ノベル

 司令所が設置されたロストレイル蟹座号から、戦場に向かう3両のロストレイルが見える。
 そして、嫌が応にも視界に入る蝕級無窮ワーム『マーチヘアー』。

 『朱い月に見守られて』は世界をディラックの空から隔てる世界繭を失って崩壊した。世界の中にあったものは割れた卵から黄身がとろけ出すようにディラックの空を漂っている。ワームから見れば格好の餌だ。そして、世界を象徴していた朱い月ももはや存在しない。

 残されたのは原住民の住まう小さな星……竜星だけだ。
 ディラックの空を漂う裸の星がワームの餌食になるのは時間の問題だろう。現に今は『マーチヘアー』がとりついている。
 そこには多くのロストナンバー達が残されているはずだ。

 1両のロストレイルは原住民の救出に、2両は蝕級無窮ワームの破壊に向かっている。


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→ Eclipse class Infinite Wyrm is growing fast, Attack and Destroy


‡ ‡


 牡羊座号と牡牛座号が巨竜型ワームの頭部に接近する。耳孔から侵入するという計画だ。
 と、ロストレイルの窓から外を見れば、もう一体の竜……いや、宇宙暗黒大怪獣ディレドゾーア。
「あいつなんで外出てんの」
「宇宙怪獣だからじゃね?」
「ディラックだけど」
「怪獣だから」
「あっ!あっ!今なんかキュピーン!ってのきた!」
「白い悪魔!?」
「あの怪獣からだ!」
「大怪獣かよ!なんて!?」「たべやすくする」「は?」「俺もわかんね」
「あ、見て見て見てアイツの口!なんか空間が歪んでんだけど」
「あいつの最強技…………斥力波動砲か!」
「こいつは御機嫌な一撃だぜ!」
「相手もお誂え向きだな!」
「「行けェー!!!」」


「あいつなんで外出てんの」
「ロボットだからじゃね?」
 そして、ロストレイル牡羊座号の上にそそり立つアヴァロン・O。
「射線軸確保。ターゲットロックオン」
 ロストレイル突入時にワームの意識を逸らす狙いだ。
 レールガンによる亜光速の超遠距離狙撃。反物質のプロジェクタイルが眼窩に吸い込まれるとまばゆい対消滅の爆発をした。

 巨竜はのけぞり、憎むべき敵に向かってその凶悪なあぎとを開いた。
 ドラゴンブレスが来る。
 司令所が設置されたロストレイル蟹座号から入電、アーネスト・クロックラックが《可能性の観測》でドラゴンブレスの『発射時の射線と予想効果範囲』を観測し、伝えてきた。
 その観測された発射タイミングで叢雲の胸部に閃光がはしり、亀裂は走る。漏れ出す銀光。
「協力ありがとうございます」
 榊原薊の要請により、魔法少女達が残された水爆で雷撃を行ったのだ。その周辺は、ローナの対叢雲戦闘機コピー隊が継続的に追撃をかけている。
 追い打ちをかけるようにシヴァ=ライラ・ゾンネンディーヴァが普段は内に秘している本性を現せた。
「腐っても太陽神の末裔。月に後れを取るわけにはいかない」
 全長8kmにもなる触手竜の姿に戻り、触手の先端の口をもってマーチヘアーを齧っては食べていった。摂取したエネルギーは物質崩壊魔法に転換されて、ワームの外殻にくさびを打つ。

 そして、運命神が顕現していた。
 葛木やまとがナレッジキューブを神力へ変換して一時的に絶頂期の状態に戻る。天体を己の糸で操り神々の運命を織成していた那由多の規模にまで巨大化していたのだ。
 漏れ残ったドラゴンブレスは葛木の影を凪いで終わった。運命の糸車から糸が伸びて、叢雲のあごをしばる。
「小童め、おいたが過ぎようじゃな」
 これで突入隊の運気が好転すれば良い。


‡ ‡


「急旋回!」
 司書茶缶の指示を即座に言葉にし、クゥ・レーヌが叫んだ。
 ドラゴンブレスをかわし、ロストレイル牡羊座号が、続いて牡牛座号が突入行動を開始していく。
 さらには竜星で闘っていた医龍の機体が戦列に加わった。
 医龍の強行補給艦『黒瞥』には、彼からの通信を受け増援にきたロストナンバー達が乗艦、或いは護衛をしている。
 副操縦士エイブラム 、砲撃手ブルーナイト、船体強化ジャンガ、修理整備班コールサインはフラジールと名乗っているゼノ、ハーミット、七代。
 医者のマドカ、物好き屋と彼に付き従うノラは医龍のサポートの体制を組んでいた。
 そして、竜アコルは『黒瞥』と並び飛翔、各号、そして黒瞥に続いて叢雲の体内へと突撃を開始していく。
 おりしも、遠くディラックの空、視界ぎりぎりの範囲より異なった竜の咆哮が響きわたってきた。
「やはり、きたね」
 その声を聴き、結界を織りなす準備を開始していたイルファーンが、小さく微笑んだ。
 蟹座号の周辺にあり、ディラックの空での戦闘、住民の回収等を選んだ者達も、各個に動き始めていく。
「蟹座号より牡羊座号、そして牡牛座号へ。更には私の周囲にいるきみ達にも告げる」
 茶缶の通訳として引っ張り出されたクゥ・レーヌの冷静な声が通信回線を通して世界図書館陣営に届けられた。
「きみ達の帰還を心より期待したい。ライフポイントさえ残っていればいくらでも治療はしてやる、死ぬのは禁止だ。これより対マーチヘアー掃討戦を開始する。きみ達の検討を祈る。以上だ!」
 双竜の咆哮がディラックの空に響く中、サイズだけなら世界樹、そしてチャイ=ブレさえ凌駕しようという巨大ワーム排除作戦の幕が切って落とされた。


‡ ‡


 牡牛座号が突入を開始すると、即座に獣人の一団が高速移動する車両から離脱していった。
 アルドを中心とした彼らは行方不明の飛天鴉刃を探しにいくという。
 手に入れた飛行戦車に所狭しと5人で乗り込む。アルド、オルグ、ツィーダ、ベルゼ、秋保陽南。
「鴉刃……どうか、無事でいて……!」
 アルドが鴉刃とペアのホルダーを握りしめ、陽南、オルグ、ベルゼが励ます。
「同じ獣人仲間として放っておけません」
「大丈夫だアルド、お前の大切な人は必ず助け出すぜ」
「王子様ご一行の降臨ってな!」
 ツィーダは飛行戦車と速やかにデータリンクして、世界図書館のデータバンクから集められるだけの地理データ、オートマッピングアプリ、生体センサーアプリをインストールした。


‡ ‡


 同時に突入を開始した牡羊座号、そして黒瞥隊もまたマーチヘアーの体内への侵入を果たす。
 出迎えたのは、十数体のワーム達。
 ディラックの空を飛翔してきてマーチヘアーに取り込まれたものなのか、或いは初めから体内にいたのか。
 宛ら一次的防御機構の様相を呈し、両の車両へと襲い掛かってきた。
 牡羊座号の先頭に陣取った何人かのロストナンバーがそれに対応を試みる。
 黒燐がその爪を閃かせワームの触手を切り落としていけば、機関車両に居座った永光瑞貴がルイス・ヴォルフによって強化された光の法術を展開し、ワームの突貫を防ごうとする。
 車両の内から身を乗り出した何人かが、やはりワームに向けて攻撃を繰り出していく。
「ちくちくでも確実に行かせてもらうわ!」
 黄燐もまた、宣言とともに弓弦を引き絞り、車両に接触を試みるワームを牽制していく。
「俺に任せろ!!!」
 火器管制を担当していた桐嶋怜生の雄叫びとともに、空間内に無数の銃声が響いた。
 一部の撃墜されたワームを乗り越え、わらわらと湧き出してくる面々には、車両の護衛を名乗り出た者達が対峙している。
 樹の魔法を扱うディル・ラヴィーンが前衛に立って空間に蔦を召喚しワームのいくつかを捉えれば、雷の魔法でワームの進行方向を車両からそらす方向へルオン・フィーリムが誘導していく。彼等が撃ち漏らした何匹かは、シャニア・ライズのギアから放たれた矢によってその行動を阻まれた。
 セリカ・カミシロが放った光線が、射程距離内にいたワームの頭部を灼いていく――が、それによりもがき苦しんだワームの身体が、急速で進行している牡羊座号の車体を邪魔する位置に割り込んでくる。
 ギアの能力を最大限に発揮するのは今だ、と定めた彼女が展開したのは光による防御壁。己自身の力を無尽蔵に吸い尽くさせてでも、との覚悟で発揮された異能が、車両前方を覆った。結果、車両自体が影響を受ける事はなく、弾き飛ばされたワームは後方空間へとその異形を躍らせていく。
 冬路友護も、光線銃でワームを撃ち落そうと試みる。装甲が硬いとみるや徹甲弾に切り替えた彼の弾幕は、幾分かのワームを弾き飛ばしていった。
「10時の方向に、空間が空いたわ!」
 シャニアやセリカによって伝えられる情報を元に、牡牛座号が進路を切り替えた。
 黒瞥隊がそれに続き、牡羊座号も続こうとする。途端、周辺の空間が奇妙な光景を描き出した。


‡ ‡


 フォンブラウン市から遠からぬ距離に墜とされた遺跡

 そこでは死闘が再開されていた。紫電が飛び交い、魔甲虫があふれ出す。
「テメェは先に行かせるわけにはいかねェナァ」
「「叢雲はあなた方に扱える玩具ではありません。我々がもらい受けます」」
 ジャックとみかんは互いに攻撃をしながら、巨竜の頭部に向かって驀進している。魔法少女はもはや群体としての正体を隠そうともしない。
 遺跡から飛び出し、不安定な大地を疾走。ただ一部隊になっても戦争を継続しようとする魔法少女は空を覆う虫の群体となっており、追いかけるジャックは短距離テレポートを繰り返し、先回りしては雷撃をかける。

 と、虫達の一角がゆらぎ灰のように散った。
 群体が止まる。
 リーリスがやってきたのだ。今の彼女を縛る法はない。
「また1つ貸しよ、お兄さん? ミカンは私が相手をしてあげる」
「ありがてぇ。俺は竜刻の間に特攻だぜェ」


‡ ‡


 リーリスとみかん、見た目はそこらにいる少女にすぎない二人の魔神が再び相まみえる
「私は親切だから教えてあげる。牛馬を喰らう人を不浄と言わないように私も別に不浄じゃないわ。私は冥族……全ての生命を喰らう者よ」
「「言い訳がましいですね。自殺を手伝って欲しいのですか?」」
「生意気ね」
「「私に討伐される二人目の魔王になってみせますか」」
 空を覆い尽くす魔甲虫がリーリスに襲いかかるが、リーリスが触れた虫は塵となっていく。
「お姉さんの攻撃は私には効かないみたいよ」
「そうかしら、無限を属性にしているのなら世界樹だって食べられます。しかし、あなたはどこから見ても有限の存在」
 轟と魔甲虫の群れが通り過ぎると周囲の床が食われ穴だらけになる。柱はリーリスが触れて倒壊した。内的世界を覆う天井がきしむ。
 吐き気をもよおすほどの飽食。
 満腹をめざそうというのはリーリスがディアスポラしてから初めてのことである。しかし、リーリスがみかんを塵化しようにも、さらさらと崩壊するよりも早くに魔甲虫がより集まりみかんの欠損を補完する。闘いは千日手の様相を示してきた。

 と、あまりある魔力放出につられてか、守護の竜刻巨人が決闘場に割って入ってきた。
 もうもうと煙の立ちこめる中、巨人の仮面の64の竜刻石が輝くと、辺りを白で埋め尽くした。
 巨人の原子変換光線は二人の体を貫く――が、リーリスは自らを塵化してするりとすり抜ける。一方のみかんは体に穴をあけながらも、光線の去ったところには魔甲虫が群がって、もとの形象を復元していた。
「じゃまよ」
 リーリスが巨人のつま先に触れると、砂糖菓子の城を崩すように圧壊し塵となって散った。残されるのはうずたかい埃の山のみ。
「「叢雲はいただきます。臆病なドクタークランチには出来なかったこと。世界群を生き抜くために、私達は自らイグシストになります」」
 みかんはブレザーのポケットから燦然と輝く宝石を取り出した。それは、竜刻石を世界樹の実で覆ったものであった。
「「これで私は奇跡を超克します」」
 それを額にずぶりと埋め込んだ。

「「掌握!!」」

 原子変換光線が横殴りにリーリスを襲う。喰って集めたエネルギーが雲散霧消する。
 竜刻の大地が震え、がしゃんがしゃんと天と地から陶器様の装甲がみかんに集まる。そして、ひときわ大きい巨人がそこにいた。
 撫子がこの場にいたのならば、彼女に与えられた三倍巨人に類似した様式を感じよう。

「1度に数百数千の生命を喰らう私の前でたった6人の塵族がおこがましい……塵となれっ」
 崩壊光線をかいくぐり、立ちふさがる巨人を屠って進む。冥族。

「「まだ、やりますかよ。フィラデルフィア!!」」
 紫電が空間を埋め尽くすと、リーリスの姿が消えていた。

 瞬間移動させられたリーリスはこの叢雲の中のどこか、石のなかにいる。


‡ ‡


 竜星は地軸が傾き、大きな応力が加えられたことにより、大地がひずんでいた。
 見上げれば、世界を喰らおうとする叢雲。

 天変地異に住民である犬と猫は右往左往するばかりである。


「他所の世界の身勝手で……見捨てるわけにもいかねェだろ。旅団め……ツマラネェ置き土産残して行きやがって」
 ロストレイル山羊座号は各地にロストナンバーを派遣し、事態の収拾に当たろうとしていた。
 例えば、マフ・タークスは避難民に「縮小」の魔法をかけていって、箱の中に詰めていっていた。
「仕方ねェ、ちょいと窮屈だろうがガマンしろよ。0世界に着いたら元の大きさに戻してやるよ」
 それを見て、インドラ・ドゥルックは壁や天井から金属をかき集め金ダライを作り出した。そして、犬猫を満載した金ダライをコージー・ヘルツォークが担ぎ上げてロストレイルに運ぶ。
 ロストレイルの中ではフィン・クリューズが列車の中で避難民の整理を行っている。彼は「潜水」の魔法で客車の床下に異空間を作り出し、そこにも犬猫を誘導した。「息は止めなくて大丈夫やで~」すぐにここも満員になるだろう。

「うあー……世界の終わりとか、洒落んなんないんだけど!?」
 響慎二は竜星がディラックの空に飲み込まれる様子を呆気に取られて見ていたが、とにかく住民避難が最優先と、気持ちを切り替えた。
「この世界の人たち、これからどうなるんだろうな……」

 この世界の都市は地下に築かれている。過去の戦争で地表の都市はすべて壊滅したからである。それがこの場では正しくシェルターとして機能していた。
 フォッカーも地下で避難誘導を手伝っていた。
「同じ猫獣人達が死んでいくの見てはいられないにゃ。パニック起こしてる人に声掛けて地下に避難してもらうのにゃ。人がたくさんいて、地下に逃げてもらわないといけない場合はおいらも一緒に地下に入るのにゃ」
 フォッカーの目には、犬猫達の頭上にめまぐるしく移り変わる数字が見える。帰属する世界の変異をあらわすのか、それとも彼らがロストナンバー化する前兆なのかはわからない。
「さつきさん、シュリさんや皆さんを助けないと!」
 藤枝竜も走り回って大声の限りに犬猫さんを呼び集めて避難路へ誘導。笑顔は決して絶やさない。
 帰属する世界が失われるのはつらいが、真理数の残ったままではマフの言うように0世界に連れて帰ることも出来ない。

 テューレンスの耳には助けを求める犬猫の声がよく聞こえる。その方向を指し示し仲間に伝えた。彼らの多くはパニックを起こしかけている。テューレンスは横笛を静かに吹いて、住民の心を静める。
 群れからはぐれた犬猫は、ゼシカがセクタンで誘導する。さびた隔壁にギアのじょうろで水をかけて扉を開ける。
「頑張ってお腹すいたら飴あげるね。これ食べて元気だしてね。山羊座に着いたら一休みしましょ」
『慌てないで大丈夫』
 エレニアが毛嫌いしている自身の魅了の声もこんな時は使わざるを得ない。ダルタニアも精神安定の呪文をかけてまわった。


‡ ‡


 ディラックの空のどこか――
 慧龍は自らの肉体を求めて雄翔していた。

 このアルヴァクの程度の仮初めの肉体は、世界と比べればあまりに矮小である。だが、自らよりもなお小さき者どもが奮戦しているのならば、引く道理は無い。


‡ ‡


 ティリクティアは死の危機が一日以内で訪れる犬猫を未来予知しようとした。
 と、膨大な量の死がティリクティアに流れ込んだ。犬猫だけではない、ロストナンバーも大勢死に、わずかが逃げおおせられる。
 そんな絶望的な未来が見えた。
 因果律の内にある確定した未来である。
 何かが出来ないかと、この危機を伝えようとしたが、未来は収束していた。危機をクゥ・レーヌに伝えても大勢が死ぬ。サシャに伝えたらサシャが無残に死ぬ。
 大破したロストレイルと積み上げられた死体は変わらない。
 ティリクティアはその絶望に耐えきれなくなって、ふらついた。目と耳をふさいだところで運命は変わらない。なら、せめてハーデ・ビラールならこの状況を打開できないのかと祈ったところで、意識を失った。

 流星会戦から戻ってこなかったハーデを探すロストナンバー達がいる。
 か細い糸のような可能性だが、希望はある。
 あの一瞬で即死したので無ければ、あるいはそのあと流されて朱い月と共に滅んだので無ければ……。一般的に48時間以内であれば救助は可能だと言われている。
 刻限が迫る。

 チェガルは叢雲内を探索するために牡羊座号に乗車した。ハーデは竜星上にはいないだろうとの判断だ。
「死亡が確認されたわけじゃないしああ見えてしぶとい感じだし。それにここで死なれたら困るんだよねー」

 一方の、業塵は竜星の都市に降りて、無数の蟲を飛ばした。
 前に一度会った彼女の姿形や匂いを思い出し、蟲たちの手がかりとする。さらには間違えないように、マーチヘアー、それと戦う図書館とは異なる這い寄る死の匂い、血と鉄の匂いも覚えさせた。

 ティーグは山羊座号で犬猫の保護に努めている。そして、その胸にはハーデも運ばれてこないかという希望だ。

 坂上健は猫たちからアヴァターラを借り受けた。それはヒューマノイドでも乗れるように改修された最後の一機だ。
「俺が1度も関わったことのない世界に帰属したがってた知人がそこで死んだかもしれないって聞いたら。その世界がそのままなくなるかもしれないって聞いたら。せめて俺だけは遺品を探しに行ってもいいだろう?」
「女の子のピンチを放っておく手はないね!」
 そのアヴァターラの肩にはニコ・ライニオが便乗してきた。いざとなれば竜の形態に戻れば良い。
 そして、ファン・オンシミン・セロンが飛翔する。
「竜星から外れていたそやつはおそらく叢雲内部ではなくディラックの空に。生きているならおそらく弱弱しく、今にも消えそうな命じゃの」
 天を仰げば叢雲、朱い月は隠れ、地には脆弱な大地が広がっている。
「ここから爆発で飛ばされたら……朱い月方面か? ハウリングで諸共、原子分解されてるかもしれないってことか……畜生」
「そこから逃れることが出来たなら、どちらに流されたかな。女の子の気配を読むのは得意なんだ」

 戦場を脇に見つつ、アヴァターラは蒼い尾光を曳いてディラックの空を駆ける。
「残骸でもいい、何か見つけてお前の大事な人に届けてやるから……ハーデ」


‡ ‡


 最後の魔女が高らかに声をあげる。
「刮目せよ! 最後の刻は来たれり!」拡声器を片手に、威厳をもって原住民達に演説を始める。
「我に全てを委ねよ! 汝の魂は救われん! 我を称えよ! 自由を与えん! 最後の聖戦に備えよ! 我らは最後の十字軍(Last Crusade)である!」
――Last Crusade!! Last Crusade!!
「終焉を恐れるなかれ! 罪深き者はもはや居ない! 団結せよ! 隊列を乱すな! 終末の時は近い!」
 彼女の後に続いて粛々と住民が地下奥深くに向かって行進していった。
 その道すがら、ヘルメットをかぶったスキュラが誘導棒を持ち、交通整理の警備員のような格好でホイッスルを吹きながら列を誘導していた。彼女は偵察兵の経験を生かし、抜け道などを駆使しつつ、なるべく最短ルートで原住民を地下都市へ誘導するようにしている。
「なぁに…私は通りすがりの只の交通整理員ですよっ!」
 そのNo.8の頭上ではちっちゃな妖精のルッカ・マリンカも負けじと魔法のステッキをふっている。
「みんな、はぐれずついてくるのよ。そこっ、喧嘩しちゃだめ! おやつあげないわよ!」
 列のしんがりは綾賀城流と九條稜輝がつとめた。救急医療セットをキャリーバックにつめて、怪我人の世話をしては立ち止まっている。

 だが、そこからも洩れた原住民は、鵜城木天衣のえじきになった。
「うふふふふふ……その胡散臭ァい身体構造……色々そーぞーさせてくれるじゃない……。あなた達の進化の歴史、口が裂けるまで語ってもらうわよぉー! リアニマ・エルダ! 化石復活(Refossil)! エンドセラスッ! アルゲンタヴィス! リードシクティス!」
 全長5m級巨大イカ、翼開長7m級巨大鷹、20mオーバー級巨大硬骨魚が現れて、犬猫を追い回した。
 ここだけパニックだ!
「さぁーあ、あの変なワンニャンたちを捕らえなさぁい! そして一匹残らず天衣ちゃんの前に跪かせるよのぉ~!!」


 マルチェロが犬猫に避難先について尋ねると、地下の農場プラントなど生産区画が良いと告げられた。そして、マルチェロは非常食としてクッキー、乾パンを用意した。猫のヤン・ウルもリュックから様々なアイテムを出して配ってまわる。大放出である。フラーダも世話人の姫宮達子と連れだって迷子の原住民を捜索中。臭いの跡をたどっている。
「故郷を後にするのはすごくつらいだろうけど、滅びゆく世界に取り残されるなんてこと……絶対にだめ!」
 リオンは「サーチ」の魔法で位置や数を確認している。そして、みつけるとアルウィンとイェンスを呼んだ。
「無辜の民助ける、騎士の大事なお仕事!」
 二人はリアカーを引いて、歩けなくなった住民を乗せてまわっている。
「おーい、助けに来たぞー! 怖い事しないぞーおいでー!」
「無事でいてくれて有難う。もう大丈夫、救助に来たんだ。皆助かるよ、パニックになる必要は無い。大人は子供の手をしっかり握って。誰か、ご老人も見ていてあげて下さい」
「アルウィン達ついてる。怖かったけどもうへっちゃらだ、泣かなくていいぞ。宝物あげるからな、元気出せ」
 そう言ってアルウィンはきらきら光るビー玉と一緒に、食べ物や飲み物を配った。リアカーには毛布がしいてあった。
「一度、行ってみたかったのに」「あーあ、咲夜が行きたがってた所なのにな」
 嘆いても始まらない、月見里眞仁・咲夜兄弟も奔走する。
 シェスカは手をスコップ状に変形させ、穴をほって通廊を広げる。出来るだけ多くの原住民が進めるようにだ。さらに他の地下都市の位置情報を取得し、都市を地下でつなげるとこによって避難所のバランスを整える。
 その通廊ではメルヒオールが魔法による遠距離への声の伝達により、犬猫に救援に来たことを伝えていた。自分たちの焦りが伝わらないように、できだけ落ち着いた態度で。
 それにあわせて、ロナルド・バロウズのバイオリンの音が響く。
「あら可愛いねー、おじさんが同族だったら交際申し込んじゃわー。生きてれば良い事だって一つくらいあるって。おじさんはほら、君と会えた!」
 岩髭正志は元気の無くなった者達に声をかけ、または背負って歩を進めた。
 高城遊理は犬の気持ちはわかるつもりだ。頭をなでで、腹をなでて。安心させてからびしっとみんなと進むように命令した。

 この世界で一番深い地底湖寄せ鍋は、外界から隔絶していた。吉備サクラはそこでパニックが起こらないように、楽しい幻覚を見せて落ち着かせながら救助を待っていた。
「楽しい幻覚なら、みんなも落ち着いて待てますよね?」
「大丈夫、必ず助けます…みんなが避難できるまで、ずっと一緒に居ますから。さぁ、楽しい事して待ちましょう?」
 ただし、その奇妙な幻覚で楽しかったのはサクラだけかもしれない。


「変形合体、モックンアーマー! ショウタイーム!」
 ワードが発声すると、閃光と共にモックがバラバラのキューブになって、ワード体を覆った。
 鋭角な装甲、ブースター、そしてドリル、ハイパーアマルガムスーパー救助ロボットだ。
「みんナー、モックンアーマーの所ニ、集まレー♪」
 ペカペカ怪光線を発するロボットをキリルは見上げた。
「……何でかな、ワード、ワード、楽しそう(むすっ)」
 気を取り直して、旗を振って避難民を集め、モックンアーマーが出した救助者格納ポッドに案内する。
 と、ポッドの中でもイタズラ教洗脳歌が流れていた。


‡ ‡


 ――叢雲内部、マスカローゼ私室
 
 ヴォロス風の部屋には、GSのバイト服を来た壱番世界の女性。
 机に突っ伏す撫子は一人嗚咽を漏らしていた。
 傍らに佇むのは、叢雲内部に発生した巨人より一回り寸胴な巨人とロボタン・壱号。しかし、彼女が共にいることを最も望んだ人物はそこにはいない。
『撫子さん、時間がないからよく聞いて。もう直ぐに叢雲は世界図書館と交戦します……だから、私を助けて』
 マスカローゼが去り際に言った言葉が思い出された。
 撫子は悟っていた。先程まで部屋の入口にいたマスカローゼ、それが撫子が知り、撫子を知るマスカローゼちゃんではないことを。
 撫子にとって正確な現象は、理解の外側である。ただ、マスカローゼちゃんは、叢雲から撫子を庇い……撫子を迎えに来ることはなくなったこと、それは察した。
『壱号を使えばこの子を操作できます、通常の巨人たちの3倍は力があります……お願いです撫子さん』
 そして、直感的に理解していた、残していった巨人は叢雲の使者……悪意あるものであることを。
 撫子は壱号を使って巨人を胃袋へ追い払う。今はその時ではないのか……巨人はおとなしく命令に従い姿を消してくれた。


‡ ‡


「牡羊座号は転移した模様で御座います。現状牡牛座号と黒瞥隊のみの道行となる模様で御座います由、方々におかれましては警戒を怠られませぬようになさってください」
 突然の空間分離により十数匹のワームとともに牡羊座号が切り離されたことを、黒瞥隊隊長の医龍が隊の面々へと伝えた。
「巨人じゃねーじゃん! バグばっかじゃん! 俺ちゃん予想してはいたけど堪えるよ!? 報酬もらってるから逃げ出せないけどさぁ!」
 叫ぶエイブラム・レイセンだったが、報酬分のきっちりと行う仕事ぶりは熟練のそれだった。
「もいっかい来るっぽいぜぇ、進路2-5-9! 全速出さなきゃまずいぜ!」
 エイブラムの分析を受け、医龍、そして周囲の独自飛行する隊員が進路を転換、速度を上げた。
 先ほどまでの速力、進路であれば黒瞥隊が到達していたであろう地点を、青色の光源が襲う。
 巻き込まれたワームの数匹がその場から姿を消失していた。
「一機に全員が固まって乗っては危険じゃろう。万が一遠方に飛ばされたとしても、複数体勢であればどちらかは牡牛座号に追随できるじゃろう。背中に乗せてほしい者があれば乗せるぞえー?」
 そう呼びかけたアコルに応じたのは、ジャルス・ミュンティ。
「私もだ」
 緋色の髪をした戦士も同様に名乗り出る。
「私は飛べないからな、力を貸してくれ」
 そう言うホタル・カムイの言葉に続くように、ジャルスがアコルへ問いかけた。
「黒瞥隊隊長機の前にでて援護体制を強化したいと思います。共にお願いできますか?」
「任せるぞえ~」
 のんびりとした老蛇の声の影で、そっとホタルが己の内へと声をかける。
「ヒサメ、力を貸してくれ」
「――あら、断ると思いまして?」
 と響く声がある。そして彼女の棍に極度の冷気が宿った。
 かくて蛇と二足歩行の竜、そして太陽神の娘は牡牛座号周辺に展開する部隊の中でも、最も前方の位置取りを行い、空間を満たすワーム達を時にブレスで、時に火球でいなしていく。何体かのワームが氷漬けにされ、墜落していった。
 攻撃の手段をとるのは前衛に出張る面々だけではない。
 黒瞥表面に陣取ったブルーナイトが、巨大な砲身から攻撃を繰り出す。余ったエネルギーは、黒瞥らのエネルギーとしてチャージされ、その性能を強化していった。
「さーて、たまには気張るとするかね」
 これだけの戦場である。防護壁、護衛による守護を受けてなお、どのような機体も無傷ではいられない。
 外装の一部が損傷した黒瞥機。ジャンガ・カリンバがその表面に干渉し、周辺の金属物質を取り込ませながら強度の底上げを図った。
 既に鉄でコーティングされたその外装はフラジールこと、ゼノ・ソブレロの手によるもの。その彼自身は、彼が駆る機体を駆使し、仲間の弾薬を補充するなどバックアップを受け持っていた。
「修理しますよぉ。ボクにはコレしか取り柄がありませんからぁ」
 牡牛座号の補修にあたったのは、七代・ヨソギ。ワームの体当たりや、転移の影響、そしてロストナンバーの放った攻撃で、装甲のあちらこちらにひしゃげた部分や穴の開いた部分が散見される。高速機動中でありながらも、驚異的な手法で修復されていく。時々、妙な装飾がなされているのは彼の趣味なのかもしれない。
 彼を手伝うのはハーミット。若干速度を緩め始めたロストレイル号の表面に必死でしがみちゅきながら、ロボットフォームセクタンのロジャーと共に補佐を行っていた。
 段々と、ワームの数が少なくなっていった。
 戦闘行為が一段落し、ほっと一息をつく牡牛座号と黒瞥隊の面々。
 黒瞥の内部では、戦闘によって傷を受けた者達に対し医療班の面々が必死に応急手当を施している。
 ノラ・グース、マドカ、物好き屋、そして医龍らによる手当により、軽傷者らは戦闘ができる程度の状況に回復していく。
 不意に、視界が開けた。
 長く狭い隧道を抜け、白い霧が満たした巨大な空間が姿を現す。
 牡羊座号が転移させられた、巨人たちの巣窟である。
「ロストしておりました牡羊座号の反応を発見いたしました。着陸し、機関停止中のようです。機関損傷、航行不能の恐れがあります。黒瞥隊の一部は状況把握および要救助の場合の対応をお願いいたします」
 黒瞥隊隊長医龍の声が、空間に響く。
 その時、牡牛座号の後方車両を強烈な衝撃が襲った。
「黒瞥隊の皆様、緊急事態です。牡牛座号の救援に向かってくださいませ」
 黒瞥隊の面々が見た、牡牛座号を捉えた何か――それは他の巨人と異なる様相を示す、しかし巨人の一種であるとわかるだけの巨躯を持つ者。
 通常体とは異なる能力を持つその巨人が、一路コアへ向けて進路をとっている牡牛座号にとりつき、破壊活動を開始しようとしていた。


‡ ‡


「運行の障害につきまして緊急のご連絡を申し上げます」
 最初の衝撃の後、牡牛座号の車内に声が響き渡った。
「ただいま、後方車両部に障害物が接触しておりますため、正常運行に支障をきたしております。当車両はこれより巡航運転となりますが姿勢制御が乱れる可能性が高く、墜落の危険がございます。ご乗車の方々におかれましては、一先ず後方車両よりの退避をお願いいたします」
 案内とほぼ同時だろう。最後尾の車両の後ろ半分が、引きちぎられ、幾人かのロストナンバー達が中空へ投げ出されていく。
 そうして空いた空間から覗き込んだ巨人の視線が捉えたのは、数人の人影。
「仲間の命がかかっとる。こら負けられへんな」
 羽を広げたアラム・カーンがサロードを調弦しながら、そう言って笑う。
 横にたったカーサー・アストゥリカが、ピルケースから取り出した薬を気軽に口へとほうりこむ。
「血がとまんなくなっちまうんだが――ま、この状況なら使う価値あり、だぜ」
「無理してはいかんぞ」
 二人の後ろには、紳士然とした老爺が杖をついて仁王立ちしていた。
 ピンと張った背筋、よく撫でつけられた髪。モノクルから覗く瞳に宿る知性が、自分達の状況を仔細に判断していることをうかがわせる。
「じゃが儂らの役目は露払い、甘んじて引き受けようではないか――おぬしらも、覚悟はよいな?」
 隣接する車両との出入り口から、彼ら以外の最期の乗客が出ていくのを受け、他二人も頷いた。
 ――早く貴方達も!
 そう声をかけてくる背後に向かって、ジョヴァンニが莞爾と笑う。
「お主らは先へ進むべき者達じゃ。さぁ、ここは儂に任せて先に行け。なぁに、孫の花嫁姿を見るまでは儂は死なんよ」
 鍔鳴の音が空間を切り裂いていく。
 ゆっくりと、牡牛座号最後尾の車両が切断面にそって、ずり落ちていく。――その上に乗る、やや小ぶりだが、巨大な力を秘めているらしき巨人とともに、車体が自由落下を開始した。
「ほっほっほ――まぁ、例え死んだとしても、地獄から這い上がってくるわいなぁ」
 囁きとともに、翁の仕込み杖が再び閃く。
 不可視の刃が天井の一角を切り落とし、巨人の全体を見上げる事が可能となった。
「では行こうぞ、若人らよ」


‡ ‡


 獣の救助隊がフォン・ブラウン市に向かって疾走する。
 ベルゼが射撃し、オルグの黒炎で巨人達の追撃をかわしてきた。
「生体反応多数。フォンブラウン市が近づいてきたよ」
「あそこだ!」
 広大な平面にごろんところがった岩塊が迫る。アルドが指さしたのはその脇だ。岩塊の土手っ腹に回廊であった坑が開いており、そこに黒い龍人がもたれかかるように倒れていた。
 鴉刃はところどころ鱗が剥がれ、無残な火傷後のような傷が多い。そして、右目は失われていた。しかし、その手にはしっかりと銀のホルダーを握りしめている。
 ゆするとうわごとのようにつぶやいた。
「まだ、死ねぬ。ここで死ぬわけにはいかぬ……!アルド……」
「鴉刃! 鴉刃! 僕だよ! アルドだよ!」
 オルグが白炎をほとばしらせるとみるみる肌の傷がきれい治っていく。そして、陽南がもってきた丸薬を飲ませる。精がつくはずだ。
「ああ、お前たちか……私は助かったのであろうか?」
「無茶しやがって……」
 金と銀のホルダーがふれあい、獣の救助隊は目的を達成した。
「リーリスが近くにいたはずだが……。助けられたとはいえ、信用は出来ぬ。奴は……」


‡ ‡


「――お客様へお知らせいたします。通常運行が可能となりました。これより先頭車両設備を利用し、最深部へ向けて全速航行を開始いたします。ご乗車の方々におかれましては、所定の位置へおつきになり、衝撃に備えてくださいますようお願い申し上げます」

 ジョヴァンニ翁の笑声と入れ替わるように、車掌の声が車内へと響いた。


‡ ‡


 ロストレイル蟹座号は戦場を俯瞰している。
 攻撃隊が無事突入できたことで車内には安堵の空気が広がっていた。
 魔王も一息をつく。トラベラーズノートによる通信が満足に出来ない現状では、ESP能力者は貴重だ。

 カンタレラが恋人のクージョンに寄りかかっていた。
「竜星が綺麗ですね」
 クージョンが一曲つま弾く「君の美しさにはかなわないけどね」そういって傍らの想い人に微笑んだ。
「僕にはなんの力もないけど、こうして何かしていることが意味を持てればいいな。少なくともこれで皆や朱い月人の気持ちを落ち着かせることはできたんじゃないかな?」
 叢雲の破片が竜星に落下し、流れ星が見える。
「願い事? 内緒なのだ」
「僕は君の美しさを祈ったよ。僕がカンタレラを大事に思っているように、あのワームにも大事に思ってくれる人はいるのだろうか。カンタレラを傷付けはさせない。僕の作った曲と同じくらい彼女は大事なんだ。守るよ」
「ああ、素敵」

「ふん。我が蟹座車両の警戒に当たるのだー。ありがたく思えー!」
 ガン・ミーは茶缶の上に備えられていた。
「我は蜜柑の匂いがするから猫たちに嫌われるのが嫌だとか、猫たちの救出に影響を及ぼすのが嫌だとかではないぞ、本当だぞー!」

 そして、氏家ミチルは蟹座号の屋根上で精一杯エールを送っていた。
「天国の大ばあちゃん、力を貸して。皆の覚悟や祈りや努力が報われるように、手伝いたいの。悪魔に貰った力だけど、こんな時こそ……!」
 ディラックの空に向けて“応援歌”を歌いだした。決死隊、主力攻撃部隊、救助隊、ディラックの海で活動する者達、マーチヘアーに飲み込まれている者達、竜星の住民達、0世界で待つ人々の為に。未来を生き抜く奇跡を呼び寄せる為に。全てに届け。声が枯れようと祈り、歌っている。

 その声は無事届くのだろうか。

 ここからは古城蒔也が多足戦車でマーチヘアーの胸部に攻撃を仕掛けているのが見える。戦車にまとわりつくように援護しているのは設楽一意の式神だ。
「どうしてこんなことが起きてしまうんだろう?」
 自分の故郷がこうなったら、と想像するだけで苦しい。ハルカ・ロータスは発火と念動力を組み合わせて能力を隕石状に変化させ、マーチヘアーに叩きつけた。


‡ ‡


 華月による空間干渉遮断の結界による防御壁や防御手段の成果か、或いは何かの意図によるものか。
 少なくとも直截の被害を受けたロストナンバーはいないようだった。
 だが車両そのものではなく、周囲の空間毎切り取られた列車は周囲で活動していたロストナンバー毎、転移させられている。
 新たな空間は、広大だが白い霧に満たされた奇妙な広間。
「車両を守る結界ごと、ってことね――人に被害がでなかっただけで、今の時点ではよしとしなければならないかしら」
 むしろ転移に巻き込まれた、今にも車両にとりつこうとしていたワームの方が、その力を弱められていた。
 その内の一匹を、不意につかむ腕がある。
 暴れるワームは取り押さえられながらもその腕から逃れようとするが、鮮烈な光撃によりその身を焼かれ、滅びた。
「これが、巨人か――!」
 誰かが叫ぶ。転移しつつも広大な空間内部で走行を止めないロストレイル牡羊座号。
 その周辺に無数の巨人が湧き出してきていた。
 急速に冷える外気の影響だけでなく、空間に濃密に満ちる敵意が多くのロストナンバー達を身震いさせていく。
「駄目元でいっちょやったる!」
 そう声をあげ、操る風にのせて封印のタグを巨人に向けて飛ばし、貼り付ける事を試みたルイスだったが、どうやら失敗に終わったらしい。巨人がその動きをとめるような様子はない。巨人の竜刻は暴走状態では無いと言うことか。
 高速機動するロストレイルだったが、巨大な空間内とはいえ溢れる巨人を避けつつではどうしても速度が上昇しない。
「ご乗車の皆様へご連絡いたします。当車両はこれ以上の安定した運行は不可能と判断し、近郊の地点へと着陸、停車いたします。緊急の停車となりますため停止時には相応の衝撃が予想されます。皆様方に置かれましては、安全の為着席し待機なされますか、各自にて自衛動作を行われますようご連絡申し上げます」
 車掌の声が、各車両内へと響いた。
「牡牛座号と引き離され、かつ巨人が見えた以上、座して待つ必要もないな」
 皇無音は車両の扉を開くと、近場に存在する巨人にその身を取りつかせるべく降下していく。
「おまえの身体、私が有効活用させてもらおう」

 見た者を恐怖させる満面の笑みでそう宣言した皇は、生体物質と共鳴し、融合することが可能な万能細胞のその身により巨人を捕食・同化していく。

 人の白血球と同質の思考しか持っていない巨人の意識をゆっくりと、その内から食らい始めていったその時、皇の視界の隅では、牡羊座号を一陣の光が襲おうとしていた。


‡ ‡


 光線が牡羊座号の機関を捉える。
 不時着、と言うべきレベルの勢いで接地していく衝撃は、ある者は何もできぬままに席からその身を投げ出され、あるものは自衛の行動をとることでどうにかダメージをやり過ごした。
 それでも致命的な損傷をうけなかったのは、鰍のウォレットチェーン、テル子の加護の力等が一時的に車体防御へと集中されたためだろう。光線は車体を貫通することなく、結果として牡羊座号は地面に激突ではなく、着陸する結果に落ち着くことができた。

 地面に落ち着いた牡羊座号車両。そこから幾人ものロストナンバー達が外へとその身を躍らせる。
 彼等は元々巨人と戦う為にこの地に飛び込んできたし、何より早急に牡牛座号の元へと向かわねばならない必要があったからだ。
「いいね、この絶望感。規模が大きすぎてなんか麻痺してきてるよ」
 周囲をゆっくりと囲んでくる8m級の巨人達の姿に、ファーヴニールが笑いながら呟いた。その身が竜に変じ、巨大な電撃が前方へ向けて放出される。
「俺はまがい物だからね。本物の竜なんて御伽話……だった。だけど、まがい物の、人間の意地ってのもあるのさ! だから、叢雲もワームもお呼びじゃないのさ、俺達の未来にはッ!!」
 放出された雷撃が、この地の戦闘開始の合図となった。
 同時に、巨人だけを目標としない面々が周囲に散っていく。
「盛大に荒らしてやるぜ!」
 ガトリング銃で盛大に周囲に弾幕をまき散らすライフォース。
「チャイ=ブレによる制限が低いこの世界。遠慮なくまかせてもらおう!」
 竜化し、灼熱のブレスを吐き出していくΣ・F・Φ・フレームグライドや、
「ここなら好きなだけ暴れてもよいというので、ね」
 魔術の込められたカードを四方にばらまくようにし、二丁拳銃によってそれらを打ち抜くことで術式を発動させるカイ=パウロ。
「兵団の札は使えるようになった……これで少しは戦力になるか。あと天災の札も使えればもっと多くの事ができるのだが……とにかく犬猫達の星に手を出したことを後悔させてやろう」
 雪色の髪を持つ少女、煌白燕が言葉とともに大戦符術を発動させると、様々な計略や無数の兵が実体化する等、戦力が増強されていく。
 そんな彼女とは別の地点で、チャルネジェロネ・ヴェルデネーロが、強力な魔力波動砲を発射している。
「拙者の寝床候補を破壊するような奴に、手加減など無用でござるよ」
 呟く彼をとりまくように配された無数の小蛇が、彼から死角を取り去っていた。
 あちらこちらで巨大な力が発動される中、広大な空間を好き勝手に飛び回ってる影があった。
 グラバーは、好き勝手に能力が使えるこの状況が嬉しいらしく、光速で縦横無尽に飛行を楽しんでいる。そのついでに、斥力を操るギアの力を発動、並々ならぬ突進力を発揮して巨人に突撃をかましていった。
「たまには思い切り力を振るわぬとの」
 大妖としての力を弄べることに悦びをえているのか、くつり、と笑みを浮かべた逸儀=ノ・ハイネが分厚い不可視の刃を放ち、巨人の体内に楔を穿つ。再生能力を防ぎ、ただ、ひたすらに力任せに解体していくその業は流石と称すべきもの。
 ハイネ同様に、迦楼羅王もまた普段制限された力にまかせて巨人を屠っていた。
「世界樹旅団も大層バカげたことをしてくれたものだ。彼らには彼らの正義があるのだろうが、だからと言って世界を滅ぼして良い理由にはならんだろうに。まぁ、被害を拡大させた図書館側にも責任はあるだろうが、ある意味不可抗力だしな」
 少し呆れたようなセリフを吐く余裕を保ちつつ、彼は数多の事象を操り、その怪力で巨人の肉をひきちぎり、ギアによってその身を切り裂いていく。
 地の魔法で呼び出した石柱に隠れその様子を見ていた祭堂蘭花が、逆に呆れたようにその様子を眺めていた。
 それでも気を取り直し、隙をみつけてはギアを使用し、巨人達の動きを封じる作業へと戻っていった。

‡ ‡

 普段使えない自身の能力が使える事に喜んでいるものもいれば、この状況に内心引き攣っている者も、当然いる。
「マーチヘアーも月よりでかいってのはわかったけど、え……ちょ、こっちもでか過ぎるんですけど」
 車両から少し離れた地点で、山本檸於が目前に立つ巨人に気圧されながらそう呟いた。それでも、ここに来た以上覚悟は決まっている。
「ここでこいつらを倒しとかなきゃ、被害は広がっちゃうんだもんな――発進! レオカイザー! レオレーザーァァァ!」
 掛け声に応じ発動するギア。その閃光が、戦場に煌めき、巨人とともにマーチヘアーへもダメージを加えていく。
 覚悟を決めて飛び込んだものは、他にも多い。
「俺にはもう何もない。それでも、目の前の敵を潰す位はできるつもりだ」
 車両を防衛するように立つ一二千志。彼が扱う細かな影刃が広範囲に散らされ、接近してくる巨人を牽制する。近寄りがたそうにしている所に、彼が挑んだのは覚悟を裡に秘めての、肉弾戦だった。
 手に持った火炎瓶を次々と投擲し、農業で鍛えた己の身体を唸らせてギアを操るのは、脇坂一人。
 彼は巨人の足を斬りつけては、その動きをとめる事に専念していた。
 ノートによる連絡は不能。である以上他にやれることは、誰かの為に、少しでもその力を振るう事だった。
「リンゴの二番摘果が残ってるから、帰らなくちゃ……。仁科も心配するしね、ねぇ、ポッケちゃん。あのアホを残しては死ねないわ」
 彼は、そう静かに己のセクタンへ囁いた。
「……コケ、役に立てるよう頑張りたい」
 列車から少し離れた地点。決意を胸に秘め、巨人に対し、致死性のある毒や神経性の毒などを無数に浴びせていくのはまだ年端もいかないように見える小さな少女。
 しばしの後最も効果が高いとにらんだ毒を、仲間を避けてピンポイントで近づいてくる巨人達へと浴びせていく。倒すにはいたらないものの、動きを鈍らせるだけの効能はあるようだった。
「頑張る……もしもの時は、コケ、壁くらいには……なれる」
 文字通り巨大な壁となろうとしているものが、二人いた。
 巨人の放つレーザーを食み、力を蓄えてその馬体を巨大化させていくシンイェと、気ままに巨大化を進めていくゼロである。
 シンイェはその巨体で仲間を潰さぬように注意しつつ、巨人を蹴り飛ばし、跳ね飛ばしていた。
 ゼロも仲間から少し離れた地点で、天井をめざしその容積を増やしていく。
「数千万キロでは食べられたのです。叢雲が参るまで宇宙も世界群も無限も超越するくらいになるのです」
 元々体内にいた彼女は、ロストレイルが突入してくる前からこの空間に実は、いた。
 ギアの制限がないとはいえ、単体での攻撃力を持たぬ身であれば、救援が来るまでは目立つ行動をするべきではない、と思考したのかもしれなかった。
 そんな彼女だが、仲間の到来を得た以上遠慮する必要はどこにもない。
「ギアがないと調整が難しいのですー」
 のんびりと呟きながらも真の大きさに向けてどんどんと近づけていく少女。周囲にいる仲間が傷ついたら回復魔法をかけながらのその行為は、常には殆ど消費されない、あるいは消費されているように見えない精神力を要求されるものだった。
 やがて天井へ手がとどこうという大きさになったとき、「とうっ」と彼女は軽く地を飛び立ったのだが、その手に天井がふれることはなかった。
 マーチヘアーの胎内とも言うべきその空間が、規模を一段階あげていく。体内の空間こそが叢雲――マーチヘアーの支配する世界。故にそこにおいて本来的に法則は少なく、制限も殆どない――それだけ圧倒的な存在であることの証左が、今ゼロによってある種証明されていた。
(正直な所。自分のチカラがどこまで通用するか判らない。もしかしたら、強風が吹けば消えてしまうようなモノかもしれない。だけど、見過ごせない。自分が一瞬でも関わった世界が蹂躙されていくのは……)
 想いと共に、小依来歌がキューブから精製した未知鋼の弾丸を放つべく、ギアの引き金を引いた。それが、彼女の決意。
 戦場の片隅。同じように決意を胸に秘めて戦う者がいる。
「死ぬ可能性は随分と高い……ですよね。けど、これが僕の覚悟です!」
 セシディットアビエクティオは、すみません、と心の中で亡き人に向けて語り掛けると、巨人と相対するたびに、腕につけたトラベルギア――ビータを装着したことで、常以上の力を発揮させるそれを振るい、闘いを続ける。
 たった一人で挑む闘い。その中で、遠距離から放たれる黒刃が、巨人に着々とダメージを与えていた。
「上手くいけば上等。運が悪ければ死ぬだけだ――」
 ノートによる連絡を試みながら、淡々と呟いたのはヴィンセント・コール。
「ガラハッドにここは辛いでしょう。休んでいなさい」
 異能の巨人ばかりではない、無数に周囲を囲む巨人の攻撃を吹雪と氷で往なしながら、ヴィンセントは己のセクタンを車内へと送り出した。
 ギアの能力を十全に発揮し、絶対零度の氷によって巨人達の四肢を凍らせようと試みる。幾体かの巨人が、その咢に捉えられた。
「踊りなさい」
 言葉と共に現れた氷の獅子の群達が、巨人に次々と襲い掛かり、翻弄していく。


‡ ‡


 あちらこちらで戦闘を繰り広げるロストナンバー達。
 内に一人、異形が混じっていた。
 ビーチサンダルのみを股間にあてがい、後は裸。
「我が名はガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード! アルガニアの誇り高き騎士にして姫の忠実なる守護者!」
 高らかに笑いながら名乗りを上げると、男は頭部と股間以外を戦場に晒し、突撃をかけていく。
 長ったらしく名前を呼ぶ必要はない。ただ、「変態騎士」と呼べばいい。
 巨人の周囲を変態的に制御された飛行で飛び回り、攻撃を加えていく。
「我が槍<ランス>に貫けぬものはない! おふぅ……なんという硬さ……」
 巨人の殻の硬さ。衝撃で腕に走った痺れが愉びをもたらす。そんな彼を、死角から光の一撃が襲った。
 狙い通りとばかりに避けた彼だったが、その際には何故か胸筋を強調するポージング。
「拙者の肌を傷つけられるのは御主人様だけである! それもわからずに同士討ちをするとは愚かなり!」
 そう言うと、彼は再び「拙者今度こそ貴殿の身体を自慢の槍で貫いてくれるわ!」と別の巨人へと突撃を敢行していった。
 
 ――例外はさておき。
 ロストナンバー数人がかりでようやく倒されたという経歴を持つ巨人達である。
 ギアの制限が緩いとはいえかなりの力が必要になり、共闘は自然の成り行きだった。
 必然、新たな出会い、懐かしい出会いも生まれてくる。


「ハッ、なっちゃねぇな!」
 狂喜の笑みを顔に浮かべ、愉しそうに引鉄を弾いていく男。
「要はあのデカブツ倒しゃいいんだろ? 簡単だ、足手まといになんなよヘル、いちいち助けてやんねーぞ」
「言われなくたって!」
 そう言う父の横で、娘もまた連続的に引鉄を弾く。ただしこちらはしかめっ面で、だ。
 三丁の銃から放たれる弾丸が、巨人達に襲い掛かる。
「巨人には強力な再生能力があるらしいじゃない? 欠片も残さないで砕いてあげるんだから!」
 父の弾で凍らされ、娘の弾で砕かれる。連続打ちに集中した娘の背後を襲う、巨人の腕。
「piazzaiola!」
 舌打ちと共に放たれたファウストの弾丸が、地面をとかし巨人の体勢を崩させる。
「礼なんか言わないわよっ」
 二人から同時に放たれた弾丸。――それは中空で融合し、巨大な氷塊となって、巨人に襲い掛かっていった。


 そんな親子からほど遠くない場所で、天空に駆け上がり、一気に唐竹に刃を叩き落とし巨人を両断する男がいた。
 二分した巨体を更に切り刻み、自らが発する炎で灼き尽くす男はアクラブ・サリク。
「焼き払い、切り刻む。それでよいのだろう? それなら俺はそうするだけだ」
 制限されぬ力のままに刃を払い、彼はまた次の対象へと足を向けていく。
 そんなアクラブを見やりつつ、アストゥルーゾが、栄養食を嚥下し終えた。
「さ、今回はパワータイプの変身しまくりでいきますよ――」
 微笑みとともに、アストゥルーゾは身体を様々に変化させ、巨人へと襲い掛かっていく。
 その横に立つ村崎神無が、一撃を繰り出しては素早くひくという戦術で、巨人に対している。彼女自身の能力、ギアとの相乗効果で魔物等に威力を発揮するその攻撃がどの程度に巨人に効くかはわからない。
 ただ、効くと信じて刃を振るうだけだった。

「今がチャンスだよ~」
 仕掛けられた地雷へと巨人を誘導し、その巨体に衝撃が与えられたのを確認して、スイート・ピーが合図を送る。
「えーーーーーい! 行きますですよー!」
 派手な音をたてて巨人へ突っ込んでいくのはPNG。マーチヘアーの中を縦横無尽に飛び回りながら、彼女は次々とミサイルを撃ち込んでいった。
 地雷と、彼女のミサイルによろめいた巨人をギアで打ちのめしていくのはクロウ・ハーベスト。
「世界が滅びる、か……とんでもない大事だな。是非ともモブ兵士でいたい……そうだろ?」
 言葉通り、自分から積極的にしかけるのではなく、仲間が撃ち漏らした巨体へ着実にとどめを刺していく。
 まだ生存している巨人の注意を自分に振り向ける事で、味方から目をそらさせるために。
「マーチヘアーは俺の目の前で起動した――放ってはおけない。精々囮として派手に暴れさせてもらうぞ」
 そう叫ぶと、変身した風雅慎は、時速550kmの巨躯を駆り、巨人へと突進していく。
 呼応するように、李飛龍が巨人後方から巨人の首へと攻撃を加えた。
「こいつをほうっておけば、ほかの世界に迷惑がかかる!! なら、全力でいくぜ!」
「俺も加勢させてもらうぞ」
 飛龍に続いたのは、白燐。手にした鎌による斬撃で、巨人の身体に無数の傷をつけていった。
「袁仁招来急急如律令! 巨人の間を走り回って攪乱しろ! 護法招来急急如律令! 幻虎招来急急如律令……斬り裂け! 護法招来急急如律令!」
 叫び、術を行使する百田の攻撃が彼らの後を追うように巨人へと叩き込まれ、その巨体がゆっくりと地に伏していく。
「さぁ巨人ども、ここから先へは行かせんぞ!」
 そう言って、再度彼は術を行使し、無数の炎、そして氷を喚びだしていく。
 上空から同時に別の氷の飛礫が大量に降ってくる。放ったのはゾルスフェバート。
「ようは勝つばいい、違うか!?」
 叫び、力を放つ凶竜の攻撃が、再生を試みる巨人へと次々に叩き込まれた。


「決死隊の人達、コアと囚われた人を頼んだよ!」
 今、傍にいない者達へと投げた言葉。その言葉で自分を奮い立たせながら、ナウラは巨人へと挑みかかる。
 そんなナウラに調子を合わせるように、中空に位置し俯瞰している村山の放った弾丸が、巨人を襲った。
「遅れをとるんじゃねぇぞ。俺を驚かせてみろよ――」
 通信機能を持つ羽根から聞こえる声は、ナウラにやる気を漲らせるには十分なもの。
「うるさい! お前こそヘマしたら承知しないぞ!」
 言葉は厳しいが、村山の起こした風にのって飛び、巨人の死角を突くナウラ。関節部分への攻撃を連続的に加え、自壊や歩行不能を狙う作戦にを遂行していく。
 ナウラ達からほど遠くない場所で戦闘を繰り広げていたのは、理星。崩壊の魔法や、緑蝕の魔法による巨大な樹木を発生させての足止め等で巨人を牽制していた青年が、その銀色の瞳でマーチヘアーの本質を感じ取る。
 ふるっていた大太刀を一度置いた彼は、その本質をこの空間の中へと解き放った。――即ち、強烈な嵐。
 巨大なエネルギーを持つその風は、巨人のみへと作用する奇妙なもので。暴れる風を受けながら、彼は「もう誰も泣かなくていいように――」そう祈り、再び太刀を振るい始めた。



「決死隊のみんな、こっちは派手に楽しんでるからコアの方は任せたよ!」
 そう言いながら楽しげに戦場を舞うのは、エルエム・メール。
 衣装を一部脱ぎ捨てた彼女の陽動に惑わされた巨人を、横合いから必殺の攻撃が襲う。
「ぶち抜け、半霊の魔弾!」
 冷静な解析により制御する核を見極めたナイン・シックスショット・ハスラーの一撃は、巨人の体内にあった竜刻を正確に貫き、体外へと弾き飛ばした。
「この弾なら、お前らの分厚い装甲も無駄ってもんさ!」
 そういったケット・シーは、次なる標的――遠距離からネイパルムが放ったグレネードランチャーによりダメージを受けた巨人へと、銃口を向けた。
 その彼より先に、体勢を崩した巨人の頭部に銃をつきつけたのはニコル・メイブ――戦場に似合わぬ、花嫁の姿。
「悪いけど、おまえ達の相手は全部こっちでするって決めてるんだよね。あっちは今一番大事なとこなんだ。仮初の存在如きに邪魔はさせない――絶対いかせないよ」
 笑顔とともに、撃鉄が降ろされた。
 その付近、無造作にバットを振り回しているのは、蘇芳鏡音。
「俺だってやってやる! くそ、くそ、部長め! 無能なくせに! お前に払うくらいなら、その給料俺達によこせよ!」
 そう叫んで揮う彼のバットの軌道は大雑把。ただ、必死に恐怖を押し殺し敵へと殴りかかるだけ。
 それでも牽制にはなるらしく、ニコルらと連携した攻撃は、確実に巨人を追い詰める一助となっていた。
 
 戦場の片隅では、再会のやりとりもなされている。
「兄貴!? 何してたの兄貴、ずっと捜してたんだよ、会いたかった!」
 抱きついてきた少女に、臣燕は驚いた表情を浮かべ、狼狽する。
「雀!? なんでこんなとこに……俺をさがして? ばっかだなあ……積もる話は後回しだ。まずはあのデカブツをなんとかしなきゃな」
「あ、ごめん、今はそれどころじゃないんだった! 私も言いたいことは山ほどあるけど、まずは巨人を倒してからだね!」
 そうして、二人は今しがた再会したばかりであるというのに、背中をあわせ息の合った戦闘行動をとっていく。
「兄貴はやればできる男だって信じてるから、防御は私に任せてね!」
 燕が炎や風を操って巨人を集めれば、その炎と風を纏った雀の雷撃がそれらを襲っていく。
「兄貴との連携さえできれば、怖いもんなんかないんだから!」
 戦場に似合わない明るい笑みが、少女に、そして青年の顔に、浮かんでいた。

 クラウスがメテオストームを使い、周囲の巨人を打倒していく中、無数に分身したファリア・ハイエナが巨人に取りつき、攻撃を加えていく。
 それに呼応するかのように、ハギノが忍刀を手に、必殺の一撃を放っては、倒れた後のフォローは誰かに任せたというかのように、次の対象へと移動していく。
「久々に大暴れしちゃいますかねー」
 にやりと笑ったその顔は、自儘に技を揮える機会を得られたことへの喜びが浮かんでいた。
「月兎……なーんて、かわいーのは名前だけすねぇ」
 数多の巨人を切り刻み、仲間の魔法に供しながら、彼は楽しげにそう呟いて戦場を渡っていく。
 同様に忍び刀を操る男がいた。名は深槌流飛。
 二刀を操り、冷徹に巨人の身体を断裁していく。誰を庇うこともせず、誰に庇われることもなく。
 孤狼の如く、彼は戦場を渡りあるき巨人へとその刃を振るっていく。


 その横では、少年と、軍服を着た男が共闘していた。
(こいつ……妙に懐かしい気がする)
 死角を庇いあいながら戦う男を見て、リエはふとそんな思いに囚われる。
――秀芳!
 この戦場でばったり顔を合わせた瞬間、確かに男はその名を叫んだ。それは、死んだ母の名。
(ひょっとして……親父、か――? って、くそったれ、この状況じゃのんびり考えてらんねぇ。まずは目の前の敵だ)
「楊貴妃!」「秀芳!」
 二つの声。二匹のセクタン。その火焔が重なりあうように、巨人を襲う。
 リエが呼び出した不可視の刃が巨人を切り裂けば、その傷口に鷹遠律志がサーベルを突き立てる。
「ふ、まるで一寸法師――滑稽だな」
「離れろ、おっさん!」
 甲高い声に、鷹遠は巨人の身体を蹴った。途端、地面から吹き上げる炎。
「こんな時は、自分のギアが攻撃に向くものでないことが残念だ」
「言ってろ。背中は任せたぜおっさん。巻き添えになんねーよう気ィ付けてくれよ?」
 に、と笑った少年に懐かしい者の面影を見、男は頷いた。
「無論だ少年。お前が行くというならば、私は共に戦おう――これも何かの縁だから、な」

「人死には勘弁、今回は特別にあたしも全力でやってあげる」
 様々な属性の魔法を叩き込んで様子をみたハイユ・ティップラルだったが、最も効果的なのは風の魔法による足止めだと判断、あくまでも陽動が役目との認識のもとに、彼女は巨人達が互いに互いの行動を阻害するように魔法を配していった。
 それらの巨人を意識的に攻撃してくる巨人がいた。牡羊座号から飛び降りて巨人の身体を掌握した皇である。
「――便利な能力ねぇ」
 そう一人ごちるハイユの前で、動きを封じられた巨人が次々と弾き飛ばされていった。
 そうして倒れた巨人に取りついたのはリフェル。彼は自分自身を分解すると、数体の巨人へとその身を溶け込ませていった。
 狙いはウィルスによる捕食。効果はすぐに表れるはずだった。
 清闇もまた、その力を存分にふるっている。
「世界が滅ぶ、か……見てて愉快なもんじゃねぇな」
 故郷を失った犬猫達。それ以上の被害を出させないために、黒竜と化した清闇のブレス、そして竜魔法が空間に轟音を響かせた。


「まず私から行く」
 鎌による攻撃で、巨人の体勢を崩すべくミラが攻撃を繰り出した。
 背後から、支援をするスカイ・ランナーの放つ徹甲弾が、巨体に的確なダメージを与え、蓄積させていく。
「巨人とやら、わしが吼えてくれるわ!」
 猛り、畏怖させるべく咆哮を放ったのはアレクサンダー。同行するエルザ・アダムソン、グランディア、そしてレオナも一斉に攻撃をしかける。
 不可視の攻撃、野生にまかせた攻撃等、本来の世界を共にする者達でしかなしえない協力体制をしき、華麗に、しかし泥臭く連携攻撃を繰り出していく。
「正に戦争、だね――状況を開始、総員、戦闘準備を」
 呼び出したガーゴイルの一群をよろめいた巨人にぶつけるのはブレイク・エルスノール。
「弱った敵を全力で叩くのは、戦争の常識だよねぇ」
 そう言った彼の目の前で、ガーゴイルの一部が巨人の腕につかまり、捕食される。
「残念」
 彼の言葉に付き従うかのごとく、捕食されたガーゴイルが爆砕し更なるダメージを巨人へ加えた。
 そこへ、レイド・グローリーベル・エルスノールが襲い掛かった。
 召喚した獅子のレギオンと共に巨人へ迫り、放たれる攻撃。光の弾が巨人を構成する竜刻を露出させた。
 そこに、神速跳を利用して近づいたルーヴァイン・ハンゼットが、竜刻と巨人の身体を切り離す。
 ゆっくりと、その巨体が崩壊へと向かっていった。


‡ ‡


「わっちは車両に残るっすよ? 前も全員がロストレイルから降りちまったせいで、ロストレイルが奪われかけたことがあったでやんしょ? だから今回は、皆が戻るまでロストレイルを守るのがわっちらの仕事でやんす。ロストレイルの兵装やら使えば、わっちらのような人体模型でもお役にたてるかと思いやして、へい」
 貴方はどうするの、と聞かれそう応えた人体模型が、牡羊座号の上で戦い続ける戦士達へエールを送っている。
 そんな彼の眼前で展開される二人の闘い方は、似ているようでいながらそれぞれに異形。
 本来において支配をその能力とする者の闘い方だった。
「この中には魔力が満ちておるからのぅ――全力を出しても良いじゃろう」
 解放された魔力は圧迫感を持って、彼の目前に立った巨人達へと襲い掛かる。
 不死の貴族にして夜の主。ネモ伯爵は、本来の美麗な姿を顕現させ、一息で敷いた魔法陣から巨大なゴーレムを召喚した。
「巨人同士、神話の時代のごとき戦いを繰り広げるがよい。ワシだけでは数が多すぎるからのぅ」
 うっそりと笑って飛翔した彼が巨人の身体に触れると、そこに描き出されたのは魔法陣。刻まれた巨人は、さながら悠久の時が一瞬で襲い掛かってきたかのように、崩壊、腐敗し、消滅した。
 そんな彼と車両を挟んで反対側にも、今一人の夜の王がいた。
 自らを囮とするかのように巨人の群れの前に差し出したのは、ボルツォーニ・アウグスト。
 そんな彼を幾多もの光条が襲うも、全て無効化されていく。焦れたのだろうか。巨人の数体が直接攻撃を行ってきた――奇妙な事に、その身体がボルツォーニに触れる前に、塵と化していく。最初は半径数メートル程で起きた事象だった。
「……面倒だ」
 嘆息とともに呟かれた言葉。声と共に、彼を中心とする半径数mの球内_に存在した巨人が全て崩れ落ちた。
 その半径は、巨人を飲み込む度に大きくなる。巨人が放つ力、そして構成する生命力そのものを奪い、己に還元する。
 ――不死の王に相応しい戦法だった。
 一方、やや離れた戦場では蜘蛛の魔女が楽しそうに、巨人達を『捕食』していた。
「竜刻がこんなに大量に!? お……美味しそう!!」
 正に本能のままの感想を抱き巨人に取りついていく魔女。
 彼女は再生能力を持っているはずの巨人の動きをとめ、確実に捕食していく。恐らくはその爪に宿る毒のなせる業か。
「力がメッチャみなぎってきたぁ!魔力が五臓六腑に染み渡るわぁ!」
 ぽりぽりと食べては、歓声を上げている。体内に取り込まれた竜刻が、彼女に力を与えるのだろう。
 当初以上に強烈な威圧感を放ち始めた彼女は、その捕食速度を上げていった。
「はぁ、なんとも凄まじいでやんすねぇ。姐さんもそうは思いやせんか?」
 振り返ったススム君が声をかけたのは、ほのかと名乗る女性。
 しかし、彼女はその声に反応することはない。何故なら彼女の意識は今車両の外――少し離れた部分で同朋を攻撃していると思われた巨人の内部にあったからだ。
(再生もできて、便利ね――壊されても次のにつけばよいのですし……旅団の方に穢されてしまった可愛そうな、とても、とても大きな龍。解放して差し上げなければ――それができる方々の助けになるためにも、もう少し頑張らせていただきますわね……)
 その女性が霊体になり、巨人の意識を乗っ取るという離れ業をやってのけていることなど知る由もないススム君は、「眠っているんでやんすかねぇ」と至極もっともな感想をもらした。
「華と散るよろし!」
 車両の周囲では、チャンが仲間のサポートをしつつ、自分で用意したダイナマイトを投げつけてもいる。
 北斗もまた、水の壁を形成しては巨人が放つ光撃を防いでいた。更に、その壁が消えると同時に威力の高い水流をぶつけ、巨人を車両に近づけさせない。
 アースヒールを使用して、傷つき戻ってきたロストナンバー達を癒すのは、クアール・ディクローズ。彼はウルズ、そしてラグズを召喚し、周囲の警戒を怠らせない。
 リジェネレートにより収容した面々を回復させるニッティの傍らで、ハクア・クロスフォードが空中に巨大な魔法陣を敷く。
 近づいてきた巨人に対して雷と炎の魔法を浴びせその足止めをし、その最中に治癒魔法を使用して負傷者を癒していくという離れ業を成し遂げていた。
 ユイネ・アーキュエスもまた、召喚した剣で巨人を牽制し味方が攻撃できる隙を生み出しながら、運び込まれたロストナンバー達の怪我を癒している。
 タイムも先ほどまでいたのだが、「俺も戦うことはできるんだからよ、ちょっと行ってくる!」と言って戦場に繰り出していった。どうやら移動しつつ仲間達を回復していく役割を担おうとしているらしい。
 ドミナ・アウローラは従僕のシーファと共に傷ついた車両の上に立ち、「戦人のコンチェルト」を奏で続け、近郊の味方に癒しの力を与え続けていた。その額には小さな汗が浮かんでおり、表情はかなり厳しいものとなっている。
 そんな彼女を心配そうに見上げたススムくんの視界に、不意に分かれたはずの車両――それも、今まさに最後尾が切り落とされた牡牛座号の姿と、それを追って降下してくる黒瞥隊の姿が目に入る。
「あちらさんも無事でいたでやんすね!」
 そう快哉を叫ぶススムくん。
「車両上方に、何かいんぜ!」
 同様にロストレイルに居残り、卓越したテレパス能力で各人の位置関係や巨人の動向を伝え続けてきたアキ・ニエメラが、そう指摘した。
 深奥からこの空間へと向かわされていた特殊な性質の巨人。
 その脅威を、彼は明確に感じ取っていたといえるだろう。


‡ ‡


 一一一は、その特性を遺憾なく発揮して深奥部へと突入していく牡牛座号を見、ダメ元でノートの通信回線を開いた。
「虎さん、聞こえてますか? 聞こえてなくても一度しか言えないからきっちり聞いてくださいよ!」
 因縁に決着をつけるのは今です――そう返事の帰らない通信回線に言葉を投げ込んでいく彼女は、きっと無事でいるだろう男に対し、別れる前に言ってやろうと思っている言葉があった。
「ここで男を見せないでどうするんです! 大丈夫、あなたなら出来る!」
 それだけ自信をもってきっぱり言い切ると、彼女はまた戦場へとその身を躍らせた。
 非力なのは確か。ギアによる補正もない。それでも己にもできる事はきっとある――そう信じる強い思いが、彼女の足取りを支えていた。


‡ ‡


 叢雲からの帰還者達の報告にあったマスカローゼそして叢雲のコアが存在する竜刻の間まで程近く。
 ドリルが叢雲胎内を穿孔する。牡牛座号の車体はその振動に揺れながら進む。ここに至るまでの間、牡牛座号の最後尾が失われた。牡羊座号とその乗員はコア破壊決死隊と牡牛座号を守り、叢雲を守護する巨人の群れの中へ消えていった。もはやこの場には、コア破壊決死隊に志願したものだけしか残っていない。
 牡牛座号の先端が胎内を抜け、回廊に飛び出す。正面には数体の巨人が待ち構える。
 巨人の胸甲が爆ぜ竜刻が展開、光条を束ね放たれた。
 牡牛座号はドリルを爛と輝かせ、胎内を貫いた勢いのままに翔る。車体を飲み込んで余りある光条は牡牛座号に貫かれ、竜刻の巨人は轢き潰された。
 腕を突き出し、指を弾いたポーズで見栄を切るのは、かの巨人と最初に相対したメンバーの一人である神結 千隼。彼の放つ生体エネルギー『クリエイション』が牡牛座号のドリルを強化し、光条を粉砕した。
「いやいや、パワーインフレって切ないねぇ」
 ヴォロスの地で苦労して倒した巨人が雲海の如く、出現するさまを見て神結はぼやく。
 その言葉に応じたわけではないだろうが、巨人たちの姿が空間を割り次から次へと回廊に出現し牡牛座号の進路を阻む。
 新たに現れた巨人群は、光条ではなく。高速移動からの衝撃波で牡牛座号を襲撃した。
 巨人の肉体が音の壁を破る白煙を上げ牡牛座号の周囲を舞い飛ぶ。
 神結の『クリエイション』は、巨人の攻撃を完全にシャットアウトできるが使用時間が短く、範囲も限られたもの。細かい攻撃を防ぎ続けることには向かない。
 高速移動から放たれたソニックブームの嵐が牡牛座号を揺さぶった。牡牛座号のフレームが歪み、衝撃に窓が割れる、車内に叢雲の冷気が流れ込んだ。
 巨人群の動きは止まらず、冷気が衝撃波に押され牡牛座号内部に飛ぶ。
 
 粉砕された窓から水塊が這い出た。窓から零れた水塊は大きな膜となり牡牛座号の外壁を覆う
 水の膜を巨人の衝撃波にゆれ、その威力をやわらかく吸収し牡牛座号を守る。
 龍神の子――しだりによる水障壁。
 ロストレイル号を覆うほど巨大な結界の、常であれば安定させることもままならず崩れるのが必定。
 だが、しだりの傍らには角を預けた友・相沢がいた。彼と共にあるかぎり、しだりは十全の力を発揮することができた。

 
 牡牛座号に纏わりつく、巨人の数は増えることはあったとしても減ることはなかった。
 防壁は牡牛座号をよく守ったが、それと同時に攻撃の手段を減らす。
 助けのない篭城は悪戯に時間を稼ぐだけの効果しかない。
 牡羊座号からの援護が望めない今、牡牛座号が停止することは時間の問題であるといってよかった。

 ディラドゥア・クレイモアが転移能力『次元の扉』をくぐり、父の力を再現した大剣で次々と巨人を強襲する。胴を薙ぎ、唐竹に面を割り、突きが巨人の竜刻を刺し貫く。
 だが、竜人の大剣が一体の巨人を破壊する間に、空間を割り姿を増す巨人は数多。
 牡牛座号が放つ火線も雲海がごとき巨人の数には蟷螂の斧に等しい。

 『クリエイション』生成の隙を抜けた白光が水の膜を貫き、牡牛座号をエネルギーに分解している。
 ラス・アイシュメの呪言が牡牛座号の損傷をとっさに叢雲の体に、中を飛ぶ巨人に転移し大破を防ぐ。
 だが、防御を抜ける白光は数を増やし、損傷速度は呪言による転移速度を徐々に上回り――分水嶺を越えた。

 まだ列車としての体裁は残しているが、巨人達の白光は直に牡牛座号を消滅させる。
 無論常人あらざるロストナンバーは、牡牛座号が破壊された後も生き延びるだろう。
 だが、目の前の100を優に超える巨人達を排し、叢雲最深部まで至ることは絶望的な状況である。

 牡牛座号に緊急事態を告げる車内放送が流れた。常に運行状況のみを語る車掌のイレギュラーな発言。
「ロストレイル牡牛座号に、ご乗車のロストナンバー様。本車輌は外的要因によって走行が困難な状態となっております。誠に申し訳ありませんが、車輌前方の非常出口より退去頂けますようお願いします。なお、非常口作成にあたっては前方のドリルを爆砕致します。大きな振動が発生しますので、お近くの手すり、つり革へおつかまり頂きますようお願い致します。ロストナンバー様におきましてはご不便をお掛けして申し訳ありませんが、ご理解ご了承の程をお願い致します。繰り返します……」
 
 車内放送が一回りすると同時に、牡牛座号のドリルが高速回転をはじめた。凄まじい勢いで回転する先端部は、車体そのものを揺らす。ドリルが空を切る唸りは不快な金切り音となって回廊一帯に轟く。回転が臨界を超えた、ドリルから燐光が漏れ、青白い渦巻きとなって空間に散った。
 
 ――爆音
 
 牡牛座号のドリルが砕け、回転が生み出したい超高圧の渦はエネルギーの乱気流となる。エネルギーの渦は、牡牛座号に纏わりつく巨人達を吸いあげながら叢雲の胎内を貫く。
 衝撃が叢雲を揺らし、牡牛座号の咆哮がディラックの空に一条の光線を開放した。


‡ ‡


「やれやれ……つり革におつかまりくださいって、これじゃ全く意味が無いね」
 砕けた椅子にめり込んだまま水鏡がぶつくさと文句をいった。ドリル爆砕の衝撃は牡牛座号自身も吹き飛ばしていた。
 牡牛座号内部は椅子が砕け、窓は割れ、全体のフレームが歪む惨憺たるありさま、それこそ巨人にでも振り回されたかのような凄まじい状態である。
 水鏡が周囲を見渡すと、コア破壊決死隊のメンバーもほとんどが、水鏡同様で車内に横たわっているのと、治癒を得手とするロストナンバー達が手早く動き仲間を助けているのが見えた。

「……優、大丈夫?」
「心配してくれてありがとう、俺は大丈夫だ、しだり。皆も助けてあげてくれ」
 パーティションで強く身を撃った優にしだりが心配げに治癒術を施す。
「グハハハ、キュアクリティカルワンズじゃぁ」
 異世界の勇者一行の一人、神官ギルバルド・ガイアグランデ・アーデルハイドがの手が輝き仲間に癒しを施す。
「はいはい、体が痛む人はこっちにならびな。クリエイションマッサージの時間だ。あ、カワイコちゃんは優先サービスだかんな」
 いかなる時も冗談めかさないといけないのは、この男の悟性か。

 治癒を終えたもの、はたまた運良くもしくは超人的な能力で無傷であったロストナンバー達が、順々に牡牛座号から叢雲の胎内に降り立つ。
 先端部が吹き飛び空洞となった車前方からはタラップが下げられている。
 車両から降りた先に佇む車掌がロストナンバー達に頭を垂れていた。
 
 叢雲の胎内、そこは音一つ存在しない切り取られた空間であった。牡牛座号のドリルが発生させた爆縮は広大な空間を巨人ごと削り取り、粒子にまで分解していた。
 それを成した牡牛座号は辛うじて補助動力は姿を留めているものの、脱出を考えればこれ以上の進行は困難な状態であった。
 帰還者の報告に従えば、竜刻の間までの距離は歩いても四半刻とかからない。
 コア破壊決死隊は牡牛座号をこの場に残し、その咆哮が貫いた道を歩き始めた。
 ただ一人、後背を守ることを選んだ竜人の占い師ワイテ・マーセイレを除いて。
 
 (あっしは奥に進むんじゃなくてロストレイルと核までの道の護りに入ろうかナ) 
 半壊した牡牛座号に残り、仲間の見守るワイテ。
 竜人の占い師は彼らの背に見つめながら一枚のカードを抜く、カードにはラッパを吹く天使が最後の審判を告げる絵姿。
「審判の正位置、正念場だネー。皆頑張ってネ」
 呟くさなか、ワイテの手からカードが一枚地面に零れ落ちた。ちょっとしたミスに過ぎないが熟達の占い師のワイテにしては珍しい。
「……おヤ? 世界」
 地面に落ちて正逆は分からない。完全と不完全定かでない、それが零れたことに意味があるのかもしれない。


‡ ‡


 最深部に至る叢雲の回廊、そこは冷厳であり静謐であった。
 響く音は、ロストナンバー達の衣擦れ、足音、呼気それのみである。
 牡牛座号がえぐった回廊の壁は生物のそれのようでありながら触感は化石のよう。
 興味深くキョロキョロと叢雲を観察する魔道士の獣人、水鏡晶介はそのありように神秘を感じずにはえない。

 牡牛座号が貫いた空間を進むコア破壊決死隊は自然と戦う力に乏しいコンダクターを中央に挟む一列縦隊となった。
 
「青燐公何をなさっているので?」
 最後尾にいた和装の夜人――紫雲 霞月が輩たる五行長青燐に問うた。
 青燐は牡牛座号を降車した後、懐から一定間隔に植物の種らしきものを落としていた。霞月が道を振り返れば早々と萌芽するものも見える。
「紫雲殿、道標を残しています、この子達はどこにでも繁殖できて成長速度が早い。叢雲の中は空間が歪んでいるそうですからね、このような地に根ざした策も必要でしょう。成長度合いを確認すれば帰り道の歪みもわかりましょう」
 転移によって帰還を図るのも一手、だが不測の事態が想定される敵地であればこそ幾手あっても構わない。保険のかけ過ぎは存在しない……青燐はそう思っていた。

(静かすぎて嫌な風だぜ……『風の精霊』どもも出てこねえ)
 こちらは隊列中程、無精髭を撫でながら叢雲の中に流れる風の気配を読むティーロ・ベラドンナ。だが、常と大きく違う空気に勘所がうまく働かない。
(しかたない、こっちでいくか)
 『風の精霊』に頼ることを早々に諦めるとギアのサランラップをピッと引っ張り、切り取って細かく切り刻む……ビニールが張り付いて取りづらい。苦心の末、刻まれたビニール片は、ふっと一吹きされ叢雲内部を舞い散る。 
 ラップの一欠片一欠片が叢雲の中を漂い、ティーロの耳目となって叢雲最深部までの道を、敵の所在を、撫子の場所を探る。
 やっていることはちょっとネジのゆるいおっさんにしか見えないが超高度情報魔術を行使中である。

 残念なおじさんを尻目にコア破壊決死隊の先頭を切って進むのは、ジャケットをはおらぬ軽装のコタロ・ムラタナ。
「世界樹と同じくらいの脅威だなんて……。ぼ、僕たちだけでなんとか出来る相手なんですか!?」
 傍らを歩くセルゲイ・フィードリッツ震える声で呟いていた。
 (……初々しい)
 コタロは、隠せぬ口元に微苦笑を浮かべ新兵のような言葉を発する獣人を見つめる。
 (従軍行動における作戦への懐疑発言は軍法会議ものであるが……)
 コタロはかつて自分の上官にされたように手をセルゲイの肩に向ける。……拳と掌、与えるものには大きな隔たりがあったが。
 ごつごつした掌の感触にはっとするセルゲイ、怯えるこころを叱咤し兜を被り直す。
「いえ、なんとかしなきゃいけないんです。僕だって星獣なんだ、怯えてばかりじゃ……居られない」
 恐怖を克服してこそ戦士、二度と怯えた言葉が零れ出ることはない。
 
 コタロらをさらに先行し、コアの在り処を見つけるべく味方からも完全に気配を消失させ鷹目を光らせる黒衣の忍者――豹藤 空牙が視界の端に竜刻の間の入り口と報告された柱を捕らえた。
「ロイ殿、皆々様、あれこそ我らが仇敵叢雲のおる場所でござろう」
 忍びの言葉に、ロストナンバー達の顔が緊張に引き締まった。
「いたぜ、撫子だ。どうやらコアの部屋じゃねえ、別の場所に軟禁されているみてえだ。あたりには誰もいねえ、一人みたいだぜ」
 同時に胡散臭いおっさん魔法使いティーロが声を上げる。彼のサランラップが、叢雲内部――ヴォロス風の部屋で机に突っ伏す撫子の姿を捉えていた。
「少し離れたところにいやがんぜ、どうする? 今ん所は安全そうだな」
 
 ――各人の独断専行を期待する。
 
 出陣時の言葉が思い返さえれる。
 叢雲の破壊と撫子の救出。各々の判断で優先すべきことを決する。
 コア破壊決死隊の進路は二手に分かれた。


‡ ‡


 衝撃とともに牡牛座号最後尾車両が地面に墜落した時、既に巨人も、ロストナンバー達もその車両から離れていた。
 同時に黒瞥隊が降下し、機関部を破壊されている牡羊座号へと取りついてくる。
「修理を、急ぎさせていただきますね――ワタクシたちは負傷者の保護と回復を」
 隊長医龍率いる医療班と、修理班に分かれ、作業にかかる黒瞥隊。
 その彼らの向こう側で、異変が起きていた。


‡  ‡


 孤独な撫子。
 少女との最後の言葉が何度も脳裏に蘇り反芻される。

『そういうことですか……、竜刻の中にいるのが本当の私です……外で動ける体がないと色々不便なので。あ……でもこころは一緒だからさっきのことは一緒に感じているんです』
 本当のマスカローゼちゃんは竜刻の中できっとまだ苦しんでいる。助けを待ち続けている。
『叢雲……撫子ちゃんに手を出すのは絶対許さない……』
 耳朶には地面に落ちる仮面の音が残滓のように残っていた。
「助けるよ、マスカローゼちゃんを……ごめんねぇ」
 撫子は流れる涙をマフラーで拭い、ぎゅっと目蓋を閉じ上を向いて涙を抑える。
 涙が鼻に抜けてツーンとした。

 くしゃくしゃになったサランラップがふらふらとマスカローゼの部屋に踊り入った。
 空気の流れがほとんどないはずの部屋をサランラップがふよふよと漂い、部屋の中で涙を堪える撫子に触れ、長机の上に落ちる。
 (……結局、おにぎりはマスカローゼちゃんと一緒に食べれなかったですぅ)
 叢雲胎内に、そしてこのヴォロス風の部屋に、余りにも不釣合いな物体が撫子に慙愧の念を抱かせた。目蓋に押さえたはずの粒がじわりと溜まった。
 (……後で一緒に食べるんですぅ、だから今泣いてちゃだめなんですぅ)
 マフラーでごしごしと涙を拭う。何度も布が擦った目元がちくちくと痛んだ、たぶん酷い顔になっている。

 考えることより行動を選ぶ撫子を我慢させるのは、他ならぬマスカローゼの言葉。一人ではマスカローゼちゃんを助けることができないことを認識し、心の底から助けたいと願うが故。
 だが、叢雲のなかで一人待ち続ける狂おしい時間は、彼女の精神を崩しかかっていた。縋れるものは少ない。
(どうしよぉ……コタロさぁん)
 共に叢雲に潜入した軍人の残した服をかき抱き、撫子は耐え続ける。



‡ ‡


 地上に出ていた原住民は地下に誘導するよりロストレイルに乗せたほうが早い。
 巨大ワームの睥睨する中、ロストレイル山羊座号は次の停車位置を探っていた。
 ベヘル・ボッラが列車からスピーカ型ギアを周囲に放ち集音、犬猫の声を集めている。
『緊急避難警報です。猫族、犬族の皆様、落ち着いて行動してください。地表を避け、なるべく地下深くへとお逃げください』
 逃げ遅れたものを発見、ロストレイルの影に潜んでいるシキに伝える。
 シキは影から出ると、影写しによりロストレイルそのものに変身し、避難民を乗せた。
 そこでジューンはシキの影車両に乗り移ってセンサーを起動する。
「あちらに生命体反応が多数あります。原住民の犬猫の方々と思われます」
 山羊座号から十分に離れ、ベヘルとの干渉が減じたところで、犬笛の周波数の音をだし、パニックしている犬に注目させ、順次ロストレイルに乗り込ませた。自分も犬猫と一緒に残り落ち着かせる為ブラッシングした。
「皆さん、大丈夫ですから。落ち着いて行動して下さい」
 暴れる犬猫はちょっと乱暴だけど、鹿毛ヒナタが投げ網でまとめて影のロストレイルに投げ込んだ。手狭になれば、影の車両を増やして、つなげた。

「ひとりでも沢山助けなきゃ」
 蓮見沢理比古は隠れている犬猫を誘い出すため、七厘を持ち込んで干物やベーコンを焼いていた。
「視覚聴覚より嗅覚に訴える方が確実かなって」
 犬猫が現れたら兎に角腕に抱えてロストレイルに放り込む。そんな無茶も虚空のバックアップあってのものだ。
「救える命があるなら出来る限り救ってやりてぇ」
「大丈夫ですよ、絶対に助かりますから」
 新月航も避難民をロストレルに乗せていく。

 ミュールの見せた幻影は凝っていた。
――突如、頭上で爆発音が響く。空を見上げると巨大な竜の姿は塵となって消えていき町も徐々にだが元の姿を取り戻し始めている。「皆……聞こえてる?」犬猫の前にはいつしか少年がいた。「あの巨大な竜は僕の仲間が倒してくれた。この町も魔法で少しずつだけど修復している。だから町が元通りになるまでの間、住人の皆にはあの建物に避難してほしいんだ」すると、見ればやけに横に長く扉のたくさんついた建物があった。「さぁ皆、あの建物へ。もう何も心配はいらないから……」少年が手を引く。
 扉を開くとロストレイルの車内であった。

『皆さん、ここは危険です!はやく避難してください。向こうにロストレイルという乗り物が用意してあります。それに乗れば安全です。落ち着いてそちらへ移動してください!!』
 セピエリスは心魂共有能力によって、おびえて隠れている犬猫に呼びかけている。
 そして、ロストレイルの入り口にはシュマイトが待ち構えていて、鎮静効果のある匂いと薬効のガスを散布していた。これは夢幻の宮にアドバイスをもらって調合したもののようだ。車内の座席はシュマイトの提案により一部撤去されている。一人でも多くの難民を乗せるためである。
 ベルファルドは車内で祈っていた。
「世界がなくなるなんて、ほんとにあるんだ……でも人が生き残るかぎり、ほんとの終わりじゃない……ひと、だよね……?」
 奥の方ではソアが避難民たちに水や食料を世話している
「だいじょうぶです、皆さん強い方ばかりですから!」
「そうだ。自分ができないことは、他人にやってもらう。自分にできることは自分がやるしかない。さぁ、怪我人は前に」
 アーネスト・マルトラバーズ・シートンは動物の治療なら得意だ。ブランカが励ます。
「飲み込まれた都市の人たちも仲間が助けてくれるわ」
 ロボ・シートンは「なぜ、俺たちまでここに行く必要があるのだ?」と文句を言いながらも黙々と犬猫の相手をしている。そんな犬猫達は巨体のワーブ・シートンのことはちょっと怖いようだ。
「にゃーーーー落ち着くにゃー身体の小さい猫なら、ロストレイルにいっぱい入るにゃー」
 猫の三池幸太郎も猫をとりまとめていた。
 ソアは外に出て竜星の様子を目の当たりにすると、緑豊かで平和だった彼女の出身世界とのあまりの違いに衝撃を受けた。
「これが、犬さんと猫さんの世界……。どうして、平和が壊れちゃうんだろ……」
「この世界が平和だったことなんか無い……って小竹さんが言っていました」
 そんな彼女にサシャがハーブティーを淹れてあげた。こんな時だからこそ必要な安らぎもある。

 奥の車両では妓紹が避難してきた竜星の住民や、救助活動を行うロストナンバーにお茶やお菓子、温めた牛乳などを配っていた。薬を調合し、怪我人の手当てなども行っている。
「疲れたであろう? 今は体を休めるのが先決じゃ」
 医者の有馬春臣は怪我人の世話をする。
「……ああ、大変な目に遭ったね。怖かったろう。だがもう安心して良い、我々が万全を尽くし、君達を守る」
 そしてそらに奥の10番目の車両のなかはターミナルによく似ているが真っ白な空間が広がっていた。
「保護する場所がないのなら、私の中に居るといいわ。この中なら安全だから」
 ここはニルヴァーナの胎内である。
「おかえりなさい。あなたたちも皆、私の子供たちよ」

 ユーウォンはリニアをロストレイルに連結させた。弾道飛行するだけのリニアもディラックの空では十分な空間だ。そして、ギアの鞄にも犬猫を入れる。おやつつきだ。
「ここのこと、もっとよく知って、みんなと仲良くなりたいと思ってた矢先に、こんな事になるなんて…できることなら、全員助けたいよ」

 そんなロストレイル山羊座号もいよいよ手狭だ。ダンジャ・グイニは飛行船を仕立てた。
「列車に乗りきれない子ら、良かったらおいで。洒落た設備は無い代わりに沢山乗れるからさ」
 巨大な旅客型飛行船についている扉の一つは、地上につながっていた。ドアマンだ。
「御機嫌よう、神性存在の爪痕を残す美しい方。お手伝い致します」
「助かるよ旦那。……然しまぁ、また世界の崩壊を見るとはね……」
 赤燐が飛行船のなかで煎餅を配っては避難民を落ち着かせてまわっていた。
 カルムがまた一人と、犬を背に乗せて飛んできた。

「練術起動、エンハンスウィング! エンハンスウィング!」
 飛行船に続くのはレーシュが引っ張る、気球のカゴ。犬猫が鈴なりになっている。さすがにこんな力業はいつまでも続くものでは無い、高度が落ちてきたところで、墨で描かれた螺旋特急が追いついてきた。和紙介だ。

 グリーンベルトには多くの難民が列をなしていた。その数は多く、ただちにロストレイルにのせることは出来ない。行き場を無くした彼らの不安は限界だ。
 仁科あかりは彼らの中で玩具のラッパでチャルメラを吹いた。
「こんにちはー、ラーメン屋じゃなくて救助隊でっす!皆さんを助けに来ました!今日命があれば、明日何とかなる。皆で協力する事が未来に繋がるです。だから落ち着いてー。今パニックになって怪我するのは損ですよー」
 西光太郎も励ます。
「酷いことになってしまったな……く。けど……最悪の事態でこそ最善を尽くせ、だ。死んじゃだめだ。生きていれば、まだ明日は最悪じゃないかもしれないんだ。まだ間に合う、手を伸ばし足を動かすんだ!」
 奇跡が起きる。
『……今は私を信じてください……』
 世界樹の化身たるアルティラスカは、旅団の『世界樹』とは真逆の性質の『世界樹』のため心中複雑ではあるところ。アルティラスカはロストナンバーとなってから初めて、女神としての世界樹形態へ戻った。グリーンベルトの木々に向かって根や枝をのばし、大地を掴んで切り離す。難民達をまとめて緩やかに浮上した。
 そこをイルファーンの結界が覆った。
「世界が滅ぶのを見るのは一度で十分……僕はもう僕にできる範囲で誰も犠牲にしたくない。僕の結界は最大出力で都市一つを包む事ができる。それはヴォロスで実証済みだ」
 シャボン玉に包まれた世界樹はディラックの空に去って行った。


‡ ‡


「ふぅ、よく食べたわ」
 壁の中に囚われていたリーリスは、塵化し叢雲を構成するワームを食べて表まで喰い進んできた。
「あれは遺跡かしら、ずいぶん飛ばされちゃったのね」
 因縁が気になってところで、原子変換光線が再び襲いかかる。
「そんな有限の力で私は倒せないわ!」
「「ならば」」
 テスラコイルがうなりをあげる。核融合の光だ。太陽光は魔法少女である巨人に収束すると浄化の光になってリーリスに襲いかかった。
「「ハーヴェスト=サンシャイン=トレビュシェット」」
 太陽光を増幅する対幽鬼用決戦魔術である。世界横断運動会で披露されたものと異なり、完全な攻撃用だ。圧縮光線は、リーリスを構成する塵を浄化していく。
 たまらず、リーリスは突っ込んだ。
 巨人がもくもくとした雲をまとって襲いかかる。強大なこぶしがリーリスをゴムまりのように吹き飛ばすかと思えた。
 しかし、逆に巨人の腕が塵となり消える。そのまま肉薄し胸の装甲を吹き飛ばすと、リーリスは巨人の胸部に収まっている魔法少女を見下ろした。
「お馬鹿さん。触れたら塵化させられるのに」
「「そうね。ゲートオープン」」
 近くの遺跡が咆哮をあげる。遺跡の機能は世界群のどこかと通信するための超時空ゲートだ。取り込まれた遺跡は叢雲の支配下にあり、それはこの場ではみかんが自在に起動できると言うことだ。
 辺りの空間をタウ粒子が埋め尽くす。世界繭のなかで使えばディラックにつながるゲートを、ディラックの空で使えばいかなる事象が生じるか。
 遺跡の斜坑の射線上は世界群から消滅した。
 リーリスも呑み込まれそうになる。
 だが、自爆覚悟の攻撃は一歩及ばなかった。リーリスが意識総体を失う前に、リーリスの手が魔法少女の額の竜刻石に届いたのだ。
 竜刻石が塵化すると遺跡と巨人は制御を離れ、消滅空間が暴れた。魔法少女は無明の闇に飲み込まれようとする。
「「あぁーっ!」」
「お馬鹿さん。私が食べる前に消えてしまってはだめよ」
 だが、それはリーリスは許さない。魔法少女の腕を掴み虚空から引きずり出すと、大きく口をあけてばりばりと咀嚼した。

 みかんの消えたあと、知性を感じない巨人が右往左往している。
「目立たないよう喰えるだけ喰って、次こそ真の解放を……」
 かえって飢餓感が増したのか、リーリスは巨人を次から次へと捕食し、ついには巨人が尽きると、きびすを返していずこかへと去って行った。


‡ ‡


 そこから遠く、ベルゼは望遠鏡で覗いていた。
 鴉刃を回収した獣の救助隊一行は巨人に遭遇しないように、戦車のセンサーをフル稼働して隠密移動中であった。
 ツィーダが遺跡からの大規模エネルギー反応を観測してパッシブモードに移行したのが先程である。戦車の望遠鏡越しには単騎で巨人と戦う小さな影が見えていた。大地が震え、天井が崩落するすさまじい闘いがそこにはあった。
「巨人が塵になって崩壊したぜ。倒したの誰だろう(ベルゼ)」
「助けが必要でしょうか(陽南)」
「ターゲット動き出したよ。無事じゃないかな(ツィーダ)」
「すげーな(オルグ)」
 と人喰い吸精鬼が遠く足を止めた。
「あれ、リーリスじゃね!? 目があっちゃったかも……(ベルゼ)」
「望遠鏡越しに? まさか……(アルド)」
「リーリス……何ものだ(鴉刃)」
 

‡ ‡


「さて、とらわれのお姫様はこんなかだぜ、熱いベーゼを受けるリア充はどいつだ? 気合いれてやるから前にでろ」
 部屋の入り口の前で陣取り冗談めかして笑う40代オヤジ、握り締められたこぶしが心なしかぷるぷる震えているように見える。
(……ティーロ殿はふれんどりぃな言葉が上手い、……皆の緊張を解しているのであろう)
 軽く感心の念を頂きながらコタロが部屋の入り口を潜る。
「躊躇いなしかよ、マフラーやったの撫子か!? くそーこのイケメンが! 爆発しろ!」
 おっさんの醜い嫉妬が背中に炸裂し、コタロは驚愕の表情を浮かべ前のめりにつんのめる。
 何故!? と思う暇もあらばこそ。強烈な衝撃がコタロの鼓膜を襲った。
「コタロさん!!!」
 耳元で破裂した撫子の歓声がコタロの脳に振動を伝え大きく揺らす。震える膝をぎりぎり支えるのは、蒼国軍人としての矜持。
 そんなこと素知らぬ撫子は、泣き腫らした顔に莞爾とした笑みを浮かべコタロにマフラーとジャケットを押し付ける。
 手渡されたマフラーは水分をたっぷし吸って湿っている、長時間抱きしめられていた、ジャケットは強烈なダーツでもかけられたように腰で絞られていた。
「コタロさん、繕ってくれたのはマスカローゼちゃんなんです!」
 確かに戦闘でついた擦過傷や銃創は綺麗に繕われている……しかし、これは……。
「…………あ……ありがとう」
 肺腑から絞り出すような言葉がコタロの口から漏れる。引き攣った笑みは止めようもなかったが……。
 コタロの内心を無視し、撫子は我が事のように喜びの表情を浮かべた。

 『何が何だか分からない』――この場にいるコア破壊決死隊の偽らざる心境で会った。
 泣き腫らした表情であるものの撫子はおよそ五体満足、いやここまではティーロの発言にもあった。
 だが、マスカローゼに対する親しげな言葉、コタロへの態度。
 どちらも腑に落ちるものではない。

 なんとも言えない空気を割ったのは、グラマスな肢体を和装に包む夢人の女性――黒藤 虚月。
「撫子殿、若い女娘が衆目を前に泣き顔を見せるのは感心せぬ。華やいでこそ娘よのう?」
 虚月の指がすっと撫子の目元を撫ぜると、痛々しい赤い腫れが引き、健康そのものの肌色が現れる。
「これでよかろう……、それにしても彼氏殿を含め、気の利かぬ男どものう。泣き腫らした面をみて慰撫の言葉の一つでぬ、呆れたものじゃ」
 虚月の吐いた皮肉、刺すような視線は何故か……いや必然的にコタロに集まった。
「しかし、撫子殿。そちはかの仮面の少女に好意的じゃのう。……故を聞かせてもらえぬかぇ?」
 虚月は、皆が思っているであろう疑問を口にする。
「だってぇ、マスカローゼちゃんは私の友達になったんですぅ☆。友達を助けたいと思うのは当たり前ですぅ☆」
 素直に受け取るのは難しい言葉、世界図書館と敵対する世界樹旅団に所属し、世界を滅ぼす超越者である叢雲の核マスカローゼを友達と呼ぶ撫子。
「マスカローゼちゃんは叢雲に操られているんですぅ……助けるのに力を貸して下さいぃ」
 撫子は深々と頭を下げて懇願した。
 
 ――静寂、沈思黙考。
 
 静寂を破ったのは、コタロだった。
 彼より早く口を開くことができたものはいただろう。ただ、ここにはそれなりに気の効く奴が多かったようだ。
「……元よりマスカローゼの排除は……必須ではない。……自分は撫子殿に……指揮を委ねる」
 感謝の声を上げ、コタロを抱きしめる撫子。
 万力のような圧迫に骨格が軋む。彼が意識を失わずにすんだのは、ひとえに蒼国での軍事訓練の賜であった。


‡ ‡


 叢雲を拝するべく最深部に向かうロストナンバーの前に巨人の姿はない、牡牛座号の威力に恐れをなした故か、転移が効かぬ空間であるのか、はたまた主の意趣か。
 ロストナンバー達の眼前に巨大な柱が現れた。
 
 罠を警戒したバディ・ポップが先駆け竜刻の間の扉を調べるが、何も発見できない。
 拍子抜けしたように肩をすくめると魔盗賊は扉を押した。

 ――竜刻の間
 輝きを放つ六十四の竜刻が神に祈る敬虔な信者のごとく傅き、巨大な竜刻を崇める。
 壁面が床が天井がガラスのように透け、竜刻はディラックの空に漂う星のように思える。
 巨大な竜刻の内部には膝を抱えた姿勢の少女が浮かび、その前には仮面の少女――マスカローゼ。
 
「今少し静かにして頂けますか世界図書館の方々。食事中の来訪とはデリカシーがありませんね。……奪うことばかりの貴方達に期待するのは少々酷ですか?」
 ロストナンバーを迎える仮面の少女は、スカートをつまみ軽く一礼する。少女には皮肉げな笑みが張り付いていた。
「おうおうねぇやん、飯やて!? 随分と舐めたこと抜かすやないか。わいはな、一度は来てみたかったんや朱い月。でも来る前に壊れた言うんなら。その壊した原因に、ぶつけてもいいよなぁ?」
 安い挑発にあえてのったのはムシアメ、強い口調で罵る口腔から蚕糸が漏れる。
 蠱毒で作られた蚕の化性が吐く糸は、ディラックの空に浮かぶ星々を照り返しきらめく。幻想的な輝きを放つものは呪詛。
「わいはムシアメ。『呪い紡ぎの虫天』。わいの道具としての誇りにかけて、叢雲……壊したる」
 蚕糸が部屋に広がる、部屋の調度が分解の呪いに触れ砕けた。

(……最近、人間に近うなってきよったんよな、感情)
 同時に兄ぃと慕うムシアメの怒りに感じつつ、呪われた蚕糸が仲間に散らぬようにアメムシが身構えた。

 きらめく蚕糸がマスカローゼの廻りを漂う。マスカローゼが無造作に蚕糸を掴む。
 マスカローゼの掌に呪詛が散った、肌黒ずみ……ぼろと崩れ落ちる。
 痛痒も見せず崩れた手を見「あら?」と小首を傾げる少女。
「ねぇやん、やめときぃ。壊すんわ叢雲だけや、それ以上触ったら命の保証はせんで」
「優しいのね虫けらさん、でもそれは傲慢というものだわ」
 発する言葉と共にマスカローゼの掌は再生し、その掌は再び蚕糸を掴んだ。
 ムシアメの表情が驚愕に変じる。手応えはある……呪いは間違いなくマスカローゼの肉体を蝕んでいる。
「呪われるより早く捨てて、作り直せばいいのでしょう?」
 閉じられたマスカローゼの掌からは、黒ずんだ肉片が零れ落ち続けている。蚕糸が強く引かた。前のめりになるムシアメ。その体目掛けマスカローゼは呪詛の糸を返す。
 呪いは一度敗れればその力が術者にかえる……辛うじてそれを防いだのは身構えていた『呪い喰いの天虫』であった。

 ムシアメを余裕の体であしらったマスカローゼがロストナンバー達に一歩近づく。
 ――マスカローゼの腹部から短刀が生え全身を烈風が刻んだ。
 気配を消し、マスカローゼの背後をとった空牙のバックスタブ。
 鎌鼬が裂いたのはマスカローゼの装束のみ、少女の指が刃に触れると鋼鉄は塵となってきえた。
 手刀が舞い散る鉄粉散らし一閃、空を切る衝撃の狙いは攻撃手たる空牙ではない。
 空牙に脱出の隙を与えるべく放った、パティ・ポップの投げナイフが音を立て弾ける。それと同時にレナ・フォルトゥスの詠唱が完成した。
「我が腕に抱かれし青炎よ、爆ぜ狂い彼の地を全きの存在としなさい」
 レナの両手から放たれた青炎の球体――ギガ・ブルーファイアボール、ギアに制限された環境では詠唱すら許されなかった超弩級魔術が少女がいた空間に荒れ狂う。
 超高熱の爆発の中、少女の動きが僅かに止まる。
 この術での止めなど期待していない。幾多の魔を制した異世界の勇者。そのリーダーであるロイ・ベイロードは止めの太刀を放つべくかける。
「ギルやるぞ――ボルテックスクラッシャァアアアア」
 長剣が轟音と共に雷鎚を纏う。プラズマ化した刀身が大上段から青炎を唐竹割りにする。
「わかっとるわ小僧っ子、――ゴッドハンドじゃぁあああ!!!!」
 輝く光輝く鋼鉄神の槌、如何なるものも分子分解する神の顕現が青炎に叩きこまれた。

 異常なまでに重い手応えがロイに伝わる。訝る表情は驚愕の色に変わった。
 青炎の中から現れたのは、傷ひとつないマスカローゼの微笑み。
「ハーデ・ビラールでしたかしら? メンタピ殿とまみえた方の技に似ていますね」
 赤光に輝く少女の右の掌が、雷鎚の剣を握り締めている。
 そして金色の槌と少女の左手の間には光り輝く粒子がたゆたっていた。 
「髭の小人さん、それは前に見ました。分解量以上の物質を創造すればその攻撃は簡単に防げます」
 幾多旅団員を塵に変えた神の槌。それが少女の左手、その一寸前で薄皮一枚傷つけることなく止められていた。
「魔術師さん、あなたの魔力の流れも十分に見させて頂いてます……」
 少女が無造作に両手を振ると竜刻の間の壁面は鎧を纏う人型の跡を作った。

 (過ぎた力は我輩自身を滅ぼす……。力加減が許されるのであれば抑えようとと思った……)
 襟巻蜥蜴の大魔術師は、力あるロストナンバー達を造作もなく蹴散らすマスカローゼの姿に自らの不明を痛感した。
 (存分に力を振るおう。世界を滅ぼす暴挙、捨て置くわけには行かぬ)
 魔術師を囲むは三色六十枚の従僕。一枚一枚が人の身では決して届かぬ魔の塊。黒き手甲に包まれた左手を中に伸ばす魔術師、六枚の青の魔符が砕けた。
 マスカローゼの周囲が白き氷霧に包まれる。絶対零度の現出、大気を一瞬で昇華し少女を覆う氷の櫃となる。
 少女が動きを封じた魔術師の右手から魔力の奔流が走り六枚の赤の魔符を飲む。
 (叢雲とやら、貴殿とはもっと別の出会い方をしたかったものだ!)
 真なる竜というにふさわしい力を振るう叢雲、その核を攻撃しなければならない。竜に憧れ尊敬にも似た感情を頂いているヴィクトルにとっては内心忸怩たるものである。

 ヴィクトルが魔術を構成するとともに、もう一つの異形がその力を解放しようとしていた。
 ギーギギギギギギー
『さて、困りマシタネ。『朱い月』はワタシが一度行ってみたかったところデシタノニ』
 トラベルギアの効力に乏しいこの空間では、それの意思は他者には伝わらない。
 中を浮く毛玉には、ゆらゆら揺れる九本の尻尾。 
 ギギギー、ギュイー
『手加減なしでいきマショウ。ワタシは神罰代行者であり、滅亡の魔物であるノインシュヴァンツ。業火の矢たちよ、コアを燃やし尽くセ。……神など、ここにはイマセンが。気分なのデス』
 9つの尻尾から魔力が剥離し空間を割る、その隙間からは天界の怒りが漏れ出でた。

 ――地獄の釜が開き、煉獄が竜刻の間に零れ落ち、天の火が業火の矢となり空間を赤熱させた。
 豪火が浚ったあとに人影はなく、六十四の竜刻と巨大竜刻、そして竜刻の中に漂う少女のみが姿を残していた。
 二人の放つ熱量に指向性があったのが唯一の救いであろう。さもなくば輻射によって幾人かのロストナンバーがマスカローゼと同じ道を辿ったとしてもおかしくない。


‡  ‡


 突入したロストナンバー達のうち、何人かは独自の行動をとっていた。
 アルジャーノもその一人である。
 彼はまたも、テスラコイルを生成していた。今度も暴走しても構わないという風情で生き生きと作成している。
 そして彼はもう一つ、生成していた。
 既知の核電力システムとプルトニウムを暴走させようと企んでいたのである。
 その準備が、今ようやく整っていた。
「準備万端デス。テスラコイルで皆にお知らせしまショウ」
 そうして流されたのはおなじみ近江清掃の奇怪なCMミュージック。
「これで皆さん危険を理解したと思いマス」
 いや、そもそもこの行動を誰にも相談していないのでは――そう突っ込む相手は、どこにもいない。
 直後、彼自体を巻き込みつつ、盛大な核爆発が発生した。


 同時点。竜の咢にあたる部分でも水爆の爆発がなされた。
 実行したのは戦闘を巧みに回避する潜入行動を行っていた、ジュリアン・H・コラルヴェント。
 顎関節に当たる部分へとナレッジキューブから精製を成功させた水爆を設置、破壊を試みた彼は、爆発直前、奇妙な音楽が響き渡るのを聞いた――。
 大規模な電磁波の暴走は水爆にも影響を与える――その水爆は何処かへ消え、直後、遠くの方で、『二度』爆発による振動が発生したのが伝わってくる。
 その水爆がどこで爆発したのか、今の彼が知る由はない。
 マーチヘアーにどんな影響を与えたのか――それとも与えなかったのか、それすらも。


‡ ‡


 守り手を失った竜刻へコア破壊決死隊が殺到する。
 黒き精神が竜刻に伸びる――ラスの走査が叢雲の精神を捉えようとしていた。
 精神の知覚をもっても見える叢雲の形は不定形の黒塊、増殖を繰り返し定形と不定形の間を揺らす混沌としたその肉体は、辛うじて竜とよぶ体裁だけを残していた。
 意識を融合させるべく精神の手を伸ばす、黒塊はまさに空洞のようであった。ラスの意識が染み渡る。
(抵抗が少なすぎる……?)
 違和感を感じたラスが周囲に走査を向ける。竜の顎が虚ろな口腔を開け虚空から落ちてくる。
 ……罠だ! 咄嗟に両手を黒塊から引くラス……思わぬ反発、黒塊はラスの精神の手を掴み離さない。
 焦りの表情を浮かべるラス、顎がラスを喰らう瞬間、黒塊を切り裂き拘束が緩んだ。ラスの精神は弾け飛び肉体に帰った。
「大丈夫かい、危ないところだった」
 蹲り両手を押さえ息を荒げるラスを薙刀型のギアを構えた冷泉 律が後手に庇う。
 コンダクターである彼は精神世界の動きを目視することはできない。
 だが場に流れた気を読み陰気を切り払った。それがラスを救う行為となったのだ。

 無音の闘いのさなか叢雲に精神を飛ばすロストナンバーがもう一人、いやもう一体。
 人の姿をした竜サイネリアが、叢雲の意思に言葉をぶつけていた。
 (元はヴォロスを守護してきた竜なのだろう? 意思があるとして、今どのような状態なのか……戦闘を望むものへ変貌しているのか、知りたい)
『叢雲よ意思あらば聞け! 世界を守護してきたならば、他の世界も尊いものだという事が分かるはずだ。数多の世界を滅ぼし、故郷すら食い尽くす危険のあるものに成り果ててそれを良しとするのか……ここで止まりたくはないか? 少しでもその気持ちがあるなら、我に応えよ!』

 ――我願望、自由
 言葉少ななそれの裏には、幾多もの像が見えた。
 星が生まれ砕けるほどの永き時間の闘争――守護龍の渇望。 

 あまりにも異質な精神とも呼べぬ、何かがサイネリアの精神に刻まれる。
 異質に蹂躙されるサイネリア、突然の酩酊感に膝をつく。
 脳内の血管が切れ、眼窩から涙のように血が漏れた。
 
 晶介の放った黒き魔力の塊が飛び、『加速』の術を付与したディラドゥアが高速飛来する。
 巨大な竜刻の中の少女が呼吸したのか泡が一つ浮いた。だが、竜人は何の躊躇いもなく『竜族殺廃』の力を纏った大剣を振り下ろした。

 
‡ ‡


 ――轟音が大気を揺さぶる、稲光が竜刻の間を白と染める。
 
 天蓋が砕け穴が開く、螺旋状に渦巻く紫電が空を裂き巨大竜刻の前に一条の柱を作る。帯電し逆だった髪が大気を弾き音を立てた。
 全身を電磁の弾丸と変え飛来した褐色の男、ジャック・ハートはその背に竜刻、いやその中に漂う少女を守り、ロストナンバー達の攻撃を全身で遮っていた。
 竜人の剣戟はジャックの肩甲骨を割り、臓腑を潰している、魔塊がじくじくとはらわたを喰らっていた。いかな強力な再生能力をもつハートのジャックといえども意識を飛ばしかねない重傷。
「テメェがダーティワークして仲間を幸せに、か? 分かんなかねェが、フランと約束した。今回だきゃ譲れねェ……」
 荒ぶることが信条の男の言葉は、意外なほど穏やかだった。
 気押されたように竜人が一歩引いた。
「悪ィな……恩に着る」
 ジャックには、珍しい素直な礼の言葉が血餅と共に吐かれた。

 ロストナンバー達に背を向けたジャック、引き裂かれた体は、未だ再生せず大腿を彩る朱を吐き続ける。
 ジャックは、両手を竜刻につくと大きく息をつき力を……PSIを解放した。
 巨大竜刻の表面に雷光がはねた、風の渦が空を裂き金切り声を上げる。念動の手が巨大竜刻を叩いた。 

 いかなる衝撃にも竜刻は……そして少女は反応を見せない。
 ジャックの両手がさらなる力を込めて強く竜刻を押す。雷光が唸りを上げ、部屋全体を揺らす。力を支える両脚が震えた、血が大きく飛沫を上げ竜刻を染める。強力なPSIの放出が限界を越え、ジャック自身を傷つける。 
『マスカローゼ! いいか、フランは生きてヴォロスで待ってる! お前は一人じゃねェ……今度こそ俺たちと行こう、一緒に生きよう!』
 ジャックの精神感応が、波紋のように広がった。
 
 ――波紋が伝わり竜刻が震える。夢から覚めるように少女の目蓋がゆっくりとゆっくりと持ち上がる。

「無駄なことはやめなさい、ジャック・ハート」
 凄絶な笑みを浮かべ竜刻を揺らすジャックに、冷水を浴びせかけたのはマスカローゼの声。
 マスカローゼの声が耳朶を打つのと同時に胸部に痛烈な衝撃が走った。
 ジャックの体が弾け飛び、竜刻の間に血化粧をぶちまける。
「叢雲の竜刻は……真なる竜刻、ヴォロスで私を倒して調子にでものったのかしら? あなた風情に干渉できるとでも思ったの?」
 竜人と魔獣の術にその身を蒸発させたはずのマスカローゼがジャックの胸を掌底で痛打していた。
 
 散りゆく意識を必死でかき集めながらジャックが感じ取ったマスカローゼの人格。
 それはヴォロスの地で感じたものと似ているが異なる……マスカローゼのようであり、あまりにも異質な精神構造――叢雲


 ――竜刻に漂う少女が、夢現の眼差しで倒れ伏したジャックをみつめていた。


‡ ‡


「これが普通の巨人なのかと思ったんじゃが、どうやら特別製だったようじゃのう」
 味方を得て、一旦杖に刃を納めたジョヴァンニが周囲の巨人と眼前の巨人を比較し、感想を漏らした。
 それほどに、目前の敵が放つ圧力は桁が違う。体躯こそ一回り小さいそれであるが、なお6m近くの身体を有し、俊敏さだけでなく、魔力、膂力、全てが既知の巨人のそれを上回っているらしい。
 落下してくるその間、動きが制約される中でなお攻撃を凌ぐのがジョヴァンニ達には精いっぱいであった。
 今その巨人と対峙している数人の攻撃も、難なくいなされていく。
 巨大化したシンイェによる一撃も、向上しているらしき素早さのために、捉える事ができない。
「それならオイラも皆に支援をあげるぜ!」
 レク・ラヴィーンが、精霊の舞踏を舞い、攻撃力や防御力を向上させていく。
 力の波動を感じ取ったらしき巨人の光撃は、黒瞥隊、麻生木刹那によって張られた時の盾によって無効化された。
 戦場の喧噪がピークに達していく中で、レクの力を受け、数人のロストナンバーが難敵へと立ち向かいはじめる。
「敵ながら中々力に溢れておるのぅ――」
「全てぶちぬけ、氷槍!」
 ネモが笑いながら秘術を繰り出せば、フブキ・マイヤーが氷の槍を援護射撃にと――とても援護に収まるレベルではないが――放った。その槍は、僅差で避けた巨人を通り越し、今まさに光条を放とうとしていた別の巨人を貫いていく。
「あんまうろちょろすんじゃねェぞ」
 タリスにそう声をかけたミケランジェロは、新たに表れた巨人や既存の放つそれらをどうにか交わしながら、巨大な魔法陣を描いていった。
「うん、わかった――でもぼくも、がんばる、の!」
 そう言ってタリスもまた、グラフィック生成の能力を生かし数多の鳥や猫達を生み出した。
「ねこさんとりさんがんばってもらうの!」
 そう言うタリスの想いに応えるかのように、巨人へ向かい生み出された者達が、巨人の動きを牽制しようとその巨体へ群がっていく。
 そんなタリスの小鳥の内、一羽を手に宿らせた幸せの魔女が、ブレスレットを加えさせる。
「貴方が運んでくれるのね――私は幸運だわ。だってもう渡せないと思っていたのですもの」
 彼女自身の名前を彫りこんだその竜刻を素材とするブレスレット――それは、彼女の望み、彼女にとっての幸せをもたらしてくれる者に対して、彼女と同様最高の幸せを招きよせるもの。
「さぁ持って行ってちょうだい。貴方はきっと、私の望む条件の人に渡してくれるわね? 私の名前を冠した魔法のブレスレットよ。その人が"私の為に"コアを破壊する限り、その人に最高の幸せを招き寄せるわ。……お願い、飲み込まれた皆を助けて! それが私の望みであり、幸せなのよ!」
 そう言って彼女は、鳥を空中へと飛ばせた。幸運にも、その鳥はタリスによって生み出されたモノでありながら、魔女の言い分を叶えてくれるようだった。
 紫色の髪の少女――七夏もまた、特技を生かし巨人を足止めしていく。
 新たに出現した巨人こそ網にかからなかったものの、それまでと同様にして彼女は牡羊座号を守ろうとしていた。
 捕捉し、陽動し、一か所に集めたところで、彼女は協力してくれるジルに視線を向ける。
「やったるで!」
 ギアではなく、仲間の力で強化された身体能力に任せジルは巨人へと挑みかかっていく。もちろん、他の援護も期待しての陽動であった。
 その機会を捉えたのはCrawler-δ 『ex-cel』とリフェルだった。
 リフェルが霧散して敵に取りつくのと同時に、ex-celは巨人に接触、その強靭な牙で易々と表層を貫くことに成功した。ギアの中にストックしていた毒性の弾丸を同時に放っては、次の巨人へと取りつき、その活動を鈍らせることに尽力していった。

‡ ‡

 牡牛座号と一緒に落下してきた巨人は、この混沌の中でも強烈な戦力としてロストナンバー達へ抗していた。
 彼に与えられた命令は、この地へ行くこと。
 それ以外については、無論本能が優先される――たとえ別の命令が下っていたとしても、それが本能に優先されたかは定かではないどころか、大いに怪しいというべきであったが。
 対峙するロストナンバー達と、一度距離をとった巨人。
 ソレは、何か――否、明らかに戦場を闊歩する巨人達へ呼びかけるように、一声吼えた。
 ――戦場に現れた、一瞬の静寂。
 何体かの巨人が崩壊をはじめ、その核となっていたはずの竜刻が、異質な巨人の元へと吸い寄せられていく。
 体表に触れたそれを、間髪いれず飲み込んでいく巨人。
 威圧感、存在感――それらが増しただけではない。他の巨人と変わらずにいた見た目が、より醜悪なものへと変質していく。
 表面の色は緋色にそまり、肘には角が後方へ向けて突き出した。咢に宿る牙はより巨大で、鋭いそれへと変質する。
 そんな巨人を目前にし、口火を切ったのはミケランジェロの魔法陣だった。
 それは陣内に入った巨人を捉え、平面の絵へと押し込む呪陣。
 しかし発動を直前に感知した緋色の巨人は、地面を崩壊させることで、陣そのものを打ち消した。
 明らかに、知性を宿しているその行動――面々に、緊張が走る。
 その巨人から放たれたブレスをぎりぎりで交わして吶喊していくのは雀。突出した体術をさらに引き上げたのは、舞原絵奈によってつくられた能力強化の陣、そしてレクの舞の力によるもの。
 言葉を発することなく彼は巨人の懐へと飛び込み、刃を振るった。
 一度、二度。
 抜いては納め、また抜き放つ。
 抜刀術の本旨を相手の懐深くに身を置いたうえで、短時間に幾度も為しえたのは元来の卓抜した技能の賜か。
 頭上から襲ってきた巨人の光撃は、その身を零距離に置くことで交わし、更に切りつける。
「すごい……」
 その光景を見ていた絵奈の口から、思わず言葉が漏れた。接近戦に苦手意識を持つ彼女にしてみれば、極力避けたい戦闘方法だった。
 その間も、他の面々が何もしていなかったわけではない。
 数多の巨人に対する戦闘局面は、いよいよ最終局面を迎えているかに見えた。
 無尽蔵に思えた巨人達が、少しずつその数を減らし始めていたのだ。
「俺も少しは頑張らねぇとな」
 そう言った貝沢篠が、巨人の分解を試みてその特殊能力を発揮し始めた。
 絵奈の目には、心なしか緋色の巨人の動きが鈍ったように思える。
 ゆっくりと巨人の身体の一部が崩壊しては、再生する、その繰り返しが目前でなされていた――後少し、きっとそうだと感じる心と、それを為せない無力な自分へのもどかしさが心中でせめぎ合う。
「お嬢さん。怖いかね」
 静かに杖をついた老人が、背中を見せたまま、声をかけてきた。
「皆さんが頑張っているのに、私にできることが少ないのが――もどかしい、です」
 正直に感情を吐露した少女の言葉を背中で聞くと、ジョヴァンニはモノクルの奥に、温かな光を浮かべたまま言葉を紡いだ。
「よいよい。若者には向上心がなくてはならぬ――じゃが、過ぎたる自信の無さは、成長を停めてしまう元じゃ」
 そう言うと、彼はすらりと仕込み杖の鞘を払った。
「どうして――ギアによる能力の上昇もない状態では、あなたも只人の力しかお持ちでないのでは……?」
 決然とした意志を感じさせる背中に、絵奈が思わず問いかけた。
「後人に道を示すのは、年寄の役目。何よりあれは、わしが殿として引き受けた輩であるからの――じゃがのぅ、お嬢さん」
 今のお嬢さんには、為すべきことを為すだけの力が備わっているようにお見受けするが、如何かのう――そう言い残し、老爺は、幾多の術によって強化されたその身体と、研鑽により積み上げてきた剣技を便りとして巨人へと挑みかかっていった。
 その姿が絵奈に訴えたもの――断固たる決意と、信念。
「私も――皆さんを、助けたい、です」
 思いは力。想いは裡で凝り、ギアによって推しとどめられていたその膨大な魔力が、初めて一つの形として象られる。
 『君の中にある強い思いを大事にしなさい』――それは、かつて言われた言葉。
 その思いは、祈りとなり、力へと昇華し、目前の巨人へとぶつけられていく。
 鮮烈な光の中、数多の攻撃を受けてなお再生を試みようとした緋色の巨人が、その動きをとめ――貝沢の術と相まって、その形質を崩壊させていった。
「えっ…どうして…?」
 力がある――そう言われてもなお、これだけの力を発揮できた理由が絵奈にはわからない。それが強化された為ではなく、己の内にもとより眠っていた才だと思い至るには、いまだ根強い思い込みが邪魔をしていた。
 時を同じくして、広間の巨人達も、その数をついに減らしていき――最期の一体が、ロストナンバーの攻撃によって崩壊の途へと導かれた。
 勝利――その思いに、広間が沸く。だが、同時に誰かが声をあげた。

「――また!」
 視線の先、地面から沸き出でようとする巨人達の姿がある。
 無尽蔵の相手との消耗戦――圧倒的な現実に、絶望が、ロストナンバー達を襲う。


‡  ‡

 
「……まさかこの部屋で私を壊されるとは思わなかったわ、力だけは大したものね。……叢雲の言うとおり気まぐれなど起こさず、巨人共に始末させればよかったかしら?」
 マスカローゼは腰に片手を当て、誰かに問うように空に話しかける。
「何か起きるような気がしたのですけれども……気まぐれは気まぐれですね。もういいでしょう、消えてくださいな」


 マスカローゼの宣言とともに、竜刻の間に『何か』が満ちた。
 それは、決して理解の及ばぬ振動とも精神波ともつかぬ『何か』としか表現できないものであった。

 ――叢雲の顕現
 
 ロストナンバーの体が色を失い、ゆっくりと透明度を増し末端部から存在を失っていく。
 あたかもが消失の運命に飲まれるように、叢雲の中に溶ける。


‡ ‡


 大いなる肉体が視認できるほどに近づいてきた。
 小さき者の燃やす命の炎がここからでも見える。
 そっと覚悟を決めた。


‡ ‡


「こっちですぅ☆ みなさん、マスカローゼちゃんはここにいますぅ☆」
 ロストナンバーと合流してからというもの撫子のテンションは最高潮であった。
 マスカローゼちゃんを助けられる、その思いが彼女を高揚させていた。
 
 隊列の後方で、そんな撫子を眺める虎部は、なんとなしに腹部を撫でていた。
 傷跡は残っていないし、クゥ先生ももう大丈夫だと言っていた。
『もしまだ痛いなら、君が痛いって思いたいんだろうね』
 痛い……また拒絶されるのか? ……俺の言葉をあいつは聞いてくれるのか?
 ティーロと空牙が撫子が囚われている場所とコアの……マスカローゼの居場所を同時に発見した時、虎部は撫子を助けることを優先した。
 会いたくない訳じゃなかった、ただ会うのが怖かった。
『……ふざけないでよ臆病者!!』 
 聞いたはずのない少女の言葉が脳裏に湧いた。虎部は皮肉げに顔を歪める。
 (……俺は口ばっか達者な臆病者なんだよ、兄貴とは違うんだ)
『だったら、あんな鬼婆ほっとけばいいじゃん……誰か勝手に助けるよ?』
 (うっせえよ……、約束したんだ、逃げたら俺じゃねえんだよ)

「隆、どうした? 変な顔して」
「あいつを笑かそうと思ってな、ちょっと練習中だ」
 親友の言葉に冗談めかして返す虎部。
 相沢も心得ていた自分の親友は必死な時程、砕けて話そうとする。
「愛嬌がないな、もうちょっと崩したほうがいいんじゃないか? …………助けるんだろ隆。フランを、マスカローゼを。なら、行こう。今度こそ助けよう」
「言ってくれるじゃねえか虎部さんの面白顔に駄目だしするなんて」
 親友に背を向け閉じる目蓋の後ろに、大した力もないのに自分を送り出すために主力攻撃隊に参加した友、海の世界に旅立つことにした友、叱咤激励の声をかけてくれた幾度か共に旅に出た年重の男……、幾人もの顔が浮かび消える。
 最後に写ったのは、フランがヴォロスで最後に見せた弱々しい笑い。
「…………あんがとな、優」
 虎部が親友の胸を軽く叩くと、相沢は頷いた。


‡ ‡


 青い影がロストナンバー達の上を飛ぶ。
 前を見据え進む、彼らはそれに気付くことはなかった。
 幸運とはそれと気づかず、さり気なく訪れる。


‡ ‡


 充満する叢雲のそれが竜刻の間を無に帰そうとしていた。
 ロストナンバーの消失を吹き飛ばしたのは――――。

「マスカローゼちゃん!!!!」
 扉の前から放たれた撫子の叫び。
 言の葉が空間を伝わり、巨大竜刻に迫る。それは竜刻に弾け波紋となり表面を歪める。
 撫子の言葉に応え、少女が言葉を紡ごうとしているのが見えた。

 ――干渉率上昇、消失過程崩壊
 
 叢雲の気配が薄れ、ロストナンバーの体に色が戻る。


「撫子さん? どうしてここにいるの? 貴方も私を騙すの?」
 突然の力の消失、マスカローゼの表情に困惑が浮かび……そして失望に変わろうとしている。
「違う!! 貴方はマスカローゼちゃんじゃない! マスカローゼちゃんを返せ、叢雲ぉ!!!」 
 同じ声……同じ表情だ。でも惑わされない! あれは叢雲なんだ、マスカローゼちゃんは……
「うわぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!!」 
 撫子は雄叫びとロボタンとギアを巨大竜刻に全力で投げつけ走った。

(絶対助けるよ)

 呆然とするマスカローゼを無視し駆け抜ける撫子が目指すのは、ただ一点竜刻に漂う少女。
 撫子の背を見る、マスカローゼの目が闇色に沈む。
「そう……貴方も…………なら消えて」 
 マスカローゼの腕が空を切り、銀光が撫子に追いすがった。
 
 鮮血が舞い飛び、竜刻の間を汚した。命を刈り取る死神の刃は撫子ではなく、空間を割ってその背に姿を出現した男の体を袈裟懸けに切り裂く。
 躊躇いもなく転移符で空間を飛んだコタロ、座標あやまたず現出できたのは奇跡に等しい。
 幾度も戦場でジャケットを染めた朱が漏れた。間髪入れずマスカローゼの放ったニノ太刀が強襲する。
(……防御の手段……もとより無し、ならば肉弾を盾に指揮官殿を守る)
 両手を広げたコタロが覚悟の表情を浮かべ仁王立つ。

『彼の者らに加護を』
 壁となった言霊にマスカローゼの銀光が食らいつき暴れる。
『生きるという意志の元に。見えざる蝕みから、かの者を護りたまえ』
 撓む言霊の壁をもう一つの言霊が補強し守った。
 銀光が中に弾ける。
「虚月よ、彼氏殿はいささか性急で無茶が過ぎると思うがどうだろう?」
「なんの男ノ子は娘子を守ってこそじゃ、しかし、霞月、その言霊もうちょっと短くならんのか。間に合っておらんようじゃ」
「私は短くするのが苦手だからね、これも性だよ」
 
 撫子は巨大竜刻の真下まで駆け抜けると、六十四の竜刻のうち一つ掴みをそれを軸に反転。
「コタロさん!!」
 反動をつけ撫子が跳躍した。十字に構えるコタロの腕が撫子の靴の裏を受け止める。
 気合の息と膝が沈み撫子の突撃を支える、傷口が開き鮮血が漏れた。
 撫子は反動をつけ三角飛びの要領で飛ぶと、中空の巨大竜刻にしがみ付いた。

 ――少女と目があった。

『……いや、一人はいや。一人にしないで……』
 撫子の脳裏にいる少女は、孤独に泣いていた。
「絶対一人にしない、私たちが一人にしないよ、マスカローゼちゃん!」
 拳撃が竜刻に打ち付けられる。
「この! この!! このぉ!!! このっっっっっぉ!!!!!!!!」
 撫子が声をあげ拳を叩きつけるたびに、竜刻の表面に波紋が揺れる。

 如何なる攻撃にも微瑕一つつけることが叶わなかった竜刻をコンダクターの拳が脅かした。
 驚愕の光景、殊に撫子を見上げるマスカローゼの動揺は激しい。
「何故……? 何故……? ロストナンバー風情が私に干渉できるの? ……やめて、やめなさい!」
 マスカローゼの絶叫と共に衝撃が竜刻目掛け走る……がその衝撃は空中で向きを変えマスカローゼ自身を弾き飛ばす。
「――これは、見せていませんでしたわね」
 勇者一行の魔術師レナ・フォルトゥスの貼った『リフレクトシールド』が撫子を守っていた。

「……マスカローゼちゃん、もう少し、もう少しだよ。もう少しでここから出してあげますぅ……」
 優しく微笑み語りかける撫子。息が荒い。
 少女の顔は泣き顔に歪み、痛ましいものでも見るように顔を背けた。
 撫子が叩き続けた場所は、べっとりとした赤がこびり付いた。
 拳が潰れていた、裂けた傷口から白が見える。全力で振るう拳は自分自身をも傷つけていた。
 竜刻にしがみ付く力を失い、撫子は竜刻からずり落ちた。
 
 ――伸ばした手が少女に届かない。

 彼女を受け止めたコタロは、撫子の砕けた……白骨が覗く拳に顔を引き攣らせる。
「コタロさん! もう一回お願いします。あとちょっとなんです」
 撫子の懇願に、コタロは首を振った。
「なんでですか!? コタロさん、助けてください。お願いします! お願いします!!」
 コタロは拒絶の言葉を吐くのが苦手だ。だから撫子を羽交い締めにし動きを封じる。
 撫子はコタロの腕を掴み振り払おうとする……掴めるはずがない。折れ曲がった指に力は込められない。
「離して離してください!! いやです、いやです! いやですぅ!!!! 私マスカローゼちゃんを助けるんですーーーーーー!!」
 半狂乱に首をイヤイヤと振り撫子の絶叫が響く。
 喉が枯れ声にならない。
 絶望が胸に去来するとともに、激情に忘れていた痛みが襲う。
(マスカローゼちゃん……)
 撫子の意識は激痛に刈り取られた。


‡ ‡


「なによ、やっぱり無駄じゃない、びっくりさせて、アハ、アハハハハハハハ」
 絶叫する撫子の声に、マスカローゼの哄笑が被さり、竜刻に漂う少女は悲しげに目を伏せた。
 脅威は力を失い去った。今や自分を邪魔するものはいない。

 ――フラン

 それは決して、大きい声ではなかった。
 だが、その声はマスカローゼの哄笑を止め竜刻を揺らした。
「あら? 臆病者の登場? 女の子でもあんなに頑張ってたのにいまさらどうしたの? 一つめっこの後ろにでも隠れているのではなかったのかしら?」
 挑発的な発言――それはマスカローゼの、いや叢雲の焦り。
 横薙ぎにされた雷霆の太刀を防げぬ程、注意が散漫となっていた。

「こういう闘いかたは好きじゃないんだが……」
「なんの、こやつは世界樹旅団じゃ。卑怯だなどいわせんわい」
 マスカローゼの体を薙ぎ払った勇者がボヤキのような言葉を吐く、同行者のドワーフの言葉は少しピントがずれていた。
「ギル……おまえ、いや後でいい。おい、おまえ、虎部といったな。事情は少しレナから聞いたことがある。……やれるんだな?」
 異世界の勇者は少し面白がった笑みを浮かべ虎部に問う。
「ったりめーだ、虎部さんを誰だと思ってやがる」
 親指を立て答える虎部。
「良い返事だな。ならば行け! 我らで道を作ろう。レナ! ギル! バディ! 空牙!」
 勇者一行が同時に頷いた。
(たまには見送る立場もいいだろう)
『神威顕現!! チェンジ・セレスチャルビースト!!!!』
 勇者の奥義――天空神の顕現、この力をもってしてもマスカローゼに対しては足止め以上の効果はない。
 だが、今はそれで十分である。この場を決する『勇者』が戦地につくまで耐えればいい。

「くそなんで俺がリア充助けなきゃいけないんだ」
「皆さん僕から離れないで! 守護陣を敷きます、これで多少の攻撃は防げるはず!」
 ティーロの障壁が、セルゲイの守護陣が勇者の攻撃を抜けて飛ぶ流れ弾を防ぐ。
「優……ムリしない」
「しだり、分かってる。だけど俺は隆を助けたいんだ」
 水の膜と防御障壁が合わさり強力な防御陣を敷く。


‡ ‡


 虎部隆はコンダクターだ。
 テレポートができるわけでも空を飛べるわけでもない。
 ――だから、皆の作る道を潜り、走った。
 
 コタロに抱かれ全力を使い果たした撫子の横を通る。軍人はただ頷いた。
 巨大竜刻の下では、ジャックが虎部を迎えた。
「カワイコちゃんと話すんだろォ、上まで送ってやるぜェ」
 竜刻に寄りかかるその姿は、刀傷に加えて胸を撃ち抜かれ満身創痍。
「一回だ、譲んのはヨォ。テメェができなきゃ俺がやる」
 弱々しいPSIが虎部を巨大竜刻の上方、少女の眼前に導いた。

 少女は潤む目で少年を見つめていた。

 虎部の手には少女の仮面……そして封印のタグ。
 叢雲を前に封印のタグなど玩具に等しい。だが、その手に握られる古ぼけたそのタグは、虎部とフランを繋ぐ因縁そのもの。

 ――約束の証だ
 少年は誓いを立てた。
 少女はそれを信じた。

 ディラックの空を彷徨い記憶を失った時であっても、離すことのなかった心の拠り所。
 運命は廻りタグは再び少年の右手にある。

 少女に差し出した手が竜刻に触れる。
 竜刻の間、いや叢雲を白光が覆った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 穏やかな風が草を揺らし、さーっと小気味よい音を鳴らしている。
 少し小高くなった丘の上には布がしかれ、少女が横になっていた。
(あの時は五人できたな……高城さん、夢流さん、ふさふさ……フラン)
 今は二人、あの日ピクニックにいったヴォロスの丘。
 虎部は少女の横に腰掛けた。少女は穏やかな寝息を立て胸を上下させている。
 風が少女の髪を乱す、初めてあった時より少し伸ばした髪が少女の顔を隠した。
 虎部の手が少女の髪を梳く、手の甲に寝息があたって少し心臓がはねた。緊張した顔を見せたくなくて思わず背を向けてしまう。
「フラン……ここには君しかいないんだな。ずっと待たせて済まない……約束通り助けに来たぜ。この孤独の牢獄から抜け出して一緒に行こう。撫子もジャックもみんな君を待ってる、見てただろ?」
「いろんな世界を回るんだ、あの時話した地上の星も見に行こう。もう一回始めよう?」
 言葉のない静かな空気が流れる、いつの間にか風は凪いでいた。
 背中に柔らかい重さを感じた、少女の髪が虎部の顔にかかり鼻腔を擽る。
「…………嬉しいと言葉ってでないんですね……お話したいこと一杯あるのに」
 振り返る虎部の目に写るフランの笑みは今までにない喜びの情を零していた。  
「……フラン、俺は君と同じ光を見てみたい。話もしよう、ここじゃ話しきれない。だから一緒に来てくれ!」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 白光が晴れた、虎部の右手が巨大竜刻に埋まり少女の右手を掴む。
 満身の力を込めて虎部が少女を引いた、竜刻内部が泡立つ。少女の体が徐々に外気に触れた。

「やめて!! やめなさい!!! トラベ」
 半狂乱に髪を振り乱すマスカローゼ。断末魔の絶叫がロストナンバーの守りを貫く。
 肉の焦げる匂いが鼻を刺激する。半死半生だったジャックが片腕と体表を炭化させながら虎部と少女を庇う。
 思わず振り返りそうになった虎部をジャックが叱咤する。
「後ろ振り返ってんじゃねェ、テメェは目の前にやることがあんだろうヨ!」
 背を向けたまま頷いた虎部は、雄叫びを上げた。

 マスカローゼの姿が眼前に現れる。
 無謀な能力の放出の為崩れた体は凄惨なもの。狂気の浮かぶ眼差しに酷薄な笑みを浮かべ手刀を振った。 
(兄貴なら、兄貴だったら間に合うのか?)
 脳裏に浮かぶ言葉を絶叫で否定する。
「違う!!! 虎部隆だ!!! こいつを助けられるのは俺だ、兄貴じゃない!! 絶対に助ける!!!」

 少女の体が叢雲から抜けた、支えを失った虎部は少女を抱きながら落下する。
 硬質の衝撃に備える虎部が伝わった衝撃は柔らかであった。
 ムシアメとアマムシが咄嗟に張った蚕糸がクッションのように衝撃を防いだ。


‡ ‡


 ――主制御鍵消失、機関停止、力学消失、構成崩壊、睡眠機構移行――
 
 コアを失った叢雲はその意識を消失させていく。
 制御を失ったその肉体は振動と共に崩壊を始めていた。
 マスカローゼ――否、ワームに彼女の意識を植えつけた叢雲の人形は、主の制御を失うとその身を崩し消えた。


「フラン、おいしっかりしろフラン」
 抱きしめる体は氷のように冷たく、鼓動は殆ど感じられない。
 虎部の全身から血の気が引いた。
 フランの心臓は竜刻であり喪失されて久しい。
 代替として植えられたクランチのパーツが彼女の生命を維持していたが叢雲のコアとなった際に失われている。
 叢雲のコアであり続ける限り彼女は生きることができた。
 だが、今彼女の生命を繋ぐものは存在していない。
「フラン冗談はやめてくれ……一緒に行くんだろ、約束は守ろうぜ!?」
「少年、そこをどくんだ、彼女を助けたいんだろ」
 割り込んだのは神結。彼の使う『クリエイション』が生命エネルギーを創造しフランに流し込む。
 少女の顔に赤みが刺した。かすかに胸の上下も確認できる。
「よぉしこれでいい、脱出するぜ。ここじゃこれ以上はなんともならねえけどさ、0世界に帰ればなんとかできるやつもいるだろ」



‡ ‡


 ――人よ、それには及ばぬ
 叢雲に比べれば小さい、だが人と比べれば遙かに強大な姿。
 慧龍の姿が竜刻に覆いかぶさっていた。

 ――我は意志と絆によって我が肉体を凌駕した汝らに驚嘆と賞賛の意を表する。
「あんたは? 誰だ」
 ――我が名は慧龍クレイホトウ、叢雲の魂魄にてヴォロスの守護龍。契約者小竹卓也と共に簒奪者より我が肉体が返還されん事を望む。
「は? 小竹ん?」
 まさか……ヴォロスの地で竜になって消えたって聞いてたが。
 竜の意志に人の意志が混じる。 
「くっそ! なんでかな慧龍様はもうちょっと気を利かせてほしいな。こんなに竜人達がいるのに、最後に話すのは虎部かよ!」
 素知らぬ様子で慧龍は意志を伝える。
 ――我が力により、核であった少女をまったき者とする。其は、我が契約者小竹卓也との約定であり即ちは我が贖いである。
 白い吐息が慧龍から漏れる。
 吐息に触れたフランの肉体が烟る。クランチの行った施術、ワームとなった体の一部が消失し……本来の姿を取り戻す。
 ――心の蔵は我が力の根源、干渉ができぬ。仮初のものに力を込めた。……取り戻すが良い、汝らであらばさしたる障害ではなかろう。
「虎部……僕はその子の代わりに叢雲のコアに……竜になる。だから皆のところにはもう帰れない、おまえはその子とよろしくやればいいよ、じゃあな」
 
 聞き返す間は与えられない、慧龍の胴が盛り上がり巨人が現れる。
 その姿は小竹と竜を融合した鎧騎士のようであった。
 鎧騎士は人ならぬ声で吠え声を上げた。

 ――我が契約者よ最後に……
『何度も聞かないでくれ、慧龍様。僕はもう決めたんだ』
 ――了
 
 半竜の鎧騎士が叢雲のコアに触れる……その姿は竜刻に沈み封された。

 小竹の意識は慧龍の魂魄とともに叢雲と融合し溶け始める。

『僕の意識もここまでか……。ごめんな、皆、そしてありがとう』
 
『時々、ヴォロスに遊びに来てくれると……嬉しい、な……。それじゃ……。お休み』

 拡散する意識の中、美しい翠竜が見えた。
 その翼で小竹の意識を慰撫するよう包み込む。
 ――共にしばしの時を眠ろうぞ、我が契約者よ


 ――――主制御鍵再認証、竜世界防衛承認


‡ ‡


 小竹が叢雲の新しいコアに収まると、虚幻要塞のマーチヘアーであった部分が排除され始めた。
 竜刻の巨人は禍々しい黒の鎧を捨て、竜刻の間に新しき王の前、整列した。

 司令所の蟹座号からは、巨大な竜が脱皮する様子が見えた。
 数万年の澱とワームによって汚染された鱗がぽろぽろと落ちてゆき、ディラックの空に消えていく。

 牡羊座号の周辺は崩れ落ちるテスラコイルが高き天井から降ってきて大わらわだ。
 ディガーはロストレイルからおりて崩れゆく壁に手を触れる。
「……うん。生きてるんだね………」
 声や音を頼り闘い終わった面々を脱出のためにロストレイル牡羊座号に誘導してまわった。
 ロストレイルから離れたところにいるもの達はバルタザール・クラウディオが配布したマジックカードを起動。封入された転移魔法により一足先に蟹座号にまで戻ってくる。
「優秀な指揮官は、逃げ上手と聞いたものでね」

 そして、叢雲から剥離したマーチヘアであった鱗が隕石となって竜星に降りそそごうとしていた。
 軌道上で待ち構えていたオズ/TMX-SLM57-PはそれらをWレーザーブレードで切り裂いて、燃え尽きるだけの小片に砕いていく。
「オニイサマ(幽太郎)……に搭載されているであろう荷電粒子砲の発射ロックを解除できれば楽なんだが……」
 それに星川征秀のアヴァターラが加わった。彼はこれまではぐれた避難民を上空から助けていた。そして、これからは羊座号の離脱を手伝う。

 アヴァロン・Oは、破壊した目から内部へ侵入し、脳を目指して反物質砲で叢雲内部を破壊しながら突き進んでいた。
 牡羊座号の脱出経路を確保するためである。


‡ ‡


 虚幻要塞は本来のヴォロスの守護神としての姿を取り戻していた。禍々しいワームの痕跡はない。
 脱皮したあとは一回り小さく見える。小竹は幼竜として生まれ変わったのだ。

 残る脅威は情報の匂いにおびき寄せられた小さな落とし子の程度だ。ロストナンバーの敵ではない。
「三月ウサギとかいってウサギ要素ナッシングな不届きドラゴンをウサギ化プロジェクツッ!」
 玄兎率いるウサ耳を設置し隊が、叢雲の頭頂部まで登って持参したウサ耳キットを刺していた。

「だいたいみんな避難できたかな」
 藤枝竜は地表から叢雲を見上げた。避難をして、ワームを倒して、どうなるというのだろう。空に浮かぶイルファーンのきらきらひかるシャボン玉の中にも大勢の犬猫が包まれている。彼らはこれからどこに行けばいいのだろう……
 藤枝はしゃがんで竜星の土を掘り始めた。袋に入れられるだけ。
「竜……なにをしているの?」
「私の世界はまだなくなってないですけど、皆さんはもうなくなるんですから……」

 空には氏家ミチルの歌声が響いている。


‡ ‡


「誰かが死ぬのを見るのは嫌だ誰かが傷つくのを見るのも嫌だだったら怖くても動くしかないよ」
 五十嵐心はESP能力で隠れている住民、ケガして動けない住民を探してまわっていた。
 都市の心の声に耳を澄ませ、深く深く進んでいく。
「この街が私達を導いてくれるはずだから……」
 いつしか五十嵐心は地上に戻っていた。空には蝕級無窮ワーム――地上には折り重なるように擱座した二機のアヴァターラが見える。
 そして、五十嵐心は空見上げて感謝し、ESPで助けを呼びかけた。

 天から二体の竜を伴った人造巨人が舞い降りる。


‡ ‡


 慧竜小竹の介入により因果律は組み直された。
 最大の危機は去った。

 ティリクティアの視る明日では死ぬ犬猫は――もはやいない。
――だが、あさってはどうだろう。
 別のワームが攻めてくるかもしれない。
――だが、来週はどうだろう。
 旅団がまた攻めてくるかもしれない。
――だが、来月はどうだろう。
 エネルギー生産ができなくなるかもしれない。
――だが、来年はどうだろう。
 どこかの世界に墜落しているかもしれない。

 予知能力を使うまでも無い、それは恐ろしく確定的な未来予想であった。


 エレベータが止まった。行方不明だった兵士はここにいるはず。
 ティリクティアは、未来の自分に導かれて歩を進めた。
 照明の暗い回廊は「処置室」とだけかかれた扉に突き当たる。
 猫のタルヴィンの指示で、犬の本拠地にロストナンバーを運び込んだのは正解だったようだ。

 五十嵐心が都市の意志に導かれて発見した二体のアヴァターラの残骸。一方はみなが探していたハーデ・ビラールのものであった。
 彗星を巡る激戦の中、戦場からはじき出されたハーデ機は、同じく戦場放棄した猫に発見された。が、そのまま叢雲ドラゴンブレスの余波を受け、二体仲良く竜星に墜落したようだ。
 坂上、ニコ、ファンがそれをここに持ち込んだ。

 やっと見つけたハーデ・ビラールは無残な姿であった。
 カプセルの中に浮かんでいるそれは、四肢があることにより、かろうじて人間であったと推定できる状態であった。
 そして、カプセルの前には長毛種、顔の中心の黒から首にかけての白に至るまでのグラデーションが美しい猫が焦燥した顔で鎮座していた。その脇で、ロストナンバーの案内人をやっていた犬が治療機器を相殺してる。
「運び込まれたときは心停止していました。現在は人工心肺です。ぼく――岐阜さつきの時は心臓は動いていましたからね」
「……」
「ファンさんの治癒で助かりました。おかげで最低限の治療が施せる程度には回復しました」
「……」
「ええ、至近距離で浴びましたからね。放射能が体内に残留している状態です。一度全快させてもすぐに組織が崩壊していきます」
「……」
「癌化しやすい組織は全て除去しました」
「……」
「ええ、白血病にならないように骨髄は抜きました。すでに変容がはじまっていた肝臓は全摘。皮膚は壊死しており随所から血がにじんでいますが、まだ剥がさないでおいています。はい、人工皮膚が定着しないからです。目は残してありますが……網膜は焼けていると考えていいでしょう。CCD義眼に取り替える予定です」
 サイボーグ化すれば多少は生きながらえるだろうが、それでも長くは無いだろう。
「ぼくも核爆発に巻き込まれた時はハーデさんにここに運び込まれましたからね。今度はぼくたちががんばる番です」


 別方面でハーデを捜索していたティーグ、チェガルと業塵が連絡を受けてやってきた。
 業塵がカプセルのハーデに呼びかける。
「……儂はお前をよう知らぬ。だが女、猫から返事を貰わんで良いのか」
 ファンも繰り返し生命力を注ぎつつ話しかけた。
「ほれ、そなた。待たせておる者がおるのじゃろ?生きて戻るのじゃ」


――ティリクティアは夢を見た。

 緑豊かな世界に犬猫が楽しく暮らしている。
 多足戦車が畑を耕し、穀物を運搬している。
 犬たちは牛を追いかけ遊ぶ、かつてドンガッシュが彼らに見せた楽園。
 ハーデ・ビラールが木陰に腰掛けていて、その膝の上では毛並みのふさふさした猫が気持ちよさそうに昼寝していた。
 蒼い空を見上げれば、雲間に月が浮かんでいる。

 そんな平和な光景。

「ティリクティア! ティリクティア! どうした!?」
 坂上が揺さぶると彼女は冷たい現実に引き戻された。
「私……」
「泣いているのか?」
「あっ……」
 少女は夢の内容を語った。
「すてきな夢を見たの。ごめんなさい。ただの願望ね」
「きっと、ハーデの見ている夢が見えたんだよ。猫とふたりにさせてあげよう」

 ティリクティアは涙を拭いて病室を出ようとした。
 天井の向こう……上空では叢雲がヴォロスに帰ろうとしている。

「……緑豊かな世界 ……緑豊かな世界 ……雲間に月」
 ニコ・ライニオもつられてかぶりを振った。
「あっ!! 助けられる!」

「大丈夫、みんな助けられるよ!」
「いくら女好きだからってこういうときに根拠無い慰めをするのは感心しないな」
「違うよ。ホントだって!」
「ならどうやって?」

 ティリクティアには明日が視える。
「私にもわかったわ! ありがとう、叢雲よ!」

――みんなで竜星をヴォロスまで引っ張っていけばいいのよ


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螺旋特急ロストレイル

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