあらわして戦う光景があった。
それは清闇が、「力の出し惜しみしてる場合じゃねェ、ってこったろ?」と言ったとおり、総力戦の様相であったのだ。
その黒竜が清闇。空間を断裂させるブレスは攻撃だけでなく味方の防御の役も果たす。
「……世界の理を歪め浸食するもの。おまえはおまえの相応しき場へ還れ」
15mの龍形態となったしだりは、身にまとう水を、王水へと変じさせ、敵の組織にダメージを与えていく。
サイネリアも巨大化し、自身を巨大な防壁として戦いに加わる。たとえ傷ついても、彼の血そのものが毒となって敵を侵すのだ。
Σ・F・Φ・フレームグライドの炎のブレスが空を焦がし、ワームの体を焼いてゆく。
アコル・エツケート・サルマは後方からプラズマや鬼火の援護を送る。
爆音。轟音。閃光。衝撃。怒号。
その場にいれば、この世の終わりのように見えただろう。
だが、どんなものにも終焉はやってくる。
いつ、誰が放った攻撃が、致命的なものとなったのかは、もはや激戦の混沌の中でわかりはしない。
とどめがあったというより、ダメージの蓄積の結果だったのだろうか。
とにかく、バンダースナッチの不定型の身体が、もはや変異を見せることなく、分身や器官をつくりだそうとしても果たせずにどろりと溶け崩れるようになった。
その巨体が、ぐらりと、傾いて、樹木の塔のいただきに触れる。そのまま、どろどろと溶けて塔の表面を流れ落ちてゆくではないか。
いくつもの動物の頭が、その粘液の奔流のなかにあらわれては消え、あらわれては消え、を繰り返した。
それは、無数の断末魔の大合唱であり、バンダースナッチの最期であったのだ。
■救いの手、そして訣別
『こっちだ、この先から』
ベヘル・ボッラの声が響く。
ベヘル自身は11号にいるはずだったが、スピーカーだけが塔内で情報を収集していた。
そして、「ガルバリュートの声を聞いた」と、仲間に告げたのだ。
「たしかに、この匂いは」
ロボ・シートンが先頭になって、駆ける。あとにはアーネスト・マルトラバーズ・シートン、ワーブ・シートン、ブランカ・シートンが続いた。
やがて前方から、激しい物音と、怒号が聞こえてきた。
見れば、半裸の巨漢が、世界樹旅団らしきロストナンバーたちと乱闘をしているではないか。ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードだ! どうやら自力で拘束場所から脱出してきたらしい。
ロボたちが合流したことで、旅団の連中は撤退してゆく。
「無事なのか!」
「うむッ。なんのこれしき!」
そこへ、
「ガルバリュートさん! よかった!」
月見里 咲夜が駆け寄るには。その手には、ガルバリュートのトラベルギアのランス。
「ぬぅ、これは!?」
「彼が見つけてくれたの」
咲夜の足元で子猫――ハルシュタットがつぶらな瞳をガルバリュートに向けた。
ハルシュタットは捕虜がトラベルギアを取り上げられていると考え、その所在を探しだしていたのだった。
「かたじけない、感謝する!」
「わわっ、苦しいよ。とにかく、いこう、みんな心配してる!」
ガルバリュートの大胸筋と上腕三頭筋の間にぎゅううっ、と巻き込まれ、身をよじりながら、ハルシュタットは言った。
捕まったものたちのトラベルギアは、それぞれの救出を目指すロストナンバーたちの手で届けられるべく、各自の手に渡った。
ただ、気がかりなのは、9つあるはずのギアのうち、2つが見つからなかったことである。
「秩序を司る至高神にして雷神よ、我の声に答え、邪悪と混沌を退けたまえ。『ライトニング=テンペスト!!(雷鳴災厄)』」
詠唱とともに炸裂する呪文の数々。
ロイ・ベイロードたちは敵を退けながら進んでいる。
それでも、次々にあらわれる旅団のロストナンバーや、小型のワームたちに、「あぁ、メンドクサイわね」と、レナ・フォルトゥスは苛立ちをあらわにする。
「あそこを!」
ダルタニアが叫んだ。
見れば、まさにかれらが求めるギルバルド・ガイアグランデ・アーデルハイドの姿があったのだ。
「ギル!! さがってて!!」
レナの放つ真空の刃が、ギルバルトと交戦していた旅団員を攻撃する。
ダルタニアがギルバルドへ回復魔法を送ると、ドワーフの重戦士は、感謝と安堵のまじりあった表情を浮かべ、しっかりと頷くのだった。
どうやら、捕らえられていた面々も、樹木の塔の周辺で戦いが起こった気配を察知して、それぞれが行動を起こしていたようである。
「ツィーダさん!」
ブレイク・エルスノールの声が弾む。
ツィーダとの再会を果たしたのだ。彼はバリスタ型破城槌を作成、壁を壊して逃走してきたらしい。
ツィーダのトラベルギアと、ブレイクが持参したバッテリーが手渡される。
「では長居は無用だね」
と、レイド・グローリーベル・エルスノール。
彼が影から呼び出す獅子の背に乗り、3人は駆け出す。
「訓練の成果を見せてもらうよ、ブレイク」
「はい、レイドさん」
行く手に立ちふさがるワームへは、レイドとブレイクの共闘で応戦だ。
「おっさーん! おっさーん!」
ペルレ・トラオムが呼ぶのは、鰍のことだ。
ペルレは鰍に貸しがある。利子をつけて返してもらわなくてはならないのだ。
「しっ。静かに」
真遠歌が言った。傍らで歪が頷き、気配を探る。
「……お父さん」
真遠歌は鰍をそう呼ぶ。そのつぶやきに込められた不安に、同行する南雲マリアも、胸がしめつけられるようだ。
「……間違いない」
だから歪の言葉を聞くや否や、マリアと真遠歌は駈け出していた。
「待つんだ!」
と歪が制止するのも聞かず――
「……死んでも断る……!」
「ああ、そうかい、じゃあ死ねよ」
赤毛の、若い男だ。
壁から伸びた蔦に縛られている鰍へ向けて、悪意のこもった目を向ける。ここへ至るまでに、男は相当な苛立ちを蓄えているようだった。
「吹き飛ばしてやる――」
「俺の居場所も、俺を居場所としてくれてる奴らもターミナルにあるんだよ!」
男のてのひらのうえに炎が宿る。
鰍が端の切れ、血の垂れた唇を開いて、大声で叫んだ、そのときだ。
「鰍さん!」
なだれこんできたのは、マリアと真遠歌だ。
「何!?」
一閃――、マリアの刀が敵をなぐ。実戦への戸惑いはこの期に及んで消えていた。
男は間一髪、致命傷を避け、その手の炎を放った。
爆発!
部屋の壁までも吹き飛ぶ。
だがマリアは歪が刃鐘を盾として護っており、そこへ真遠歌が踏み込む。
「鰍さんを……いえ、お父さんを返してもらいます!」
「うるせぇ!」
男が真遠歌に蹴りを食らわせた。そして再び手の中に火種を呼び起こそうとした、そのとき。
「!?」
「私の可愛い教え子だ」
深山馨だった。
一秒前には誰もいなかった男の背後に立ち、その背に銃をつきつけている。
「返してもらおうか」
「……。そうかよ。……なるほどな。おまえの言っていたとおりだ」
悔しそうに、男は鰍を振り返る。
「ターミナルの仲間……か。畜生、畜生、畜生……っ!」
強引に、攻撃に移る。
しかし馨に容赦はなく、この距離で外すはずもないのだ。
銃声――。男が崩れる。
「……ムカつく……やつらだ!」
とだけ、言い残した。
「おっさん! 危うく貸逃げされるところだったぜー!」
「第一声がそれか……」
傷めつけられたのか、鰍の顔が腫れ上がっている。
「君は相変わらず無茶ばかりだ。振り回される私の身にもなってくれ」
と、これは馨。呆れたように言われた。
「あ、ええと、もうすこし優しい言葉とかそういうのは?」
歪は唇にうっすらと笑を浮かべた。
「還ろう、鰍。0世界へ、俺達の街へ!」
「兄どこや! 綾どこや!」
アマムシの声が呼ばわる。
相沢 優は、ノートを確認し、すでに確保された救助者を確認する。みな、無事だ。これなら希望がもてる。
「おー、アマムシはん。きてくれたんかー」
ムシアメだ。
てくてくと、なんでもないふうに歩いてくる。
「兄! 無事なんか!」
「なんとかなー。あ、優はん、気ぃ、つけて。わい、今、呪い大全開やから」
「無事でよかった……! あとは……」
優がノートに書きこんでいると、
「小竹も無事だぜー!」
とレク・ラヴィーンの声。
フブキ・マイヤーに肩を貸してもらい、マグロ・マーシュランドにともなわれて、小竹卓也が姿を見せた。
彼も負傷し、疲弊してはいるが、生きている。
生きているのだ。ぐっと胸にこみあげてくるものを今はまだ抑え、優は自身を鼓舞するように
「次!」
と告げた。
「みんなーっ!! どこに居るのー!?」
青海 要が大声を出しながら歩いている。
ものかげから、狼の頭部を持つロストナンバーが忍びより、背後から彼女に襲いかかった――と、思ったときには青海 棗のトラベルギアから発射される水流の攻撃を受けている。
「ゴメンなさい……ホントは、あたし達、こんな事したくないんだけど……綾達を戻して欲しくって」
「………………ごめんなさい」
ひっくりかえって目を回した開いてに、双子たちはぺこりと頭を下げる。
こうして地道に、敵をおびき出しては倒していっているのだ。
そうこうしている間に、ルオン・フィーリムから連絡が入る。
「綾、みつかった!!」
「コケちゃん、慌てんな、離れたらあかんで!」
いてもたってもいられず、といった様子で駆け出す森間野 コケを、ジル・アルカデルトと、クロウ・ハーベストが追う。
到着した場所では、ルオン・フィーリムが雷の魔道で敵ロストナンバーやワームと交戦中であった。
「綾ー! 綾、どこー!」
「危ない!」
流れ弾からコケをかばう。ジルのアフロがじりじりと焦げた。
「数が多い、もっと援軍を呼べない!?」
ルオンのもとめに、クロウは、
「……しかたない」
と、進みでた。
跳びかかってくるワームを素手で退け、拳を埋める。体格からは想像できない怪力だ。
これなら援軍は不要か。ルオンが魔法で加勢すれば、形勢は逆転して敵は撤退してゆく。
「綾、無事なのか!」
優たちも到着したようである。
「……」
彼女は、力なく、それでも笑おうとした。
全身、傷だらけだ。
「……っ!」
気がつくと、反射的に、優は彼女を抱きしめていた。
「……いた、痛いよ……あんまりぎゅっとしちゃ……」
「綾」
コケの頭のうえに、ぽんっ、とリンゴの実が成った。
日和坂 綾、救出。
やりとげなくては。
その衝動が、ダンジャ・グイニを突き動かしている。なぜか、そうすれば、許される気がする。なぜかはわからないけれども。
「ほんとにこっちで合ってるの?」
東野 楽園の声にはいくぶん刺があったかもしれない。
だが誰もそれを責めることはない。彼女の心配を理解しているからだ。
「たぶんこっちだぁ」
キース・サバインの、それは野生の勘だったが、かれらは塔の上へ上へと進んでいるようだった。
(ヌマブチさん、無事でいて……!)
楽園は祈る。
その様子を横目に、ダンジャは敵があらわれると結界を紡ぎ、それが敵を防いでいるあいだに、キースが相手を引き倒してゆく。
やがて、かれらはその場所へたどりつく。
ぱっと、視界が開けた。
空だ。
無数の円盤と、ロストナンバーたちが交戦しており、青空はいくつもの爆発に彩られていた。
開けた場所に、一機の円盤が止まっている。
その傍らに、幾人かの人間たちがいた。
「ヌマブチさん!」
楽園の声に、その人物ははっと振り返った。
カーキ色の軍服に、軍帽――ヌマブチだ。
灰色のワンピースの少女が、手にしたボトルの中から、飴玉のようなものを放った。
それは瞬時に奇怪なワームに姿を変え、猛り狂いながら楽園に迫る。
「乙女のピンチに参上ーー!」
閃く電撃!
臣 燕が滑りこんできた。そして結界を展開してワームを抑えこむ。
「俺の屍をこえていけえええええ!」
楽園は遠慮なく燕を踏み越えて駆け寄る。
だが。
「楽園殿!」
空気を震わすような声だった。
楽園は思わず、足を止める。
「来てはなりません」
「……え。どういうこと。ヌマブチさん。その人達――」
ヌマブチの傍に、立つ牧師服の人物は、三日月灰人だ。
「私たちは」
あおざめた灰人のおもてに表情はない。
「選択したのです」
「……意味が、わからないわ」
「おふたりは世界図書館ではなく、世界樹旅団のロストナンバーになった、ということですわ」
少女だ。飴玉を放ったのとは別の少女。
その顔の半分を仮面で覆っている。
「……うそ」
「裏切り者と呼んでいただいても構いません」
灰人が言った。
そのときだ。円盤の壁が開いて、男が顔を出した。
「なにしてる、キャンディポット。早く乗らないか!」
「今行くわ」
飴玉を放った少女は男に応えて円盤の中へ。
仮面の少女はふたりを促す。
「ま、待って――」
楽園は追いすがろうとする。
ヌマブチは無言できびすを返した。軍帽の影に隠れ、最後までその表情を確かめることはできないまま。
円盤のドアが閉まろうとする瞬間、青い影が滑りこんでいった。どうやらそれは灰人のセクタンらしい。
2人のロストナンバーと1匹のセクタンを乗せたまま、ナレンシフは浮上してゆき……
「ヌマブチさん……!」
あとにはただ、楽園の絶叫だけが残る。
■終戦~モフトピアの黄昏
「逃げるか」
玖郎は空を睨んだ。
彼はずっと円盤との戦いに身を投じていた。それは車両奪還・捕虜救出の陽動であり、その認識は正しかった。
だから追う必要はなかったのかもしれないが……
「零世界へせめこまれてはたまらんからな」
竜巻を巻き起こす。
撤退する円盤を撃墜するつもりだ。
すでに、円盤は何機も撃墜されていた。
あるものはレオンハルト=ウルリッヒ・ナーゲルが血の万魔殿から召喚したヘカトンケイレスの腕に殴られ。
あるものはオペラ=E・レアードがその上でパイプオルガンの本性をあらわしたことにより、20トンの荷重をかけられて失墜し。
玄兎に至っては、トラベルギアで円盤を叩き壊しては、牛若丸のように次へ飛び移ってゆくというデタラメさを発揮していた。
しかしながら、あくまでも作戦の主たる部分ではないため、円盤との戦いにはワーム戦や救出部隊ほどの戦力が割かれていない。
バンダースナッチが崩壊をはじめると、銀の円盤は世界樹旅団の人員を回収して次々に飛びさっていき、それをすべて止めることはできないのだった。
「さっさとずらかるぞ!」
「殿は私がします。怪我人を運ぶことに集中してください!」
ジャンガ・カリンバと、冷泉律の声が響く。
樹木の塔から、世界図書館のロストナンバーたちも脱出を始めていた。
リオン・L・C・ポンダンスの幻影や、祇十が出現させる「柱」が、追撃を防ぐ。
塔の根元に埋まっていたロストレイルの車両は、蟹座号の動力を使用し、脱出がかなった。
そして……
「崩れていく」
ぽつり、と仲津トオルが言った。
11号の司令部車両だ。映像の中で、バンダースナッチが溶け崩れ、消滅していくとともに、樹木の塔も、見る見るうちに外壁が枯死して崩れていくのがわかった。
その光景を、由良 久秀は11号の屋根の上から見ていた。カメラの望遠レンズをのぞきこむ。
ファインダーを空へと向けたが、撤退していた円盤群もすでにその影さえなく、モフトピアの空が、ゆっくりと暮れていこうとしているばかりだ。